7年前の夏。
私は、人でごった返すサマーセール中のとあるデパートにいた。
目的は、幼い頃に失踪したi914を捜すこと。
i914は極めて強い能力を持っている。
我々の味方になれば心強いし、敵になれば厄介だ。
一刻も早くi914を見つけ、仲間になる気がないのであれば抹殺する。
それが私に与えられた任務だった。
リゾナンター同士は共鳴する。
互いの顔を知らなくても、近くに来ればわかるはずだ。
そんなわけで、私は人の集まる場所を選んで行動していた。
「・・・にしても、もっと効率のいいやり方あるでしょーが」
抑えきれぬ不満を抱え、私は上りエスカレーターに乗った。
特に何か考えがあったわけではない。
ただなんとなくの行動だ。
エスカレーターは上階と下階の中間地点に差しかかる。
その時だった。
――――っ!!
震える手足。
噴き出す汗。
強張る顔。
体中の全神経に緊張が走る。
これまでに味わったことのないプレッシャーを感じ、私は思わず後方を振り返った
その先には、下りエスカレーターに乗ってこちらを見ている少女がいた。
目と口をこれでもかというほど開けている。
互いに時と言葉を忘れて見つめ合っていると、ふいに彼女が血相をかえて叫んだ。
「待ってて!」
人目をはばからぬ大声。
自分以外のリゾナンターに遭遇するのは初めてなのかもしれない。
動揺して周りが見えていないようだった。
「bへrЩghやざhcfjhfてぇr%gЯs!」
「あの、すいません。何言ってるかぜんっぜんわかんないんですけど」
彼女は私の顔を見るなり、興奮して早口でまくし立てた。
彼女の発する言語は、標準的な日本人の私にはとてもじゃないが聞き取れない。
中国とかフランスとか、そっちらへんで育ったのだろう。
「あんたもあーしと同じなんか!?今、共鳴したやろ?」
私に外国語の心得がないことがわかったのか、ようやく聞き取れるレベルの日本語になった。
これでまともな会話ができる。
「そう。つまり、私たちは同類というわけ。どう?あなたにその気が」
「アヒャー!!!」
聞けよオイ。
ツッコむ間もなく、いきなり抱きつかれた。
興奮するのも程々にして欲しい。こっちの身にもなってくれ。
「名前は?」
「は?」
「名前。あーしは高橋愛。あなたは?」
「・・・新垣里沙」
勝手に盛り上がって、勝手に落ち着いて、勝手に笑いかける。
こんなに疲れる相手は初めてだ。
なのに、なぜ。
なぜ、それを心地よく感じているのだろう。
結局、i914改め高橋愛を組織に引き入れることはできなかった。
彼女は元々組織を良く思っていなかったし、彼女のペースに押されて
話を切り出せなかったというのもある。
高橋愛抹殺の替わりに、私は別の任務を授かった。
他のリゾナンターを捜すという高橋愛、およびその仲間の監視。
要するにスパイだ。
私は、裏切り者として生きることになった。
あれから7年が経とうとしている。
高橋愛はずいぶんと変わった。
上手な日本語で話せるようになったし、リーダーとしての責任感も充分なものがある。
一方で、私は何も変わらない。
平気な顔をして、みんなをだまし続けている。
一つ変わったことがあるとすれば、それは―――
いや、やめておこう。
自覚したところで、何が変わるというわけでもない。
“終わり”はいつか必ず訪れる。
それまでは、気づいていないふりをしよう。
全てが変わる、その日まで。
最終更新:2012年11月23日 12:00