(02)725 『絵里過去編~今生きている幸せ~』

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今日も窓の外は抜けるような青空だった。
白で彩られた部屋に差し込んで反射する外からの光は、目を細めたくなるほどに眩しい。

「あ~あ、つまんないな・・・」

白い壁に囲まれ、白いベッドの上で、白い天井を見上げながら、亀井絵里は一人そうつぶやいた。
定期的な長期の検査入院を余儀なくされているこの体が恨めしい。
左胸にそっと手を当てながら、絵里は唇を少し尖らせる。
先天的に持っていたらしい心臓の病は、小学生のときに激しい発作を起こして以降、絵里の生活を大きく制限してきた。

こんないい天気なのにさ、これがなければ今日はさゆと映画見てクレープ食べてそれから色んなことおしゃべりして・・・

そこまで考えて、絵里はため息をつく。
分かってはいるのだ。
自分がどれだけ贅沢なことを言っているか。


幼い頃、自分がそんなことをできるなんてことは期待もしていなかった。
おとぎの国の夢物語に近い感覚で憧れていただけだった。
事実、今のこの齢まで生きられる保証はないとまで言われていたのだ。
しかし、年齢を重ねるとともに絵里の心臓は随分強くなった。
少し前までは入院生活が基本であり、外に出ることすらめったになかったのが、今では病院にいる日数の方が少ない。

そして・・・

「おはよう絵里ー。クレープ買ってきてあげたよー」
「あ、さゆー!淋しかったよぉー」

眩しいくらいに明るかった病室だが、ようやく本当の意味で明るくなったように絵里には思えた。


絵里にとって一番の憧れだったもの。
それは「友達」―

心から笑い合い、思ったことを言い合い、一緒に泣いたり怒ったりできる相手がいればどんなに素晴らしいだろう。
それは自分の心臓の病が治ること以上に切望していたことであり、それと同時に半ばあきらめてもいたことでもあった。
さゆみと出逢うまでは・・・

自分の唯一無二と言ってよかった願いが叶ったのだ。
これ以上多くを望んでは罰が当たるというものだろう。


絵里は、子どもの頃から普通の人間とは違っていた。
心臓に抱えた病気のことだけではなく。

絵里には不思議な能力が備わっていた。
心臓の病気と同様に、おそらくは生まれたときから。

思い返せば、幼い頃からその能力は発現していたように思う。
だが、当時はそのことに自分を含め周りの者も気付いていなかったために、絵里は激しい運動ができない他はごく普通の子どもでいられた。

その不思議な能力とは「傷の共有」。
自分の受けた傷を、その場にいる他人にも同じ部位に共有させる能力だった。
今は意識的にON・OFFができるが、幼い頃は半ばランダムに発現していた。
その巻き添えを食った者は、まさか絵里が原因だとは思わず、単に知らない間にケガをしていたと思ったことだろう。
実際にそんなことはよくあることだし、激しい運動を控えていた絵里が大きなケガをすることもなかったから、幸いにして誰も気付かなかった。
それ故、絵里はそれなりに平穏な日常を送っていた。

しかし・・・


「痛い!」

幼稚園に入ってすぐのある休日、ハサミを使った工作をしていた絵里は、過って自らの指を深く切りつけてしまった。
これまでに見たこともない量の血が出たことにパニックになり、絵里は泣き叫びながら同じ部屋にいた父と母の名を呼んだ。
だが、父と母は立ち上がりかけたまま呆然とした表情で固まっていた。
3人がまったく同じところから血を流しているという、不可解かつ不気味な現象を目の当たりにして。

同時に、それは少し以前から両親の中にあった「まさか」という思いが、否応なく肯定されてしまった瞬間でもあった。
知らない間にケガをしていたところが、いつも絵里のケガの箇所と重なっているという事実。
それを「ただの偶然」と片付けることができなくなったこのときから、絵里の家庭は崩れ始めていたのだろう。

父と母は絵里を畏怖したような目で見るようになり、それと同時によく言い争いをするようになった。
今思えば、“どちらのせいでおかしな子が生まれてきたのか”の責任の所在を求める思いが根底にあっての言い争いだったのだろう。

やがて両親は離婚した。
絵里は父親側に引き取られたが、それは娘への愛ゆえではなくおそらくは世間体ゆえであったのだろう。
その後、父娘らしい会話を父とした記憶は絵里にはないから。

元々仕事人間であった父は、ハウスキーパーに絵里を任せきりにしたまま、小学校の入学式やその他の行事にも来てはくれなかった。
お金だけはあり余るほど与えられたが、むしろそのことが絵里の心の暗闇を育てた。
絵里が本当にほしいものは何一つお金では買えなかったから。


心に闇が広がれば広がるほど、絵里のチカラは暴走を始めた。
そしてそのことによって、より一層絵里の心は暗黒に覆われ閉ざされてゆく。
ハウスキーパーは次々と変わり、学校でも友達ができるどころかむしろ気味悪がられた。
どこにいても、何をしていても絵里はいつも独りだった。

いつしか絵里はいつも媚びたような笑みを浮かべるようになる。
自分の心が闇に覆いつくされることを怖れて。
少しでも人から関心を向けられたくて。

それが悲劇を招くことになる。
いや、遅かれ早かれ迎えていた悲劇だったのかもしれない。


ある日、絵里はクラスの男子たちに校舎の裏へと引きずられていった。

「なんでいっつも体育をズル休みしてるんだよ」
「お前なんかヘンだよな」
「こいつんち離婚したらしいぞ」
「何とか言えよブスが」

乱暴に小突かれて様々な暴言を吐かれながらも、絵里は何も言わずにただいつもの笑いを顔に張り付かせて耐えていた。
その笑いこそが、クラスメイトたちの反感と嗜虐心を煽っていたことなど知る由もなく。

「いつもヘラヘラ笑って気持ち悪いんだよ!」

突き飛ばされ、倒れたところに大きな石があった。
石は鋭さを持っており、そこにもろにぶつかる形になった絵里の額からは、見る間に血があふれ出した。
そして、その場にいた者全ての額からも。


その後、どうなったのか絵里は知らない。
ショックが重なりすぎたせいか、心臓に巣食う病に急激に襲われた絵里は、そのまま病院に運ばれ日常に帰ることができなくなったから。

だが、自分がどのように見られているかは容易に想像がついた。
誰一人、見舞いには来てくれなかったから。
クラスメイトも、担任の先生も、そして父親も。


孤独だった。
ひたすらに孤独だった。

たまに起こる心臓の発作は息もできないくらい苦しかった。
でも、夜ごと締め付ける孤独はそれ以上に辛く苦しかった。
生きている意味が分からなくなるくらいに。


気がつくと絵里は病院の屋上に立っていた。


死ぬつもりだった。
屋上にいた先客の、今にも壊れそうな背中を見るまでは。

「何してんの?そんな思いつめた顔してぼーっと立っちゃって」

自分でも分からない衝動に突き動かされて、絵里はその背中に向かって言った。
小学校でしていたような偽りの笑顔ではなく、心からの笑顔で。
何故か、そうしなければその先客の少女が今にも掻き消えてしまいそうに儚く思えて・・・



「クレープいらないの?」

ふと我に返ると、首をかしげたさゆみの顔が目の前にあった。
さゆみの顔をじっと眺めていたことに気付いた絵里は、慌てて意識を現在に引き戻した。

「あのさぁ。今日は血液検査があるから絶食しないといけないって確か絵里言ったよね?」
「あっ・・・そうだっけ?」
「ひどいよさゆ~。生殺しだよ~」
「大丈夫大丈夫。さゆが絵里の分まで食べてあげるから」
「もー!信じらんないんだけどー」

こんな会話ができる“友達”がいる幸せを改めて噛み締めながら、絵里は再び過去に思いを馳せる。


あの日あの場所でさゆみと出会い、絵里の心は救われた。
孤独という闇に塗りつぶされそうになっていた心を、さゆみはこの窓の外に降り注ぐ光のように明るく照らしてくれた。

・・・あのとき、絵里はさゆみを助けなければという思いに駆られて声をかけた。
でも、救われたのはきっと自分の方だったのだ。


改めて思う。

―自分は今、何て幸せなんだろう。


白い壁に反射する光に照らされた絵里のその偽りのない笑顔が、何よりも鮮明にその心を描き出していた。




















最終更新:2012年12月17日 11:49