3-18

伝説のポケモンと言うのは、噂自体あれども、その存在は未だに未確認なものが多い。
その為、研究者たちは血眼になって実態を探そうとする。
誰よりも先に。欲しいのは名声だ。人々は伝説と言うものに弱い。
だが、しかし。
結局見つからないのが落ちというものだ。……極々僅かな人間を除いて。


目の前の檻の中には、その伝説のポケモンと称される「ルギア」が静かに眠っている。
あの時打った麻酔がまだ効いているのか、いっこうに起きる気配を見せない。
俺は自然と、口元が歪むのを感じた。笑みの形に、だ。
 思えば、いともたやすく伝説のポケモンを手中に収められるなど。
天地がひっくり返ってもありえないかもしれない。なにせ、俺はまったくと言っていいほど。
伝説なんてものに興味はなかったからだ。
 ごくごく普通に生活し、大学を出て一応ポケモンの免許を取得してみたが。
周りのように、ポケモントレーナーなんて馬鹿げた職業には目もくれなかった。
なぜなら、幾度となくポケモンマスターの道を閉ざされた者の末路を見てきたからだ。
高校時代の知り合いは今はフリーターをしている。非常に情けない事だ。
中学時代の奴は今は刑務所だ。道が行き過ぎて過度な特訓でポケモンを殺してしまったらしい。
そんな落ちぶれた奴らを尻目に、俺はちゃんとした会社に就職し、安定した収入を手に入れた。
因みに彼女は募集中だ。
 きっと、そんな無心できっちりした俺に、天からの贈り物なのだろう。
 この「ルギア」は伝説として扱われ、ある一定の機関につれていけば多額の報酬がもらえる。
だが、それは報酬だけで後には何も残らない。残るとすれば、貧相な名前だけだ。
もちろん、名前も消去される可能性だってある。誰だって、伝説が羨ましいのだ。
 だが、俺はそんな事はまったく思わない。
誰かがリーグで優勝しようが、誰かが出世しようが俺には全く関係ない。
「つまるところ、俺には伝説も何も関係ない。」
 ただ一つ、あるとすれば。
「御前を本当に伝説にしてやるよ。」
 伝説は伝説でなければ意味がない。俺からの慈悲だと思え。これで本当に伝説になるんだから。

確かに、俺は伝説には興味がないといえばない。だが、しかし、思わないだろうか?
伝説は伝説だからこそ魅力があると。伝説がここにいては意味がない。
 ゆっくりと檻の前に近づくと、俺は足を上げて檻を思いっきり蹴った。
がん、と言う音が響く。だがルギアはびくともしない。俺はやれやれ、と肩をすくめて見せた。
ここで起きていればよかったものの…、もしかすると、麻酔の量を間違えたのかもしれない。
「出て来いキュウコン!」
 ぼむ、と音を立ててボールからキュウコンが出てくる。
ポケモンに興味はないといえ、きちんとメンバーは鍛錬をかかさず育てている。
育てていれば、役に立たない事はないからだ。ガス代とか水道代とか電気代とかな。
このキュウコンは俺の手持ちのエースだ。雑魚とか言うなよな。…悲しいから。
 キュウコンは九つの尻尾を優雅に振りながら俺に擦り寄ってくる。
俺はキュウコンの頭を撫でつつ、目の前の檻へと目を向ける。特別に作られたそれは俺の会社の一級品だ。
火で溶ける事もない。だが万能というわけではない。
 俺はキュウコンから少し離れると、そのまま指示を出す。
「キュウコン、檻に火炎放射だ!」
 灼熱の炎がキュウコンの口から吐き出される。薄暗い周囲を明るくする炎はやけに目に痛い。
キュウコンの炎はルギアではなく、ルギアを捕らえる檻に向かってぶつかっていく。
徐々に、当たった部分が熱で赤くなっていく。キュウコンの炎は止む事なく続いている。
 と、じゅじゅぅ、と何かが焼けてくるような音がし始めた。
 俺は口元を笑みの形にゆがめた。そして次の瞬間、ルギアがかっ、と目を開けた。
「ギャァアアアアアアアアアア!!!!!」
 耳を劈くような鳴き声。キュウコンが慌てて火を止めた。
 ルギアの巨体は檻よりも大きく、上手く身動きが取れない。起きたところで、ルギアは自由ではない。
熱せられた檻は熱く、身動きの取れないルギアの体を焼いていく。檻の痕がルギアの体中につく。
 焦げ臭い匂いが鼻孔をつき、いやいやするようにキュウコンはその場から離れた。

しばらくすると檻の熱もおさまったのか、ルギアの動きも鈍くなった。
ダメージはあまりないにしろ、突然の事で状況が上手くのみこめないらしい。あちこちを見回している。
火傷痕が酷く痛々しいが、起こす為には仕方がない。あそこでルギアが起きていれば、こんな事はせずにすんだのに。
俺はキュウコンをボールに戻し、両手を広げてルギアへと近づいて見せた。
ルギアの鋭い視線が俺に向けられるのが解る。だが、手負いのポケモンに睨み付けられても正直あまり怖くない。
「やぁ伝説、ご気分はどうだい?」
 なるだけ笑顔を向けたつもりなのに、ルギアの視線は更に鋭くなる。
びりびりとした、多分殺気だろう、ものが感じられる。嗚呼、気分がいい。今にも殺されそうな程緊迫感が出て。
 俺はちらりと、ルギアの体を見やった。くっきりと、檻の線が体についている。
ルギアの白い体の上に、黒いすすけた線。まるでステーキの線っぽいな、と軽く笑ってみせた。
ルギアの足が少し煙を出しているのが見えた。きっと焼けている。生焼けだろうに。
俺はまた笑ってみせた。
「伝説は伝説が一番いい。そうだろう?」
 ルギアが少し、困ったように顔をしかめるのが見えた。俺は腰のボールに手を伸ばした。
「だったら、俺が伝説にしてやる。感謝しろよ?」
 次のボールから出てきたのは、スピアーだった。ルギアが目を釣り上げて暴れ始めた。
だが、炎程度じゃ檻の性能は落ちないらしい。少し甘く見ていた。もっと火力を強くしてやれば。
とも思ったが檻がもつならそれはそれで構わない。がたんがたんと檻に体をぶつけるルギア。
何と不恰好な抵抗だろう。檻よりも大きいルギアは、背を低くして暴れるしかない。
その不恰好さといったらとんでもない。腹が痛くなってくる。俺はスピアーに指示を出す。
以前暴れるルギアと少し距離を置いてから、スピアーが二本の腕を真っ直ぐにルギアへと向けた。
「スピアー、ダブルニードル!!」
 スピアーのダブルニードルが放たれた。

スピアーのダブルニードルは真っ直ぐにルギアへと向かう。
檻の隙間を抜け、そしてそれは見事に。
「ギャァアアア゛アア゛アア゛アア゛!!!!!!!」
 ルギアへと命中する。
 なんとも情けない声で叫ぶルギア。ダブルニードルがヒットした部分は足。
二本の極太の針が足に深々と刺さっている。刺さった部分からは毒素が滲み出し、流れ出る血がしゅうしゅうと音を立てた。
 見ればすぐに解るが、その痛みといえば半端ない。見ているこちらでさえ痛くなる程だ。
突き刺さった極太の針を抜こうともがくルギアだが、いかんせん身動きが取れないどころか。
暴れすぎて逆に檻のふちにあたり針が更に奥へと突き刺さっていく。じゅぶぶ、っと音を立てて突き刺さる針。ルギアはたまらずまた叫び声を上げる。
 俺は耳元を抑えた。そしてそのまま、スピアーに今度はミサイル針を指示する。
 スピアーは俺に忠実だった。また見事に、それはルギアへと命中する。腕、足、そして目。
「グァアアギャァアアアグァギャアアア」
 耳を劈く悲鳴は相変わらずだ、正直煩い。だが、ルギアは俺の考えも知らずに叫び続けている。
 そりゃあ、痛そうだと言えば痛そうだ。
足は血まみれで、先に刺さったダブルニードルが肉をえぐって傷口を広げている。
じゅうじゅうと時々音を立てているから、傷薬やらで傷口を埋めても傷は一生残るだろう。
腕は骨に命中したのか、一部指が変な方向に曲がっている。本当は自分でぶつけて折ったのかも。
だが、突き刺さった数本のミサイル針が発端なのは間違いない。折れた原因が針にしろぶつけたにしろ。
「そりゃいたいだろうなー」
 棒読みの台詞。所詮他人事…いや、ポケモン事だ、俺には関係ない。
 ルギアが、潰れた目と見える目で見つめてきた。それは懇願ではない。殺気そのものだ。
突き刺さったミサイル針のせいで片目は完全につぶれ、ごぷごぷと血が流れでくる。
きっと、神経に力を入れすぎなのだろう。他の部位よりも出血が多い。俺はスピアーに、軽く指示をした。
 止めといわんばかりに、再びダブルニードル。今度は潰れた目、っそしてどてっぱらに命中した。

俺はスピアーをボールになおし、その場にしゃがみこんだ。
先ほどのダブルニードルがきいたのか、ルギアはぐったりと体を檻の中で横たえた。
流れ出る血はとまる事を知らない。さながら溢れる泉のような感じだ。
豆知識だが、スピアーの毒針には凝血を妨げる作用がある。出血死がいいトコだな。
「なぁ、伝説よ?」
 ぐったりとしたルギアに近づき、俺は声をかけた。
潰れた目には極太の針と数本の針が刺さっている。ダブルニードルとミサイル針だ。
近づけば近づく程痛々しく、抉れた肉は目を覆いたくなる程だ。一般的な比喩だから俺は別に大丈夫だが。
深く眼球に刺さった針は常に毒素を出し続け、次第に血はどす黒く変色したものへと変わっていく。
匂いも、それは酷いものになる。
 鼻をかるくつまんで、俺は檻の周りを一周し始めた。
ルギアの体は先ほどの攻撃により、痛々しい痕を残している。ステーキ線に針による肉抉り。
まるで肉の調理工程のようで笑みがもれてくる。…実際笑っている場合じゃないんだが。
 ルギアの腹に刺さったダブルニードルはルギアが体を横たえた際に深く内臓まで達したらしく、どこの位置から見ても見えない。
ただ、だらだらと腹の辺りから血が溢れ出ているのだけは確かだ。どす黒い、血が。
「伝説も落ちぶれたなぁ、やっぱり所詮ポケモンか。」
 学者が見ればさぞ肩を落としただろうルギアの失態に、俺は多少なりとも学者に同情してやった。
そして、再びルギアの目の前に戻ってくると、その場にしゃがみこんだ。
息は荒く、絶え絶えで。いつ事切れてもおかしくない状態だった。毒に冒され出血量も半端ではなく。
それでも意識を繋ぎとめられているのも、やはり伝説だからか?
 俺は少し、なんとなく見習いたくなった。
「なぁルギアよ。」
 ルギアは答えなかった。ただ静かに目を伏せた。
「伝説って重みは御前にはあるか?俺には考えもつかないよ。」
 ルギアの息が少しずつ弱くなっていく。
「でもな、御前ってさやっぱり伝説だからな。それなりの死は用意するよ。」
 これが俺の、最初で最後の御前への慈悲だ。ボールの中からは、カブトプスが出てきた。

すぱん、と音を立てて。滑稽にルギアの首は落ちた。
断面からはそう血も出ず、きっと首を落とす前に絶命していたのだろう。
カブトプスをすぐになおし、ゆっくりとルギアの首へと近づく。
「これで、終わりだ。」
 思いっきりの力を込めて、俺はルギアの頭を踏みつけた。
ぐしゃっ、という音とともに頭蓋は陥没し、脳髄が靴の裏にべったりと付着した。
目玉は飛び出て、潰れた目は代わりにと言わんばかりに針が飛び出していた。

こうして、伝説のポケモンルギアは本当に伝説となった。




「はい、これで仕事は終わったぜ。いやぁ、流石アンタんトコの檻は違うねー!」
「そりゃあもちろん、わが社が自信をもってお勧めしますこの凶暴ポケモン飼育用の檻!
 中は微弱な電波が発生する仕組みになっており、どんなポケモンも素直に抗えない!」
「あの伝説のポケモンがああもおとなしくなるなんて予想外だったよ!いやぁ凄い!」
「今なら小型用中型用大型用全部あわせてこのお値段!(テロップ参照)」
「いやああ安い!これならポケモンマスターを目指すトレーナーにも一押しだな!!」
「今すぐお電話を、尚この商品は特注の為クーリングオフは不可です。さぁ貴方もお電話を!(テロップ参照)」


以上、裏ポケモン道具通販がお送りしました。
(この番組はフィクションとノンフィクションが混じっています、買うか買わないかは貴方の目で決めてください。)

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最終更新:2021年05月25日 13:47
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