メルカエール


予告


《光も差さない暗闇の中、探るように細い触手がうごめいている。声が聞こえると、触手が動きを止める》

?「我が声が聞こえるか。言葉がわかるか」
《触手のそばから声》??「……ああ……」
?「遜った言葉を使え。わかるな。そなたは万人の下に位置する者と知れ」
??「……はい……私は……何ですか……?ここ、は……?」
?「そなたは我が生み出した者。ここは何もないところだ」
??「何故、私を……?」
?「我が手足として使うためだ。……気分はどうだ」
??「少し、ふらふらします……」
?「空腹なのだろう」
??「……空腹……?そう、かもしれません……」
?「これを食え」

《暗闇の中を伝わって冷気が届き、それを貪るように触手が掴む》

?「体の中が満たされるか?」
??「満たされ、ます」
?「それは負の念、負の感情だ。感情ある者が持つ暗い思いだ。そなたはそれを美味いと感じる。それだけを食って生きて行け」
??「はい……。これだけを食べて、生きていきます」
?「それと相対する感情は、そなたには全て毒だ。そなたには食べられるものを教えた。これで一人で生きてゆける」
??「……?お、お待ちください……一人で、生きるのですか?」
?「そうだ。不安か?」
??「不安です……こ、怖いです。何をすればいいのです」
?「見よ」

《暗闇の中で、赤みがかった美しい殻が光を放ち始める》

??「《触手がびくっとして、己の体を見下ろし》 怖い……隠してください……!」
?「《ローブとフード、マントを着せかけ》そなたには頑丈な体、万能の魔法の才、狡猾な頭脳、優秀な口車を与えた。これで人を騙し、不幸におとしめて負の念を奪い、食らって生きてゆけ。十分一人で生きてゆける」
??「……《自分の体を見下ろし》 ……何のために、生きていけばいいのです」
?「世に仇なし、暗闇に包むために我によって生まれた臣下と思え。人を騙すのに魔法が足りぬ時は助けてやる」《声が遠のく》
??「Σ待って、お待ちください……!おいていかないでください!寂しい……!」
?「人間なら赤子だが、そなたは人間よりずっと強い。一人でいられよう」
??「せめて、名前を……私に、名前をつけてください……」
?「……メルカエール。そう名乗れ」

《声が聞こえなくなり、暗闇が急速に薄れると、周りの景色は路地裏のごみ溜めであることがわかる》

《フードの人影はその中に何時間も立ち尽くし、やがて座り込んで何日も待ち、頭を伏せて啜り泣きながら声の主が再び話しかけてくれるのを待った。だが、声はきけなかった。何日目かになって、彼はふらふら立ち上がった》

メルカエール「……食べ物を……探さなきゃ……」

《その時、ようやく声が聞こえた》

「そうして、一人で生きていくのだ」

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最終更新:2009年07月25日 02:17