(09)414 『蒼の共鳴番外編-朝焼けの街-』

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大概の人はまだ眠っている、午前4時。
自分の「城」からそっと、れいなは抜け出した。
夜明けの気配はまだ遠くて、この時季特有の湿り気を含んだ空気がれいなの肌を震えさせる。
肌にまとわりつくような湿気に、れいなは舌打ちしたくなるのを堪えた。

足音を立てないように、れいなはリゾナントから外へと出る。
いつも着ている服とは違う、地味な色のジャージ姿。
店の前で軽くストレッチを始めたれいなの瞳には強い意志が感じられる、見る者が思わず言葉を失う程に。
10分程かけて入念に体をほぐしたれいなは、軽く深呼吸した。


(さて、今日もやるっちゃ。もっともっと体力つけんと、長期戦に持ち込まれた時に不利やけんね)


れいなは夜明け前の街に飛び出していく、その足取りはどこまでも軽い。
毎日の日課のロードワークは愛には内緒のつもりだが、愛は知っている。
夜が明けた頃に帰ると、いつもれいなのベッドには着替え一式とタオル類がおいてあるのだ。
それなのに、愛は何も知らないよって顔でリゾナントの開店準備をしている。

知っているのに何も言わずにいてくれる愛に、れいなはいつも心の中で感謝していた。
皆にはあまり、陰でこっそり努力していることは知られたくないから。
いつも飄々としたれいな、そう思われていたいのだ。

―――それは、れいななりの自己形成。


まとわりつく湿気が、走るれいなの肌をじわりじわりと冷やそうとしても。
そんなことは気にも留めず、れいなはひたすら走る。
昨日よりも今日、今日よりも明日。
ほんの少しでもいいから、強くなりたい。

戦闘系能力を持たない以上、この体しか頼れないのだから。
ならば、自分の限界まで鍛えてやる。
単純な思考からの行動でも、一日一日欠かさずに続ければそれはいつか大きな力になるのだ。
背伸びかもしれないけれど、背伸びしてたらそのうち背伸びしなくてもそこに手が届くようになる。

そう、強く信じているからこそ。
普通の人なら続ける意思を持ち続けるのが困難な、早朝のロードワークを続けられるのだ。
一息つくことさえせず、れいなは街の外れまで走って。
そこから、またリゾナントの方へと戻ろうと踵を返そうとしたら。



「田中っち、こんな時間に何やってるの?」

「ガキさん?ガキさんこそこんな時間に何やってるっちゃ?仕事に行くにはまだ早いっちゃよ」


れいなの方を見て、とても驚いた顔をしている里沙。
その里沙に負けず劣らず、自分も驚いた顔をしている自覚はあった。
夜明け前という時間から動き出すような仕事じゃないのは、社会人経験のないれいなでも分かる。
そして、自分もまたこんな時間からトレーニングをしているような人間には見られていないということも。

里沙は小さく笑うと、れいなの方に近づいてくる。
里沙の笑顔に釣られるように、れいなも笑った。
心と心が響きあう感覚は、いつも少しの気恥ずかしさと大きな嬉しさを伴う。
手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで近づいた里沙は、れいなの方に手を差し出した。
その手には、れいなもよく知っている清涼飲料水の缶。
受け取った缶は少し温くて、買ってから少し時間が経ってるのかなと思う。


「ありがと、ガキさん。何でこんなの持っとーと?ガキさんってお茶とコーヒーしか飲まんと思ってたっちゃ」

「何よー、あたしだってこういうの飲むってば。で、こんな時間からトレーニング?」

「そうっちゃ、れーなは戦闘能力使えんけん、代わりに身体能力を鍛えてるっちゃ。少しでも強くならんと、
皆のこと守れんし。戦闘能力使える子はまだしも、使えん子もおるから…」


れいなの言葉に、里沙は一瞬驚いた顔を見せた後優しく笑う。
里沙の笑顔が照れくさくて、れいなはそっぽを向いた。
そんなれいなの態度に気を悪くすることもなく、里沙は持っていたバッグからハンカチを取り出す。
手を伸ばし、れいなのおでこや頬にハンカチを押し当てて汗を拭き取っていく。


「ガキさん、ハンカチ汚れるっちゃ。れーな、自分でタオル持っとーし」

「ん、もう拭いちゃったし。汚れるとかそんなこと思わないし、てか、田中っち照れちゃって可愛いー」


里沙の方を向けないが、きっとニヤニヤと笑っているんだろう。
耳まで赤くなってるのが里沙にはしっかり見えているんだろうなと思うと、それだけで背中の辺りがむずむずする。
こういうことをされると、無性に照れくさいというのが里沙には分からないのだろうか。
常識人に見えて、意外と里沙は大らかな行動をすることもあるんだなと思った。


「田中っちは、本当頑張り屋さんだね。まったく、絵里や小春にも見習って欲しいよ。
あの子達ったら騒いでばっかりなんだから」

「そんなこと言って、ガキさん、絵里や小春が静かになったら寂しいっちゃろ?
れーなには目に見えるっちゃ、静かになった2人を見て寂しそうな顔をしてるガキさんの顔が」


れいなの絶妙な返しに、今度は里沙が顔を赤くする番だった。
そんな里沙を見てれいなはニヤニヤと笑う、まるで猫が笑っているような顔で。
いつもぶつくさ言うくせにその目の奥が笑っていることくらい、れいなにだって分かる。
素直に感情を表現しないところがある里沙は、自分と少し似ているとれいなは常々思っていた。

多分、素直に感情を表に出さないのは気恥ずかしいからで。
ちょっと、斜めに構えて皆のことを見ていたいからなのだと思う。
里沙の場合は、斜めに構えるというより少し離れたところからと言うべきかもしれないが。
ともあれ、どこか似ている2人。


「っていうか、ガキさんはこんな時間に何しとったと?」

「それがさー、聞いてよ、田中っち。職場の後輩がありえないミスしちゃって、それのフォローで
隣街まで行って今の時間まで缶詰状態だったのよ、本当、ありえないよね。その子途中でどうしても
外せない用事があるって言って帰っちゃうしさー、本当、勘弁して欲しいよ」

「社会人も色々大変っちゃね。れーなは愛ちゃんが雇ってくれとるけん、最高の状態で働いてるけど。
てか、ガキさんもリゾナントで働けばいいと思うっちゃ」

「んー、リゾナントは2人もいれば充分事足りるだろうし、何だかんだで好きでやってることだしねー」


そう言って笑っているのに、里沙はどこか辛そうな顔をしている。
仕事の疲れだろうか、お世辞にもいい笑顔とは言えない。
そういう顔をする里沙を見たくなくて、れいなは里沙の手を引っ張って歩き出す。
突然のことに里沙は足をもつれさせながらも、れいなの歩みに付いていく。


「ちょっと、田中っち、どこに連れてく気?」

「秘密、っていうか、時間ないから、ガキさん、走るよ!」

「え、ちょ、田中っちー!」


手を繋いだまま走るのって、意外と難しいなと走りながられいなは思った。
それでも、里沙はれいなの速度と変わらない速度で走ってくれる。
間に合うだろうか、そう思う自分の思考すら削ぎ落としたい。
そう思いながら、れいなは里沙を連れてうっすらと明るくなってきた街を走る。

10分も走っただろうか、れいなと里沙は街のある丘の上にたどり着く。
地元の人間でもない限り、来ないような寂れた児童公園が一つ、その丘にはあった。
肩で息をしながら、れいなはゆっくりと街を一望できる位置へと里沙を誘導する。
眠りから目覚める前の街がそこにはあった。


「ちょ、もう、田中っち、一体何なの?」

「いいから、ここに立ってれば分かるっちゃ」


そう言ったきり、れいなは口を閉ざして街の方を見つめる。
釈然としないものを感じながらも、里沙もれいなに倣うように口を閉ざして街の方を見る。
走って火照った2人の体を冷ますように、柔らかな風が吹いた。
少しずつ、明るくなっていく空。


「うわ…綺麗…。」

「いつもトレーニングついでに、ここに寄るっちゃ。この朝焼けを見ると、頑張ろうって思えると。
れーな、口下手やけん、ガキさんに上手いこと何か言ってあげれんけど…これ見せたら、
ガキさん笑ってくれるかもって思ったら、走り出してた。ごめんなさい、いきなり何も言わんと走り出して」

「田中っち、ありがと。そりゃ、びっくりしたけど…田中っちは何の考えもなしに動くような子じゃないって
あたし知ってるから。元気ないの察して、こうしてくれたんだよね。すごく、嬉しいよ」


2人の前には、朝日に照らされる街。
眠っていた生命が動き出す、暖かな時間の始まりを告げる朝日。
普通に生活していたらまず見ることのない光景に、自然と里沙の口元には笑みが浮かぶ。
里沙とれいなの胸にこみ上げてくる、優しい気持ち。
朝日に照らされる街を見つめながら、れいなは里沙の手をしっかりと握る。


「れーなのとっておき見せたけん、ガキさん、れーながあんな時間からトレーニングしてたのは
皆には内緒にして欲しいっちゃ」

「いいよ、こんな素敵な風景見せられたら嫌って言えないしね。さて、田中っち、そろそろ帰らないと
愛ちゃん心配しちゃうよ。それに、あたしお腹減ったんだよねー、リゾナントってモーニングやってたっけ?」

「やってなくても、愛ちゃんなら作ってくれるっちゃ」


そう言いながら、2人は丘の上の公園を後にする。
柔らかな日差しの降り注ぐ街。
里沙と手を繋いで歩きながら、れいなは小さく笑った。
似てるから上手く接することが出来ない部分もあるけど、そのことは大した問題じゃない。
こんな簡単なことで、気持ちって伝わるんだから。


―――眩しいくらいの日差しに負けないくらい、2人の笑顔は輝いていた。



















最終更新:2012年12月02日 12:44