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すずむしがなく頃に

作:歌詞主 絵:絵の人


「かーわいー!」
学園の北。噴水を中心とした、いこいの広場に女生徒の黄色い歓声がこだまする。
彼女達が取り囲んでいるその中心には、メイド服に身を包んだアナが正座を崩したように座っていた。
短めのスカートからすらりと伸びた、くの字に曲がっている足はさるすべりの木のように白く細い。
幼さの残る顔も地がいいため薄く化粧が施されているだけなのに、まるでアイドルのように可憐だ。
しかし、彼はれっきとした男である。
元々背があまり高くないというのもあるが、幼馴染の姉妹と幼少時代を過ごし、海外留学するほど演劇に力を注いだ結果、見た目も言動も少女のようになってしまったのだ。
その可愛らしさから、このように女生徒達が着せ替え人形のようにコスプレさせており、本人もまんざらではないようで、頬を染め、はにかむような笑顔を向けている。
だが、そんな彼の様子が非常に気に食わない女生徒が一人、木に背を預け、指と眉間で不快感をあらわにしている。
山芋だ。
彼女はアナとは正反対で、男子と同じ学ランに身を包んでいる。
凛とした顔立ちにスッと伸びる脚、鷹が獲物を狙うかのような鋭い目つきはそこらへんの男子よりも男らしい。
そんな彼女の周りにも、遠巻きに彼女を見つめる女生徒達の姿がある。
彼女もまた、女生徒達からアナとは違う人気を博している。
アナと山芋は幼馴染である。
先ほど紹介した、アナが幼少時代を共に過ごした幼馴染の姉妹、その妹が山芋だ。
山芋が男らしくなってしまった理由は単純明快、いつまで経っても女らしくならないアナを叱咤しているうち、自分が男らしくなってしまった。
山芋のそんな性格は変わらず、今も女装を楽しんでいるアナに向けて殺気に近い怒りを視線でぶつけているが、アナは気づかない。
そしてついに、山芋の怒りが頂点に達してしまった。
「いーかげんにしやがれアナ!」
 山芋の怒号に先ほどまで狂喜に近い盛り上がりを見せていた女生徒達が一瞬で静まり、振り返る。
 アナも同じく彼にしてみれば突然の出来事に目を見開いて驚いている。
「ど、どうしたのやまちゃん?」
「どーしたもこーしたもあるか! 毎日毎日女みたいにふわふわふわふわしやがって! シャキッとしろ、シャキッと!」
「で、でも……」
「でもじゃねぇ! いいから教室に帰るぞ!」
 ドカドカと女生徒達の間に割って入り、アナの手を掴んで引っ張る山芋。
「あ、あうぅぅ、痛いよ、離してよぅ~~」
「情けねぇ声出すな!」
 そして二人は校舎の方へ戻っていった。

 その日の放課後、演劇部の部室で稽古を終えた二人だったが、山芋はアナに試練を課すことにした。
「おい、アナ」
「ん、なぁに? やまちゃん」
「だからその気色悪い声を出すな。それよりもだ、今日、俺はこの後ちとハイと話す事がある」
 山芋はそう言って帰り支度を進めている部長のハイを指差す。
 ハイも自分の名前が聞こえたため、支度を止めて二人の方を見る。
「あ、そうなの? じゃあ終わるまで待っとくよ」
 お約束のようにそう言うアナ。しかし、山芋がそれを許可しなかった。
「ダメだ。お前は先に帰れ」
 そう言われ、一気に情けない顔になるアナ。
「えぇぇ……。そんな、こわいよぅ……」
「だぁぁ! だから情けねー声をするな! 早くも目に涙を溜めんな!」
 山芋の言ったように、早くも泣きそうなアナ。
「だってぇ~……最近、この学園の近くに変質者がでるって噂だよぉ……?」
「だってじゃねぇ! 大体お前男なんだから男らしくしときゃ襲われるわけがねぇんだ!」
「でもぉ~~……」
「デモもストもねぇ! いいからさっさと帰れ!」
 山芋はそう言うと教室からアナを締め出し、かばんも廊下に投げ出して扉を閉めた。
 しばらくの間、アナの半泣きの声と扉を叩く音が聞こえていたが、やがて諦めたのか覇気無く廊下を歩く音が聞こえ、遠ざかっていった。
 扉を開けまいと固定していた山芋がため息をついたところで、ハイが意地悪そうに聞いてきた。
「愛のムチだねぇ。さぁ、それじゃあ僕達は何の話をすればいいのかな?」
 そう言うハイの奥ではぬめぬめもニコニコと笑顔を向けている。
「うるせぇ。それじゃ、先に帰るぞ」
 山芋はテキパキと荷物をまとめ、部室を出た。

 すでに日も落ち、夜の帳が降りている。
 寂しげに街灯が照らす道を、アナは恐々としながら歩いている。
 セーラー服に身を包み、背を丸め、怯える小動物のようにキョロキョロと辺りを警戒しながら歩くその姿は女生徒にしかみえず、そんなアナをあの男が見逃すはずが無かった。
「いい夜ですね、お嬢さん」
 街灯の光の向こう側、ゆっくりと男がアナに近づいてくる。
 コートを着た黒いシルエットが大きくなり、街灯の光に照らされた瞬間、アナは小さい悲鳴を上げて身をすくませた。
 その男は、コートの下に何も身に着けておらず、唯一股間を巨大なニシキヘビが覆い隠しているだけという出で立ちだったのだ。
 John、最近この界隈で噂になっている変質者だ。
 Johnは、完全に固まってしまっているアナに近づく。
「どうかしましたか、お嬢さん?」
 笑顔で声をかけて来るJohnの顔をぜんまいの切れかけたからくり人形のような動きで見上げたアナはようやく思考を再開させ、悲鳴を上げた。
「き、きゃあああああああああああああ!」

「きゃあああああああああああ!」
 もうすぐアナに追いつき、そこから尾行を開始しようとしていた山芋の耳に、痛烈な悲鳴が聞こえてきた。
「! あのバカ!」
 それがアナの悲鳴であると即座に判断した山芋はすぐさま駆け出した。
 その現場は目と鼻の先だった。
 街灯の下、コートを着た男に抱きつかれ、必死に抗うアナの姿がそこにあった。
 山芋はそのまま速度を緩めず二人に近づき、飛び上がって蹴りを放った。
「む!」
 ひたすらアナの耳を狙っていたJohnだったが、山芋の攻撃に気づき、その蹴りを右手一本で受け止めた。
「なに!」
 よもやガードされると思っていなかった山芋は、その右手を足場にし、後ろに飛んでJohnとの間を空けた。
 Johnもアナから一歩後ろに下がり山芋との間合いを取る。
「や、やまちゃん!」
 アナが山芋の姿に安堵の表情を見せる。
「何してんだ、てめー」
 山芋が睨みつける。
 しかし、そんな威圧を受け流し、Johnが言う。
「何って、ただのスキンシップだよ」
「あのな、こいつは男だぞ」
 Johnを驚かせてスキを作り出そうと、山芋が真実を告げる。
 しかし、Johnには効果が無かった。
「ああ、最初から気づいてたよ」
「な! お前そういう趣味なのか!?」
 逆に山芋が驚いてしまった。
 その言葉をJohnが否定する。
「違うよ。違うけど、女性にこんな事したら犯罪じゃないか」
 そんな格好をしているだけで十分犯罪である。
 だが、山芋の反論も同じぐらいずれたものだった。
「いいか、アナをいじめていいのは俺だけだ」
「や、やまちゃん……?」
 困惑した表情を浮かべるアナ。
 そんな姿には目にもくれず、二人の議論は白熱し始めた。
「ふん、どうせさっきの蹴りと同じく、いじめるのも力任せなんだろ?」
 Johnが山芋を挑発する。
「なにぃ?」
「技術がまだまだだって言ったんだよ」
「技術しかねーから、襲って不意を憑かないといけねぇんじゃねぇのか?」
 山芋も負けずに反論する。
「ふん、くだらん挑発に乗ってやるか」
「よーし、それじゃあこいつをどっちがうまくいじめれるか勝負だ!」
「ああ、いいだろう」
「え、あ、あの……ええええええええ!」
 会話の成り行きを困惑しながら見ていたアナに、急に向かってきた矛先に抗えるはずがない。
「え、ちょ、やめてええええええええええ!」
 輝く星の下、すずむしが鳴き声を止めるほどの悲鳴が夜空に消えていった。

完

最終更新:2007年12月08日 03:23
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