夢を、見ました。
私と、私の愛しい人――――土方護さんと一緒の、夢。
私たちは二人っきりで廃墟とも呼べる場所に居て、しかし私はそれが私たちの家だということを知っていました。
全てがボロボロになり、あちらこちらが焼け崩れ、目の前で“無銘”を握って私を抱きしめている護さんも、額から血を流しています。
私を庇うために……あの煉獄と灼熱の地獄から私を護るために、負った傷。
「遥……もう、ここは――――この世界は、ダメだ」
「護さん………………」
サングラスはひび割れ、その下から厳しくも優しい光を持った護さんの瞳が覗いています。
彼の眼は見えないけど――――今、私の顔を視ているその瞳は確かに優しくて。
私はその瞳が、何よりも好きで。
「人間と俺たち(アザーズ)が相容れないのは既に何年も前にわかっていた。だが、何時か崩壊するとはわかっていても、まさかこのような形でだとは思わなかった。何も罪のない――例えアザーズの腹から生まれたとしても、同じ人間の子供を爆弾に仕立て上げるなど、絶望を通り越して何の感想すら思いつかん」
ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえる。
視線を下げると、無銘を握っていない左手からは鮮血が零れ落ちていました。
力強く握りすぎて、爪が皮膚を食い破り血管を破っているみたいです。
本当に、護さんは……優しい。
「お前の予知だと、まだこの後に三発目が来るんだろう?」
「うん。この後……結局大半は赤星さんが撃ち落とすけど、でも確かに最後の滅びが来て私たちは……ほぼ滅びます。最終的に、たったの三十人を残して」
そう。もうこの後に、それ以外の未来はありえない。
私の能力が――『未来』の概念能力が、もう人類と私たちの全面戦争以外の未来を、映し出してはくれない。
そしてその中に私たちは――――いない。
「もはや、俺はこの場所に未練はない。井川が死に、セリーナが死に、アルファが死に、日向が死んで、挙句に紫と美紅の二人も――俺たち(りょうしん)よりも先に死んだ。果てない戦いの果てに得た隣人たちも死に絶え、最終的に俺たちも死ぬとあれば、俺はもうお前以外に未練は存在しない。だが……俺はおめおめと死んでやるつもりなんざない。だから遥――――」
「――――ねぇ、護さん。私たちが、初めてであったときの事を覚えてる?」
「――――あん? あ、ああ、そりゃあ……覚えているが」
あの時。
平和な日常が終わり、私のこの『未来』という概念のせいで両親が殺され、ヤクザにさらわれた私は車でどこと走らぬ場所へ連れ去られようとして……そこで、護さんと出会いました。
最初護さんに声をかけたとき、この人は怪訝な顔で私を見てました。
私は必死で護さんの腕を掴んで逃げ、そして――――
「あの時も、それに私たちの結婚式の時も……私は言ったじゃない。ね、護さん。私たちの、私たちの≪契約(やくそく)≫は――――」
「――――――――そう、だったな。ならば遥……謡おう。この街で最後の詩を。俺たちの誓いの詩を。俺たちが共にあるための、意地でも共に戦い抜けるための――最初でもあり最後でもある、言葉を」
「――――はいっ」
『命短し世界の中で、我等は最後も共にある
寂しき孤独の宴の中で、我等は最後の詩歌う』
それは、魂魄励起と魂熾を組み合わせた高度応用。
異命同魂というレアタレントに憧れた者たちが試行錯誤と閃きの最果てに生み出した、まったく異なる二つの魂を共鳴させると言う技術。
名を――――『共魄賛歌』。
『我らが内には我らの友
我らの中には彼らの御霊』
それは定型のない歌。
それは自由自在の即興詩。
それは二つの魂が折り重なることで生まれる、軌跡の神曲。
二人の想いが重なり、二人の魂が重なり、二人の意志が重なるときに生み出される、この世でもっとも尊き二重奏。
『我らは世界に別れを告げる。しかし彼らは我らと共に
彼岸涅槃に在ろうとも、我らと彼らは離れることなく我らは常に共に在る』
護さんの腕が振られる。
私を抱きしめながら、この場所に私たちがいるという全ての柵を『断ち』斬って行く。
『そして我らも共に在る
例え世界が違えども
例え命が消え行けど
何があろうと共に在る』
私たちは今日今この時を持って、この世界へと反逆する。
護さんが生み出す、空間の裂け目に飛び込み。
この世界のどことも知れぬ場所へと飛び込み、地獄でしかない世界へと戦いを挑みに行く。
『そう――――“死がふたりを分かつまで(エンゲージ・リンクス)”』
詩の終わりと共に、護さんの無銘が鋭く振られ、私たちの家の丁度中央に空間の裂け目が生まれる。
私のことをぎゅっと抱きしめてくる護さんに私もしがみつくように抱きつく。
すると、逞しい――随分昔に初めて私を抱きかかえてくれた時から殆ど変わっていない胸板に顔を埋めながら、軽々と腕一本で抱え上げられていく。
護さんの役目は、空間の扉を開くまで。
此処から先は――私と護さんの、運試し。
私がするのはただ一つ。
どこまでもどこまでも、例え出た先がどうしようもない地獄ですぐに死に分かれてしまうとしても。
何があっても二人が離れないように、ただひたすら二人一緒に居る未来を視続ける。
それが私の――――この共魄賛歌の、役目。
「さぁ――――行くぞ、遥」
「………………はい、護さん」
耳元で囁かれた言葉に、こちらも耳元で返す。
ゆっくりと次元の狭間へと近づいていく護さんに力いっぱい抱きついて、そしてその中に飛び入る瞬間。
私は、この何よりも好きだった街での、今日をもって滅ぶこの街での、第二の故郷での最後の言葉を、世界で一番愛しい男(ひと)の耳元で呟いた。
愛しています、護さん
この世界が滅んでも
例えこの未来(さき)がどんなに苦しく傷ついても
そう――――――――
夢を見ました
それは、どうしようもない夢
世界中の何もかもが敵に回り、ただ二人で何十何億という人たちに戦いを挑む夢
好きな人も、好きだった人も皆死んでしまい、護さんと二人っきりになる夢
争いに倦み、血の臭いに飽き、空虚な心を満たすために創った街を壊される夢
死と破壊の中、今ではない未来で誓った言葉と、今ではない過去で放った言葉を、歌う夢
そして最後に、二人で一緒に死んでいく。そんな――――――――夢(がんぼう)
それは幸せな夢では在りません
でも、不幸な夢でも在りませんでした
私は、そんな死と絶望が支配する夢の中で、でも最後にして絶対の希望を知ってるのですから
私には、あの人が居ます
今はまだ言葉に出して言えないけれど、でも誰よりも愛している人が
不器用で怖くて、でも誰よりも優しくて可愛い人
私の好きな、大好きな人
きっとこの先、私は辛いことも悲しいことも沢山経験するのでしょう
今見た夢が本当なら、私は大好きな人たちと死に別れることになるのですから
ねぇ、護さん
私はまだ子供で、まだまだダメで、だからこんなこと言う資格なんて無いかもしれないけど
でも、今じゃない未来で、今じゃない過去で言う言葉を、今だけでも言わせてください
護さん、大好きです
誰よりも愛しています
ずっとずっと、何が在っても傍に居てください
ずっとずっと、一緒に居てください
一緒に泣いて一緒に笑って一緒に怒って
一緒に寝て一緒に起きて一緒にご飯を食べて
一緒に幸せに、なりましょう
私は、貴方と共に居ます
何があっても
何処へ行っても
何時だって
そう――――――――――――
死が二人を、分かつまで