鶺鴒焔

※なんとなーく、投稿
本家は、チェックができない状態なので暫定あぷということで。



夢が破れる。

ある人は、努力が足りず。
ある人は、心が弱くて。
ある人は、最後に諦めて。


原因は幾つもある。
だが、その中で最も愚かしい理由があるとすれば一つ。


己に一分の責もない理由により、夢破れること。














魄啓―――魂の力が戦争にも用いられるようになってから、軍事学は革命を起こした。

魂の方向性によって、戦闘の向き、不向きはある。
しかし、それは戦争という集団対集団の戦いになれば別の話になる。
戦いに向いていなくとも、戦術的・戦略的価値により飛躍的にその重要性は高まる。

当然ながら、各国は研究に研究を重ねた。
ナショナリズムの昂揚に伴う世界の変革は、総力戦という概念を生み出し、研究は爆発的に進む。


その中で、恐らくは現代において最も進んだ魄啓戦闘学を築いたのは第二次世界大戦の敗戦国である独逸。


彼らは万単位の大規模戦闘から、小隊レベル、更に個人による応用技術を、他国を圧倒するほどの精緻さで構築した。故に彼らは、物量で有り得ないほど劣り、装備も信じられないほど劣悪な状況で、第二次世界大戦において世界を敵に回せた。

彼らは単独で、自軍の五倍の出血を敵に強いて負けた。



以来、集団における戦闘技術の多くはドイツを範としたものに置き換わっていくこととなる。





九重來珂は、その出自故に千葉国防学校において集団魄啓戦闘の教官となっている。
過去において、ドイツ陸軍の連隊長まで務めた経歴を買われて。


屋外の集団戦闘用の演習場。
倉田系の企業から癒着すれすれの方法で安く仕入れた結界装置でぐるりと囲う。
念の為に來珂は自らの神術で更に囲い、外に出ないようにする。

実際の戦場では問題なくとも、国土の狭い日本では演習場の広さにも限りがある。罷り間違って敷地外に被害が出れば、またぞろ煩い話になる。特に慣れない下級生達では気をつけてなくてはならない。


「言ってる側から・・・・」


雄叫びと怒号というよりも、悲鳴と歓声。
キャッキャッと戯れている。

無理もない。年齢的に考えて、中学を出て一年そこらの子供に高度な戦術を期待するのは無理がある。
集団戦闘にもなっていない。個々にてんでばらばら、喧嘩しているようなもの。
毎年同じ時期の風物詩であり、教官の腕の見せ所になる。


感応金属合金製のバスタードソード“グラム”を質量変化で顕現させる。



「南の最果て、我はそこに在り」

「王にして門番。入るものを拒み、出るものを絶する」

「出は我が焔の子の戦陣の時となろう―――」


「来たれ―――“ムスペル”」



祝詞―――詩の韻律を紡ぎ終えると、來珂の周囲に一つ、二つ、三つ、四つ、五つ―――際限がないかのように炎が噴き上がり、瞬時に人の形を取っていく。
戯れる100人に対して、100体の3mを超える巨躯の炎人が形成。


強大な魄冥波動に、ようやく戯れていた生徒達の動きが止まる。
一様に息をのむ。強がりなど、冗談でも言えない。
でも、この時点でも、彼らは戦場を、軍隊を、そして教官を舐めていた。

まさか、生徒である自分達へ巨人を差し向けることはないだろうと高を括っていた。



「蹂躙せよ」


短く命令を下され、巨人達は一糸乱れぬ統率された動きで進軍する。






『おうおう、今年もやってるねぇ、來珂様』


遥かに離れた国防学校の校舎。
銀嶺蒼馬の式神プラチナが、面白そうに巨人による蹂躙を見物している。

流石に中等教育のままでは軍人として差し障りがあるということで、軍人教育と並行して高等教育も行われる。ただ、普通の学校と異なるのはこれも軍務の一環であるため、真面目に受けなければ懲罰対象となる。
それでも蒼馬は気に止めた様子もなく、プラチナを出したままにしている。

数学教師も気付いているが、何も言えない。

蒼馬自身は授業を受けている。
ノートにはプリントアウトしたかのような精確さで板書を映し、例題を解いている。

ただ、左眼を式神の知覚に合わせ同じ映像を見ている。


(あーあー、もう心が折れちまってるよ・・・情けないねー)


初めは多少の抵抗をしようとしていた生徒達も10人ほどが倒れた辺りで、崩れた。
彼らの能力はマチマチ。下はD+から上はB-まで。
一方の巨人―――位階に換算するならば、実のところ生徒達一人一人のランクを模倣しているに過ぎない。

生徒側からの攻撃を受ける前に高い位階の巨人が先制攻撃を加えて、数を減らし、即座に全員の炎で防御を展開。そこからもう一度、同じ攻撃を繰り出す。
単純極まりないどころか、戦闘の基本中の基本である攻撃と防御を繰り返しているだけ。そして、火力は惜しみなく。

彼らが慌てず、戦場を冷静に観察すればすぐに見抜ける。
だが、経験が浅く、戦闘に不慣れで、本当に強い相手と当たったことのない彼らにはそれができない。
実に人間らしい、恐慌に追い立てられて逃げられることを無意識に選んでいた。


見ていて気の毒になる。


けれども、彼らが卒業し正規の士官候補生として入隊する頃には一人前の兵士となっている。
それが千葉国防学校の存在意義であり、集団魄啓戦闘を教育する九重來珂の力である。








―――昼休み

軍隊では食堂に集められ、集団で食べるが流石にそこまではさせない。
懲罰部隊ではやっても、大体は銘々で用意し、食べる。


学内にある生徒会室別室とネームプレートのついた一室。
何で別室がとか、そもそも生徒会があるのかとかその辺を突っ込む在校生は居ない。
新入生も気さくな先輩や教官に尋ねることはあるが、大体の回答は決まっている。


「世の中には知らなくていいといよりは、知らない方が幸せなことがあってだな、つまりは詮索しないことだ」

「何、安心しろ。ここに居る限り、知りたくなくても何れ知ることになる。その時になって、あの時知らなくて良かったと思うようになるさ」



およそ用事がなければ、蒼馬はその生徒会別室で昼ごはんを食べる。
今日のおかずは重箱に入った各種和風のおかずと、育ち盛りを考慮している肉料理。

何故かは知らないが、食べ物をしきりに食べるプラチナにも専用の弁当が用意されている。


「あー、今日も美味しそうだなー」


明らかに一人分ではない重箱を、マイお箸を持ったショートカットでボーイッシュな女の子が、涎が垂れないように口を押さえながら、覗き込む。


『おう、どんと食べてくれや』
「(コクコク)」


主に代わって促すプラチナ。
蒼馬も頷いて同意する。


「それじゃ、今日も遠慮なくいっただきまーす♪」


重箱へ箸を伸ばし、最初は出汁巻き卵を口へ。
咀嚼を三度。口の中に出汁の味が広がったところで、女の子の頬が緩む。


「うーまーいぞーーーー!!!」


どっかの味の王様のように、箸を握り締め、立ち上がってとにかく叫ぶ。
それから五秒ぐらい味を噛み締めてから他の品を食べ始める。


『やぁ、純様の食べっぷりはいつ見ても気持ち良いねぇ、蒼馬様』
「(コクコク)」

肯定を示し、蒼馬も料理を口に運ぼうとして――――


「ところで、この料理っていっつも蒼馬のお母さんが作ってるの?」


―――箸がちょっとだけ止まった。
それから何事もなかったように、食べる。


「あ、あれ?なんか聞いちゃならんことやったんかのう?」

微妙に日本語がおかしくなる。

『いんや、別にそういうわけじゃないんですがね・・・蒼馬様の母上殿ではないっすよ、作ってるのは』
「え、じゃあ誰が?」
『ま、まぁ・・・家のモンが蒼馬様のために、作ってるんで』

プラチナは目線を自分用の弁当に入っている塩焼き蕎麦へ移す。
明らかに何かを誤魔化しているが、女の子はあえて深くは突っ込まない。
蒼馬の家の事情も多少は知っているので、深く聞いて欲しくはないのだろうと察する。


(悪いっすねぇ、純様―――俺っちも、言えないことがありましてさー)


まさか関東最大の極道の舎弟が、若と慕う蒼馬のために何人も集まって朝からおさんどんしているなど、口が裂けても言えない―――っていうか、シュール過ぎて言えない。


二人と一匹が楽しく(?)重箱をつついていると、スーッ、と音もなく入口が開いた。


「純、貴女はまた蒼馬に食事をもらっているの?」


入ってきたのは、どこかで見憶えるのある豪奢な金髪の女性。光が当たっているわけでもないのに、キラキラと輝きを放つ、ストレートのゴールドヘア。それだけで、何だかとっても恐れ多くなってしまう。


「えう!?―――んーっと、えーっと、一応・・・・」


やっぱり意味もなく悪いことをしたような気分になってしまい、純―――早瀬純はボソボソと話す。


「別に、わたくしも悪いこととは言いませんけれど、せめて自分で用意する努力をなさいな」
「ごもっとも・・・でもね、この味を一度知ると麻薬のような・・・って、煉華さんだって自分で作ってないじゃないですか」

そこんところどうよとツッコミ。

腰よりも長い金髪を揺らしながら、煉華はため息を零す。


「わたくしは料理ができないのではなくて、させてもらえないのよ」
「・・・・何、それ」
『そりゃ、絶対に無理っしょ』


煉華の家庭事情を知る蒼馬―――プラチナは、苦笑しながら納得。むしろ、それが世界の真理。

「???」
「ふぅ・・・・」

頭の上で?が乱舞。
煉華は仕方なさそうに溜息。
そこらの男よりも漢前な煉華も、この話題では憂鬱になる。

見るからに絶対そんなことしそうにない兄が、朝から早起きして気合いの入った弁当を作ってますなんて言いたくても、言えないだろう。プラチナはちょこっとだけ同情する。


「なんか、深い事情がありそうだから、スルーするね」

その間も焼き春巻きをむしゃむしゃ。
ちょっとだけ入ってるパクチーのアクセントが何とも・・・。


「ありがとう。でも、できれば今度からは口に出さずにスルーしてちょうだい」
「了解です」

簡素な事務机で食べる二人。対して、煉華はやたらとごつくて見るからに頑丈そうな木製のデスクにつく。
デスクの上には『総代』と妙に達筆ではない毛筆で書かれたプレートが伏せられている。


『・・・蒼馬様も、せめて話を聞くぐらいはしませんか?』


二人と一匹が話している間。
およそ表情というものが欠落している蒼馬は、黙々と食べていた。
髪をオールバックにしていることが、無表情さを際立てていた。


『いや、ほら、俺っちも解ってるっすけどね・・・・何でもないっす』


それがどうした。驕ったような態度ではなく、心底解らないということが解った。
プラチナは長い間、蒼馬の式神をやってきた経験から、こうなると何を言っても根本的に理解してもらえないことを悟っている。



「ところで、煉華さん」
「何かしら?」

弁当の包みを開いていた煉華は、同時にPCの電源を入れる。

「今日はまた遅かったけど、何かあったの?」
「大したことではないわ・・・・新入生のアフターケアを軍医に依頼してきただけだから」
「あ、あ、あれね~・・・」


多分、在校生で知らない者は居ない毎年恒例の「新入生のぶっちめ」。
結果はほぼ毎年変わらない。今年も、100体の巨人による蹂躙は一兵も損なわれことなく完勝。


「あれで毎年何人かは脱落しそうになるけれど、一度入ってから簡単に出られるほどここは甘くないもの」
「ここが準軍隊ってことの認識が薄いから仕方ないですよ」


世界各地でそういう傾向はあるが、日本はその国是により戦争経験者がほとんど居なくなってしまった。
国民からすれば、天帝が居ればまず安全。その剣であり盾である朝廷御領衛と六波羅機関さえ居れば、という雰囲気が強い。陸海空の三軍は兎角扱いが軽くなりやすい。
多くの生徒が先の二つに入れずにあぶれた連中になってしまいがちで、その分軍隊を舐めているところがある。学校の延長線上だと。

実際は違うし、現実はもっと厳しい。

世論のために伏せているが、日本は霊的大国であるのに比例して日々危険な事件が起きているし、対外関係が順調に進んでいるわけでもない。冷戦が終わったというのも、軍事バランスが一時的に崩れただけ。
朝廷御領衛や六波羅機関との共同作戦も多いし、両者が出ることのできない極秘の国外任務にもつかなくてはならない。

この学校も、学校と嘯いているだけだ。
有事には戦闘要員として参加する義務がある。


あり得ない処理速度を発揮しているPCで、今日一日のメールや書類を作成しながら煉華は食事を取る。
ここでの総代という立場は、軍における大隊長にも準じるものであるため苦情・陳情・申請が山ほどくる。平時の指揮官の第一条件が書類仕事の事務能力というのもうなずける


「そういう純も、入学したての頃は似たようものだったと思いますよ?」
「いえいえいえ・・・私の方が普通ですって。二人みたいに、あの新入生のぶっちめをガチの勝負に持って行くなんてできませんから」


二年続けて、教官とガチ勝負を演じた阿呆と一緒にしないでください
そこの無口・無表情・無感動の式神使い。
男より漢前な軍デレお姫様。


「・・・今、とても不愉快なことを考えましたね」
「とんでもないっす」

断定口調の根拠はなにさ!


「・・・・もふもふ」


その間も、やっぱり蒼馬は食べていた。


『もう、諦めるっすよ、俺っちは』


言葉と裏腹に、プラチナは器用に箸を使って塩焼き蕎麦を啜り込んでいた。













同時刻、新入生をぶっちめてもいつもと変わらない來珂は、学長室に呼び出されていた。
何かをした覚えはない。來珂の教育方針は軍にとっても望ましいものとして扱われている。毎年恒例であることもその裏付けだ。

そもそも、学長は避けている節があるので、呼び出す方が不自然。


「・・・・・・」


大体こういう時は碌でもないことが起きる。


―――ガラガラ


どうやっても音が出る戸を開くと、



「・・・・・・・・・・・・・」



―――ガラガラピシャン


無性にもう一度閉めたくなった。
もう一つ、右向け右をして自分の部屋に戻りたくなった。

逃亡は騎士道に反するが、撤退は決して恥ではない。



「お待ちなさい、ライカ」
「いえ、待たぬ事情をお察し下さい」
「いいえ、そのような事情を考慮するほどわたくしは甘くなくてよ?」


戸を挟んでの声。律儀に返したのは失敗だったが、返さないわけにはいかない。
待たぬと言ったはいいが、待ってしまうのが九重來珂。戸は無情にも開かれる。


「わたくしから逃れようとは、どういう魂胆かしら?」
「いえ、決してそのようなことは・・・・」

一目で判る、外人さん特有のブルーアイ。

「言い訳は結構よ。貴方らしくもない言葉も聞きたくありませんもの」

そこはぜひとも聞いて欲しいところだが。


「偉大なるノルドの血を有する者だということをお忘れかしら?」


ドイツ陸軍の式典用礼装をバリッと着こなした男装の麗人は逃げ道を塞ぐ。
ブルーアイと、豪奢な金髪。髪型こそ内側に緩くウェーブしていることを除けば、明らかに判る。

「・・・・解りました。お話を伺います」
「そう、それは大変喜ばしいことね。わたくしも聞き分けの良い弟を持てて嬉しくてよ」
「光栄です・・・」


ウルスラ=アスクエムブラ
苗字もまったく違うが、來珂にとって血の繋がりのある姉。
本国では大変な地位についていらっしゃる、來珂の数多い頭の上がらない人の一人。


(嗚呼、なんか最近こういうパターンが多いな・・・・)


この前の石馬戒厳統幕長の件といい。
碌でもないことが起きそうな予感はあっても、それを回避できるかどうかは別問題らしい。

実に、難儀で、胃の痛くなる話だ。













九重來珂――――黄昏たる世界の黒

分類:偽身能力者/偶像崇拝系神術士
固有能力名:???/エッダ
能力ランク:兵器級/大達人(A+ランク)(魂魄励起/降魔合神“???/スルト”により一時的に神話級/免責達人)
概要:主に熱量を操る。また神話におけるスルトのあらゆる能力を現実のものとする。

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最終更新:2009年07月16日 23:29
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