(24)362 『覚悟の教え』

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リンリンは中華料理店での勤めを早めに終え、帰りの夜道を急いでいた。
今日はリンリンの誕生日である。閉店後の喫茶『リゾナント』で、皆がパーティーを開いてくれると言うのだ。

思わず顔に笑みが浮かぶ。ふと見上げる夜空には、綺麗な満月が浮かんでいた。


…しかし、その見上げた眼を下ろした時…。そこには一瞬前とはまるで違った光景が広がっていた。

そこは既に、何者かが造り上げた巨大な『結界』の中であった。

灯り1つ無い、荒涼とした岩山の中。満月だけは変らずに輝き、まばらな林と周囲の岩肌を照らしている。
それはリンリンの故郷、中国の山中の風景を思い浮かばせるものであった。
月を見上げる虎の姿でもあれば、また一幅の絵ともなったであろう。

しかし、そこにそびえる巨岩の上に立っていたのは、丈の長い中華服を纏った長身の初老の男であった。
痩身に白髪、丸い銀縁のフレームの眼鏡には明るい月の光が反射し、レンズの奥の眼差しは窺い知る事ができなかった。

上質な絹であろう、光沢のある深緑の生地に『神獣』の見事な刺繍をあしらったその衣服は、能力者組織『刃千吏』総統を象徴する物であった。

「総統…!?」

「…久しぶりだな、琳。今夜はおまえに“最後の選択”をしてもらわなければならぬ…」
男はゆっくりと話しはじめた。


「…我が『刃千吏』は『闇の組織』からの共闘を呼びかけられた。彼等の、“能力者のための新世界を創る”と言う理念には、私個人としては共感できなくも無い…」

「だが、中国人民と共に幾百年の歴史を歩んできた我等『刃千吏』が、人民を裏切り、彼等に与する事はできぬ…」

「さりとて、彼等と全面的に事を構えるのは『刃千吏』にとっても大いなる危険を伴う。かの『組織』は歴史こそ浅いが、恐るべき強大な力を持っている…。神のごとき能力者、悪魔のごとき戦士…。『刃千吏』の総力を持ってしても、勝てる保証は全く無い」

「…幸いにも、かの『組織』も我が『刃千吏』の力に、いささかの畏れを抱いていたのであろう…。我々は“相互不可侵”の盟約を結ぶ事となった」

「…!」
事態を把握したリンリンの表情がこわばる。

「…そうだ、琳。今後、おまえを『刃千吏』の人間が助ける事は一切できぬ。たとえおまえが命を失うことになろうとも」

「琳よ、これが最後の通告だ。『刃千吏』へ戻れ。かの『組織』の力は強大だ。おまえたちが到底かなう相手ではない。おまえたちは明日にも命を失う事になるぞ」

しかしリンリンは男の言葉に首をふって答えた。

「…いいえ。私は戻りません。私はあの仲間たちと共に戦う道を選びました」
「それに…、私は死にません!仲間たちの為にも、そして、育てていただいた『刃千吏』の恩に報いる為にも…!」


「愚かな…。心意気だけでは戦いには勝てんぞ?」
男はあきれたように言い、そしてこう言い放った。

「…では、その力、この老いぼれに見せてみよ!…手加減はせぬぞ。ここで死ぬのであればそこまでの器。『刃千吏』の恥を晒すよりも、我が手に掛けてやるのが私の『情』と思え!」
言うなり男は巨岩から飛び降り、初老とは思えぬ動きでリンリンに襲い掛かった。

もとより、『刃千吏』総統の地位とは、政治力だけでたどり着けるものではない。戦士として、あるいは時代によっては暗殺者として、組織の頂点に立った者でなければ、強力な能力者集団である『刃千吏』を統べる事は不可能だった。

前方2段蹴りである『二起飛脚』、両手突きにより両側頭部を襲う『双風貫耳』をステップで避けたリンリンを、回転回し蹴り『旋風脚』が襲う。

老いたりとはいえ、男の動きには洗練された無駄の無さと、『試合』ではなく『実戦』を重ねてきた者独特の過酷さがあった。

辛くも打撃を避け距離をとったリンリンに対し、男が右の拳を大地に打ちつけると、拳から生じた炎が大地を走り、リンリンを襲う。『刃千吏』総統の得意技として知られる『炎力波』であった。

これに対してはリンリンも同様に炎を放ち相殺を狙うが、わずかに力負けをして炎を押し戻され、大地を転がって炎を避ける。

「くっ…!」
早くも防戦一方となったリンリンに対し、男が再び拳を大地に打ち付ける。今度は炎は発生しないが、リンリンはすぐさま飛びのいた。

するとそれまでリンリンが立っていた大地からドーンッ!!っという音をたてて火柱が上がる。大地を経由し、遠距離地点に炎を発生させる、『炎力昇』と呼ばれる高等技術であり、幾多の敵を葬り去ってきた、総統の得意技であった。


『炎力昇』を続けざまに連打され、『炎使い』であれば本来は苦手なはずの遠距離戦に持ち込まれたリンリンは、避け続けるのが精一杯で、なかなか男の懐に飛び込むことができない。

「琳よ…、多くの優れた戦士には『隠し技』と呼ばれるものがある…」
ふと、男が話し始める。
「人間ははじめての事には対応が遅れる…。また、慣れた動きを急に変える事も、また難しいものだ」

「何を…?」
「だからこそ『隠し技』というものには効果がある…。そしてそれを見たものは死に逝くがゆえに、永遠に『隠し技』の秘密は守られる事となるのだ…」

言葉を終えると、男は再び拳を大地へと叩き付けた。
「…三連炎力昇」
1本目の火柱を難なく避けたリンリンであったが、ステップで避けた先の足元の大地から、間髪を入れず2本目の、さらに大きな火柱が上がる。
ギリギリで大地を転がって回避し、両手を地面についたその手の間の大地から、3本目の、しかも最大の火柱が吹き上がり、リンリンの身体を包み込んだ。

ドーンッ!!と轟音が響き、火柱が消えた時、そこにリンリンの姿は無かった。
…焼失!?…そう思われた瞬間、男の顔に驚愕の色が浮かぶ。

リンリンの身体はまるで飛翔するかのように空中を舞い、十数メートルの距離を越えて男の眼前に飛来していた。
しかも、本来ならば物質の『媒体』無しでは発生しないはずの炎をも右手に纏っている。

「ウオオオオオオオオオオ!!」
リンリンは叫び声を上げながら、男の顔面に炎を纏った右手を叩きつける。
「焼失ッ!!」


「…強くなったな、琳」
男ははじめて笑顔を浮かべて言った。
「…ありがとうございます、総統」
男の眼前にかざされたリンリンの右手から、既に炎は消えていた。

「最初から気付いていたのか?…私がおまえを試していると」
「…はい。殺気が感じられませんでしたから」
「おまえに手加減されるようでは私も引退だな…」
男は苦笑しながら言う。

「いえ、手加減などとんでもありません…。私も仲間の力を借りなければ、手も足もでなかったでしょう」
「…仲間の力?」
「今こちらに向かっている、仲間の一人に力を借りました…。念動力、発火能力を増幅してもらったのです」
「そうか…。おまえとおまえの仲間たちには、なかなか量りがたい力があるようだな」

すっと男の顔から笑みが消えた。
「まあ、この分なら“元”『刃千吏』としても、それほど恥ずかしい死に様を晒す事はなかろう」
「銭琳。今夜を限りに、我々『刃千吏』はおまえと一切関わりの無いものとする」

「…はい…。…今まで…、本当にありがとうございました!!」
リンリンが深く頭を下げる。


「…ところで、琳よ…。最後におまえに1つだけ教えておきたい事がある」
しばらくの沈黙の後、男は横を向き、煌々と輝く満月を見上げながら語り始める。


「おまえには『刃千吏』の後継者として、ありとあらゆる事を教えてきた…。戦闘技術から、笹の栽培法までな」

「ただ、今後おまえも人の親となる事もあるだろう…。おまえも今夜で18だ。『親となる者の覚悟』とはどんなものか…。それをおまえに教えてやろう」

「『親』…ですか…?」
リンリンは男を不思議そうに見上げた。男は話を続ける。

「いま、『刃千吏』の幹部に一人の男がいる。組織でもそこそこの地位に上り詰めた、責任ある立場の男だ」

「そして、男には娘がいる。遠く離れた国に住む、『刃千吏』とも何の関わりも無い娘だ。しかし…,もしひとたびその娘が危機におちいって…、助けを求める声が届いたなら…」

「…その男は娘を助けに行くだろう。たとえ、『闇の組織』と『刃千吏』との両方を敵にまわしたとしてもな」

「琳よ。それが『親となる者の覚悟』というものだ」

「…お父様!」


…突然、周囲の空間が歪み、無音に近かった空間に、町の雑踏のノイズが戻ってくる。
中国の山中を模したかのような『結界』が消え、町の街路灯の明かりが眩しい位に飛び込んでくる。
ふと見ると、結界を創っていたのであろう、二人の四方を囲むように佇んでいた『刃千吏』のメンバーと思しき者達が、二人に歩み寄って来ていた。


「おまえの仲間たちが心配してやって来たようだな。そろそろ行かなくては」

メンバーたちが男に寄り添うように立つと、男はリンリンを見つめて言った。
「さらばだ、琳。達者で暮らせよ」

おそらくは帯同していたテレポーターの『能力』により、男がかき消すようにその場から消える瞬間…。

父と娘は同時に同じ言葉をつぶやいていた。

 「再見」 と。




















最終更新:2012年12月02日 08:22