スパイダエレファント

 体長8cmほど。カイホ地方に生息。
 象といえば「大きな生きもの」の代名詞でさえあるわけだが、こいつだけものすごく小さい。
 もともとは何千㎏もあるアフリカ象だったのに、今では200gぐらいになっている。ほとんどネズミと見紛うばかりである。ここまで来るのは、並大抵の苦労ではなかった。
 しかし考えてみると、象にしたところではじめから大きかったわけではない。哺乳類なのだから、現在われわれが目にするような種に分化するまでは、象もまた一様にネズミのような小動物だったはずである。
 だとしたらスパイダエレファントは、象という生きものの進化の流れを逆行しているとも言える。
 象は「地上に生きる動物のなかで最大」という称号があるわけで、みんなが同じスタートラインから出発したことを考えれば、激しい進化の起こった動物の部類に入るだろうが(鼻に関してもなかなか目立った進化をしている)、スパイダエレファントになっていった象というのは、おそらくそういうのが嫌いだったんだと思う。
 象一族が「富国強兵」「一億火の玉」「欲しがりません勝つまでは」みたいな精神でがんばって体を大きくしている横で、スパイダエレファントはそういうのをすごく冷めた目で見つめていたわけである。そしてその熱病のような時代がようやく終わり、スパイダエレファントはやっと自分のやりたいことをできるようになったわけである。
 すなわち小型化である。
 長い時間にわたって抑圧されていたスパイダエレファントの「小型化したい」という思いは、堰を切ったかのような激しさで実現された。もうその進化のスピードたるや、倍倍ゲームならぬ半分半分ゲームとでも言うほどで、1tのお母さん象から生まれた象は成長しても500㎏にしかならない、500㎏のお母さん象から生まれた象は成長しても250㎏……といった感じ。たった100年ぐらいで早くもネズミサイズ──スパイダエレファントになってしまった。
 スパイダエレファントは、尻尾を小枝に巻きつけて、ぶら下がって生きている。その姿が蜘蛛に似ているため、このような名前がついた。そしてときどき、鼻を器用に使ってイモモなんかを食べたりする。そんな暮らしをしている。
 しかし疑問なのは、「スパイダエレファントはスパイダエレファントでおしまいなのか?」ということである。
 「進化の過程を辿る旅」とも言えるスパイダエレファントの変容は、哺乳類が爆発的な枝分かれをする前の、わずか数cmの状態にまで至った。しかし象がはじめから大きかったわけではないように、哺乳類もまたはじめからそのような形としてあったわけではない。
 もしかしたらスパイダエレファントは、そこさえも否定するのではないのだろうか?
 というよりわれわれが発見していないだけで、スパイダエレファントよりもさらに先──それこそ生命と呼ぶことがためらわれるような、「活動する原子」ほどの状態としてあるスパイダエレファントが、すでにこの世には存在するかもしれない。
 果たしてスパイダエレファントとはなんなのか。生命とはなんなのか。


最終更新:2009年07月07日 16:14