(16)889 『蒼の共鳴特別編第3夜-傷跡と決意の橙光-』

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白やクリーム色を基調とした部屋に、本のページを捲る音だけが微かに鳴っていた。

パラリ。

白いシーツが目に眩しいパイプベッドに上半身だけを起こして、少女は本を読んでいた。
淡々とページを一定のリズムで捲っている少女の表情からは、何の感情も読み取れない。

淡いピンクのパジャマに、肩にかけられた薄いグレーのカーディガン。
浅黒い肌の色こそ健康さを感じさせるが、その姿はまさに病人そのものであった。

不意に、少女は本に栞を挟んで壁に掛けられた時計へと目をやった。
時刻は午後八時四十五分、もうすぐ“消灯”の時刻である。

少女は本を枕元に置いて、ベッドへと仰向けに倒れ込む。
ボスッという音と共に、少女の頭が枕に半分ほど埋まった。

天井を見上げる少女の目は何処か虚ろで、生気を感じさせない。


 * * *


少女は小さな頃は健康そのもので、友達と毎日外を駆け回る生活をしていた。
よく服を砂埃だらけにして帰宅しては、両親に怒られていたものである。

だが、怒られても少女は毎日のように外で遊んでは帰宅し、両親はしまいには何も言わなくなった。
少女は知る由もなかったが、少女は両親の実の子ではない。
ある“契約”によって、少女は両親の元で育てられることになったのだった。

少女を成人するまで責任持って育てることを条件に、両親は普通のサラリーマンでは手にすることの出来ない富を手にした。


五体満足に成人してくれさえすればそれでいい。

両親にとって少女はただの“金づる”でしかなく、少女がいずれ成人した暁には分籍させるつもりであった。
契約の内容には、成人後のことまでは触れられていない。
成人した後の少女がどんな人生を歩むことになろうが、知ったことではなかった。

普通では考えられない、ありえない契約。
とんでもない“事情”を抱えている可能性があるに違いない。
そう考えた両親が少女を疎ましく思うのは当然のことと言えた。


ある日、少女はいつものように友人達と公園で遊んでいた。
この日は鬼ごっこをしようということになり、足の速い方であった少女は飛び上がって喜んだ。

逃げ回る方になれば最後の方まで捕まらないし、一度鬼となればすぐに捕まえることが出来る。
じゃんけんの結果、鬼役となってしまった少女は逃げ回る友人達を捕まえるべく、張り切って走り出した。

目標を定めて、少女は一直線にその子を目指して速度を上げる。
後三メートル程度で、捕まえることが出来るはずだった。

少女のつま先に走る衝撃。
小石に躓いて、少女の体は空を舞った。

地面に叩きつけられ、全身に鈍い痛みが走る。
そして、その痛みが治まってきた後、少女の右膝に熱くピリピリとした痛みが生まれた。

痛みを堪えて、少女は立ち上がろうと四肢に力をいれたその時だった。
視線を上げた少女が見たものは―――自分と同じように、右膝に怪我を負った友達の姿であった。

たまたま、自分と同じように転んだのだ。
そう思った少女は友達の元へと歩み寄り、立てるように手を差し出す。


パシン。

少女が差し出した手を、友達は振り払うように叩いた。
その様子にただ事ではない空気を感じたのか、逃げていた他の友人達もその場に集まりだした。

何も言えずに呆然としている少女の耳に届いたのは、触らないでという拒絶の声。
その言葉に、友人達の一人がその子へと話しかける。
何でそんなことを言うの、という問いかけに対してその子が口にした言葉は。


「絵里ちゃんの傷、移るからやだ」


その日は、そんなことあるわけないよという他の友人達の声によって、表面上は何事もなかったかのように遊びは再開された。
少女―――亀井絵里とその友人だけが微妙な空気だったものの、それも遊び終わる頃には普通の空気に戻っていた。

だが、その奇妙な“偶然”はその日だけでは終わらなかった。
遊んでいる最中に絵里が何らかの傷を負うと、必ず他の誰かも怪我をするという事態が続いた。

絵里と遊ぶと怪我を移される。

やがて、絵里は友人達から避けられるようになった。
遊ぼうよと声をかけても、一緒に遊ぶと怪我するから嫌だと断られるようになり―――絵里は孤立した。

友達と外で遊ぶことなく家に真っ直ぐ帰ってくるようになった絵里に、両親はどこまでも無関心であった。
むしろ、家で孤独に過ごす絵里に対して、外で遊んでくればいいのにと冷たく吐き捨てるように言ってくる。

朝晩の食事時以外はまるでいないものとして振る舞われる。
友人達から拒絶され、その上両親からもぞんざいに扱われるようになった絵里は、ある日突然倒れて病院に運び込まれた。


その日から、絵里は頻繁に入退院を繰り返すこととなる。
自分の状況を理解出来ないまま、絵里は小学校にも中学校にも満足に通えずに成長していった。

その間、両親は殆ど病室に顔を出すことはなかった。
退院して帰宅しても、両親は全く絵里に対して態度を変えることはない。
絵里の病気が重大なものであれば、両親の態度は全く違う物になったのかもしれない。

だが、絵里の発症した病気は―――心臓神経症。
精神的不安、ストレスによって胸痛、動悸、息切れ、呼吸困難、めまいなど、心臓病と同じような症状を引き起こす病気は、
心臓病というよりも寧ろ“心の病気”というべきものである。

命に関わることはなく、本来であれば投薬治療や心療内科、精神科でのカウンセリングによって症状は消失していく病気であった。
絵里が医師に対して心を開き、適切な治療を施せば完治する病気である。

事前にそれを知らされていた両親は、絵里に対してあえて態度を変えない選択をしたのであった。
この状態を維持すれば、極力絵里と関わらずに済む。
絵里の性格上、医師に対して心を開いて全てを話すと言うことはまずないと思われた。

絵里と関わることなく、それでいて“契約違反”にはならない。
幸運とはまさにこのことだと、苦しむ絵里の心境など慮ることなく両親はほくそ笑んだのであった。


 * * *


時を刻む時計の音がよく聞こえるくらい、静かな病室。
そろそろ、看護師が消灯するように各病室の患者に言って回る時間であった。

いつも誰も見舞いに現れないことを気にかけてくれる看護師。
その優しさが嬉しくて、同時に疎ましくもあった。


眠れぬ夜にたまたま、病室を抜け出した絵里の耳に聞こえてきた看護師達の会話。
その会話によって、絵里は本来自分は入院する必要は何処にもない患者であること、この入院には両親が絡んでいることを知った。

自分は同情されているのだ。
知らなければ、看護師達の気遣いを素直に受け止めることが出来たのに。
そのことは絵里を苦しめ、時には強い胸痛となって絵里の体を一日中蝕むこともあった。

おかしい。

絵里は不意に時計を見て、眉を潜めた。
とっくに看護師達が消灯時間を告げにきていてもおかしくはない時間なのに、一向に誰も現れる気配がない。

絵里はベッドから体を起こし、床に立った。
病室を抜け出し、ナースステーションの方へと足を向ける。

一歩一歩目的の場所へ近づいていく自分のスリッパの奏でる音が、やけに耳につく。
やがて、絵里はナースステーションの前に立って―――愕然とした。

誰もいない。

普通に考えて、一人も人がいないなんて考えられない事態である。
自然と体が震え出し、背筋を冷たい汗が流れた。

とりあえず、自分の部屋に戻ろう。
きっと、これは何かの間違いで、朝になればいつものように看護師さんが起こしに来てくれる。
絵里はナースステーションから逃げるように自室へと駆け戻ろうとした、その刹那であった。


「…呼んでる…?」


絵里の耳に届いた、助けを求めるような切実な声。
何故か、その声は自分を呼んでいるような気がした。

得体の知れない感覚に、恐怖を覚えないわけではなかった。
躊躇う絵里の心を揺さぶるように、その声はより強く、より大きく絵里の耳に聞こえてくる。

行かなければ。

突如自分の中に湧き起こった衝動に従うように、絵里は走り出した。


 * * *


声の聞こえてくる方へと絵里はひた走り、やがて一つのドアが絵里の視界に入った。
屋上への出入り口であるドア。
普段なら、夜間は施錠されていて開いているはずのないドアである。

もう長いこと入院生活を余儀なくされている絵里も、そのことは十分知っていた。
だが、絵里は何かに導かれるようにドアの取っ手に手をかけ―――ドアを押し開けた。

すんなりとドアは開き、絵里は半ば倒れ込むように屋上へと足を踏み入れる。


「…何、これ…」


絵里が目にしたものは、とても現実のものとは思い難い光景であった。
絵里と同世代くらいと思われる三人の少女と、幾つか年上だろうと思われる露出の激しい女性が激しい戦いを繰り広げている。


原色系の服装の少女と、モノトーンの服装の少女が露出の激しい女性と肉弾戦を展開する横で、少々変わったファッションの
少女が女性目がけて何か糸のようなもので攻撃を加えていた。

まるで特撮物の映画の世界に迷い込んだような錯覚を覚えた絵里は、視界から女性の姿が消えていることに気付く。
一体何処に消えたというのだろうか。

ゾクリ。

背後から感じるのは―――殺気。
逃げなければ、そう思うのに。
全身が震えて、思う通りに体を動かせない。

心の中を埋め尽くしていく、恐怖という感情。
それはストレスとなり、絵里の体を強く蝕む苦痛へと変わる。
壊れてしまうのではないかと思うくらい、心臓は早く脈打ち、走ったわけでもないのに息が切れ、目眩がしてきた。
胸を押さえてその場に座り込もうとする絵里を背後から抱えたのは、露出の激しい女性であった。


「人質ゲット。
しかし、この子大丈夫かしらね…何もしてないのに、勝手におかしくなっちゃったけど」

「早くその子を解放しろ!」

「いや、だから言って聞くような連中じゃないし…」

「人質を取るなんて卑怯なこと…れーな、マジで怒ったけんね!」


意識が遠のきそうになりながら、絵里は少女達の方を見つめる。
間違いない、彼女達が―――自分を呼んでいたのだ。


一体、どうしたらいい。

絶えず体を苛む胸痛に耐えながら、絵里は先程から自分の心を揺るがす大きな声を上げる少女達に何が出来るのか思考する。
だが、思考が形へとなるよりも早く―――女性は少女達の方に手を翳した。


「遊びはここまでにしましょ、あたしもう眠いから帰って寝たいのよねー。
夜更かしは美貌の大敵だし…言っとくけど、避けた時点でこの子の命はないと思いなさい」


その声と共に、女性の手から少女達目がけて放たれた複数の―――念動波。
少女達はそれぞれ防御の構えを取り、少しでもその攻撃から受けるダメージを軽減しようとした。

刹那、少女達の腕に生まれた赤い傷。
少女達の叫び声が辺りに木霊した瞬間、絵里の中で“何か”が弾けた。

ドン。

音と共に絵里の体から橙色のオーラが放たれ、空まで伸びる光の柱となった。
それと同時に、背後から聞こえる凄まじい叫び声。


「…今よ!」


その叫び声は誰の物だったのか。
薄れゆく意識の中、絵里が最後に見たものは心配そうに顔を覗き込んでくる少女達の顔であった。


「まさか、“傷の共有-インジュリー・シンクロナイズ-”使いだったなんてね…しかも、自分に付けられた傷を任意の対象者に
移動させるという能力を応用できるなんて…」

「いんじゅりーしんくろないず?」

「れーな、英語苦手やけん分からんと」

「…帰ってから説明するから。
それより、この子を早く病室に戻してあげないと…」


少女達は力を合わせて、絵里の体を抱え上げる。
先程の女性の攻撃で傷つけられたはずの腕には、かすり傷一つ残ってはいなかった。

少女達を助けたいという想いから絵里が解き放った能力―――“傷の共有-インジュリー・シンクロナイズ-”。
自身の体につけた傷を対象者の同一部位に同時に発生させる超能力であり、絵里が頻繁に入退院を繰り返すようになってからは
暴発することもなく絵里の内に“封印”されていた能力である。

本来であれば、自分以外の人間についた傷を任意の対象者に移動させるような能力ではない。
だが、少女達を助けたいという想いが封じられていた能力をコントロールし、力のベクトルを微妙に変化させ、
少女達につけられた大きな傷を一瞬にして女性へと移動させるだけの力となったのであった。

無意識のうちに自らの内に閉じこめていた力を解放したことによる反動で、絵里は深い眠りについている。
病室の場所を聞こうにも聞けない状態であったが、少女達の一人―――新垣里沙の持つ能力“精神干渉-マインドコントロール-”により、
絵里の眠りは妨げられることなく、無事に病室へと運び込むことが出来た。


「…この子、うちらと一緒に戦えるんかな」

「何か胸押さえてたし、ひょっとしたら心臓病とかで余命幾ばくもない、とか…」

「大丈夫、この子の場合は心臓自体に問題があるわけじゃないみたいだから。
でも、一緒に戦ってくれるかは分からないよ、そもそも能力がトリッキーな類に入るし、この子の能力を最大限に生かすには、
治癒能力を持った仲間がいないことには…」

「でも、きっと―――この子はうちらのところにくるよ。
共鳴の声が聞こえる時点で、この子はうちらと同じ…孤独から逃れたくて、心を許せる友達が欲しい、そう思ってる人間のはずや」


そう言って、モノトーンの服に身を包んだ少女―――高橋愛は、そっと絵里の手に触れた。
意識がなくても、きっとこの声は聞こえているはずだ。

この声が聞こえるならば、共に来て欲しい。

祈りを捧げるような面持ちの愛に倣うように、里沙、そして原色系の服を着た少女―――田中れいなは絵里の方を静かに見つめた。


 * * *


見慣れた白い天井。
絵里は目の辺りをこすりながら、ゆっくりと身を起こした。

昨日のことは夢だったのだろうか。
そう思えてしまうくらい、何も変わらない朝だった。

目覚めた絵里は、いつもと同じように窓のカーテンを開けるためにベッドから下りる。
カーテンを開けた絵里の目に飛び込んできたのは、窓のレールに置かれた小さく折り畳まれた紙切れだった。


高鳴る鼓動を押さえながら、絵里はその紙切れを広げる。
そこに書かれていたのは、喫茶リゾナントという単語、そしてその喫茶店の住所であった。

昨夜のことは夢ではなかった。
ここに行けば、彼女達がいる。

彼女達に会いたい、心からそう思った。
自分を助けるために戦ってくれた彼女達に対して、自分が出来ることがあるのかは分からない。
それでも、彼女達に関わりたいと思う。

今こそ、この鳥かごから飛び立つ時。

―――胸の痛みはもうなかった。


 * * *


二週間後、絵里は喫茶リゾナントと書かれたドアの前に立っていた。
すぐにでも飛んできたかったが、投薬治療、カウンセリングなどを受けなければ退院の許可が下りなかった為、ここまで時間がかかってしまった。

定期的なカウンセリング、投薬治療を症状が完全に消失するまで受ける。
それを条件に、ようやく絵里は病院から退院することが許されたのであった。

退院後、絵里は両親と話し合った。
両親側が出した条件―――成人後は分籍し、両親達に一切関わらないことに応じる代わり、1人暮らしを認めてもらう。
無論、数年間の生活資金援助をしてもらうことも忘れない。

寂しくない、といえば嘘になる。
どんな両親であっても、絵里にとっては今まで育ててくれた両親であることに違いないのだから。
ただ―――何か大きなものと戦っている彼女達と関わっていこうとしている以上、今までの環境では満足に関われないのも事実だった。


大きく息を吸い込んで、絵里はドアの取っ手に手をかける。
何と声をかけようか、そんなことを思いながら絵里はドアを押し開けた。

柔らかな日差しが降り注ぐ穏やかな日に、超能力組織リゾナンターに四人目の仲間が誕生した。
傷の共有という、自己犠牲によって敵に不可避の攻撃を与えることが出来る、ある意味では最強の能力をその身に宿した絵里。

―――橙の光を心に宿した、心優しき少女の戦いはこれから始まる。




















最終更新:2012年12月02日 13:19