果て無き無明のコンチェルト ~死が二人を分かつまで~  中編

 

 

 

 

 

 

「う、うそでしょ……ありえないわよ、なんなのよ、アイツ」

 

 彼女――柊日向は震えていた。

 このあたり一体を根城にしてアンダーグラウンドを仕切っていたチーム、ブレイジングハーツの新人にして、温度概念を操る式神の六華――怪鳥シャンタクをモデルとした七色の鳥――を従える齢十七の少女である彼女は、目の前で行われている惨劇にただただ怯えて震え上がっていた。

 日向のランクはC。周りの能力者より若干抜きん出はじめ、少し有頂天になっている時に友人に誘われ、こうしてブレイジングハーツに入ったばかりの、アンダーグラウンドの闇に触れてすら居ない素人中の素人。

 そんな喧嘩慣れすらしてない精神的に幼い少女には、この光景は刺激が強すぎたのだろう。

 

 センパイと呼ばれ、恐れられていたチーム一番の実力者が、その式神の身体を袈裟懸けに斬られることで多大な精神的ダメージを受け、倒れ臥す。

 リーダーと呼ばれて慕われていたチームの中心が、弾く釘バットの心器ごと腕を切られ、鮮血を撒き散らし悲鳴を上げて転がりまわる。

 そして自分をこのチームに誘い、その後も何度も何度もモーションをかけてきた少年が、駆ける靴の心器で動く前に男が手にした刀で袈裟懸けに斬られ、血は流さないものの何かを斬られたのか、白眼をむいてその場に倒れこんだ。

 

『すごいなぁ……あのお人、まったくの無傷で倒しとるやんか。思わず惚れそうになってまうわぁ』

「六華、あ、あんた何そんな余裕の言葉を……」

『せやかてあのお人、自分から斬られに向かっていく連中以外にはまったく手を出してないんよ。せやから、たぶんウチらはここでこうして震えとれば無事かなぁ、と。それに――――』

 

 また一人、心器を手に挑みかかっていった少年が斬り飛ばされる。

 

『よぅく見取ったらわかるんやけど、あのお人、こっちが魄滅してまうほどのレベルでは心器や式神を破壊しとらへんねん。まぁ、運が悪かったりすると結構きわどい程度に斬られ取るみたいやけど……でも十分に手加減が聞く相手に対しては、式神らに対しては最小限度に。そんかわし肉体的には結構手ひどく斬っとるみたいやけどね』

「でも、本当に信じられないよ……。だってなんだかんだで、戦闘部隊はBランク程度はあったりするんだよ!? ブレイジングハーツって言えばこの近辺では最強のチームだったはずなのに……」

 

 そんな風に話しながら二人で見ていると、後方で戦闘隊長――『爆発』現象の式神を持っているBプラスの青年が自分の相棒と共鳴同化しながら大技の準備を行っていた。

 

燃える心をこの胸に

 爆ぜる力を我が腕に

 我らは無限の力を振るう

 

 聞こえてくるのは、祝詞。

 日向がブレイジングハーツに入った当初に行われた近隣組織との抗争で一度だけ見せてもらったことのある、殲滅攻撃とも呼べる威力の技を放つ、前兆。

 

倒すは眼前の憎き敵

 屠るは眼前の硬き敵

 潰すは眼前の速き敵

 

 過去に一撃入魂と呼ばれ、今は魂熾と呼ばれるその技法。

 ブレイジングハーツが戦闘隊長、神楽宗治が放つそれは、チームの名前の由来となった超々小規模の超新星爆発(スーパー・ノヴァ)の圧縮弾丸である。

 爆発という現象に関係する要因の一つとして上げられる圧力。その圧力を用い、周りにある人工物や空気中にある様々な元素を無理やり超高圧で圧縮し、着火。

 本物のスーパーノヴァには程遠いものの、それを理想とした単純に人間百人程度は蒸発できる威力を有するそれ――――周りの被害など考えずにぶっ放す、大技。

 

さぁ世界を焼き尽くせ

 目の前の敵を焼き殺せ

 今我が声に答えて出でよ太陽!

 

 本来ならば、一番最初の奇襲としてその威力と着弾の余波で完膚なきまでに相手の戦意を薙ぎ倒すためだけに使われるそれを、今たった一人の人間に放とうとしている。

 

大空瞬く炎の星よ、我が腕より出て世界を焼け――――ブレイジングハーツ!!

 

 その瞬間。

 凡そ一千万度を軽く超える熱量と爆発力を内包した弾丸が、神楽の腕から放たれ、そして――――――――

 

 

 

「ぁ――――うそ、す、ごい」

『あのお人の心器……断つとか斬り裂くとか消すなんかなぁ……そんな感じやよねぇ』

 

 日向たちのチームと戦っている一人の男――土方護の持つ刀によって真っ二つに斬られて霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「井川。そろそろ、相手のデータは取れたか?」

『おう、ばっちりだぜ。奴さん、魄啓的な対策はしっかり取ってるみたいだが、この都市のいたるところに仕掛けられた監視カメラまでには手が回ってないみたいだな。顔がしっかり視れたおかげで、結構早く照会が済んだぜ』

 

 馬鹿でかい熱量を持った攻撃をその効果ごと断ち斬り消滅させた後、あまりの出来事に唖然としてる神楽宗治の意識を断ちながら、護は遠く離れた場所で自分をサポートしている井川に連絡を取る。

 土方護の心器能力――それは、断つという刀の物質創造能力。

 能力名は無銘

 それは名前としての無銘ではなく、真に名が無いという意味合いでの無銘。

 名無しの心器。

 それが、護の心器である。

 心器の形状は抜き身の日本刀で、鞘の部分はエレメンツ・ネットワークが製作した特殊なものを使用している。相手の大技が来ると察したあたりで左手に持たれていたそれは三つに折れ曲がり、ズボンに取り付けておいたホルダーに収納されている。

 能力はその言葉のまま。刀身に触れた物をありとあらゆる意味で断つことができる。

 故に今は相手の攻撃の熱量を、存在を、を、能力を断ち斬った。

 その結果神楽宗治の放ったブレイイングハーツは真っ二つに斬られ、その存在を断たれて完全消滅。余波の熱量から何から全てを護の一撃によって断たれ、無効化されてしまったのである。

 そしてそれは……そのまま、護の位階が最低でもAプラスであることを示している。 

 相手の魄啓力が込められた技にまで己の能力を適用するそれは、間接的な干渉能力ともいえる。

 魂の力の絶対的ルールでもある上位階能力者には干渉系の攻撃は通用しないという法則に従って考えれば、魂熾により位階がひとつあがった威力となっているブレイジングハーツを魂魄励起無しに叩き斬った護の位階は、そのままAプラス以上ということになる。

 

「……で、敵は?」

『名前は不明。ただ、通称は魔弾と言うらしい。弾丸概念と射撃概念を有する銃の心器能力者で、暗殺方法は超々遠距離での射撃だ。どうやら、弾丸を選ばないらしい』

「魔弾というと……ウェーバーのオペラか」

 

 自分たちの中でもっとも威力の高い攻撃力を持つ仲間が倒され騒然としているブレイジングハーツの面々を無視し、護は黙々と会話を続ける。

 ドイツと言う国が生んだ天才作曲家、カール・マリア・フォン・ウェーバー。

 彼の有名なモーツァルトの後を継ぎ、ドイツのオペラを大いに発展させた立役者である。

 その彼の代表作ともいえるのが、1821年に初公演を迎えた『魔弾の射手』である。

 あらすじを簡単に説明すると、悪魔との契約で七つの弾丸を手に入れた猟師の男が、その弾丸六つを用いて射撃大会に優勝すると言う話し。優勝後、大会を主催した領主の要望に答え、七つ目の弾丸――悪魔の思うがままに命中するという弾丸を用いてその要望に答えようとした男は、その射撃で最愛の女性を亡くしてしまうという話。

 もっともそれは時代を経て、様々な要素が追加されるうちにできた内容であり、しかしそれが今現在最も一般的に浸透している内容とも言える。

 実際は最後の弾丸は女性を貫かず、女性が見に帯びていた薔薇の花冠が護りとなり、男に弾丸製作を持ちかけた悪魔の信者が死ぬことになるのだが、それは余談。

 ともかく、今此処で重要なのは――――

 

弾丸の概念でありとあらゆるものを弾丸にし、射撃の概念で正確無比な狙撃を行う。ただその弾丸は一種類一日に七発までしか作れないらしい。同じように、同じ種類の弾丸……これは既存のものを含めてだが、全部で六発しか狙撃には使わないらしい。最後の一発は日にちが変わると同時に消滅。今のところわかってるのは、それくらいだな』

「厄介だな。名前による能力の縛り……それも強迫観念に近い認識による縛りか。そんな能力があるなら、まず確実に近づいては来ないだろう」

『ああ。実際今も、最初の位置から動いていない。いつでもお前から逃げれる位置でお前のことを見張っている感じ……おそらく、今日は偵察だろうな。適当なクライムたちを雇って戦わせ、俺たちの戦力を見極める。まったく、嫌になるくらい計算づくの戦い方だよ』

「だが今はシエラが居ない。それが相手の計算違いだろうが……それが今回は救いか。実際問題、シエラを欠いた俺たちのチームでは遠距離攻撃の手段がない。相手が近づいてこないとなると、今回はこいつ等を適当に潰して後は逃げることになるか。後手に回るのはあまり好きじゃないが……それもシエラの復帰まで、だな」

『ま、シエラの能力がばれなかっただけでも善しとしなくちゃ。第一、お前さんの能力なら遠距離攻撃にも対処だけはできるだろ? もちろん、相手の位階によるが……準神話級の能力者であるお前に通用する攻撃を放てる奴のほうが珍しいしな。んじゃ、とりあえず残りを適当に――――っ、護! 魔弾が狙撃準備を始め――――』

 

 パシュン

 気の抜けた音を立て、先ほどの大出力攻撃を放った男の頭が吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぇ?」

『なっ……なんやの、一体』

 

 唖然。

 そう表現するしかない状況に、日向は追い込まれていた。

 自分とつい十分くらい前まで仲良く話をしていた人たちが、次々に撃ち殺されていく。

 

 ある者は弾丸を頭に受けて頭部を四散させ、赤い雨を倒れ臥した肉体の周りに降らせていく。

 ある者は体に幾つもの穴を開けられ、そこから臓物などを零しながら倒れていく。

 ある者は必死に抵抗しようと心器を構えるものの、その心器を完膚なきまでに撃ち壊され倒れていく。

 

 地獄、地獄、地獄絵図。

 つい先ほどまで笑いあっていた気の良い知り合いたちが、次々と飛来する凶弾によってその命を絶たれていく。

 それは圧倒的な絶望。

 今まで夜の暗さと人口的な光に映し出された灰色しか世界にはなかったのに、今はもう世界は赤く紅く朱い色彩にあふれ出していく。

 

「あ、ああ、ああああああ………」

『ちょ、日向! しっかりしぃ! 落ち着くんや! 目を閉じてしんこきゅ……ああ、駄目や。完全に錯乱し始めとる』

 

 次は誰だろうか。

 悲鳴が聞こえる。

 怖い。

 次は私?

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――――――――

 

「……五月蝿い。錯乱しすぎだ」

「――――ぇ?」

 

 ギィン

 あまりの恐怖にがちがちと歯を鳴らし恐怖の声を上げていた日向の前に、まるで奇跡のようにその男は現れた。

 からん、と音がする。

 そちらのほうを反射的に視ると、そこには真っ二つにされた五円硬貨が転がっており、またその一部が溶けている。

 

『あ、あんさん……うちらのこと、助けてくれたんか?』

「……結果的にそうなるな。少し黙っていろ。集中できん」

『集中……?』

 

 ギィン、キン、ギン

 連続して金属音が響き、それと同時に目の前で自分たちを庇うように立っている護の腕が振られていく。

 

『護さん、相手の狙撃の軌道は――――』

「問題ない。井川!」

『ああ、この場所におびき寄せられるまでの射撃で大体は解析できたし、それにさっきからじっくり奴さんの魄冥波動を解析できたからな。奴の魄啓力が込められた弾丸なら容易にトレースできる』

 

 ギィン、ギン

 飛んできた弾丸を斬ると同時、二つに断たれたその弾丸は勢いを失ったかのようにぽとりと地面に落ちる。

 強化された聴覚が拾う複数の声に戸惑っていた日向の視線がそれに向く。

 

「螺子……?」

『螺子やねぇ……?』

 

 そこに転がっているのは、完全に真っ二つに叩き斬られた螺子。

 よく見れば、先ほどから弾かれ斬られた弾丸たちも全て螺子であり、その数は全部で十二に分かれている破片の数から考えると、六発。

 今のほんの一瞬の間に六発もの弾丸を打ち込んできた姿無き狙撃主に戦慄しながらも、しかし日向はそれ以上にそんな恐ろしい弾丸を防ぎきった目の前の男にこそ恐怖と、そして憧憬を抱いていた。

 

「ちっ、埒が明かないな……井川、こいつ等の残りはどうなってる?」

『ん、ああ。お前がそこにいる奴の前に出た辺りから狙撃がお前に集中しだしたからな。動ける連中は蜘蛛の子を散らすように逃げていったぜ。後残ってるのは死体とお前の攻撃で動けなくなってる連中、そんでお前の後ろの奴だけだ』

「長距離攻撃ができないのがこんなにもどかしいとはな……。シエラのありがたさが身にしみる」

『後で伝えといてやるよ。見舞いの果物詰め合わせと一緒に』

「余計なことは――――と、今度は何だ?」

 

 シュン、ヒゥン、と剣先が空気を切り裂く音が夜の空間に消えていく。

 今度は何か? と視線を動かして護が斬ったであろう弾丸を日向と六華は探していく。

 すると、ぴしゃんというような湿った音がして、二人の目の前に水滴が落ちてきた。

 

「……水?」

 

 日向の呟きに反応したのか、護が怪訝そうな表情で振り返る。

 

「水、だと?」

『そ、そうやね。確かに今水が降って……雨かなぁ』

 

 日向と六華の言葉にどこか納得した風に頷くと、護はまた誰にというわけでもなく口を動かしていく。

 それまでの会話の中で、それがこの護と呼ばれている男と仲間の通信手段だということが日向にはわかってきていた。

 

「……ち、井川。弾丸が液体に変わったぞ。こいつは…………」

『ああ。サイレントスナイパーの面目躍如といったところか。ここらが潮時、だな……遥ちゃん? 準備はいいかい?』

『あ、はい。後、護さん……後ろの女の子も、一緒に外して――いえ、連れてきてください。でないとあのスナイパーに殺されてしまうので』

「――――わかった。おい、お前」

「ははは、はい!?」

 

 息を潜めて護たちの様子を見守っていた日向は、突然自分に話を向けられたことで軽いパニックに陥る。

 自分を守るため……事情はどうあれ自分を狙い、仲間達を撃ち殺していた凶弾から救ってくれた男性に声をかけられ、どう対応していいかわからなくなってしまったのである。

 

「今すぐ式神をしまえ。ただでさえ俺以外の人間をあれにつき合わせるときは負担が大きいんでな……少しでも余分な要素はないに越したことはない」

 

 ヒゥン、ヒュン。

 剣閃の軌跡を反射的に目で追ってしまいつつ、言われたことには素直にしたがって六華を消す。

 パシャパシャと地面に水が落ちていくのをやはり不思議そうに思いつつ何がどうなっているのだろうかと考えていると――――

 

「ひやぁ!?」

「変な声を上げるな。ただ抱えただけだろうが」

「お、女の子の身体片手で荷物みたいに抱き上げておいてその言い方は何よぉ!」

「両手が塞がっては大人しく死ぬだけなんでな――――遥、行くぞ。合わせろ」

『――――は、はい! では――――』

 

 男の片腕に抱かれたまま、日向は二つの詩を聞く。

 片方は男の詩――――改めて聞いてみると低い声が渋くかっこいい。そんな感想を抱く、世界に響く彼だけの詩。

 片方は少女の声が紡ぐ詩――――その声は小さく聞き取り難いが、しかし澄んでいる綺麗な声だった。

 

 

 

 

 

 

 

銘無き我が剣に誓を一つ。祖は悪を滅ぼす剣也

 脆弱な我が身に誓を一つ。祖は悪意を弾く防壁也

 

 

 

 

 

 

 

この眼に写るのは枝葉の世界。未来に伸びる大樹の世界

 誰もが知ってる果て無き世界。誰もが知らぬ未知なる世界』

 

 

 

 

 

 

 

 そして、世界が――――壊される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何? 消えた、だと? いや違う……そもそもあの場所にいなかった? いや、第一俺は誰を狙って……くそっ、馬鹿な、そんなはずは……だが、くっ、何かがおかしい……何だ、この何かを忘れているような、何かがなくなったような感覚はっ!」

 

 男――魔弾は、陣取っていた屋上で驚愕と戸惑い、そして苛立ちの声を上げていた。

 つい数瞬前まで己の射撃範囲に存在していたターゲットが、魂魄励起を行ったとたんにいなくなってしまったはず……なのである。

 確信が、まるでない。

 男が今夜活動をするということで網をはり、現れたところで遠距離からの射撃で自分が雇ったクライムたちがいる場所へと誘導。

 ある程度男の実力を図った上で、隙あらば依頼を完遂し、手出しが難しいようだったら捨て駒のクライムたちを射殺してこの場を去り、次の襲撃の計画を練るつもりだった。

 そして事実その計画は思っていた以上にスムーズに進み、現在の状況では射殺は難しいと判断し、順調にクライムを狙撃していたところからその予定が狂いだした。

 ターゲットが、クライムの一人を庇って飛び出してきたのである。

 多少驚きはしたものの、これ幸いと男に狙いを定めて弾丸にした螺子を打ち込み――――そして絶句させられる。

 こちらの弾丸が、全て真っ二つに叩き斬られていったのである。

 弾丸に篭めたこちらの魄啓力諸共に弾丸は断たれ、地面に落ちていく。

 それは弾丸の種類を釘に変えても、石に変えても、ナイフに変えても同じこと。

 最後に暗殺用の切り札でもある水の弾丸で狙撃を試みたが、結果は同じ。

 こちらの弾丸概念で固定化してあった水の凶弾はいとも容易く斬られ、水に戻り地面に落ちた。

 そして最初に狙っていたクライムを片腕で抱き上げると、唐突に魂魄励起を開始しだした。

 水の弾丸を精製した七発のうち六発まで撃ち終えた直後だったため、次なる弾丸……空気の弾丸を作り狙撃しようとしていた直後だっただけに、撃つのは保留。

 何が起こるか、わからないからだ。

 今までの狙撃からターゲットの心器があの刀で、能力が斬るとか打ち消すなどそれらに近い能力であることは見抜いていたのだが、しかしかといって遠距離攻撃ができないとは限らない。

 いつでも動けるように構えを変え、男の一挙一動を見るためにスコープを覗き込む。

 魂魄励起が終わったのか、凄まじい魄冥波動が魔弾の元まで届いてくる。その強さからもともとの位階が兵器級に近いかあるいは神話級に届くかもしれないことを悟り、唇を噛み締めた。

 そして次に魔弾が見たのは、高速で己の周りに刀を走らせるターゲットの姿。

 一瞬何かの攻撃か? と身構えたものの、しかしこちら側には何も起こらず――――代わりに、一瞬にして二人の姿が掻き消えていた。

 それと同時、魔弾の感覚から何かが抜き取られていくような錯覚を得……何事かと周りを見回して安全を確認した後で再びスコープを除いてみると、今までたしかに確信していたはずのターゲットの情報などが少しあやふやになっている自分に気がついたのである。

 今回の偵察で確かめたはずの情報が、妙に希薄で。

 それが余計に、魔弾をいらつかせていた。

 

「ちっ……とりあえず、今日はこれで終わり、だな。ターゲットに逃げられたんじゃどうしようもない。残りをとっとと口封じして、アレを殺す算段を考えねぇと、な。いざとなれば一流どころと組んでの作業になるか……」

 

 生成した折角の空気弾を無駄にしないために、それら六発と先に生成しておいた何種類かの弾丸で逃げて遅れていたりターゲットの攻撃で気絶していたり倒れているクライムたちを射殺し、魔弾は屋上から立ち去った。

 自分の攻撃のことごとくを防いだ、刀使いのターゲットがいたはずの辺りを、憎々しげに睨みつけながら。

 

 

 

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最終更新:2007年07月09日 00:10
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