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オカシイ世の中覚え書き

本間更迭 決めたのは森元首相 (ゲンダイネット)2006.12.25

とうとう更迭に追い込まれた本間正明・政府税調会長(62=阪大教授)だが、辞めたのは「一身上の理由」(安倍首相)ではない。直前まで「続投計画」を進めていたことが分かった。


「本間辞任やむなし」の見方が政権内でも強まった20日午後、阪大の後輩教授や役人が本間会長を激励し、支える会合を計画。本間会長自身も出席し、対策を練る予定だった。

「この教授は阪大から慶応に行った跡田直澄氏(52)で、本間氏と一緒に阪大大学院でゼミをもったり、税制改革に関する共著も出している。やはり阪大助教授、慶大教授の道を進んだ竹中平蔵前総務大臣(55)と親しく、政府の委員などもしています。竹中氏にとって本間氏は親分格。この3人は深くつながっています」(事情通)

 その竹中氏は19日、本間氏と善後策を話し合っている。そこで20日午後の「続投会合」が決まったという見方もある。

 ちょうど同じ20日午後、官邸では別の動きが始まっていた。

「安倍首相や塩崎官房長官は自分たちが本間会長を起用したこともあって、どうしようか、迷いに迷っていた。そんなとき、官邸に現れたのが森元首相です。日本プロスポーツ大賞を受けたWBCの王監督を伴う格好で官邸に入ったから、報道陣はさして気にとめていなかった。しかし、王監督が退席したあとも森元首相は官邸に残り、安倍首相に“本間切り”をアドバイスしたそうです。恐らく、かばい続けると支持率はどんどん落ちる、もう辞任の流れは止められないと内外の厳しいムードを伝え、首相を口説いたのでしょう。それで首相も決断せざるを得なくなり、取り巻きである党改革実行本部の石原伸晃本部長や西村康稔事務局長、宮沢洋一公募制度小委員長を呼んで相談し、本間会長に連絡を取ったようです」(事情通)

 電話で説得され、官邸の援護がなくなったことを知った本間会長は渋々辞任を受け入れ、これを首相が了承する形で決着したという。自ら辞任を申し出たのでなく、クビを切られたのだ。結局、跡田教授たちによる続投計画の会合についに本間氏は姿を見せなかった。

 それにしても情けないのが安倍首相だ。黒幕気取りの森元首相に組閣や党役員人事で教えを請うていたのは有名な話だが、本間更迭でも黒幕がしゃしゃり出るまで自分で決断できないとは……。

 この調子では“ボクちゃん首相”、本当に来年の参院選までもたないかもしれない。

【2006年12月22日掲載記事】

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最終更新:2006年12月28日 00:43