作:歌詞主
街に煌びやかな飾りが施され、人々は明るい笑顔を浮かべ往来する。
活気あふれる通りの中に店舗を構えるハンバーガーショップ。
その店のレジに、心の陰りを営業スマイルで隠すじゃがいもの姿があった。
(はぁ。またこの季節がやってきたわね……)
店の入り口の前を行きかうカップルの笑顔を見て、じゃがいもはひっそりとため息をつく。
クリスマスイブを明後日に控えた土曜日、世間の盛り上がりに反比例してじゃがいもの心境は落ち込むばかりだ。
(クリスマス……予定ないなぁ)
恋人、家族、友人、その他もろもろの相手と過ごす予定があるならまだよし。
しかし、全く予定がない人にとって、クリスマス前のこの時期は苦痛以外の何物でもない。
(はぁ……)
またもやこっそりため息をつくじゃがいも。そこへスタッフルームからじゃがいもを呼ぶ声が聞こえてきた。
「じゃがいもさん、ちょっといいですか?」
店内は昼を過ぎたとはいえそこそこの賑わいを見せている。そんな中でも透き通ってくるように聞こえる声。
そんな声の持ち主はこの店には彼女しかいない。
「あ、はい。店長」
じゃがいもは呼ばれるままスタッフルームへと向かった。
小汚い部屋の中には、この寒いのに下はスカートのパリッとしたスーツですらっとした長身を包んでいる女性の姿があった。
理想のキャリアウーマン像を書き写したかのようなこの女性がこのハンバーガーショップの店長のタモだ。
「何でしょうか?」
じゃがいもが訊ねる。
「あのね、じゃがいもさん。申し訳ないんだけど、クリスマスイブにバイト入ってもらえないかしら?」
単刀直入に要件を伝えるタモ。じゃがいもは少し考えたがすぐに答えを出した。
「ええ、いいですよ。予定もないですし」
苦笑しながら言う。
その様子を知ってか知らずかタモは晴れ晴れとした笑顔を見せた。
「本当? ありがとう! すごく助かるわ」
嬉々としてじゃがいもの手を握って握手するタモ。
大人びた印象を受けるときもあれば、このように妙齢の少女のような行動を取る時もある。それがタモの魅力ではあるが、今回ばかりはじゃがいもも苦笑で返すしかなかった。
「じゃあ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
じゃがいもは一礼すると、再びレジへと戻った。
すると、すぐさま客がやってきた。
幸せそうなカップルを前に、じゃがいもは営業スマイルを見せた。
「ただいまー……」
少し疲れた様子で家の扉を開けるじゃがいも。すると家の中から激しい物音が聞こえてきた。
「?」
何事かと思っていると、今度はドタドタと慌てたような足音を立てて妹の山芋がキッチンから出てきた。
「お、おかえり。姉貴」
少し息を荒げながら言う山芋はエプロンをつけているが意味を成しておらず、体のそこかしこに様々な色の汚れがついている。
「……何してるの?」
訝しげに思い訊ねるじゃがいも。しかし、山芋は頭をかいてはぐらかそうとする。
「な、なんでもねーよ」
すこし紅潮する山芋の頬。その様子にじゃがいもはピンときた。
「あー、わかった。
アナちゃんにクリスマスケーキでも作ってあげようとしてるんでしょ」
「な、違ッ……」
「なーんだ。全然女の子らしく育たなかったからお姉ちゃん心配してたけど、ちゃんと女の子してるじゃない~」
「だから、違……」
「いーからいーから。お姉ちゃんが教えてあげるから。ほら、いくよ」
半ば強制的に引っ張られるように、山芋はじゃがいもに連れられてキッチンへと消えた。
翌日。
山芋がアナと出かけると言うので、無理やりおしゃれな服を着させて送り出した。
しかし、今日はバイトも無いじゃがいもは退屈なので、こっそり山芋の後をつけることにした。
茶色い男物のコートを着て、目立つ金髪はニット帽で隠している。
そうして電柱の影から影へと渡り歩く姿は、一昔前の探偵か変質者にしか見えないが、じゃがいもは気にせず山芋の後をつける。
着いた場所は駅前。デパートをはじめ多種多様な店が揃うこの場所は、クリスマス商戦の真っ只中にある。
そんな中、程なくしてアナが来た。
集合時間に遅れたのだろうか、山芋は平謝りするアナの尻を一発蹴飛ばし、歩き出した。
アナも慌ててそれについて行く。
そんな二人を見失わないように、じゃがいもも動き出した。
二人の行動はカップルそのものだった。
ウィンドウショッピングを楽しみ、談笑しながら歩を進める。
その姿を温かい眼差しで見守っていたじゃがいもの目に、二人に接触する女性の姿が映った。
昨日とはまた違う、しかし印象は全く変わらないスーツに身を包んだタモだった。
じゃがいもが辺りを見回してみると、そこはバイト先のであるハンバーガーショップの前だった。
喧騒に掻き消され会話はきこえないが、3人は道ばたで何かを話したあと、山芋とアナの二人が頭を下げ、タモはそれに笑顔で返し、別れた。
「ま、いいか」
異色の組み合わせを不思議に思いながらも、タモと別れた後の二人の楽しそうな顔を見てどうでもよくなったじゃがいもは、そのまま家へと帰った。
クリスマスイブの店内は戦場だった。
絶え間なくやってくる客。一人当たりの注文数も普段よりも多く、右へ左へ大忙し。
そんな流れがようやく落ち着いたのは、午後8時を回ってからだった。
「ふぅ……」
昼からバイトに入っていたじゃがいもは大きく息を吐き、少し力を抜く。
そこへタモが声をかけてきた。
「じゃがいもさん、今日はもう上がっていいわよ」
流れが落ち着いたとはいえ、まだ客は普段よりも多い数が来ている。
そんな中で帰ってもいいものかとじゃがいもが迷っていると、タモがその背中を押した。
「大丈夫、お店は何とかなるわ。じゃがいもさんはお昼からがんばってくれたし。十分助かったわ、ありがとう」
軽く頭を下げるタモに恐縮するじゃがいも。
そんなじゃがいもの手にタモが紙袋を手渡した。
「これは給料に関係なく、私からのお礼。ささ、早く帰って帰って」
タモは笑顔でせかすようにじゃがいもをスタッフルームへ向かわせた。
すでに夜の帳も落ちた帰り道。
家の前を通るたび、その家からは楽しそうな笑い声が聞こえる。
じゃがいもはその度に立ち止まり、家の窓からもれる明かりを見た後ため息をつく。
家に帰っても山芋はアナと遊びに行っているだろうから誰もいない。
1人で寂しく過ごすならバイトでもしておきたかった。と思いつつ、じゃがいもは家路を進む。
「ただいまー」
誰もいないであろう家でも、ついこの言葉だけは口にしてしまう。
靴を脱ぎながら苦笑するじゃがいもが顔を上げると、リビングの扉から光が漏れていた。
電気を消し忘れたかと思い、扉に近づきノブを回す。
そして、扉を開けた。
じゃがいもの目に飛び込んできたのは煌びやかな装飾、そして炸裂音と共に飛び散る七色の紙テープだった。
「メリークリスマス!」
明るい二つの声。そこには、山芋とアナの姿があった。
山芋はトナカイの着ぐるみに身を包み、アナは何故かミニスカートのサンタ服を着ている。
「え……?」
唖然とするじゃがいも。そこへ山芋が恥ずかしそうに説明する。
「あ、姉貴が毎日がんばってるから、アナとクリスマスパーティでもしようって計画してて……」
尻すぼみな言葉をアナがつなぐ。
「店長さんにもお願いして、早く帰れるようにしてもらったんだ!」
店長、という言葉で思い出し、じゃがいもはもらった紙袋を開く。
そこにはハンバーガーをはじめとする大量の店の商品が入っていた。
そして次はテーブルに目を遣る。
食器が3人分用意されているテーブルの中心には、不恰好な、しかし立派なケーキが置かれていた。
「姉貴、これ……」
「僕達からの、クリスマスプレゼントだよ」
包装紙で包みリボンをあしらったプレゼントを手渡されるじゃがいも。
呆然としていたが、やがてそれを胸に抱き、窓の外を眺めた。
さすがにホワイトクリスマスとはいかないが、数多の星が輝く夜空を見つめ、じゃがいもは思う。
(バイトばかりの1年だったけど、今日ぐらいは幸せでもいいよね……?)
全ての人に……メリークリスマス。
完
最終更新:2007年12月24日 19:09