それは失われたはずの安息―――
それは滅びに至る最後の平穏―――
幸せだった―――
きっと誰もがそう言った―――
"故郷"と呼ばれたこの場所で、誰もがみんな"生きて"いた。
故郷(せかんどほーむ) 書いた人:通りすがりの野草
それは某マッドサイエンティストの一言から始まった。
「ねぇ、上砂さん。ノエルの新機能のテストしたいんだけど、付き合って貰っていい?」
「あぁ、かまわねぇよ。暇だったしな」
当然、暇を持て余していた彼女はその誘いを受ける事になる。
これが、故郷(セカンドホーム)を巻き込む狂乱の種となるとはこの時点では誰も気付く事はなかった。
その日は絶好の行楽日和で空は真っ青に晴れ渡り、遠くには故郷を覆う感応金属『完全剛体』の壁まではっきりと見る事ができた。
場所は京都市内からは随分と離れ、能力者が暴れても被害が出ないよう北に100kmほど離れた場所。
とは言っても、これから行う模擬戦の事を考えると100kmなど何の救いにならない距離だという事はこの場にいる全員が判っていたのだが………
念の為、市内には折原瑞佳の手により結界が張られ、機神謹製の機械式結界装置、三賢者+クライス・キュールの手による結界装置が重ね張りされていた。
と言うか、ここまでする事でもない気もするが、基本的に暇を持て余している彼らにとって娯楽は貴重と言える。
つまり、これから行うのは技術の粋と様々な人の努力と、才能の発露、他様々なものをミックスして混ぜ込んだ―――
―――『壮大な暇潰し』とまぁ、そう言う事になる。
と言う訳で、関係あるかないかは判らない物見高い住人達が数百人。
マッドサイエンティストであり、トリックスターであり、機界の女王である月村忍の最高傑作の新機能のお披露目にやってきたわけだ。
辺りを見渡せば天帝が戦巫女筆頭と朝廷御領衛他を引き連れてふよふよと浮かびながらその様子を眺めていたり―――
不機嫌な表情の死国の王が司祭と騎士に連れられて観覧していたり―――
死神が家族と、人形は銀色の妻を傍らに、当事者である雷神の関係者である赤竜の御者は妻と連れ立ってこの馬鹿騒ぎを遠巻きに眺めている。
数百人の観衆が半円状に囲むそのほぼ中心に暇そうに立っている巫女服の女性とメイド服の女性、そして事の発起人、月村忍が居た。
巫女服の女性―――上砂慶子は金属バットを片手に持ち、メイド服の女性―――ノエル・綺堂・エーアリヒカイトは使用人の鑑と言うべき美しい姿勢で主人の傍らで佇んでいた。
「で、なんであたしなんだ? あんたの旦那にたのみゃ良いんじゃねぇの?」
「ん~、それは今回の新機能に理由があってね。忍ちゃんの力作だから楽しんでもらえると嬉しいなぁ、なんて」
「ふん、じゃあ、楽しませてもらうかね。最近、なまってて相手が欲しかった所だしな」
不敵な笑みを浮かべて慶子はバットを相手に突きつける。
それを受けて、ノエルは微動だにせずただ静かに佇むだけだ。
それは、主命を待つ忠実な僕の正しい姿。
そして、主人は従僕の忠誠を疑わずただ命令(オーダー)を下す。
「ノエル、やりなさい」
「畏まりました、お嬢様」
「ビック・ノエル、ショーターーーーイム!!!」
それは一瞬の出来事だった。
人型から兵器へ、ノエルを知るモノは多かれ少なかれその事実に驚いた経験があるだろう。
しかし、装甲が裏返り、銃口が見え、形状を変化させるたびに一回りずつサイズが大きくなっていく―――
そして、それが行き着く先は、鋼のメイド服に鋼の素肌、全長数十mの長身、その佇まいはメイドの鑑―――
重機動対城兵装『ビック・ノエル』
巨大ロボットと化したノエルに観衆は歓声と驚きの声を上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 巨・大・ロ・ボ・ッ・トーーーーーー!!」
「祐一ぃ、もっと落ち着こうよ。もう、恥ずかしいなぁ」
「いや、無いだろ? なんで巨大ロボットなんだ?」
「相変わらず判ってないなぁ、ロマンだよ。辰則君も男の子なんだし判ろうよ」
「流石月村先輩っ! 俺らの夢を叶えてくれたぜっ! ビバ・巨大ロボメイドーーーーーーーー!!」
「………馬鹿が」
「………………………凄い」
「あははー」
カオスだった。
「あぁ~、なるほどな、あたしが呼ばれるわけだ」
巨大なノエルを見ながら呆れたように呟く慶子。
ノエル(大)は片膝を着き忍に手を差し出す。忍はその手に乗ってノエル(大)の肩へと移動する。
「ふふふふふ、うふふふふふふふ、これぞ忍ちゃん謹製、ビック・ノエル。この巨体を恐れぬなら掛かってきなさい」
『CAST IN THE NAME OF GOD, YE NOT GUILTY.(我、神の名においてこれを鋳造する。汝ら罪なし)』
巨大化した彼女の瞳を上記の台詞が横切っていく。
しかし、無駄に芸が細かい。
「いや………、まぁ、いいが………それはいささか古いんじゃないのか?」
「相変わらずだなぁ、月村さんは」
「がんばれー(やる気なし)」
古馴染みの皆は半ば諦め気味だった。
「それじゃあ行くわよ、ノエル。『Nサンダーーーーー!!』」
「はい、お嬢様。先手、打たせて頂きます」
差し出された巨大な両腕から一瞬のうちに巨大なバルカン砲が展開される。
ガガガガガガガガガガガガガッ!!!
爆音と共に慶子が立っていた場所へ、人など一瞬で挽肉に出来そうな弾丸が雨のように降り注ぐ。
弾丸は、地面を削りながらもうもうと砂煙を上げ、微動だにしない彼女を覆い隠した。
やがて銃撃音は止み、舞い上がる砂煙がノエルの視界を塞ぐ。
それは一瞬だった。
表れたのは金色に輝く光で出来た腕、それがまるで巨人の腕のように砂煙の中から現れ、ノエルを殴り飛ばしていた。
ノエルは咄嗟に対物理防御壁を展開し防ごうとするが、その腕はまるでそんなものなど無いかのように防御壁をすり抜け、激しい閃光を発して彼女に着弾した。
「機械ってのは強力な電気に弱かったよな? どうだ、あたしの雷は?」
立ち込めていた砂煙は徐々に晴れ、そこから表れたのは巨大化したノエルより、頭一つ分は高い巨大な人だった。
いや、人と言うには顔は無く、髪も、耳も、人としてあるべき細かな造詣を全て省かれた―――
辛うじて女性とわかるフォルムの光の巨人。
それの頭の上には不敵に笑う雷神・上砂慶子が仁王立ちで存在していた。
「今度は光の巨人キターーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「よっしゃ、火の七日間を今ここに、薙ぎ払えーー!」
「いや、だから、祐一ぃ、佐倉君も、いい加減、いい年の大人なんだから叫ばないでよ」
「ははは、相沢も翔也もこういうことに関しては超が付くほどのバカだからなぁ。しかし、巨神兵より、ウルトラマンじゃないか?」
「武司、アンタに馬鹿って言われたくないと思うわ………」
「あぁ~、どうでもいいけど、巨神兵でも、ウルトラマンでもどっちでもいいんじゃないのか?」
「だから、判ってないなぁ、そこが重要なのに………」
「まぁ、なんだ………これは無事に終わるんだろうな?」
「ま、なるようになるじゃろ。今は騒ぎを楽しんでおれ」
彼女等を囲む観客達が光の巨人の登場に歓声を上げる。
強力な電撃を喰らったノエルは多少ふら付きつつも問題なく佇んでいた。
「サーチ結果が出ました。質量ゼロ、保有エネルギー計測不能。おそらく、電気エネルギーにより構成された実体を持たない人形のようなものだと思われます」
「なるほど、あれが上砂慶子のサンダータイラント、神の外殻かぁ。でも残念ね、電気対策はしてないとでも思った? ノエルを並みの機械と一緒にしてもらっちゃ困るわよ、なんせ、根性が違うんだから!!」
毅然と胸を張る忍に、慶子は肩をすくめる。
「………そうか、根性か………なら仕方ねぇな」
「「「「「仕方ないのかよっ!!」」」」」
観客の心の声はこの時、始まって以来のシンクロを見せたとか見せなかったとか。
巨人とノエルが睨み合う中、慶子は唐突に手に持った金属バットを宙へと放り投げる。
「まぁ、根性って事は痛くねぇってわけじゃないんだろうが、手っ取り早く行かせて貰うぜ………『布都御魂剣』」
柏手一つ、彼女が一言呟いた瞬間、宙を舞う金属バットは一瞬のうちに消え―――
代わりに巨大な地響きと共に巨人の前にはその身長ほどもある巨大な剣が現れていた。
それは巨人が振るうにしても巨大な古代刀。
両刃のそれを、光の巨人はいとも容易く引き抜くと、創造者である上砂慶子を思わせる慣れた手つきで構えた。
「んじゃ、本番………行くか!」
「ははん、来なさい、返り討ちだから」
先手はノエルに譲り、次は自分の番だとばかりに巨人がその巨大な剣を予想外の速さで振るう。
遠目には標準サイズに見えるかもしれない巨人達、だがその縮尺は大いに別次元。
素早く振るわれた巨大剣は大気を引き裂きながら音速の十数倍、先端に関してはその数倍の速さで衝撃波を纏いノエルへと襲い掛かる。
その剣速により周囲には竜巻が起り、地上を削り、結界を揺らす。
全長数十mの巨体でこの剣速を出す巨人もさることながら、その数瞬に対応するノエルもまた規格外。
一瞬の反応で対物・対魄啓防壁をを展開し、それが持ちこたえる一瞬を以って相手の側面へと回り込む。
「ノエル、でっかいの喰らわせるわよ!」
「『ミサイルパーティ』『キャノンパーティ』『Nサンダー』、全弾発射っ!!!」
胸部装甲、腹部装甲、両手、メイド服を模したそれらの装甲が開き、無数のミサイルや砲弾が吐き出される。
剣の一撃で荒れ狂う大気をものともせずにそれらは至近距離から巨人へ肉薄する。
しかし、剣を振り切ったその体勢から、巨人はまるでコマのように回転し、自らへ肉薄する弾丸の大半を剣風で吹き飛ばし、再び展開したノエルの障壁ごと、渾身の一撃を喰らわせた。
「腕部、ストライク・パイル展開!」
「畏まりました」
一撃を喰らいながら、ノエルは一歩前進。
そして、彼女の右腕は一瞬のうちに巨大な杭打機を髣髴とさせる兵装へと変化を遂げる。
「『サドン・インパクト』っ!!!」
最終更新:2007年07月09日 19:12