夜空、戯れる世界

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 未だ多くの子供は教養を学ぶ『学校』に通うことができないらしい。
 それを鑑みて僕たちは非常に恵まれており、学ぶことこそが幸せな道徳だと教えられた。それ
に対し反論するつもりは毛頭ない。しかし、とかく金のかかる、ビジネス的な側面がいやでも目
につく所為なのか、腑に落ちない部分があることも確かだ。
 その権化たる『体験学習』と銘打った小旅行は学友との思い出作りを主題としていると思えて
ならないのだ。通うに大金を要することを納得させるため内容を充実させなければいけないのは
目的と手段が逆になってしまっている。
 僕としては、もっと多くの子供が『学校』に通えるようにすべきだと思う。
 しかし、とかく品格を保つべく、良家の証として確立させるべく、教養を学ぶ敷居は日に日に
高くなっているらしい。僕の親もこの傾向には賛同していて、庶民には必要ないものだ、皆が皆
一様に学べるものでは教養が当たり前のものとして何も特別ではなくなるのだという。
 特別でなければ教養を学ぶ意味はないのだろうか?
 そんなことに思い巡らせるのは、現在まさに『体験学習』という乗り気になれない行楽に出発
し、蒸し暑い真夏の旅路を歩いているからに他ならない。
 うだるような暑さの中、黒を基調とした格式のある制服(とかく厚くて暑い)を着て歩くのは辛
い、拷問ではないかと思う。しかし、とかく金が掛かっているだけあって、しばし行けば以降は
班ごとに分かれて馬車での移動になるという。早く馬車に乗りたいと、そればかりを思う。
「とかく、暑いな」
 後ろ向きな心情が表面化して不平をこぼしてしまうのも仕方なしとしていただきたい。
「いつも思うが、君は『とかく』って言葉を使いたいだけじゃないの?」
 主題を捉えない古くからの学友、ノイという男はとかく愛想の悪いのがたまに傷だ。
「使わない言葉はすぐに忘れてしまうからな。お前も意識して使うがいい『とかく』を」
 僕は意識して使っているわけではないけどな。言葉を紡ぐ冒頭の緩衝材として『とかく』使い
易いだけである。
「君が作文を書くときは『とかく』っていう単語だらけになるんだろうな」
 ノイが笑いながら言って、それで気づいた。この行楽は終わったあとに間違いなく作文を提出
しなければならない類のものだろう、これは滅入る。どうしようもなく滅入ってしまう。
「作文、苦手なんだよな……」
 教員が求める作文というものは学徒ありのままの言葉ではない、今の心情をぶつけるならば今
後の教師からの視線が冷ややかなものとなるだろう。無駄に角が立つことは避けたい、そう考え
はじめると泥沼で、どのように書いたものかと頭の中で苦悶していると、あっという間に時が過
ぎ行く。これほど人生を無駄に費やしたと感じることはそうそうない。
「私も作文は嫌いだ。そもそも私の人生には必要ない」
 ノイは教養学校を卒業したあとは騎士学校に入ると初等学徒生の頃から言っている。由緒正し
い騎士の家系に本人の意向と合致しているのだから善いことだ。
「相変わらずノイは優等生だな」
 僕はどうにも皮肉っぽく褒めてやろう、という印象になってしまうな。そんなつもりは毛頭な
いのだが如何せん難しい、人付き合いというものは。
「作文嫌いなのがなんで優等生なんだ?」
 脈絡無く横から参入するのはラギンという肥満気味の男だ。ひどく汗ばんでいて、彼が近くに
いると著しく気温が上がったような錯覚に陥る。
「ノイは脇目振らず騎士道を行く武人の精神に模範的な男だ。優等生と言わず他にあるまい」
「はぁ難しい話はわからんねぇ」
 僕の回りくどい言葉にラギンは視線を外し空を仰ぎ見る。
 ノイは口元を緩ませ軽い調子で「要するに厭味ってことだ」と嘯いた。やはり愛想のよろしく
ない男だ、構わんがな。
 僕たちがこうして楽しく旅路を歩むこと、それは有意義なことなのだろう。しかし、納得いく
ものであるかと問えば、また別なのだ。それを明確に表す手段を持たないのが口惜しい。
 歯切れ悪い思想を正そうと四苦八苦するうちに汗が滴り落ちた。とかく現在を無為に過ごすこ
とはあるまい、一つ路傍を行くにも記憶を刻むように歩むべきだろうか。
「ラギン、君はこの旅路を歩きながら何を考える?」
「なーんにも考えてねぇ」
 途方もなく自然な男だ。悠久の大地のような男だ。遥か、地平線の彼方を行く男だ。
 歯が浮くほど善く評価してやろうと考えたわけではない。
 とかく、自然の在り方に沿って歩むのは素晴らしいことだと考えながらも、それができない僕
にとっては彼の在り方は魅力的に映るのだ。
「二の句も継げん」
 僕は口元を歪めて俯いた。


~書きかけの物語、またいつか~

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