実は、これら入力対象外とされた厚生年金の記録は、現在、東京・三鷹市の社会保険庁社会保険業務センターの倉庫にほこりを被って、打ち捨てられている。
社会保険庁がひた隠す”打ち捨てられた年金記録”とは、いったいどのようなものなのか。
社会保険事務局のある幹部職員が告発する。
「この、コンピュータに入力されていない記録というのは、57年10月以前から厚生年金に加入していたものの同年10月1日時点では会社を辞めるなどの理由で厚生年金の被保険者ではなかった人です」
57年10月1日以前から厚生年金に加入していた人でも、この時点で継続加入していれば入力されている。もちろん57年10月1日以前の加入者も入力の対象だ。
ではなぜ、先の条件に当てはまる人だけが、57年10月1日以前の加入記録をコンピュータに入力してもらえなかったのか。
「当時の社会保険庁は、非常に硬直したものの考え方をしていて、10月1日時点で厚生年金に加入していない人は、その時点では記録を残す必要はないとしたわけです。その代わり、それらの人々には、以前に厚生年金に入っていたことを示す番号を振った。実際、彼らの加入記録をパソコンに呼び出すと、画面の隅に「カセット・プリップ番号」と呼ばれる数字が表示されます。この番号を元に、三鷹の社会保険業務センターに保管されている旧台帳(マイクロフィルム)を引き出して調べれば、記録からもれている納付記録を生めることが出来る。しかし、最近の職員は、そんな敬意を知りませんから、番号を見ても何のことか分からない。何も調べないでコンピュータ上の記録だけで年金額を算定しているのが現状です」
過去、社会保険庁では、年金加入者の納付記録を2度にわたってコンピュータに入力する作業を行っている。
2度の入力作業のうち、第1期が57年10月からの数年間、第2期は79年から90年までの期間だった。ちなみに、5000万件の「宙に浮いた年金記録」を生み出したのは、第2期のことだ。タイピングミスや名前の読み間違いによって、不明の記録が生まれたわけだ。
第1期と第2期の違いは、前者は社会保険庁の本庁で記録を管理するためのもので、校舎は本庁と全国の社会保険庁をオンラインで結び、記録を共有化することにあった。
その後、第1期と第2期の入力結果は統合されるが、その際、第1期で入力してこなかった57年10月1日以前の記録を追加入力しなかった。だから、この記録は統合されることなく、倉庫に隠蔽されることになったのだ。
「この”打ち捨てられた年金”は私が現場で確認した限りでは、ざっと1億件以上合った。今も、ほこりを被ったまま、同じ倉庫のあるはずです」
年金官僚たちは、もっともらしい制度管理の仕組みは作れても、それを厳格にオペレーションし、1件の事故も起こさないよう機能させる技術も意欲も能力にも欠けていたわけだ。そして、我々が信頼を寄せてきた公的年金制度の土台をすっかり腐らせてしまっていたのである。
この制度を立て直し、年金制度になかされている全ての国民を救済するのは、容易なことではない。
最終更新:2007年06月13日 01:18