――最後に、新聞はもう少しこうあってほしいといった希望をお聞かせ願えませんか。
湯川:
やはり新聞はもっと読者と対話をしてもらいたいと思います。いまようやくインターネットという道具が出てきて、対話できる環境が整っているのに、いまだに情報は一方通行です。それがちょっと残念ですね。
ネットではマスコミという存在は嫌われていて、「マスゴミ」などと呼ばれています。それは、やはり我々マスコミ人が読者に門戸を閉ざしているからだと思いますよ。これから報道機関はもっと読者の意見を聞き、情報交換してもらいたいと思います。
歌川:
日本の新聞社が作る電子新聞は底があまりに浅すぎます。例えば、私が『新聞がなくなる日』という本を書くときにアメリカの新聞社の電子新聞を調べましたが、情報が大量にある上にリンクを縦横に張って、どんどん奥底まで調べていける。
ところが、日本の電子新聞はほとんどリンクを張っていないし、情報量も少ない。お皿にケチな人が盛ったちらし寿司みたいなもので、ハシがすぐに皿に当たっちゃう。ケチなことをせずにどんどんリンクを張って、記事の内容で真剣勝負をしてほしい。産経新聞は最近、若干やるようになっていますが。
――かつて朝日新聞は「北朝鮮は夢の国」と思わせるような記事を書き、北朝鮮が拉致問題を認めても、申し訳ないとすらいわない。各新聞社にそれぞれ「顔」があるとしたら、特徴ある報道はそれでいいが、顔という看板に対してもっと忠実であってほしいと思うのですが、いかがでしょうか。
歌川:
実は日本の新聞には顔がないんです。私はこの問題に相当悩まされました。絶望したり、あきらめたり。なぜ、日本の新聞が信念を持った発言をしないのかというと、それは歴史的な問題なのです。明治時代に「大新聞(おおしんぶん)」と「小新聞(こしんぶん)」という言葉がありました。これは発行部数を指す言葉ではなくて、社論という顔があるかどうかなんです。
大新聞が政論を漢文調で主張する硬派であるのに対し、小新聞は下世話な世相や事件を取り上げた。発行部数は小新聞の方が多かったんです。現在残っている全国紙は小新聞の系統なんですね。大阪の朝日新聞がその歴史を作ったといわれていますが、多数の人に売るために客観主義を標榜した。だから、顔がないというのは明治から始まっているのです。
朝日新聞の有名な記者だった扇谷正造さんが「新聞を社会の木鐸と思っちゃいかん。新聞は社会の鏡だ」といいましたが、我々は国民の大多数、最大公約数を頭に置いて記事を作りなさいという教育を受けてきた。顔がないのもその結果なのです。
最終更新:2006年12月28日 02:46