図書館

「あのー、すいません。ちょっと本を探してるんですが」

3階ぶち抜きのフロアの中央。上階のどこからでも見下ろせる位置にあるカウンター。
そこで一人の青年が、近場の女性職員を捕まえていた。

「はいはい。古今東西のあらゆる本を網羅する国会図書館へようこそー。どんな本をお探しですか?」
「あ、はい。『相対的かつ絶対的知識のエンサイクロペディア』と『宇宙沈没』という本なんですが」
「わかりました。では無料と松竹梅のコースとがございます。それぞれ料金と内容が違いますがどれに致しましょう?」
「へ?」

職員の言葉に目を点にする若者。それはそうだろう。普通は所蔵する書籍の検索に金銭が絡むことなどないのだから。

「ああ。国会図書館のご利用は初めてなんですね。ではまず最初にこの図書館についての説明をしたほうがいいでしょうか」


国会図書館。
設立から100年少々と比較的新しい建物であるが。にもかかわらず『どんな本でも存在する』という国民が抱く、ある種の信仰にも近い認識により、その通りの力が与えられた摩訶不思議な場所である。
地上4階。地下8階の一般棟の他に誰も気づかぬ内に発生した『書庫』と呼ばれる算出不能の空間を要しており、そこを探すことでどんな本でも。例え架空の本であったとしても見つかるといわれている。

「――ということです。ただ、古い本や架空の本になると難易度が跳ね上がりますので、こちらとしても魄啓能力者を大量投入することになりますし。危険手当や人件費が馬鹿にならないんです。
なので、お客様にも多少は負担していただくことで少しでも損失を減らそうと。そういうわけです」
「……はあ」
「なお、コースの内容は無料コースがそちらの端末機を使ったコンピュータ検索です。
 これは一般棟の中の書籍を検索するものなので、珍しいものになるとちょっと出てこないかと思われます。
 次に梅コース。これは当図書館に所属する『検索』能力者がオンラインで繋がっている世界中の図書機関のデータベースにアクセスし、目的の書籍を探すというサービスです。能力を使用するため言語の関係なしに探せますし、見つかったら即座に写本を郵送してもらえるサービス付です。

 竹コースは当館の『記憶』能力者と『検索』能力者の協力で探すことになります。
『記憶』術者の記憶を『検索』することで梅コースに加え、データベースに未入力で放置されている無差別発掘書籍からも探し出せるというコースです――聞いてます?」
「あ、はい。いや聞いてます、はい」

ジト目で若者を見上げる職員。
いぶかしげな表情を直すため、コホンと咳払いをひとつ。職員は再び説明に戻る。

「最後の松コースはある意味ギャンブルですね。当館の『書庫』へ直接出向き、目的の書籍を自ら探し出すというコースになっております」
「はあ……。そのどこがギャンブルなんでしょう?」
「はい。当館の『書庫』は架空、実在を問わずあらゆる書籍が可能性として存在します。実在しているものは浅い階層に。絶版の品や少量しか出回っていない希少な書籍は多少深く。架空の書籍や書かれたはいいが誰の目にも触れずに消えた書籍などはかなり深い階層まで行かねば見つけることは出来ません。
そして『書庫』はどんな本でも存在する場所。様々な物語などに存在する魔獣を封印した本。様々な害を振りまく魔書や呪いの書物。更にはスプリガン――財宝の守護者――付の書籍。そんなものがゴロゴロ転がっています。一応こちらでも能力者の護衛をつけますが、もしも自分の身に何か起こったとしても当館は一切関知致しませんので」
「――――」

あまりといえばあまりの内容に、何も告げられず立ち尽くす若者。
それに対し、職員は花のような、という比喩がぴったりの笑顔を――花は花でも食虫植物だが――浮かべ、言葉を続ける。

「まあ。危険はありますがそのスリルが忘れられないと、わざわざ大金を積んで架空の本を探す猛者もいますし。色々な意味で楽しいコースだと思います。

説明は以上です。では――」

来た。
普通の図書館と思ってやってきた場所は実は人外魔境もいいところ。そんな衝撃に頭を揺さぶられ、呆然とする若者は。職員の笑みを無感動に眺めながら、どうしてこんなことになっているのだろうかと益体も無いことを考えていた。

「ご希望のコースをお申し付けください」

肩を大きく落とし、肺の酸素すべてをため息に変えて吐き出す。
そして若者が職員に告げたのは――

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最終更新:2007年07月06日 02:08
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