作:文…歌詞主/絵…絵の人
「それじゃあ、準備はいいな……?」
窓から月光が差し込む夜。
昼間の活気が嘘のように静まり返った
キメラ学園の校舎内。
その中、唯一明かりのついている部屋、用務員室には3人の男女がなにやら神妙な面持ちで向き合っていた。
この部屋に住む
歌詞主、保健室のウィキ主、理数担当の
中年ボスの3人だ。
3人が囲んでいるのは1冊のスケッチブック、そして昔懐かしいキャラメルサイコロだった。
スケッチブックにはサイコロの目と、教室、音楽室などの場所名が記入されている。
「それじゃあ、私が振るわね?」
ウィキ主がサイコロを手にする。
それを合図に3人が立ち上がった。
「いつでもいいぞ」
「ああ」
歌詞主、中年ボスの二人がウィキ主に向かって会釈する。
ウィキ主も同じく会釈で返す。
「せーのっ! なにがでるかな なにがでるかな それはサイコロまかせよ!」
3人の声が1つになる。
「えいっ!」
ウィキ主がサイコロを天井に向かい投げた。
天高く舞い上がったサイコロは程なくして上昇の勢いを失い、下降。畳の上を少し転がり、止まった。
3人がサイコロの元へ駆け寄り、出目を確認する。
サイコロは『4』を表していた。
「職員室、異常なーし」
歌詞主が室内を見回り、安全を確認する。
「いきなり職員室が出るとは、幸先いいな」
中年ボスが自分の机の上を整頓しながらつぶやく。
「そうね、今日は早く帰れそう」
ウィキ主も中年ボスの背後で反応を返す。
彼らは月に一度、こうして一緒に学園を徘徊する。
歌詞主の仕事である校舎内の見回りについてくるのだが、ただ見て回るのではない。
先ほどのように、サイコロを振り、その出目で見回る先を決めるのだ。
生徒達の感覚で言えば、それが彼らの
部活動なのだ。
学園には非公式で設立されている部、その入部条件はとあるローカルTV番組が好きであること、それだけだった。
そして月に一度、時間に余裕のあるものだけが集まり、番組内の有名な企画のルールにのっとり、こうして見回りを楽しんでいるのだった。
「さて、それじゃあ次に行きましょうか」
「おう、次は俺だな」
ウィキ主の提案に従い、中年ボスがサイコロを持つ。
「いっくぞー、なにがでるかな なにがでるかな それはサイコロまかせよっ!」
昼間は学生達が走り回ったり、勉学に励んでいるこの教室棟も今は3人の足音が響くほどに静かだ。
「静かだなー」
中年ボスが静寂を切り裂いて口を開く。
「まぁ騒がしかったら問題だけどな」
歌詞主が現実的な突っ込みをいれた。
その時、前方の部屋から物音が響いた。
「お、おい」
中年ボスが訝しげな声を上げる。
「落ち着いて。あの部屋よ」
ウィキ主は冷静に中年ボスをなだめる。
その間に歌詞主が扉を開いた。
教室内は月光が振り注ぎ、ほのかに明るい。
その教室の後ろの窓際に人影があった。
黄緑色を基調とした和服に身を包んだ妙齢の女性が佇んでいた。
短い金色の髪が月光を受けて煌いている。
彼女は儚げに月を見上げていたが、やがてこっちを振り向いた。
「そなたらか」
やや古風な口調で話しかけてくる彼女は人間ではない。
このクラスで飼っている十姉妹だ。名前は
イヤホン。
しかし、夜になるとこうして人間の姿となる。学園の
七不思議の一つだ。
「ええ、イヤホンさん、いい月夜ですね」
歌詞主が返事を返す。
年は定かではないのに敬語になってしまうのは、その貫禄のせいだろう。
「イヤホンさん、こんばんわ」
「こんばんわー」
他の二人も教室に入ってきた。
イヤホンが3人の下にやってくる。
「うむ。今回は3人か?」
「ええ、ちなみに今回は2回目のサイコロで出ました」
「ふふ、飽きずにようやるのう」
この秘密の部活動の情報をある程度知っているイヤホンは、わずかに笑みを浮かべた。
「楽しいですから。イヤホンさんもいかがですか?」
「その番組なら以前、主に見せてもらったよ。確かに興味深いがわらわはこの教室から出れんからのう……」
イヤホンの笑みが瞬きほどの一瞬だけわずかに曇った。
「あ、それじゃあサイコロだけ振ってみませんか?」
ウィキ主がその心情を察したのか、すかさず次を提案する。
「ふむ、それでもよいのか?」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
歌詞主がイヤホンにサイコロを手渡す。
「では、行くぞよ。何が出るか 何が出るか 其れは賽の目任せ也……」
月光を背に、和風な曲調に合わせて舞踊を踊るイヤホン。
その姿に3人が見とれている間に、サイコロは天へと投じられた。
その後、エリーゼエリーゼとうるさい音楽室の見回りも終えた3人は最後の1回を振ろうとしていた。
サイコロは歌詞主の手にある。
「これで最後ね、今回は案外楽だったわね」
ウィキ主はもう終わったかのようなコメントをした。
「まだわからんぞ、主がなんか出すかも」
中年ボスは冗談交じりに歌詞主をからかう。
「もうさっさと行くぞ。 なにがでるかな なにがでるかな それはサイコロまかせよ! おらぁ!」
投じられたサイコロが闇の中を舞う。
軽い音を立て廊下に落ちたサイコロ。
すぐさまサイコロの出目を確認しようと覗き込む3人だが、その顔がすぐに凍りついた。
サイコロの目は『6』
サイコロの目で最後の数字、つまりオチとなる数。
故に、一番出てほしくない行き先が書かれることが多い。
今回の6の目もそれに外れることはなかった。
先ほど、別れ際にイヤホンが言っていた言葉が脳裏をよぎる。
「どうも最近体育館に変な気を感じる。害は無いようじゃが往く時は気をつけてな」
3人は今まさにその場所に来ていた。
「な、何か出るんじゃないでしょうね……」
ウィキ主が引き腰でたずねる。
「大体なんで最後の最後に6を出すんだよー」
中年ボスがぼやく。
「こ、これはもうサイコロ神さまのおぼしめしとしか……」
歌詞主はそう答えながら体育館の大きな扉を引いた。
扉が重い音をたてて開く。
3人はゆっくりと中に入っていった。
フローリング加工された床が微かな軋みを歩くたびに訴える。
バスケットコートが2面ある広い館内だが、特にこれといった異常は見当たらない。
「何も無いな」
「イヤホンさんの気のせいだろうか?」
男二人は拍子抜けしていた。
しかし、ウィキ主がそれを見つけてしまった……。
「ね、ねぇ……あれ……」
ウィキ主が震えた指先で指した方向、体育館のステージの上、校章が刺繍されている幕に目を向けた。
館内は電気をつけていない。明かりは窓からの月光と歌詞主の持つ懐中電灯だけのはずだった。
しかし、ウィキ主が指差した先からは2つの微かな明かりが放たれていた。
「なんだ……?」
「お、おい。トラじゃねぇだろうな」
中年ボスが情けない声を上げる。
密林の中の物見小屋じゃないんだからそれは無いだろうと二人は思ったが、正体もわからない。
歌詞主はとりあえず懐中電灯でそこを照らしてみることにした。
歌詞主がその場所を、普段はパイナップルをあしらった校章があるはずの場所を照らした瞬間
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!」
3人の悲鳴が夜空に響いた。
怨ちゃん。
かつて、この部のメンバーが書いた某TV局のマスコットキャラに落書きを重ねた結果、非常に恐ろしい絵になってしまった。
その封印されるべきキャラクターの姿が、パイナップルがあるべき所に書かれていた。
鈍い光を放つ二つの目、漆黒に朱の混じった体、大きく開いた口。その全てが恐怖を想起させるのに十分すぎる破壊力威力を持っていた。
「こ、これは……」
「お、怨ちゃんだ……」
「何故あの絵がこんなところに……」
3人が戦々恐々とその絵を見つめていた。
その時、入り口の方向から足音が聞こえた。
「ッ! 誰だ!」
歌詞主が振り返り、入り口を照らす。
そこにはコートを着た男が立っていた。
いや、正しくはコート以外着ていない男がいた。
「どうしたっ!」
息を切らせたほとんど裸の男が聞いてくる。
服と呼べるものはコート、そして腰にふんどしのように巻かれたニシキヘビだけだった。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!」
ウィキ主の悲鳴が再び夜空を切り裂いた。
「で、近くで誰かにその姿を見せようと隠れてたら悲鳴が聞こえて飛んできたと」
中年ボスがJohnと名乗った男の証言をまとめて確認を取る。
「はい」
Johnは硬い板の床に正座させられている。
服装は変わらず、股間からはニシキヘビの顔が伸び、舌を出し入れしている。
「……はぁ。助けに来てくれたのは嬉しいがその趣味はあんまり関心しないな……」
歌詞主も思わず苦言を呈する。
ちなみにウィキ主は目のやり場に困るため、後ろを向いている。
「まぁ、帰れ」
中年ボスが率直に言う。
「あ、いやあの、自分にはふぐり! と叫べば撃退できるという伝説が……」
「いいから帰れ!」
「はい、すみません」
よくわからないことを口走ったJohnだったが、中年ボスの威圧に負けさっさと帰っていった。
再び静寂の訪れた館内。
怨ちゃんの目はまだ鈍く光っているが、もう3人に恐怖心は無く、それどころか気にも留めていなかった。
「はぁ、なんか気が抜けちゃった」
ウィキ主が安堵のため息と同時につぶやく。
「そうだな、あの怨ちゃんも別に害があるわけじゃなさそうだし、問題なしってことで帰るとするか」
中年ボスはそう言って腕時計を確認する。
時刻はすでに10時を回っていた。
さっさと帰ろうとする二人。しかし、それを歌詞主が呼び止めた。
「まぁまぁ待て。最後にこんなのを用意してみた」
歌詞主はスケッチブックを取り出した。
そこには新たなページにすでに出目と内容が書き込まれていた。
『1』~『4』:帰宅
『5』:用務員室一泊
『6』:体育館一泊
そのページを見た二人は目を見開いた。
「……は?」
「え? ……なにこれ?」
「ま、最後の一勝負ってな」
歌詞主が笑って答える。
「ま、まぁいいけどよ、誰が振るんだ?」
「そ、そりゃーやっぱり言いだしっぺが……」
二人の視線が歌詞主に注がれる。
「お? いいのか? じゃあいくぞ」
「お、おう」
「う、うん」
歌詞主はすぐさまサイコロを取り出した。
「なにがでるかな なにがでるかな それはサイコロまかせよ! えいっ!」
運命のサイコロが舞い上がる。
帰れる確立は2/3。
3人が生唾を飲み込む。
最高の緊張感の中に、サイコロが降りてくる。
床に落ち、転がって止まったサイコロ。その出目は……
『6』
「……ろ」
「……く」
3人の血の気が引く。
そして
「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」
またもや3人の悲鳴が轟く。
するとすぐに
「どうしたっ!」
奴が現れた。
「帰れっ!」
3人の声が一致した。
Johnが帰ったあと、血の気の戻った3人は冷静に出目を見てみた。
「ちょ……ぶわはははははは!」
サイコロを振った歌詞主はもう笑うしかない。
「この、ダメ人間!!」
ウィキ主も笑いながら突っ込みを入れる。
「この、バカヤロー!」
中年ボスも口の端が元に戻らない。
「いいか? よく聞け。ここをキャンプ地とする!!」
中年ボスがそう締めた。しかし、笑い声は当分止まなかった。
翌日の朝。朝礼の準備のため体育館を訪れた放送部顧問の空気が、うなされながら寝ている3人を発見した。
起こしてみると3人はそれぞれ
「怨ちゃんが……怨ちゃんが……」
「背中の肉が取れる夢みた……」
「あせもできちゃった」
そう答えた。
完
最終更新:2007年12月08日 03:22