(23)189 『蒼の共鳴-Resonant grief-』

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いつもあなたは優しい微笑みを絶やすことなく、あたしのことを見守ってくれていた。
“共鳴”が分からないと言った時、そっと手をとって教えてくれた時のことを今でも覚えている。

あなたは決して、自分が役立たずではないと言ってくれました。
私にも出来ることがあると、真っ直ぐな瞳を向けてくれたこと、今でも忘れません。

いつもアナタはたどたどしい日本語で紡ぐ私の話を根気よく聞いてくれました。
時に茶化しながら、時に真剣に頷きながら、いつも真っ直ぐに向き合ってくれたこと、今もずっと大切に思っています。

すごいじゃん、と言って褒めてくれた時の笑顔が忘れられない。
アナタに認めてもらえたことは、今の私を支える大切な宝物の一つだ。

どうしていいか分からずに、うじうじしていた背中を後押しして貰った。
不器用だけどさゆみのことを真摯に思ってくれてるのが伝わって、すごく嬉しかった。

そのままの自分でいいよと言ってくれた、あの日。
柔らかい声に胸が温かくなって、絵里、これからも頑張ろうって思ったことを覚えてる。

一緒に見た朝焼けの眩しさ、覚えとー?
あの日、今までよりももっと近づけた気がして、すごく嬉しかったっちゃ。

いつも、いつも、ずっと傍で支えてくれてありがとう。
あの日あなたと出会えたから、今あーしはここにいる、生きている。


―――私達は、あなたを助けるためにここまで来た。


『そうそう、ゲーム、と言えば制限時間がつきものですね。
緊張感がある方があなた達ももっと真剣になれるでしょうし。
―――制限時間内に刺客を倒せなければ新垣里沙のいる部屋を爆破する…これでいきましょうか』

“紺野あさ美”の声が長く暗い廊下を駆け抜ける二人の脳裏に木霊する。

紺野あさ美は勝手にゲームにルールを追加してしまった。
強力な敵と戦闘し勝利するという試練に加え、制限時間内にそれを成さねば―――“新垣里沙”の命を奪う、と。

長く暗い廊下を駆け抜ける二つの足音。
いつになったら、この廊下を抜け“刺客”が待ち受ける部屋に到達するのか。
残された時間は少ない―――強制爆破まで、残り15分。

募る焦燥感に歯噛みしながら、二人は出口を目指してひたすら急ぐ。
早く、早く、早く、急がなければ―――!


「…久住さん、多分、この廊下…フェイクや」

「―――確かに、何かおかしい気がする。
ひょっとしたら、何かの装置であたし達に幻を見せてるのかもしれない。
あたし達が無駄に時間を消耗するように…!」


二人―――“光井愛佳”と“久住小春”は一旦その場に足を留める。

数分以上全力疾走しているのにも関わらず、一向に出口が見えてくる気配すらない。
海上の牢獄の大きさ、そして自分達の身体能力を考慮してもおかしい事態だった。

二人は目を伏せて聴覚を研ぎ澄ます。
どこかにきっと、この幻を作り出している装置があると信じて。


「…あった、久住さん!」

「オッケー!」


二人の聴覚は同時に、暗い廊下に微かに鳴っている機械の作動音を察知した。
小春が愛佳の声に返事をするのと、その掌から紅い“電撃”を放つのはほぼ同時だった。
激しい音と共に電撃を受けた装置は半壊し―――暗闇が晴れていく。
目の前に広がっていたのは、巨大な闇色の結界。
二人は視線を合わせて頷くと、その結界に手を突き刺し無理矢理引き裂いていく。


「…遅かったじゃない、待ちくたびれたわ本当。
他の連中は既に交戦開始してるわよ」


その、鋭く凍てついた氷のような声に、小春と愛佳の心は激しく波打ち“共鳴”する。
二人の目の前で微笑むのは、かつて二人の心と体を激しく切り裂く所業を行った黒衣の女性だった。
沸々と、二人の心に熱く滾る感情は―――憤怒。
その感情のままに、二人は体からオーラを解き放つ。

鮮やかな紅と紫の光が結界内に満ちていった。


     *    *    *


―――強制爆破まで残り12分。

数メートルはあろうかという、巨大な“念動刃”を“ジュンジュン”と“リンリン”は華麗に回避する。
二人が避けた念動刃は周囲の壁に新たな傷を生み出して消失した。
戦闘開始から僅か数分足らずの間に数多の傷が壁に床にと生み出され、部屋は最早その原型を留めてはいない。


「ほらほら、避けてばっかいないで反撃してきなよー。
それともあたしの攻撃にビビってるのかなー?」


この部屋を破壊し続ける“主”の甲高い声に、ジュンジュンとリンリンは視線を交わすと一気に距離を詰めていく。
敵の生み出す念動刃を相殺してもよかったが、その場合消耗戦になる。
捕らわれている里沙がいると言う部屋に里沙がいる保証はない。
今対峙している敵以上の難敵が待ち受けている可能性がある以上、ここで過度に消耗するわけにはいかなかった。

華麗なコンビネーションで、ジュンジュンとリンリンは敵に攻撃を繰り出していく。
常人では視認不可能な速度で繰り出される拳と鋭く重い蹴り、
一発でも当たればそれだけで形勢を自分達の方に手繰ることが出来るはずだ。

だが、敵は二人の攻撃を軽くいなしていく。
先程まで戦っていた構成員のように圧倒することが出来ない事実は、まだ想定の範囲だ。


「ふーん、前と比べたらかなり強くなったみたいね。
だけど、そんな調子じゃ間に合わないんじゃない?」


声と共に、ジュンジュンの腹部に強烈な蹴りがめり込む。
カハッという声と共にジュンジュンの動きが一瞬止まる、その隙を敵が見逃すはずがなかった。
ジュンジュンを沈めてしまおうと追撃の手が伸びる。


「ヤらせナイ!」


ジュンジュンの前に回り込んだリンリンは、敵の繰り出す蹴りを両腕で防御する。
腕に集中した念動力が生み出した小さな障壁が、その蹴りからのダメージを軽減した。
それでも、敵の蹴りの威力に小柄なリンリンの体は宙を舞う。


リンリンは空中でクルンと後転しながら敵目がけて複数の念動刃を放つ。
敵がその念動刃を相殺する隙に、ジュンジュンは一旦距離を置いて体勢を立て直す。

身を包んだ“戦闘服”のおかげで、受けたダメージがジワジワと回復しているのが分かる。
ジュンジュンは軽く吠えると、再び敵に向かって走り出した。


     *    *    *


―――強制爆破まで残り10分。

敵の放った念動刃を避けきれず“道重さゆみ”は床を転がった。
切り裂かれた右腕に意識を集中して、さゆみはその傷を軽く“塞ぐ”。
戦闘服に織り込まれた治癒能力、そのおかげで余計な消耗を軽減できるのが救いだった。


「もっと頑張ってよねー、こんなんじゃ肩慣らしにもなんないよ。
もっとも、あんた達運が悪いけどね…“粛正人A-あたし-”、久々の戦いにテンションあがっちゃってるし」

「っ…まだまだ!」

「さゆみ達は絶対に負けないの!」


Aの挑発に、さゆみと“亀井絵里”はゆっくりとその場に立ち上がる。
体のあちこちに刻まれた傷、目に見えぬダメージの蓄積…僅か数分間の交戦で、
二人は随分消耗を強いられていた。


さゆみの持つ治癒能力は後のことを考慮すると、そう何度も行使するわけにはいかない。
そのため、絵里もさゆみも自分の受けた傷に最低限の治癒しか施していなかった。
出血しないようにと塞いだだけの傷は痛み、拳や蹴りを受けた体は悲鳴を上げている。

だが、二人の瞳から戦意は喪失していない。
捕らわれた里沙を助け出す、その強い想いが強大な敵に立ち向かわせる。


「絵里…いくわよ」


その冷たい声音に、絵里の瞳が鋭くなる―――さゆみが“さえみ”へと人格を切り替えたのだ。
先程までさゆみは能力の消耗を防ぐために、腕に付けたデバイスによる能力攻撃は一切行わず、
身体能力だけで戦っていた。

さゆみが自身からさえみに切り替わったということは、短期決戦を挑むつもりなのだろう。
さゆみのままでは、傷付く度に少しずつ治癒能力を消費することになる。
どうせ消費するなら敵を早く撃ち倒す方がいい、その判断に普段はさゆみの意識下にいるさえみが応えたのだ。


「お、ようやく本気モード?
そうこなくっちゃねー、ほら、早く来なさいよ。
あんた達の大事な里沙ちゃん、早くしないと死んじゃうわよ」


その言葉に二人の体からオーラが吹き出す。
叫び声と共に絵里とさえみはAに向かって飛びかかっていった。


     *    *    *


―――強制爆破まで残り9分。


「…あああっ!!!」

「れいな!
っ、あああ!!!」


冷たい床の上をほぼ同時に転がる“田中れいな”と“高橋愛”。
蹴り上げられた腹部を押さえて呻くれいなと愛を嘲笑うような声が響く。


「さっきまでの威勢のよさはどこにいった?
そんなんじゃ間に合わねえよ」


金髪の女性の紡いだ言葉に、二人はゆっくりと立ち上がる。
激しい攻撃に二人の体は既にボロボロだった。


戦闘服に織り込まれた治癒能力では到底追いつかない程、ダメージは蓄積されている。
鋭く重い拳と蹴りが、戦闘服を着ていなければ骨折、内臓破壊に至っていてもおかしくないくらい、
二人の体に何度も叩き込まれていた。

れいなが飛び出したのと同時に、愛は“瞬間移動-テレポーテーション-”で金髪の女性の背後を取る。
前後からの挟み撃ち、“リゾナンター”屈指の身体能力を誇る二人の波状攻撃は並の能力者であれば
数秒足らずで地面に崩れ落ちるほど素早く、重い攻撃だった。

だが、金髪の女性はその波状攻撃を無駄のない動きで避けていく。

もう何度、こうした展開を繰り返しただろうか。
れいなと愛の胸の内に生まれるのは激しい焦燥と疑問だった。

“保田圭”のおかげで、以前とは比較にならない力を得たはずなのに。
何故自分達の攻撃は避けられるのか、何故向こうの攻撃を避けることが出来ないのか。
強くなったはずなのに、まだダークネスの幹部とやり合えるだけのレベルには到達していないというのか。

焦りは攻撃に現れる。
単調になってきた攻撃の隙を縫うように、金髪の女性はれいなに向かって拳を繰り出して吹き飛ばす。
背後にいる愛には強烈な回し蹴りを放ち、女性は軽く溜息を付いた。


「…何でお前達の攻撃があたしに通じないか教えてやるよ。
お前達は確かに以前とは比較にならないような力を得た、だけど、それだけなんだよ。
今まで100の力しか使えなかったお前達は、いきなり10000の力まで出せるようになった。
でも、今まで100しか使ったことのない人間に10000の力の使い方は分からない、上手く扱うことなんてすぐには出来ない。
焦ってここにすぐ乗り込んだ時点でお前達は負けなんだよ、せめて後数日、
その力の使い方を彼女に教わることが出来ていたら…もう少し違った結果になっただろうけどな」


女性の言葉に二人は歯噛みしながら、ゆっくりと立ち上がる。
突きつけられた事実に打ち拉がれることなく、二人は今まで以上に体からオーラを解き放った。


二人の体から吹き出した強いエネルギーを見ても、女性は顔色一つ変えることはない。
むしろ、ようやく本気になったかと言わんばかりの視線を二人に向ける。


「…やる気満々だな、でも、残り数分の間にお前達がその力の使い方をマスターし、
最大限に発揮出来るなんてことはまずありえねぇよ。
ここをお前達と…新垣の墓場にしてやる、かかってきな」


金髪の女性の挑発に二人は一斉に飛びかかる。

二人の双眸に宿るのは、里沙を絶対に助け出すという強い意志だった。


     *    *    *


「まだまだ…こんなものじゃないでしょう、あなた達は」


ダークネス内部、監視室。
巨大なモニターに映った映像を見つめながら“紺野あさ美”は小さく呟いた。

四分割されたモニターには、四つのチームに分かれたリゾナンター達が映し出されている。
紺野あさ美の手によって生み出されたダークネス幹部の劣化コピー、
劣化とは言えど本体の八割程度の力を持ったコピーが相手とあってか、リゾナンター達は随分苦戦しているようだ。

以前とは確かに比較にならない。
だが、金髪の女性―――“吉澤ひとみ”の言うように、リゾナンター達は未だ己の力を上手く制御出来ていない。
潜在的能力値を考慮すれば、おそらく今のリゾナンター達と劣化コピーの力の差は殆どないはずなのだが。


見る見るうちに傷が増え、動きが鈍くなっていくリゾナンター達。
傷が増え、地に転がる回数が増えるにつれ紺野あさ美の苛立ちは大きくなっていく。


「この戦いが終わるまでに自分達の能力を上手く制御出来るのか、
あるいは…何も出来ずに海上の牢獄ごと爆破されて終わってしまうのか…そんなことじゃ困るんですけどね。
ここで終わるようなら、この数年間私が過ごしてきた時間は無駄になってしまう」


刻一刻と過ぎていく時間。
紺野あさ美は小さく溜息をつく。
リゾナンター達は既に、満身創痍と言っても過言ではないくらいの傷を負っている。

ここまでなのか。
否、そうであってはならない、断じてならないのだ。
もしそうであるならば、何のために研究に邁進してきたのかということになる。


「さぁ、そろそろ本気になっていただかないと…里沙ちゃん、死んじゃいますよ?」


紺野あさ美の冷たい声音が監視室に融けていく。
華麗にキーボードを叩き爆破装置のタイマーを作動させた紺野あさ美は、
海上の牢獄にいるリゾナンター達に向かってアナウンスする。


「―――強制爆破まで残り、3分」


     *    *    *


「もう立てないの?」

「所詮、あんた達はその程度だったってことよ」

「よく頑張った方だけど、結局あんた達はあたし達には勝てない」

「ここで、お前達も新垣の命も終わりだ」


それぞれの場所に響くのは、どこまでも冷たく鋭い声。
地面に伏し、殆ど動かないリゾナンター達に向けて紡がれた声。

ここまでなのか。
全員の脳裏に同じ考えが過ぎる。
過ぎる、けど、何故だろう。
この身体はまだ動こうと、立ち上がろうとしつこく粘る。

身体は、脳は、先程からずっと限界を告げている。
それでも尚、別の何かがリゾナンター達を突き動かす。
何か―――全員の胸中に、心に渦巻く、共通の“記憶”。
それはあの日の。

―――ようやく心が通じ合ったのに、離れ離れになることになったあの日の。


とどめを刺そうと迫った刺客達の動きが、得体の知れない寒気によって急制動を強いられる。

おかしい。

彼女達が違和感に気づいた時にはもう、すべてが手遅れだった。


「…今も、頭に焼き付いて離れんと」


田中れいなの拳が吉澤ひとみの腹部にめり込む。


「あの日の」

「あの時の」


久住小春、光井愛佳の拳がほぼ同時に黒衣の女性の腹部と顔面を捉え、吹き飛ばした。


「新垣サンの」

「泣キながラ」


ジュンジュン、リンリンが放った蹴りが甲高い声の“主”の足を刈り、首を刈る。


「一生懸命に」

「笑っていた」


亀井絵里が繰り出す蹴りが、道重さゆみの放った拳がAの右腹、顎を薙いでいく。


「あの笑顔が」


胸を逆巻く激情をのせた高橋愛の拳が、吉澤ひとみの左頬にねじ込まれた。


『だから、私達はここに来た!!!!!!!!』


八人の叫び声は空間を超え、場所を超え、一つの声となる。
共鳴因子が暴れ出す。
激しい感情はうねりを伴いながら、強く熱く重なり合う。

―――海上の牢獄に、八つにして同一の強大なエネルギーが解き放たれた。


     *    *    *


右頬と腹部を押さえながら、黒衣の女性はゆっくりと立ち上がった。
口の中に広がる血の味、腹部に広がる激しい苦痛。
唾を地面に吐き、女性は眼前に立つ久住小春と光井愛佳を睨み付ける。


二人の方が余程自分よりも満身創痍だというのに。
背筋に走る得体の知れない寒気は強さを増し、女性の動きを鈍らせる。

冗談じゃない。
氷を統べる最強の“魔女”である自分が、ここで破れ去ることなどあってはならないのだ。

解き放たれる、闇色のオーラ。
女性は鋭く尖った氷塊を無数に生み出すと、目の前の二人を屠るべく一気に放った。
だが、氷塊は二人の体に届く前に霧散していく。


「くそ!」


焦る女性は、ひたすら氷塊を生み出し二人へ放ち続ける。
氷塊の雨が何度も何度も二人を屠ろうと降り注ぎ、その度に霧散していく。

一歩、一歩。
普通の能力者であれば既に死に至っているであろう“雨”の中を、二人は女性に向かって歩み寄る。
20メートル程離れていた両者の距離は、数メートルにまで詰まっていた。

女性は氷塊の雨を生み出すことを止め、両手にエネルギーを集中させていく。
瞬時に生み出されたのは、白く輝く氷の“剣”だった。


「この私を本気にさせたことを、あの世で後悔するがいい…」


言葉と共に、女性は一気に二人に向かって飛び出す。
剣は空を裂くと同時に、無数の氷塊をその場に生み出した。


至近距離で放たれる高速の斬撃、そしてそれと同時に放たれる氷塊。
例え斬撃を避けたとしても、0距離で放たれる氷塊まで回避するのはほぼ不可能だ。

斬撃、氷塊、斬撃、氷塊。
一閃する毎に生み出される氷塊が二人に襲いかかる。

今までこの剣を見て生き残ることが出来た能力者はいない。
氷の魔女の奥の手がついに二人を捉えたかに思えた、その瞬間だった。


「―――!」


氷の魔女は剣を振るおうと構えた姿のまま、その場に固まった。
否、正確には―――固められた。

女性の体に絡みつくのは、紫の“鎖”。
その鎖が動きを、能力を封じている。
鎖を断ち切ろうと全身に力を籠める度に、鎖はキツくキツく女性を封じる。


「外敵からの干渉を防ぐために張るのが結界なのは、あんたも知ってるやろ。
じゃあ―――その結界のベクトルを変えたらどうなると思う?」


光井愛佳の淡々とした声が女性の鼓膜を震わせる。
翳された手から伸びている紫の鎖が、より一層女性を締め上げていく。

光井愛佳がこの土壇場で生み出したのは―――“逆結界”。
本来、結界は外敵からの干渉を防ぐために張る、不可視の障壁である。
能力者であれば、強度や範囲の違いはあれど誰にでも張ることが出来る結界、
光井愛佳はその結界を生み出す力のベクトルを変え、能力者の行動、能力を封じる、本来の結界とは真逆の結界を生み出したのだ。


無理矢理ベクトルをねじ曲げている為、結界のように一定の範囲を覆うことは出来ない。
だが、これで充分だった。
光井愛佳は腕に力を籠め、しっかりと女性の動きを止める。


「ひっ!」


女性の視界が捉えたのは、その手に紅い“刀”を生み出した久住小春だった。
鋭く女性を睨み付ける瞳から一筋の涙が伝い、頬を濡らしていく。

ゆらり、久住小春が“二人”になる。
ゆらり、久住小春が“三人”に増える。
ゆらり―――久住小春は本体を含めて、“四人”となった。
“幻術-ハルシネーション-”を行使し、久住小春は己の分身を作り出したのだった。

本来、自分の幻影を作り出す能力でしかない能力、だが…分身達が持つ刀は決して幻影ではない。
女性の心を恐怖が支配する。
やめろ、やめろ、やめろ―――!

四人は女性へと駆け出す。
その攻撃から逃れようと、鎖を引き千切る勢いで力を籠める女性、だが。

斬撃と同時に女性の体を焼く、紅い電撃。
全身の血が沸き立ち、内側から肉を焼かれる苦痛に女性の口から絶叫が放たれる。


最後の一太刀が女性の体を薙ぐ。

女性が最後に見た光景は、轟音と共に自分目がけて落ちてくる巨大な“雷”だった。


     *    *    *


「このあたしに膝を付かせるなんて…あんた達、絶対許さない。
この拳で、あんた達を殴り殺してあげる…」


宣言と共に、黒のボンテージスーツに身を包んだ女性は体から闇色のオーラを解き放つ。
拳に力を籠め、女性は一気にジュンジュンとリンリンの方へと駆けだした。

数秒にも満たない時間でジュンジュンの傍へと距離を詰めた女性は、
雄叫びを上げながら拳を繰り出す。
先程よりも明らかに速く鋭い拳が幾重にもなってジュンジュンを襲う。

だが、ジュンジュンはその攻撃を全て回避すると同時に、女性の顎先を不可視の速度で蹴り上げる。
強力な蹴りに女性の体は吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。


「っ…の野郎!!!」


視界が歪む。
脳を揺らされた女性は、吐き気を堪えながらその場に立ち上がる。
まるで自分の体が自分の物ではないかのような、覚束ない感覚を覚える。

再びジュンジュンに向かって飛びかかろうと思った女性は、
何が起こったのか理解するよりも早く地面を転がっていた。


全身くまなくハンマーで殴られたかのような衝撃と苦痛が、女性の体を苛む。
一体何が起こったのかと、首の痛みを度外視して女性はジュンジュンの方へと視線を向けて絶句した。

鋭い視線を向けるジュンジュン。
その両腕は黒い剛毛に覆われ、成人男性の腰ほどはあろうかというくらい巨大化している。

“部分獣化-パーシャル・メタモルフォシス・トゥ・ビースト-”。
元々、獣化能力の使い手であるジュンジュンだからこそ可能だった、
肉体の一部分のみを獣化させる技は通常の獣化とは異なり、能力者の自我が保たれる。

一度獣化したら、最初の数十秒こそ人としての意識を保てるものの、
さらに時間が経過すると完全に獣と化し、本能のままに暴れ回るというのが獣化能力の難点。
だが、部分獣化であれば自我を保ったまま、それでいて人間では考えられない身体能力を得ることが出来るのだ。

ジュンジュンは一気に距離を詰めると、女性の体を蹴り上げる。
空に浮いた女性の体は次の瞬間、獣化したジュンジュンの両腕から放たれる波状攻撃によって吹き飛ばされた。

地面を何度もバウンドしながら転がる女性。
全身を苛む苦痛は今までに体験したことがないレベルに達していた。

だが、ここで終わるわけにはいかない。
絶対に二人を血祭りにあげるのだ、そう決意した女性はふと、違和感に気がつく。

―――もう一人は一体、どこにいった?

砕けそうなほど歯を食いしばりながら、女性は震える両腕に力を籠め上半身を起こしていく。
白く濁り歪んだ視界に突如広がる、黒。
黒、黒―――視界が晴れていく。


「!!!」


女性の目の前に立つのは、鋭い光を双眸から放つリンリンだった。
リンリンはその小柄な体からは想像もつかないような力で、女性の体を片手で持ち上げる。


「待って、ねぇ、まっ」


女性の制止を聞くことなく、リンリンはその手に力を籠める。
深緑色のオーラがゆらゆらと揺れながら、女性の体を包んでいく。
何が行われようとしているのか察知した女性は、念動刃でリンリンの体を切り裂こうと
肉体の痛みを度外視して力を放とうとする、だが。


「…消失(消エろ)」


感情のこもらない声が女性の鼓膜を震わせると同時に、その視界を埋め尽くすのは深緑の光。

―――深緑色の“火柱”が、捩れながら結界を突き破った。


     *    *    *


「…あったまきたわ…あんた達全員、ぶっ殺してやる!」


右腹に手を当てながらAは亀井絵里と道重さゆみの方を睨み付ける。
双眸に宿る禍々しい光は、常人であれば恐怖に震え腰を抜かしてもおかしくはない。

叫び声を上げたAの体から闇色のオーラが吹き出す。
次の瞬間、闇色のオーラは無数の念動刃と化して二人の方へと放たれた。

だが、二人は顔色一つ変えることはなかった。
道重さゆみを庇うように、一歩前に出た亀井絵里はAの方に手を翳す。

刹那、無数の“鎌鼬”が生まれ念動刃を次々に相殺していく。

力と力のぶつかり合い。
先程までならAが圧倒していただろう、だが、絵里の放つ鎌鼬は本気になったAの念動刃を相殺し、
むしろ押し切ろうと勢いを増していく。


「冗談じゃない、こんな死に損ないにやられたら粛正人Aの名がすたるわ…!」


ダークネスへとスカウトされた天才超能力者として。
一度戦いの場に出れば、ダークネス幹部も舌を巻く程の戦果をあげる最凶の能力者として。
粛正人Aが破れ去ることはあってはならない、断じてならないのだ。

体が発する危険信号に耳を傾けることなく、Aはその体からより強いオーラを放つ。
その体から放たれるエネルギーが、Aの周りの地面に亀裂を生み出していく。

威力、勢い共に今までの比ではない念動刃が竜巻のようにうねりを伴い、二人の方へと飛来する。
その勢いは凄まじく、鎌鼬での相殺が追いつかなくなる。

亀井絵里は軽く息を吐くと同時に、今まで以上に力を放出する。
押し切られるものか。
むしろ、こっちが押し切ってやる、その意思に体が呼応する。

強大なエネルギー同士のぶつかり合い。
辺りの空間は放たれるエネルギーによって歪み、軋み、結界は崩壊寸前である。

その様子を静観していた道重さゆみは一歩前に出ると、絵里の隣に立つ。
Aの方に向かって翳されている手に、そっと己の手を重ねる。

揺らめくのは、宵闇に咲き誇る桜が如く淡く儚い薄紅色のオーラ。
光は伸び、絵里が放つ橙の光と絡み合い、混ざり合っていく。


「一人で足りないなら、二人ならどうかしら?」


冷たい声音。
何の感情もこもっていない、機械のような声。


だが、その声はAの背筋に走る得体の知れない寒気を増進するには充分過ぎた。

鎌鼬が次々と念動刃を相殺し、やがてAの方に一つ、また一つと飛来するようになる。
鎌鼬が触れた地面に傷は生まれず、代わりに当たった箇所が“崩壊”していく。

絵里の放つ鎌鼬にさゆみ、否さえみがのせているのは“物質崩壊-イクサシブ・ヒーリング-”。
生物、無機物問わず、全ての物質の分子間の鎖を断ち切り崩壊させる能力を伴った鎌鼬は、
Aが放つ無数の念動刃を相殺しながら徐々にその勢いを増していく。

言うなれば“消失の嵐”。
その嵐はまさに今、Aを飲み込もうと激しさを増しながら、辺り一帯を崩壊させながら、
少しずつ少しずつ確かに突き進む。


「来るな、来るなあああああああああ!!!」


叫び声と共に、Aは狂ったように念動刃を生み出し続ける。
だが、その叫びすら消し去ってしまうかのように、消失の嵐はAに迫る。


「…絵里達は、絶対に負けない…ガキさんを、絶対に取り戻すんだから!」

「新垣里沙は私達にとってなくてはならない“一部”、
それを奪おうとする者は―――全て消すわ」


決意と共に、より一層勢いを増す消失の嵐。
腕が、足が、消失していく。


Aが最後に記憶したのは、その双眸から涙を流す二人の姿だった。


     *    *    *


吉澤ひとみは、今自分の身に何が起こったのかを反芻していた。
強制爆破まで残り3分、という紺野あさ美のアナウンスが入った、
その直後だ、いきなり目の前の二人の戦闘力が膨れ上がったのは。

否、膨れ上がる、という表現では追いつかない。
今まで戦っていた二人とは全く違う人物になったかのように、
その攻撃を視認することすら敵わず地面に転がる羽目になった。

殴られた頬と腹部を押さえる。
頬骨、肋骨ともにぐちゃぐちゃに砕けているのが分かって、思わず舌打ちした。

能力を制御出来るようになったのか。
あるいは“共鳴因子”というものの作用か。

吉澤ひとみは四肢に力をこめ、立ち上がる。
今までと同じ認識では、やられるのは自分の方であることを吉澤ひとみは誰よりも理解していた。

まずは、一人一人潰す必要がある。
どちらから先に仕留めるか、それを見定めようとした吉澤ひとみの視界は“蒼”に染まる。

瞬時に吉澤ひとみの体に走る、複数の打撃。
視認できぬ速度で、ありえない程の重みを伴った打撃が吉澤ひとみの体を撃ち抜いていく。

田中れいなの拳は、足は蒼く輝く。
“共鳴増幅能力-リゾナント・アンプリファイヤ-”、田中れいなはその能力のベクトルを変化させ、
一つの“エネルギー”へと変えたのだった。


エネルギー、言い換えれば純粋な“力”。
力を帯びた拳、蹴りは、一撃で岩をも粉砕する程の威力を持つ。そして、それらが超高速の“連撃-ラッシュ-”として襲いかかるのだ。

重機で殴られたかのような、有り得ない衝撃が数秒にも満たない時間で波のように打ち寄せる。
防御する両腕を貫通するかのような衝撃に、腕の骨は砕け、だらりと垂れ下がる。

がら空きになった上半身に拳がめり込む。
かろうじて直立姿勢を保とうとする両足を打ち砕こうと、蒼の光に包まれた鋭く重い蹴りが炸裂する。

その衝撃に、ついに吉澤ひとみの体は宙を舞い、地面を転がる。
硬い床に打ち付けられ、一瞬呼吸が出来なくなる。

だが、吉澤ひとみは諦めない。
砕かれた両腕の痛みを無視し、力の入らない両肢の感覚を度外視し、
再び立ち上がろうとする。

瞬間、吉澤ひとみの体は自分の意思とは無関係に立たされる、
否、立たされるのではなく―――持ち上げられる。

田中れいなにコートの襟元を掴まれた吉澤ひとみの体は、風が吹くだけで揺らいでしまいそうな程頼りない。


「…分から、ないな、何であいつのために、お前達はそこまで出来る?
あいつは、お前、達をずっと裏切、っていたスパイ、だぞ。
それとも、これが“共鳴”って、やつなの、か…」

「―――あんた達にはどうやっても理解出来んよ。
この胸を締め付ける想いは、今もずっとあーし達の胸に渦巻く悲しみは」


高橋愛は吉澤ひとみを一瞥しながら、その両腕にエネルギーを収束していく。
鮮やかな黄色のオーラが腕に絡みつき、強大なエネルギーが一点に凝縮する。


この絶対的不利な状況から反撃するべく、吉澤ひとみが全身に走る痛みを堪えてエネルギーを解き放とうとした、その時だった。

吉澤ひとみを持ち上げていた田中れいながその場から“消える”。

支えを失った体が地面に崩れ落ちるよりも早く、鮮やかな閃光が吉澤ひとみの全身を貫いた。


     *    *    *


跡形もなく消え去った黒衣の女性。
久住小春は肩で息をしながら、ゆっくりと歩き出す。
だが、その方向はまるで見当違いの方だった。

異なる能力の同時行使、それが久住小春の身体に及ぼした影響。
失明。
今の小春の視界を埋め尽くすのは、何処までも深い黒。

光井愛佳は何も言わずに、久住小春の手を取る。
何かを言いかけて、言いよどんだ久住小春の耳に届く、柔らかな声。


「大丈夫です、愛佳が久住さんの“目”になりますから。
いきましょう、皆、待ってる」


泣きたくなる程優しい声に、久住小春は小さく微笑む。
目が見えない恐怖は大きいが、それでもきっと大丈夫だと思えるのは、
彼女が傍にいてくれるからだと思い識る。

久住小春が戸惑わない程度の速度で光井愛佳は歩き出す。
敵を撃破すると同時に現れた、暗く長い廊下。


数十秒だったかもしれない、否、数分だったかもしれない。
ゆっくりとした足取りで出口を目指す二人の前に差し込んだ、小さな光。


「もう少しです、久住さん」

「ありがと、みっつぃー。
あの、ね」

「…分かってます、出る時になったら手を離しますから。
その代わり、これ」


光井愛佳が久住小春の服のポケットに滑り込ませたのは、自身が身につけていたデバイスだった。
そのデバイスから放たれる微かなエネルギーは、光井愛佳と同じもの。

光井愛佳から微かに放たれるエネルギーが、デバイスと呼応する。
これを“道標”にしろということだろう。

久住小春はポケットに手をつっこむと、そのデバイスをしっかりと握りしめる。
いつまで続くか分からないが、この失明状態は一時的なものだと信じて、
久住小春は光井愛佳と手を繋ぎながら出口へと向かう。

やがて、手を離される感覚。
そして、次々に上がる声に―――久住小春は、全員“ゲーム”に勝利したのだと言うことを識る。


「…これで、全員やね。
あ、さゆ、分かってると思うけど」

「全員、最低限の治療、ですよね。
大丈夫です、分かってますから」


久住小春の身を包む、温かな光。
全身を苛んでいた苦痛が和らいでいくのが分かる。

道重さゆみは光井愛佳にも治癒を施す。
全員、全快とまではいかないものの、それなりに戦えるだけの状態になった。


『おめでとうございます、では、約束通り、新垣里沙が居る部屋へとご案内しましょう』


抑揚のないアナウンスと共に、八人のリゾナンターの前に現れた新たなる通路。
八人は視線を交わすと、ゆっくりとした足取りで通路へと足を踏み入れる。

この先に、きっと。
里沙も、そして―――今まで以上の難敵も待ち受けているに違いない。

だが、八人の誰一人として、引き返そうとはしない。
新垣里沙を取り戻す、そのためにここまで来た。

八人は知る由もない。


―――この先に待ち構えている“試練”は、先程の死闘を上回る程過酷なものであることを。




















最終更新:2012年12月02日 07:37