(09)304 『蒼の共鳴番外編-祈りの風-』

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「あー疲れたぁ、って、あれ?」

「ガキさん、しーっ」


里沙が店に顔を出したのは、夕暮れ間近のことだった。
CLOSEDの札がかかっていたから、普通の客はいないだろうと少し大きめの声を出したのだが。
その声の大きさを窘めた絵里はというと、静かに微笑んでいる。
里沙はなるべく足音を立てないように、そっと絵里の側へと近づいた。


「何で皆寝てるのよ、亀、あんた何かしたの?」

「えー、絵里はただ風の力の練習を兼ねて、外が暑いからお店の中にそよ風を吹かせてただけですよ。
何かいつの間にか、皆寝ちゃったけど」



絵里の言葉に、里沙はフッと苦笑いする。
特に深い意味もなく、本当にただ暑いから風を吹かせてたのであろうということが絵里の言葉から感じられた。
絵里は寝ている皆を、ただ静かに、微笑みを浮かべながら眺めている。
その目の優しさに、里沙はただただ惹かれるしかなかった。

絵里の何も考えていないような顔を見ていると、どこかほっとする自分がいることに里沙は気付く。
いつも皆と笑い合いながらも、心の底からは笑うことが出来ない。
それは、自分がリゾナンターに真に所属することが出来ないから。
そんな自分だけれども、彼女と居る時はどこか気を抜くことが出来る。

もちろん、けして何も考えていないなんてことはないだろう。
ただ、彼女は何を考えているんだろうとか、そういうことを他人には悟らせない。
ただただ、穏やかな表情でいつも皆と一緒にいる。


「梅雨時だし、何か疲れやすいのかもねぇ。それにしても、皆寝顔は可愛いよね」

「ガキさんは手厳しいなぁ、皆起きてても騒いでても可愛いじゃないですか、もちろん絵里も」

「勝手に人の口癖取らないの、まったく。しかもさりげなく自分をアピールしてるし」

「まぁまぁ、そこは大事ですから。ガキさんもよかったらお昼寝したらどうですか?
少し眠るだけでも、疲れ取れますしね」


そう言って、絵里はポンポンと自分の座っている椅子の隣の椅子を叩く。
これは、彼女の隣で眠ってほしいということだろうか。
里沙は少し迷ったが、素直に彼女の隣の席に座りその肩に自分の頭をのせる。
誰かにこうして寄りかかるのは随分久し振りで、少しくすぐったい。

絵里から仄かに香る、花の匂い。
触れているところから伝わってくる温もりに、何故か目の奥が熱くなる。
それを知ってか知らずか、絵里は穏やかな微笑みのまま風を吹かせていた。



「こういう日がいつも、いつまでも続いていけばいいのにな」


絵里の一言に、里沙は目を閉じながら心の中で同調する。
こういう、穏やかな日々が続いていけばいい。
出来るなら、この中に彼女も一緒に居させたいと思うけれども、それは過ぎた願い。

―――いつかは、ここを離れる日が来るのだと分かっているから。


里沙の心が、微かに揺れたことに気付いたのか。
絵里は触れ合っている手を動かし、里沙の手をそっと包む。
その手から伝わってくる優しさに、涙が頬を伝ったのが分かって。
里沙は、声を上げないように唇を噛みしめる。



「ダークネスとの戦いがいつまで続くのか、絵里には分かんないけど…それが終わったら、
皆でこうして、ゆっくりと一日を過ごす日々が続いたらいいなぁ。きっと、皆笑顔で、
うるさくって、でも、それってすごく楽しくって素敵な毎日になると思う。その時には、
ガキさんも笑顔ですよ、きっと」

「…うるさい、バカ亀。寝れないでしょーが」

「うへへ、怒られちゃった。でも、そうなると素敵だと思いません?」

「そうだね、分かったから、亀も寝なさい。でないとあたしが寝付けないし」


ちょっと乱暴な言い方になったけれど、絵里ははーいと言って口を閉じる。
静かになった店内に、優しくそよぐ風。
胸の中にひたひたと溢れてくる温もりが、里沙の心を少しずつ癒していく。
絵里が寝付いた気配はなく、里沙はつい口を開いてしまった。



「てか、あんた寝ないの?」

「えー、ガキさんが寝てから寝ます。だからちゃっちゃと眠ってくださいね、絵里もー超眠いんです」

「あたしが寝付くの待たないで寝ればいいじゃん、何でそんな最後まで起きてるのに拘るのよ」


里沙の一言に、絵里はふわっとした笑顔を見せる。
絵里が微笑んでる気配を感じて、里沙は思わず目を開けて絵里の方に顔を向けた。
視界に飛び込んでくる、絵里の瞳はどこまでも穏やかな光を湛えている。
里沙の頬に残る涙の跡に手を伸ばしながら、絵里は口を開く。


「皆の寝顔を守るのが、絵里の役割ですから。だから、寝るのは一番最後なんです。分かったら、さっさと
寝ちゃってください、肩じゃ寝にくいなら絵里の膝、特別に貸し出しますから」

「…膝枕とか勘弁して。おやすみ、アホ亀」


再び絵里の肩に頭を預けて、里沙は目を閉じる。
いつもとぼけたことばっかり言って里沙を困らせるくせに、こういう時だけ無駄に優しい。
何で泣いてるとか聞かないくせに、その手から伝わってくるのは里沙を心配する気持ちと、
里沙の心を少しでも癒したいという気持ち。


(寝顔守るとか…恥ずかしいことばっかり言って)


里沙は心の中でさんざん悪態をつく、もちろん、絵里には聞こえないように。
睡魔に飲み込まれる前に、里沙は一言だけ絵里に聞こえるように大きく心の声をあげる。





(寝顔守るどころか、皆を守ってるよ、亀は。だから、そのままの亀でいなさい)


その声に絵里が驚いた気配を感じて、里沙はしてやったりと思いながら睡魔に飲み込まれる。
絵里は里沙の手をそっと包み込むように握り、いつものように微笑んだ。

夕日が差し込むリゾナントの店内を、優しい風はいつまでも吹き続ける。
里沙の寝息が聞こえてきたことに、絵里は安堵した。
彼女が何を思って泣いたのかは分からないけれど、少しは役立てたみたいだった。
そのことが無性に嬉しくって、絵里の眠気は飛んでいく。

皆の眠りを守る風を吹かせながら、絵里は静かに祈り続けた。

―――いつまでもこうして皆と楽しく過ごす日々が訪れますように、と。




















最終更新:2012年12月02日 12:42