体長8cmほど。ボンタス地域に生息。恋人画。
カタツムリの殻が割れて半分になっているからハンツムリなのだろう。生態についての一口メモには、「プレイボーイな
ヒルズをいつも恨めしげに見つめる。鼻の頭のほくろがコンプレックス」とある。
しかし生態学的に考えて、殻が半分などという状態はありえないと思う。必要ないのならば完全になくなるだろうし、仮にその進化の途上なのだとしても、殻のサイズが代々だんだん小さくなることはありうるが、代々ちょっとずつ欠けていく、などということはありえない。それなのに恋人は、これをハンツムリだと言う。
一体どういうことだろう──としばらく考えて、ようやく思い至った。
これは心象風景なのだ。
現実にはハンツムリは存在しないし、殻は半分ではないし、鼻の頭にほくろもない。なぜならハンツムリが本当に「種」として存在するのならば、ハンツムリの殻はみんな半分なのであり、鼻の頭にはみんなほくろがあるわけである。「プレイボーイな
ヒルズを恨めしげに見つめる」とあるが、中にはハンツムリのメスをたくさん掻っ攫っていくプレイボーイなハンツムリのオスもいるだろう。ヒルズを見てしまうからこそ、ハンツムリはコンプレックスに苛まれる。そしてそれは不必要でむりやりなコンプレックスだと思う。
この
生きものを作り出すことによって彼女が表現したかったのは、「社会や人間関係において劣等感を持っている存在」だ。殻が半分なのだって、鼻の頭にほくろがあるのだって、実際の生きものとしてはありえない。ありえないが、それはハンツムリにおいてなんら関係のないことなのだ。なぜならハンツムリは、生態学的観点などまるで関係ない、形而上的な空想生物だからである──。
そんなふうに思った。
だからこの生きものは、僕がここでやろうとしていることよりも、ナイーブな純文学か、もしくは京極夏彦の説く妖怪論のほうに近いのではないかと思った。表現とか投影とか、この企画にはそういうのいらんのだけど。