(13)792 『蒼の共鳴番外編-いつか名前を呼んで-』

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「お疲れ様でしたー。」


時刻は午後11時過ぎ、ようやく撮影の仕事を終えた小春は帰途につく。
労働基準法?何それ食べれるのと言いたくなるくらい、朝からみっちりと撮影づくしだった小春。
今日はまだ楽な方だったとは言え、高校生活に加えて不定期にダークネスとの戦闘もある状態。
疲労が溜まってきているのは自覚してるものの、そう簡単に休みが貰えるなら苦労はなかった。

幸い、今日で撮影の方は一段落ついた。
明日からは一週間、普通の女子高校生としての生活。
少しは睡眠時間が増やせそうだなと、スケジュール帳を片手に小春は苦笑いする。
リゾナントへ数日ぶりに顔を出すこともこれなら可能だ。

小春の脳裏に過ぎる、皆の笑顔。
前だったら、こうして疲れた時に誰かの笑顔を思い出すなんてことはなかった。
睡眠時間が増えることだけが嬉しくて、誰かのことを考える余裕なんてなかった日々。

あの時、拾ってきた子猫…ミーの存在がなかったら、今頃は皆とやはり上手くやれていなかったんだろうか。
たらればの仮定に意味はないと分かっていても、ふとそんなことを考えてしまう。

少しは変わってきたつもりだけど、一人で居るとネガティブな面が出てくるのは。
やはり、皆に会えないと寂しいと思うようになったからだと自嘲する。
それはけして悪いことでも何でもないと分かっていても、何だか自分が弱くなったような気がして。


「待たせてごめん、助けにきたよ、お姫様…か」


先日、愛佳が戦いに巻き込まれた時のことを思い出し、ため息をつく小春。
王子様気取りで格好つけたこと言っても、自分は結局王子様でも何でもない。
強くて格好いい自分でいたいと思うから、格好つけたことを言って強がってみても。
結局、こうして一人になると弱い自分が顔を出す。


今日の撮影は、何とかこの時間に終えることが出来たということだけが唯一の救いだった。
日頃の疲れが解消しきれていないせいか、アクションシーンでミスを連発し。
何とかアクションシーンを切り抜けても、台詞が抜けてしまって結局NGを連発で出してしまった。

必死に気持ちを立て直して、ようやく最後のカットを撮り終えた時。
監督や他のスタッフのお疲れ様という言葉が、やっと終わりかよいい加減にしろよって言っているように思えて。
泣き出したいのを堪えて、必死にお疲れ様ですと言い返した。

仕事場で泣くのだけは嫌だった。
ましてや、それは誰かのせいじゃなくて不甲斐ない自分が悪いのだから絶対にここでは涙を見せたくない。
そんなことこれっぽっちも思っていないのに、泣けば許して貰えると思ってると思われるのが嫌だから。

マネージャーの話なんて殆ど聞こえていなかった。
話しかけてくる声に、スケジュール通りでいいんですよねと言葉を返して。
送っていくという声を無視して、タクシーに身を滑り込ませた。


(あー、メール送っておこう)


携帯を取り出して、素早くマネージャーに謝りのメールを入れる。
さすがに、今電話で直接話は出来そうもなかったから。
明日にでも、改めて電話で謝ろう。
そうやって、無理矢理にでも気分を切り替えていないと崩れ落ちていきそうだった。

やがて、タクシーは小春のマンションに程近い路地に差し掛かり。
ここでいいですと言って、タクシーのクーポン券を渡して小春はお釣りを受け取ることなく降りた。
時刻はもう午前0時を過ぎた、明日から高校へ行くとなるとグズグズはしていられない。

エントランスを抜け、住民専用の出入り口を解錠し。
小春はエレベーターで最上階を目指す。


事務所があてがってくれた、アクセスの便利な立地にある高級賃貸マンション。
そこの最上階の角部屋、そこがまだ15歳という年齢の小春には不相応のお城だった。
1人で住むには広すぎて、使っていない部屋もある。

部屋に入り、電気を点けて。
その場に倒れ込んでしまいたい衝動を堪え、小春は明日の準備に取りかかる。
友達と呼べるかは分からないが、級友の1人に明日の時間割を問うメールを送り。
その間にお風呂のお湯を貯めにお風呂場に行ったり、まだ両手の数程しか着ていない制服を準備し。

そうこうしているうちに返ってきたメールを見て、教科書やノートを鞄に詰め。
高校へ行く準備が出来たのと同時に、小春は着替えを持ってお風呂場へと向かう。

シャワーを浴び、体を洗い。
湯船に身を浸してようやく小春の口から漏れたのは、安堵のため息ではなく、嗚咽。
疲れが溜まっていたとか、言い訳にはならない。
今日の自分は明らかに最低だった。

思うように動かせない体。
完璧に覚えたはずの台詞が思い出せない。
自分1人で番組を作っているわけではない、だからこそ、迷惑をかけないように頑張らなければならなかったのに。
頑張ろうとすればするほど空回って、余計にミスを連発した。

芸能人としての活動と、ダークネスと戦うリゾナンターの一員であることの両立を許してくれた愛。
前こそ戦闘系能力が使えなかったが、今の小春は戦闘系能力も使えるようになり、立派な戦力の一つである。
全員が戦闘能力を持つわけではないリゾナンター。
いつ戦いが起きるか分からない現状で、戦える人間がこうして自分勝手には動き回れない仕事に就いていていいはずがないのに。

自分の我が儘を聞いてもらっているのに、肝心の仕事で人に迷惑をかけてばかりと知れたら。
内心複雑な想いを抱えながらもいいよと言ってくれた愛や、他の皆にも面目が立たない。
しっかりしないとと想う心とは裏腹に、涙が止まる気配はなかった。


気配が無くとも、この涙を止めないと。
幾ら仕事が入っていないとは言え、泣きはらした目を人に見られるのは辛い。
余計な詮索をされてイライラしたくもないし、ただでさえ芸能人ということで嫌でも人より目立つのだ。
たちまち何で泣きはらした目をして登校したのかと噂になるだろうし、そのことで変な噂が一人歩きでもしたら困る。

お風呂からあがり、腫れてきたまぶたを冷やそうとした小春の耳に届く着信音。
聞いただけで、誰から電話がかかってきたのかが分かって、小春は携帯を取ろうか迷う。
その着信音が途切れて、一瞬ホッとしたものの…また携帯は軽やかに着信音を部屋に響かせる。

―――自分の一番好きな歌を着信音に設定した相手。


ため息をつきながら、小春は携帯を手に取って通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『久住さん、こんばんわ…ごめんなさい、夜分遅くに』

「ん、起きてたから別にいいよ」


嘘だった。
本当は、心が乱れている時にこそ一番声を聴きたくない相手。
彼女の前では、強くて格好いい王子様のように振る舞っていたかった。
そうすることを彼女に望まれたわけじゃなくとも。


『…久住さん、回りくどいのは好きじゃないから単刀直入に聞きますわ。
今日、何か嫌なことありましたやろ』

「直球だね、みっつぃーは。
なかったとは言わないけど、それはみっつぃーには直接関係のないことだよ」

『関係ないことなんてない…久住さんだって分かるやろ?
共鳴という絆に結ばれた愛佳達は、嫌でも何を考えてるのか分かる。
特に、愛佳と久住さんは共鳴の相性がええもん同士。
どんなに久住さんが隠したって、愛佳には伝わってくる』

「…ごめん、でも、話したってみっつぃーには分かんないことだし」


早くこの電話を切りたかった。
明日から高校に行かないといけないし、早く眠りたい。
そう言っている心の声が聞こえているはずなのに。
愛佳が折れる気配はなかった。
黙り込んだ不意をつくように、愛佳の声が携帯ごしに聞こえる。


『久住さん、愛佳には久住さんの抱えてるもんがどんだけのものかなんて全然分からん。
でも、これだけは言える。
久住さん、泣かない子供はけして大人なんかじゃないんです。
辛い時には泣いたってええ、だって愛佳達はまだまだ大人になる途中なんやから』

「みっ…つぃー…」


一瞬にして涙は溢れ、小春の白い頬を伝う。
愛佳の言葉は、強がる自分をいとも簡単に撃ち抜いて素の自分の心までも撃ち抜いた。
芸能界という特殊な世界で、嫌でも大人のように振る舞わなければと想ううちに忘れていたこと。
大人ばかりの世界で必死に大人ぶっても、結局自分はまだまだ子供なのだ。

必死に強がって大人のように振る舞ってた小春の心に、素直にその言葉は響いた。
涙なんか見せずにクールに振る舞う必要なんかない。
少なくとも撮影現場を離れた今は、子供らしく涙を流したっていいのだ。

明日人に見られたら面倒だなとか、そんなことを考えて無理矢理自分の中の衝動に蓋をして。
いつの間にか、気の済むまで大声を上げて泣くなんてことは忘れていた。


『そうそう、人間素直が一番。
大人になったら、どんなに泣きたくても我慢せんとあかん場面だって一杯あるんやし。
今のうちだけやで、泣いても誰も何も文句言わんと許してくれるのは』

「…ありがと、みっつぃー」

『ていうか、こっちが敵いませんもん。
ずっと暗い気持ちに蓋をして無理矢理笑われても、愛佳はちっとも嬉しくない。
むしろ気持ちが共鳴して、こっちも辛くなるし。
泣く時は思い切り泣いて…それで気持ちが切り替わるなら安いもんですって。
だから、今日は…明日学校があるとかそんなこと考えんで、泣けばええ。
目が腫れてても、ウサギみたいに真っ赤な目でも久住さんは可愛いんやから』

「うっさい、もう切る!
おやすみ…愛佳」

『え、ちょ、くす』


電源ボタンを押して通話を終了した小春は、してやったりという顔で微笑む。
泣かされてばかりじゃ、癪だから。

しかし、言ったはいいけれど。
こみ上げてくる恥ずかしさに、涙は何処かへ引っ込んでしまった。
それと同時に、暗い気持ちも。

名前を呼んだのはこれが初めてだった。
もう、親友と言ってもいいくらい仲がよくなったと思うのに。
何故か名前を呼ぶことは躊躇われて、いつも呼べずじまいだったから。

多分、まだまだ、先輩達のように信頼関係を築き上げたとは言い難い関係だからかもしれない。
彼女達は当たり前のようにお互いのことを名前で呼び合う。
いつかは、自分もそれが当然であるかのように愛佳のことを名前で呼ぶのだろうか。

それがいつになるかは分からないけれど、その時はきっと。
こんな言い逃げみたいな形じゃなくて、心を込めてその名を呼びたい。

小さく微笑む小春の携帯に届くメール。


『久住さんが元気になってくれてよかった。おやすみなさい。
あ、いつかは愛佳も久住さんのこと小春って言うつもりやから。
その時はちゃんと、返事してや…小春。』


中途半端に敬語の抜けた、関西弁混じりのメール。
そして、メールの語尾に付け足すように書かれた自分の名前に。
まだまだ自分達に名前で呼び合うという行為は早いなと照れ笑いしながら。





「…愛佳のバーカ」


そう呟いて、小春は携帯を畳んでベッドへと向かう。
暗い気分は跡形もなく消え、心に残ったのは温かな気持ち。
心の中で小さく、ありがとうと呟いて。

―――今夜はよく眠れそうだなと思いながら、小春の意識はゆっくりと微睡みへと沈んでいった。




















最終更新:2012年12月02日 12:59