プロジェクト・エヴァンジェリスト

 福音者計画――――プロジェクト・エヴァンジェリスト。

 神話を超え、聖者の領域を狂的に求める集団があった。

 福音者計画はその第4フェイズ――――この魂の世における、『人間』を知り尽くそうとする禁忌の計画。




 在り得ざる『人間』の心器能力者。その成功例、披険体壱号。
 在り得ざる『人間』の式神能力者。その成功例、披険体弐号。
 在り得ざる『人間』の偽身能力者。その成功例、披険体参号。








 レイ、という。
 アスカ、という。
 シンジ、といった。




 己の名さえも己で得ねばならなかった、在り得ざる彼らは海を目指す。

 狂的集団、ネルフから逃げ出して。
 とある警備会社、月村総合警備に一縷の願いを託して。





 そして――――その声をただ一人受け取った、ダイヤのクイーンは、冷笑混じりに人形へ言った。






























「――――教えてあげようか。復讐を。その甘美を」







































 何もかもが模倣である人形よ。この運命を君はどうする?






















 パラレル・リトルクロス異聞録~人形たちの狂想曲~
 第一話『産声』



























 青い髪の少女は「ありがとう」と、殺意を孕んだ声では答えた。
 赤い髪の少女は「ははははは」と、狂気を含んだ眼差しで笑う。
 黒い髪の少年は「殺してやる」と、世界を覆す表情で朗らかに――――――――――産声を上げた。






 その、復讐の子供たちの、全てが。























「ぷろじぇくと、えヴぁんじぇりすと?」
「そう。キミなら何か知ってると思って呼んでみたんだけど…………その顔を見る限り、知らないわけが無いみたいね」

 藤代希の視界に映るのは、神すら怯える瞳で彼女に手渡された資料を睨む三雲武司。硬く握り締められた拳は、怒りと憎しみで打ち震えていて、今にも周辺の機材を消滅させんと、唸っていた。

「ハートのスペード」
「何?―――――一応言っておくけど、私はダイヤのクイーンね?」

 どうせ、聞こえていないのだろうけど、ね。

「……聞いた事はある。オレが昔、間違うことない真実の人形であったころ、にだ。ついでに言えば、会ったことも、ある。………………資料はいるか? オレが知ってる限りの事でよければ全て―――――」
「全て、何?」

 口を開いたまま、言葉を発する事を止めた武司に、希は尋ねる。

「………………一つ、条件…………いや、協力も復讐も全て手伝ってやるけどよ。一発、一発でいい。ブラックのスペード《高町恭也》を殴らせろ」

 別に殺すわけじゃない、ただ、殴るだけだ、と武司は続ける。
 その武司の発言に、希は僅かに眉を顰め、すぐに取り直す。

「日頃の鬱憤をスペードの腹をぶん殴ることで済ませたいだけ、だ」
「私は別にいいけど…………こればかりは本人に聞かないと……」
「そうか。……まあいい、なんか一つ、空いてるPCを貸してくれ。――――俺の知ってる限りの知識を資料にしてやる」

 希は肯き、どこからか出したノートPCとプリンタを部屋の中央にある机に置く。
 武司は希に礼を言い、そのPCを起動し―――――とたんに、少女の姿へと変わる。

 朝倉あかり。

 事務概念の能力者。
 そして、三雲武司の知人の、記憶倉庫に入っている女性であった。

「…………」

 カタカタとキーボードを打つ音だけが部屋を支配する。
 ふと思い、聞いてみる。

「彼らと会う?」
「彼ら?」

 言葉だけが返ってくる。嘘偽りなき、朝倉あかりという女性の声が。
 ”武司”は一瞬、打つ手が止まり、次の瞬間には行動を再開する。そして、応えた。

「まだいいわ。今日はとりあえず、ね」

 口調すらも同じ。
 模倣の概念能力。

「…………」

 彼に、策略は通じない。
 それを希は知っている。仮に希が、武司に策を仕掛ける。しかし、その策略は、武司が希に模倣する事で、全てが明るみに出てしまうのだ。
 彼は全てを模倣しつくす。その内面も、性質も、性格も。

 魂も。

「私のは、“神人計画”だったわ。できないことがされている“神様”に、限りなく近づける人形を作り出す、そんな計画」

 そして、その唯一がわたしなの、と”武司”は続ける。

「それ、聞いてもいい?」

 ”武司”が資料を作成している間、暇すぎる希は言う。同時にいつの間にか傍にいたノエルが、希にアップルティーを差し出し、希はそれを一口啜る。
 美味かった。
 口には出さないが。―――――言ってやりゃいいのに。

「別に聞いても面白くないわよ―――――ジョーカー、ありがとう」

 一口飲んだ”武司”が笑顔でジョーカー―――――ノエル・綺堂・エーアリヒカイトに返し、彼女は作法通りにお辞儀。

「はい。――――私はこれで失礼しますが、大丈夫ですか?」

 そして、ノエルは希に言う。

「大丈夫よ。仮に彼が私を殺すつもりだったら、呼び出した時点で殺されてるだろうし―――――で、面白くないのはわかってるから教えてよ」

 暇すぎて死にそう。

「…………ちょっと待って、一息吐いてからね」

 と、言葉が終わると同時に、”武司”はいったん、ワードを保存し、姿を変える。
 それは、空色死銘だった。
 いや、それは佐倉翔也だ、と希は断定した。

「組織の名前は、確か“エリヤ”…………いや、“エリシャ”……“デボラ”だったか。…………まあ、そんな感じの名前だ」
「預言者?」

 ああ、と”武司”は頷き、

「どっかの預言者の名前が組織の名前だ――――ああ、“エリヤ”でいいんだ。まあ名前はどうでもいいか。構成員は五名。主謀が二人、協力者が一人、共犯者が二人の五人で成り立ってる、アホどもの集いだ」

 そこで切り、姿を変える。ただ、口調だけが翔也のままだ。

「これが、主犯者の一人“向坂杏奈”。B+の“生物”概念能力者。レアタレントは……遠隔操作。最大2,48km」

 次。

「もう一人の名前が結城時宗。Bスタンダードの“創造”概念。レアタレントは物質能力。……だが、まあそこまで詳細に話す必要もねェだろう」

 何せ、空色死銘がキレてぶち殺したんだから、と。
 武司は確固たる自分の姿に戻り、大きく息を吐く。その表情は、話すのに飽きてきたと言わんばかりに脱力していた。そのまま大きく背伸びをして、武司はお茶を一気に飲み干し、咽る。何をやってるんだか。

「…………ふぁぁ」

 というか、聞いている自分も正直飽きてきたのだが。どうも彼の話は結局のところ、翔也という存在を自慢しているようにしか聞こえないからだ。興味がない。それを武司もわかっているのだろう、小さく頬を掻き、話を切り替えた。
 件の“人間”たちへ。

「あかりちゃんはああいう性格だからああやって言っちまったけど、やっぱり会ってみようかな」

 嘘付け、と言うには少々”彼自身”の情報が足りなかった。
 模倣している際は、性格も半分以上変わっちまうからな、中身の無い茶を啜りながら、武司は更に続ける。

「復讐は時が経てば立つほど歪むからなー…………お前がどう思ってるかは知らねぇが、オレはそいつらをまともな人間にしてやるつもりだぜ―――――翔也がオレをこうしてくれたように

 不敵な笑み。正直ムカつくが、まあ抑える。

「で、どこにいるんだ。その、ある意味オレよりも悲惨だった人形紛いの奴らは」

 口で説明するのも面倒だったので、希はこの屋敷の地図を彼に渡す。
 どうなることやら、と思わずに口に出すと、武司は心底つまらなさそうに返した。




















「お前がどうしたかったんだよ」

 大きなお世話だ、とグレイに思い切り体当たりさせた。


















































 彼の第一印象は綺麗な顔をした男だった。


 上下青のジャージというこの場に似つかわしくない格好をしていて、左耳だけにつけている晴れた日の空の色をしたピアスが不自然さを醸し出し、正直に言えば似合っていない。それを口に出さなかったのは正解だったと、一緒に逃げてきた赤髪の少女を見ながら後々思うのだけど、今は関係ないことだった。

 その前に、と前置きをしてから青年は僕らに自己紹介をした。三雲武司だ、と。
 そして次に、自分の過去を懐かしそうに軽く話した。立場は似たようなもんだったと。
 その言葉に、僕の左隣に座っていた赤髪の少女―――――アスカが憤った。反対に座る青髪の少女―――――レイは特に反応を示さなかった。


 ―――――は、私たちに同情してんじゃないわよ、とアスカが立ち上がり叫んだ。




 僕の気持ちとしても半分はアスカに同意していたが、彼はそんなアスカを見ながら凪いだ表情で返した。







 姿を、藤代さんに変えて。









 模倣の概念能力者だと彼は言った。まさか、とアスカが唸った。レイは相変わらず幽霊のようだった。僕はイマイチ状況を理解していなかった。

 神人計画、と彼は言った。
 それって、とアスカが戸惑った。
 そうだ、と彼が頷いた。そして、そっちの彼女とは初めてじゃなかったな、とレイのことを指差した。


 レイがここに来て初めて喋った。そう、と二文字だけだけど。

 僕は少し驚きながらレイの顔を見た。表情は相変わらず読み取れない。
 そんなレイの様子を見て、彼は笑いながら言った。”まあ、こっちの姿でだが”と。同時に姿を変える。妖怪みたいだ、と僕は彼を(彼女を)見て素直に口に出した。その僕の反応を見た彼は(彼女は)二つに重なっているような声で静かに笑った。可愛らしく、透き通った女性の声と、酷く陰鬱な男性の声で。

 僕が妖怪みたいだ、と思わず口に出してしまった理由は彼の(彼女の)その姿にある。異常なまでに伸びきった、決して他の色に染まる事は無い純白の髪の所為だ。前後左右全ての髪の毛が床まで垂れ流され、その量は夥しいといっても間違いではない程だ。何せ、距離としては僅かだけれど、パイプ椅子に座っている僕らの足元まで届かんといわんばかりの長さなのだから。

 顔を覆う――――隠しつくす頭髪が鬱陶しいのだろう(それもそうだ、見てるこっちが鬱陶しいと思うのだから)彼(彼女)は前髪をいつの間にか持っていた輪ゴムで結わいた。結わいて、そのまま結んだ房を後ろへやる。――――全員の、背筋が震えた。

 灰色の白目に白の眼球。白の白目に、灰色の眼球。左右がそれぞれ異なる色をしていて、その上で両目の焦点がズレていた。
 多分、その目はまっすぐにこちらを捉えているのだろう。だけど、見ているこちらかはそれを見て取れない。―――――向いていない。

 絶望なのだろうか。
 否。
 その目は何処迄も誰かに憧れて―――――


「…………」


 レイが何か言った。

 それは余りにも微かな声で僕らには聞き取れなかったけど、彼には届いたらしい。その薄紫の唇がはっきりと歪んでいた。―――――美しい、と思った。

 今まで見たどの人よりも、生れ落ちて今まで見てきたどの風景よりも、美しいと思った。

 彼はもう一度笑った。
 そして、レイに近づき――――――

 アスカが立ち上がる。僕は拳を握り締め、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。視界の端では、アスカは間接を極められていた。レイは、青く凹んだその頬を気にせずにまっすぐと、彼を―――――”碇ゲンドウ”を睨んでいた。












「覚えておけ、それが怒りで、憎しみで―――――殺意というものだ」









 あの低く、されど響き渡るあの声で、永久に苛立たしい手の組み方で、あの男が言った。彼は瞳を隠す黒の眼鏡をくいと弄り、更に続ける。

「私は貴様らに手を貸さん。貸して貴様らが弱くなるのを赦さん」

 彼は、三雲武司と名乗ったときの姿に戻り、アスカを開放し、レイの頬を撫で、僕に右手を差し出した。

「強くなれ。強くしてやる―――――そして、全てを手に入れろ」

 先輩に頼りな、と彼は無邪気な笑みを、笑顔を浮かべた。
 僕はその手に捕まり、彼に礼を言った。

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最終更新:2007年07月06日 18:10
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