強くなりたいから強くなった訳じゃなかった。
誰かを守りたいから強くなった訳でもなかった。
復讐したかった訳でもなければ、なんとなく強くなった訳でもなく、有り様として強かった訳でもない。
目前に迫る高温の大気と、爆圧と、致死の放射能を眺めながら走馬灯のように己を想い、そしてこの時の為に強くなったんだと納得した。
樋川辰則は、己が必要とする時に、必要なだけ強く有りたかった。
だからこそ、この場で必要とする力がある事を、誇らしく思い、そして死んでいくんだろう。
彼は………そう、幸せだった。
途切れない爆炎、理由は判らない、しかし、唐突に訪れた故郷の終わり。
しかし、そんな状況にも関わらず、樋川の口元には笑みが浮かんでいた。
『主よ、次が来る』
「あぁ、判ってる。月だろ? 人間はこの事態を見過ごさない。予定通りでも突発的な事態でもそれ以外を滅ぼす機会を見逃しはしないだろうな」
それは昼前の一時だっただろうか? それとも、夜の一時だったかもしれない。
全力での能力行使が長く続き、もう、その辺りの記憶が曖昧なほどの疲労が蓄積していた。
判っている事は、自分の背に友人と妻がいると言う事だけ。
いや、もう一つ………一人だけ、気になる人がいた。
彼女の事は………いや、自分が心配する事じゃないだろうと樋川はそれを意識の外へと追い出した。
"人間が彼女を殺すことは出来ない"
それは長年の付き合いから来る信頼ではなく、彼女を知るモノ全ての共通認識で誤りようのない事実。
この場にいない彼女は生き残り、あとは自身が守りきりさえすれば、その遺志を汲み、妻を、仲間を守ってくれるだろう。
「サラ」
『どうした主?』
「どうやら、俺の願いは叶いそうだ」
『どう言う事だ?』
「今、必要とする時に必要な力がある………はは、だからって後悔は消えないけどな………今度は力不足を泣く事がない、本懐ってこういうのを言うんだな」
樋川の表情には既に苦痛は無く、ただ決意と笑みが残るのみ。
背後で妻が、仲間が何かを言っている。
しかし、それももう聞こえない。
ただ、ランナーズハイを思わせる疲労と快感を混ぜたような感覚が残っていた。
そう燃え尽きる炎が最後により強く輝くように―――
その全能感に背を押され、樋川は叫ぶ。
「サラ!! あと少しだ、頼む、俺に………………守らせてくれっっっ!!!!」
『あぁ………あぁ!! 任せろ、樋川辰則、全力を以って守るとも!!』
薄れていく視界の端で、一条の光が月を穿つのを見た。
全力を、最善を尽くし、彼は満足していた。
出来る限りの仲間たちを守ろうと行使した力は限界を超え―――
自身の位階すらを超えて逝く―――
《崩壊暴走》
樋川の身体は能力《ちから》の負荷で細胞の一つ一つが火の粉に変わり崩壊していく。
まるで、あの忘れ得ぬ誓いのその時の様に………
そう、守るべきものを守った"彼は"幸福だった。
彼の物語にはこれ以上、加えるべきものは存在しない。
「よう、辰則はどうした?」
『先に逝った』
「そうか………あいつ、もういねぇのか―――。ふん、介錯は?」
『頼む。もう、樋川辰則以外を主には出来そうに無い』
「最後に聞くけどよ、あいつ、笑って逝けたか?」
『あぁ、笑って逝った。だが、我が―――我が台無しに―――』
「アイツ以外のことなんざどうでもいい。じゃあな、恋敵―――先に逝ってろ」
数年後、30人のアザーズはムーンチャイルドと呼ばれ人類に対して先の見えない戦いを挑む事になる。
それ以外の生存者は無く、彼らもいずれ滅ぶ運命にある。
ただそれだけの――
最終更新:2007年07月06日 01:56