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オカシイ世の中覚え書き

2月4日 残留孤児 首相は二度と泣かすな

日本に帰ってきた中国残留孤児は約2500人にのぼる。日本語の壁から十分に働けないまま、年齢を重ねた。受け取れる年金はわずかで、6割が生活保護を受けている。

 そうした残留孤児への国の支援について、安倍首相は「不十分な点がある」と述べ、支援策を広げることを与党と相談するよう厚生労働相に指示した。

 首相が動かざるをえなかった背景には、残留孤児のうち9割の人たちから賠償訴訟を起こされている事情がある。

 この問題では、与党はすでにプロジェクトチームで、残留孤児向けの給付金制度をつくる試案をまとめている。60歳になった翌月から単身者に月13万円を支給し、配偶者がいれば5万円を加算するという内容だ。

 ところが、厚労省は残留孤児の特別な制度をつくることに抵抗してきた。戦争で被害を受けた人には、シベリア抑留者や空襲被害者などもおり、残留孤児だけではないというのだ。

 首相が指示したとはいえ、その内容は具体的ではない。厚労省がさらに抵抗したり、わずかな手直しでお茶を濁そうとしたりする心配もある。

 与党の試案を最低限のものとして、孤児たちが安心して老後を暮らせる給付金制度をつくる。そのくらいのことは首相がはっきりと言うべきだ。

 裁判での孤児らの主張は、中国から早く帰国させることや帰国後の自立を十分支援することの義務を国は怠った、というものだ。

 判決は裁判所によって大きく異なっている。昨年12月、神戸地裁は孤児らの主張を認めた。しかし、首相の指示と同じ日に言い渡された東京地裁の判決は訴えを全面的に退けた。

 孤児らの被害は戦争被害の範囲に含まれ、特別扱いする理由はない。孤児らが主張するような義務は国にはないので、怠慢も認められない。それが東京地裁の判決の内容だ。

 厚労省の言い分をそのままなぞったもので、孤児が生まれた背景やその窮状から目をそらしているとしか思えない。

 戦前、日本は中国東北部に満州国をつくり、そこに多くの日本人を送り込んだ。ソ連の参戦と敗戦の混乱の中で、子どもたちが取り残され、苦難の人生を歩んだ。それが中国残留孤児である。

 政府が孤児らを日本に招いて身元の調査を始めたのは、戦争が終わって36年もたってからである。

 孤児らはみんな老境に入っている。国民年金は一部を受け取れるようになったが、額が少ない。しかも、その分は生活保護費から引かれる。これでは国に対して不信感を持つのは当然だろう。

 首相は孤児らの代表に対し、「ご苦労されてきた点や置かれている状況の困難を考え、新たな対応を考えなければならない」と述べた。

 中途半端な支援策で、二度と孤児らを泣かしてはならない。

(asahi.com 社説)

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最終更新:2007年02月05日 02:09