4 小学校における英語教育の教育課程上の位置づけ
(検討課題)
○ 外国語専門部会では、小学校における英語教育の現状と課題、小学校における英語教育の目標と内容、国語力の育成との関係、中学校と高等学校の英語教育との関係、条件整備についての検討を踏まえたうえで、教育課程上の位置づけ等についても、以下のように検討を行っている。
○ 小学校における英語教育に充てられている授業時間数は、実施状況調査によれば、第6学年の平均で、年間13.7単位時間実施されている。しかしながら、その内訳としては、年間23単位時間以上実施している学校が全体の17.6%であるのに対して、年間11単位時間以下の学校は全体の56.0%を占め、うち年間3単位時間以下の学校は14.0%となっている。
○ 教育課程上の位置づけについては、例えば、国語や算数と同様に教科として位置づける場合、道徳や特別活動と同様に領域として位置づける場合、総合的な学習の時間の中で位置づける場合が考えられる。
- 教科として位置づける場合には、一般的に、学習指導要領において教育目標や内容等を明示し、教科ごとに定められる観点別の評価及び第3学年以降三段階での数値による評定を行うこととなる。
- 領域として位置づける場合には、学習指導要領において教育目標や内容等を明示することになるが、評価については、道徳の場合、数値などによる評価は行わないこととされ、特別活動については内容ごとに趣旨に照らして十分満足できるかどうかを評価することとされている。
- 総合的な学習の時間の中で位置づける場合には、学習指導要領においては、趣旨、ねらい、必要な配慮事項を定めるが、学校の創意工夫が重視され、目標や内容は各学校が定めることとされている。また、評価については、評定は行われず、各学校で観点を定めて評価を文章で記述することとされている。
○ 教科として位置づける場合、領域として位置づける場合、総合的な学習の時間の中で位置づける場合のそれぞれの利点と課題は次のようなものである。
- 教科として位置づける場合には、教育目標や内容の設定及び評価という点では、最も具体性が高くなる。また、中学校・高等学校と同様の位置づけとなる。ただし、学校の裁量の余地が比較的低くなるとともに、英語教育意識調査によれば、国語や算数などの教科と同じように評価(評定や観点別学習状況の評価)をすることについて、保護者の53.5%、教員の85.7%が「よくないと思う」と答えている。(また、保護者の59.4%、教員の86.8%が、英語が中学受験をする場合の科目となることについて「よくないと思う」と答えている。)
- 領域として位置づける場合には、教育目標や内容の設定については、教科に準じて相当程度具体的なものとすることができるが、評価については定性的なものとなる。
- 総合的な学習の時間の中で位置づける場合には、約8割の学校が総合的な学習の時間で取り組んできたという経緯があり、その成果の蓄積を生かすことができる。また、言語や文化に対する理解を深めるなど教科横断的な学習を行ったり、外国人との交流等の体験を行うことに適している。英語教育についてのみ具体的な目標、内容、授業時間数等を設定することになじむかという課題がある一方で、授業時間数等について国が示す程度を上回って実施することが容易であるなど学校の実態に応じた弾力的な運用がしやすいという利点がある。
○ なお、教科として位置づける場合には教科書の発行が予定され、領域として位置づけたり、総合的な学習の時間の中で一定時間数を義務づける場合には、テキストは副読本の扱いになる。
○ 開始学年については、小学校における語学教育の適時性に関する考え方として、感受性期や年齢依存性と言われる考え方(言語に関する学習、特に音声面の学習については、ある一定の年齢までに学習することに適しており、それ以降では身に付きにくくなるというもの)がある。言語に関する学習については、小学生が柔軟な適応力を有することが経験的に認められるが、学術研究においては、この考え方が母国において母語を獲得する場合や母国を離れて外国で現地の言語を習得する際に妥当するという研究がある一方、母国において外国語を学習する際には、必ずしも妥当すると立証されていないとの指摘がある。
○ なお、開始学年については、条件整備面での課題とも関係することから、段階的な導入を図っている例も見られる。アジアにおいては、タイでは1992年に小学校5年生から選択必修としていたが、4年後に小学校1年生から必修としている。また、台湾では2001年に小学校5年生から必修としていたが、4年後には小学校3年生からに引き下げている。
(教育課程上の位置づけに関する意見)
○ 本専門部会では、有識者からのヒアリングを行ったが、教育課程上の位置づけについては、概略次のような意見が表明された。(詳細は議事概要を参照していただきたい。)
- 小学校における英語教育は、3年生から始めることとし、3年生及び4年生では、総合的な学習の時間のうち年間20単位時間程度を英語活動に充ててはどうか、5年生及び6年生では、総合的な学習の時間から独立して「英語」という領域を新設し年間35単位時間(週1時間)を英語教育に充ててはどうかという提言がなされた。
- 小学校段階においては母語に重点を置いて言語力を高めるための教育が行われるべきで、こうした教育目標や内容が明確に示されずに英語が教科として実施されれば、例えば、I want X.などの文を機械的に反復するようなスキル中心の学習になることが懸念されるので反対であるとの意見が表明された。
○ 委員からは、次のような意見が表明されている。
- 小学校における英語教育の充実については、上述したように、国際的な視点を持ってコミュニケーション能力を育成することの意義、教育の機会均等及び中学校教育と円滑に接続する必要性等を踏まえて、共通に教育内容を設定する必要があるとの意見が多数示されている。
- 教科とすること、領域とすること、総合的な学習の時間の中で位置づけることについては、それぞれに支持する意見がある。ただし、教科とすることについては、共通の教育内容や評価の在り方についてさらに検討すべき課題があり、中期的な課題として慎重に考えるべきであるとの意見が多く示されている。
- 授業時間数については、教育課程として一定のまとまりのあるものを行うためには週に1回ないし2回を目途としてはどうかとの意見があった。開始学年については、低学年から、中学年から、高学年からという意見がそれぞれ示されている。ただし、授業時間数や開始学年については、教育条件の整備の見通し等を踏まえて、中期的な扱いと当面の扱いを区別して考えるべきではないかとの意見が示されている。
(教育課程上の位置づけ)
○ 外国語専門部会においては、小学校の英語教育について、教育課程上の位置づけについて、次の方向で検討することが適当であると考えている。
- 小学校における英語教育については、①小学生の柔軟な適応力を生かす、②グローバル化の進展に対応する、③教育の機会均等を確保するなどの観点を踏まえて、教育目標を明確にしたうえで教育内容・教育方法ともに改善充実することが必要である。その際、グローバル化の進展に適時適切に対応していくことが求められると同時に、機会均等の観点からは全国的に学校の状況が様々であることに留意しつつ、教育上の必要性の検討や研究開発学校等の活動の評価等を基に中期的な見通しを持ちながら、全体として十分な成果が上がるよう検討を進めていく必要がある。
- 高学年においては、中学校との円滑な接続を図る観点からも英語教育を充実する必要性が高いと考えられる。英語活動の実施時間数が、平均で13.7単位時間(第6学年の場合)である現状を踏まえつつ、教育内容としての一定のまとまりを確保する必要性を考慮すると、外国語専門部会としては、例えば、年間35単位時間(平均週1回)程度について共通の教育内容を設定することを検討する必要があると考える。その際、領域又は総合的な学習の時間として位置づけることとし、教科として扱うことについては、教育内容や学習評価についての研究をさらに積み重ね、その実施状況を評価しつつ、今後の課題として検討することが適当と考えられる。
- 中学年及び低学年においては、現在低学年では特別活動等を中心に、中学年では総合的な学習の時間で、実施されている英語教育の充実を図る必要があると考える。その際、特にこの年代では柔軟な適応力を生かすことが適当と考えられるが、一方で国語の確実な習得などについて考慮する必要性も高い。教育課程上の位置づけや授業時間数の扱いについては、高学年までを見通した体系的な教育課程の編成及びその評価の必要があることから、研究開発学校の実践等をさらに精査し、教育条件面での課題等を考慮しつつ、引き続き本専門部会において検討していく必要があると考える。
○ なお、英語教育意識調査では、上述した課題のほかに、小学校における英語教育について、共通の教育内容を設定することに対して慎重な理由として、①他の教科をしっかりと学んでほしい、②子どもの負担が増えるとの意見も多く示されている。もとより、こうした観点については、教育課程部会において、各教科等を見渡した立場で総括的に検討されるべき問題であり、こうした観点も含めた上で、小学校における英語教育を必修とするかどうか、教育課程上の位置付けをどうするか、授業時間数をどのように設定するかが決定されるべきものであると考える。
○ 実施時期については、学習指導要領全体の改訂時期や実施時期、小学校における英語教育に関する条件整備の状況や見通し等を総合的に勘案して、教育課程部会において検討されるべきものと考える。
最終更新:2007年03月22日 01:40