エヌゴーマルゴーアイ

 体長12cmほど。カイホ地方に生息。
 これが何に擬態した生きものか、あえて言わずとも一目瞭然だろう。そう、携帯電話である。
 それにしてもびっくりするほどの精巧さではないか。携帯電話においてボタンに相当する部分はくっきりと出っ張っていて、また液晶画面に相当する部分にははっきりと画像が浮かび上がっている。
 もはやここまで来ると、携帯電話と異なる部分を探すほうが難しいというものだ。
 しかもこの画像(正確に言えば「模様」)なのだが、個体によってデザインはバラバラだったりする。上に紹介したイラストはたまたま水着グラビア(模様)だったわけだが、その種類はすなわち個体の数だけ存在するわけである。たとえば好きな有名人の写真(模様)やら、飼い犬の写真(模様)やら、アニメイラスト(模様)やら、はたまたカレンダー(模様)なんてものもある。要するにヒトにおける携帯電話とまったく同じで、当人の好みの問題なのだ。
 また最近の調査によって、「エヌゴーマルゴーアイは本当に電波の一種を発しているらしい」ことが判明した。なんとエヌゴーマルゴーアイ、そこまで擬態していたのだ。
 よってもしかしたらエヌゴーマルゴーアイ種には、ヒトにおけるiモード等に相当する膨大なデータベースがサイバー上に存在し、液晶画面相当部分に浮かび上がる画像というのは、そこからたまに気に入ったものをダウンロードしているんじゃないか、という説が浮上している。
 まだ説が出されただけで本当にそのデータベースへの侵入に成功した者はいないが、もしもそれが真実であることが証明されたら、それはすなわち人間以外の文明の発見であり、とんでもない大発見である。なのでいま世界中のハッカーたちは、エヌゴーマルゴーアイを傍らに置きながら、寝る間を惜しんで激しくキーボードを叩きつけている状況だ。これってやっていることは冒険家とそう変わらないのだが、傍目から見るとただの引きこもりである。
 そんなわけで、最近になって急に注目され始めたエヌゴーマルゴーアイなのだが、忘れてはならないのは「エヌゴーマルゴーアイは何万年も前から地球上に存在していた」ということである。エヌゴーマルゴーアイは甲虫の一種で、2万年前の地層からも発見されている。ちょい前に機種変したとかじゃないのだ。
 これがどういうことかと言えば、つまりエヌゴーマルゴーアイはつい最近まで、いったいなんの擬態をしているのかだれも分からなかった、ということである。他の生きものとは明らかに違う形をしているので、なんらかの思惑があってこうなっているのだろうが、しかしその要因はまったく分からない──エヌゴーマルゴーアイは長らく、斯様に不思議な存在であった。
 具体的に言うと、織田裕二がauではなくドコモのCMに出ていた頃は、まだ気付かれていなかった。当時はまだ折りたたみ式は出てきていなかったと思うし。だから本当につい最近だ。長く見積もっても5年前くらいか。
 2万年以上待って、ようやく時代がエヌゴーマルゴーアイに追いついたわけである。「あっ、これケータイのフリしてんじゃねー?」って。
 そこではじめて、脚も羽も目も口も、ありとあらゆるものを退化させて擬態した苦労がようやく報われたわけである。
 だからなんの因果か山の手線なんかにフラフラと入り込んでしまった、あるエヌゴーマルゴーアイの個体が、親切な乗客に忘れものと見間違われ、駅の遺失物預かり所に預けられたとき、2万年以上に及ぶエヌゴーマルゴーアイ種の、もはや数え切れないほどに脈々と受け継がれた生命のバトン、それをつないできたすべての個体が、草葉の陰から大喝采したとかしないとか。そう、その瞬間を待ってたんだ、と。
 なんとも壮大なロマンを感じさせる生きものである。
 しかし最近では折りたたみ式も微妙な情勢なので、きっと20年後ぐらいにはまた、人々は最新式の、思い浮かびようもない斬新なデザインの携帯電話を耳に当てながら、道に落ちているエヌゴーマルゴーアイを見て、「こいつは一体なんの擬態をしているんだろう?」と疑問を持つに違いないと思う。切ない。なぜよりにもよってそんな人類の歴史の超一時期しか通用しないアイテムの擬態の道を選んだのか。
 モジャジャはこいつの近くに寄ると、静電気の影響だろう、髪が乱れてしまうので、距離を置いている。


最終更新:2009年07月07日 16:27