人間にも動植物にも分類されない生き物。それらは新しいカテゴリとして。
ポケットモンスター、通称ポケモンと呼ばれている。
ポケモンはまるで魔法ともいえるような能力を持ちながらにして、人間のよきパートナーとして存在している。
一応ポケモンを所有する為には免許が必要だが、それも割と下の年齢から取得できる。
その為、ポケモンはもう社会にとって必要不可欠なものであった。
それは人々の用途によってさまざまだが、彼の場合は欲求を満たす為に必要不可欠だった。
つながりの洞窟で遭難してから、何日経っただろうか。
既に食料は底をつき、体力も限界に近づいていた。何故そこまで無理をするのか。
はぐれ研究員のタスクには夢があった。
幼い頃、彼の父親は酒と女に溺れていた。よくドラマである家庭内暴力と同じ様に。
父親は母にもタスクに当り散らした。だが、時が経ってみれば何と浅はかな事だろうか。
父親はアルコール中毒が原因で死亡。タスクと母親は父親の呪縛から簡単に開放された。
よくある追加設定で、借金取りの描写があるが幸い父親に借金はなく。
呪縛から開放された母親は自由に働き、そしてタスクを女で一人で高校まで入れた。
中学の頃から、タスクは夢を抱くようになっていた。それはポケモンの研究で秀でる事。
それは今の世の中では名声であり、そしてそれで手に入れた資金で母と二人で仲良く暮らす。
タスクはそれだけの為にポケモン研究を専攻し、小規模ではあったが研究所にも入った。
だがそんなに人生甘くはない。
タスクの入った研究所はそれは酷い有様だった。研究員はタスクを含めて僅か四人。
しかも、そのほかの三人というのが曲者で、何かとタスクに仕事を回してくるのだ。
事務から雑用まで。給料はきちんと支給されるものの、タスクは気に入らなかった。
自分はこんな事をしている暇などないのだ。僕は研究がしたいんだ!
それからしばらくもしないうちに、タスクは研究所を飛び出し、一人探索へと乗り出した。
場所はつながりの洞窟。噂によれば、アルフの遺跡には今開放されている場所とはまた別の。
場所が存在していると言うのだ。その入り口が、つながりの洞窟のどこかに存在するらしい。
タスクははやる気持ちを抑えきれず、軽装備でつながりの洞窟へと乗り込んだ。
そして、その結果がこれだった。
薄暗い洞窟では何をするにも灯りが必要で、唯一火属性のロコンに頼るしかなかった。
タスクはロコンの火を頼りに、今日もつながりの洞窟をさまよっていた。
何日もいたせいで、嫌な程道は覚えてしまっていた。記憶にない道を探しつつ、タスクは溜息を吐いた。
ロコンが少し不安な顔でタスクを見つめる。タスクは笑って返した。
時折、ロコンの火に驚いたズバットが飛び出してくるがさ迷っているうちに相当レベルの上がったロコンには敵わない。
すぐに黒焦げになって落ちていく。ロコンはそれを口に含んでは噛み砕いて食べた。
タスクは水の中で優雅に泳ぐ魚を手づかみしては、ロコンやその他のポケモンと共に食べた。
そんな事がまた数日続いた頃、ようやくタスクはアルフの遺跡へと通じる道を見つけたのだった。
偶然落ちた穴の先、その先には光りが漏れる道があり、タスクは勢い余って叫んだ。
「やったぞ!ようやく見つけた!!!」
ロコンも主人の勢いに感化されたのか、主人の声に驚いて出てきたゴルバットを一撃で倒した。
急ぎ足で光りの元へと向かっていくタスク。ロコンはゴルバットの羽を噛み千切ると、タスクを追った。
光りの先には、いかにも遺跡です、と言わんばかりの壁画があった。
そのどれもが、現在確認されているポケモン、アンノーンのものだった。
アンノーンには数多くの種類があると推測されているが、いまだその全ては発見できていない。
タスクは壁画のアンノーンの中に、いまだ未確認のものがある事を見つけた。
「やったぞロコン!これで研究所に帰れる…」
ロコンはゴルバットの羽を口に含んだ状態で頷いた。タスクがそのおかしさに、失笑した。
タスクはバッグの中からカメラを取り出し、壁画を撮影した。この遺跡の壁画には数多くの未確認アンノーンが描かれていた。
形は違えども、タスクにはそれらが何か法則性を持っていると思った。直感だ、研究者としての。
カメラで全ての壁画を撮影し終えた頃、タスクは中央の石でできたオブジェに視線を向けた。
入った当初はただ何かあるだけと思っていたのだが、ふと見返せばオブジェの中央にはパズルのようなものが埋め込まれている。
タスクはカメラをバッグの中に直し、オブジェへと近づいていった。
「何なんだこれは…」
タスクが見る限り、動かす型ではなく埋め込み型のパズルらしい。できる自信はあまりなかったが、何故かやってみようと思った。
ふと視線を脇にやると、ロコンが食べ残した骨で遊んでいた。
タスクがパズルに夢中になっているうちに、ロコンは眠りについていた。当たり前だ。
外ではもう午後十一時を回っている。それでも、タスクはパズルの前から離れようとはしなかった。
無茶だとは思っていた。元絵もヒントもなしに、どうやってパズルを完成させればいいのか。
しかも、これは現代パズルではない、古代パズルなのだ。頭をひねればひねる程、痛くなってくる。
時間だけが着々と過ぎていく中で、タスクは必死に考えた。
まず、パズルは端の四隅から組み立てていくものだ。
四隅を探し出し、当てはめていく。その時点では何か解らないが、とりあえず更に組み立てる。
端のピースを探し、当てはめ、そしてその繰り返し。ただ考えるでもなく、単調に。
タスクの頭と体は限界にきていた。
気づけば、半分以上が完成した状態で止まっていた。タスクは呆気に取られた。
「…落書き?」
形が、まるで見えてこないのだ。それこそ、子供の書いた落書きのようで。
何か、ぐにゃぐにゃした…海っぽいポケモンなのは解るが、それから先が解らない。
残ったピースを適当に、とりあえず絵柄が合うように組み込んではいくものの。解らない。
ロコンが吠えたが気にしなかった。むしろ気にできなかった。
一体パズルの絵柄は何なのか………「コォン!コン!」
「ロコン煩い!!!!!」
先ほどから吠え続けるロコンに対して怒りをあらわにするタスク。
だが、振り向いた瞬間、それは怒りから驚きへと変わった。
壁画のアンノーンたちが、まるで絵本から飛び出すように出てきていたのだ。
警戒心をあらわにするロコンをからかうように頭上を飛び交うアンノーンたち。
タスクは慌てて呆けていた頭をたたき起こし、バッグへと飛び掛った。アンノーンに敵意は見えなかったが
タスクはスーパーボールを手にとると、アンノーンへ向かって投げた。捕獲の為ではない。
「レアコイル、でんじは!!」
レアコイルを出す為。初心者でも解る。体力が満タンですぐにつかまるものか。
飛び出してきたレアコイルに驚いたのか、壁画から飛び出して頭上をさ迷っていたアンノーンたちが騒ぎ始めた。
鳴き声ではない。まるでラジオのノイズ音だ。それは酷いもので、嫌な音を彷彿とさせる。
だが、タスクには関係なかった。自分の夢への足がかりが今目の前にいる。
それだけで、タスクは嬉しかった。タスクは手を勢いよく上げ、レアコイルに指示を出す。
「レアコイル、でんじはで落とせ!ロコンは落ちてきたアンノーンにほのおのうず!」
レアコイルは三体のコイルを集めたような体をしている。
その三つの先のU字型の磁石から、薄く青白い電磁波が飛び出していく。アンノーンの数は多く。
電磁波を受けたアンノーンは体を震わせながら遺跡の床に落ちていく。落ちた瞬間、ロコンのほのおのうずに呑まれた。
ほのおのうずはあまり威力はないが、身動きを取れなくさせる効果がある。
炎にのまれたアンノーンは近くぴゅぴ、ぎ、ぎゃ、と鳴き声とノイズの混じったような音を発していたが、そのうち黙った。
ぱちぱちとアンノーンが焼ける音がし、かろうじて生き残ったアンノーンにすかさずタスクはボールを投げた。きちんと種類別に。
「レアコイル、十万ボルトで一掃しろ!」
かなりの量のアンノーンをゲットしたところで、タスクは頭上のアンノーンの一掃を命じた。
ロコンは連続のほのおのうずがキツかったのか、荒い呼吸を繰り返している。
レアコイル自身が震えたかと思うと、次の瞬間かなりの電気が放出された。
アンノーンの目が真っ白になり、しゅー、と焦げた音と煙を出しながらぱたぱたと落ちていく。
タスクは落ちたアンノーンの中で、先に捕まえたものとない型のものを探し出し、捕獲した。
種類は全部で二十六種類、丁度アルファベットと同じ数だった。タスクは額の汗をぬぐった。
「やった…やったぞ…」
疲れているであろうロコンをボールに戻し、アンノーンのボールと共にバッグへと戻す。
さ迷っていた頃とは比べ物にならないほど、バッグは重たくなっていた。タスクは再びパズルへ戻った。
タスクははっとして目を開けた。落ちた感覚がしたのに、何故か痛みはない。
むしろ、落ちてワープしたような、そんな虚無感がある。矛盾している。落ちているのにどうしてワープなんだ?
「ここは?」
周囲を見渡すと、アルフの遺跡のような、あのつながりの洞窟から入った遺跡のような壁画がある。
アンノーン。タスクは頭を抑えた。夢ではなかった、確かに自分はそこにいたのだ。
なのに、どうしてこんな…。
『ピギィー』
「!レアコイル!」
奇怪な鳴き声が聞こえて後ろを振り返ると、レアコイルが心配そうに、バッグを持ちながらタスクの後ろで浮いていた。
タスクはレアコイルから引っ手繰るようにバッグを受け取ると、中身を確認した。
弱りきったアンノーンのボールに、ロコンとその他の手持ち。どうやら無事らしい。
タスクは一息吐いた。
「はは、よかった……レアコイル、ありがとう。」
思い出したようにそう告げると、レアコイルは嬉しそうに飛んだ。だが、次の瞬間レアコイルは苦痛に鳴き声を上げた。
「!」
タスクは慌ててレアコイルから視線を攻撃が飛んできた方向へ向ける。
そこには、じっと自分たちを見つめるアンノーンの姿があった。
アンノーンからは殺気が感じられる。…むしろ、壁から殺気が、と言った方がいいかもしれない。
壁という壁のアンノーンはタスクをにらみつけ、隙あらば攻撃を仕掛けてくる。
タスクは咄嗟にバッグからロコンと、弱りきったアンノーンを一匹取り出した。比較的、体力がまだ残っているものだ。
「レアコイル、雷で蹴散らせ!!」
我に帰ったレアコイル。電気を集中させ、一気に壁へと放つ。壁画のアンノーンが白目を向き、まるで紙切れのようにぺらり、と壁から剥がれ落ちる。
しゅー、と音を立てて煙が上がる。それを見たほかのアンノーンたちは脅威に慄き、壁画から飛び出してくる。
そこをすかさず、ロコンが火炎放射でしとめていく。元から真っ黒だが、今度はぼろきれのように真っ黒になって死んでいくアンノーン。
タスクの目は血走っていた。
研究成果も手に入れた、あのパズルだって解いた。今自分の道を邪魔するのは、向かってくるアンノーンしかいない。
「レアコイル、ロコン、アンノーン共を蹴散らせ!やつらを倒せば終わるんだ!!」
主人の指示通りに敵を倒していくロコンとレアコイル。時々向かってくる攻撃は先ほどロコンと一緒に出したアンノーンを盾にした。
同種族相手で、しかも故意的に出されたともなれば敵のアンノーンもひるむ。その隙にロコンかレアコイルがしとめる、といった感じになっていった。
しばらくして、数少なくなってしまったアンノーンは逃げるように壁画へと消えていった。
タスクも、追ってまで倒そうとは思わない。それに、増えれば増える程死体の処理には困る。
今まで倒しただけでもかなりある。タスクは先に体力のつきそうなアンノーンを手元に残した。
「ロコン、焼き尽くせ。跡形もなくなるように。ここには何もいなかった。」
静かな声で、タスクはロコンへと指示を出した。
ごぉおおお、と音を立てて吐き出される灼熱の炎。虫の息だったアンノーンがかすかな抵抗を見せたが、それもすぐに終わった。
生きていても死んでいても燃やされる。ぱちぱちと、まるで焚き火をするようにアンノーンたちは燃えていく。
ふと、レアコイルがタスクの死角に向かって電気を走らせた。途端上がる悲鳴。
タスクは慌てて振り返った。ロコンには炎を吐かせたままだ。
「誰だ!」
聞きなれた声が返ってきた。酷く、怯えた声だった。
「俺だ!同じ研究所の!御前タスクだろ!?」
同じ研究所の一人で、タスクに雑用を押し付ける事が多かった先輩だ。名前は忘れてしまった。
「なんだ、先輩ですか。」
「タスク、御前こんなトコで何やってんだ?あれから随分皆探してたんだぞ?」
まるっきり嘘だ。タスクには解った。皆ではない、警察が、だろう。そういえば母はどうしているのだろう。
「ま、とにかくいいさ。御前その感じじゃ随分手柄を立てたみたいじゃないか…」
先輩のまとわりつくような視線。タスクは不快感を感じた。レアコイルが微弱だが電波を発している。
レアコイルが不快感を感じているのだ、タスクと同じように。ロコンが灰になってしまったアンノーンから視線をタスクへと戻した。
タスクは軽く溜息を吐いて先輩を見やった。次の言葉は予測できる。
「だからなんなんですか?」
「手柄を半分よこせよ。…でなきゃ、御前がアンノーンの大量虐殺したって警察にもらすぜ?」
思った通り。と解った瞬間に、タスクは手を振り下ろした。
レアコイルの雷とロコンの火炎放射。先輩は悲鳴を上げる間もなく、黒焦げになって絶命した。
タスクが、不気味な笑みを口元に浮かべた。
「僕は偉大な研究者になるんです。その為にはいかなる手段もためらわない。」
研究所に戻ったタスクは、大勢の警察と母親とその研究所の一番えらい人にもみくちゃにされた。
アルフの遺跡で出会った先輩とは違って、その一番偉い人はタスクを誉めてくれた。
母親は馬鹿だと言いつつ、タスクの持ち帰った成果に多いに喜んだ。警察は少し苦笑していた。
それから、タスクは偉い学者になった。タスクの持ち帰ったデータはアルフの遺跡解明や古代のポケモン語の解明などに大きく役立った。
――それから、数年後。
「ぼくはアンノーンけんきゅうのだいいちにんしゃ タスク!
そうか きみもアンノーンに であったのか!
アンノーンは みちのポケモン まだまだわからないことが おおい!
でもぼくはまけないよ! きみもなにかわかったらおしえてね。
かわりに いいものをあげるから!
(てかおしえてくれないと きみもほかのひとのようなるよ
いこじはいけないよ みんなでたのしくかいめいしよう!)」
彼は自らの欲求を満たす為に、他人までも取り込もうとした。彼の研究意欲は計り知れず。
一体、あの先輩から何人犠牲になったのか解らない。
彼を研究の虫にしたアンノーンたちは今も、彼の母親と仲睦まじく暮らしている。
――
最終更新:2021年05月25日 14:30