首相に就任した濱口雄幸は、軍事費の大幅削減が引き金となったのか、1930年4月に東京駅で右翼に狙撃される。
幸いにも命はとりとめたが、入院が続き、1931年4月に退陣。その4か月後に亡くなった。
そして、その直後の1931年11月、満州事変が勃発する。これをきっかけにして、日本は泥沼の戦争に引きずり込まれていくのである。
確かに、濱口自身が戦争を招いたわけではない。むしろ、彼が戦争反対であったことは、その発言の内容からも明らかである。
しかし、彼が次世代に残した影響はあまりにも大きかった。ユーフォリアを起こしたために、挙国一致に近い体制がつくられてしまい、後継者たちが戦争への道を進むことを容易にしてしまったのである。
ひるがえって小泉首相の場合はどうか。
彼は靖国神社参拝を公約にしていることで、一部には戦争賛美者との評価があるが、私はそうは思わない。むしろ平和主義者だと見ている。
確かに、参拝のしかたには問題があるが、「二度と戦争しないために参拝する」ということばにウソはないと思うのだ。
だが、問題は次の首相、あるいはその次である。すでに、小泉首相によって独裁体制のベースは築かれてしまった。その気になれば、一気に憲法改定、戦争突入という流れになることも十分にありうる。
そのことを私はもっとも危惧しているのである。
最終更新:2007年01月03日 01:16