もはやお馴染みになった『ソレ』がやってきた。
いや、俺は男だから月に一回のアレではない。なら何か。
俺は只今あっついポケモンバトルの真っ最中。
ここがもし太陽がさんさんと輝く真昼の公園だったなら、俺はソレを押し殺していただろう。
だが今は状況が違う。ここは夜の街だ。しかも、治安の良い都会の隅に、ぽっかりと穴が空いたように存在する暗黒の巣窟。
前を見る。俺のポケモンと相手のポケモン。そして敵のトレーナー。
そのトレーナーはそれなりに立派で上品な服装をしているが、言葉遣いと髪型がどこまでも不良な十代後半のガキだ。
不良にアコガレてこんな所に足を踏み入れたんだろうが、親の脛はかじりつづけているということが身なりで分かる。
このガキ、俺に追いはぎを仕掛けようとしやがった。
「そんなチビさっさと踏み殺しちまえ、このボンクラ!クソがッ!」
俺の使うジグザグマはちょこまか素早い動きで相手のウインディを翻弄する。
ソレのせいで、俺の心臓はこれだけのかったるいバトルにも敏感に反応した。 …ソレは俺にあるものを求める。
悲鳴と血を。
「畜生!カネをかけて育ててやったのに、恩を仇で返すってのかよ!?」
ガキはウインディの体当たりを回避してたまたま自分の足元に接近した俺のジグザグマを蹴った。
ギャウン!とジグザグマは悲鳴を上げて宙を舞う。
そのまま地面に叩きつけられて、ギュウンギュウンと喚きながらその場にのたうつ。それを何もせず見つめる俺。
ガキのウインディはチャンス到来とばかりにジグザグマを思いっきり牙を立てて咥え、激しく首を振って揺さぶった。
「ギャン!! ギャアアー! ギャアアアギャッ!!!」
赤黒い液体がビチビチとそこかしこに飛び散り、俺の顔にもわずかながら飛んできた。
ウインディはしばらく首を振り続けて血を飛散させていたが、唐突にそれをやめ、数回噛む。グシャリ。ボリボリ。
ジグザグマの声は「ヴ…キュ…ヴヴ…」という情けないやつを最後に途絶えた。もうボロクズ以下になってる。
「……………ヒ…ヒヒヒ…! ヒャッヒャッヒャーッ! いい気味だぜチクショーッ!」
今の光景を見てしばらく固まっていたガキだが、開き直ったのか笑い出した。
見るからに値段の高そうな黒革の靴で、ボロクズ以下の赤く濡れた物体をニチャニチャと踏みにじる。
よしときゃいいのに、形が残っていた頭蓋を踏み割る。おお、はじけ出た脳味噌にちょっとビビってやがるぞ。
ジグザグマはどうでもいい。さっき『ソレ』の処理の為に絞め殺そうと思って捕獲したばっかりの奴だし。
嗚呼、そういえば血祭りに上げるならジグザグマの代わりにもっといいのがいるなぁ。
…目の前に。
…ここ、どうせ人通りが少ないし。
…殺っちゃっても、いいよ…なぁ? なぁ?
「ヒヒヒ…フヘヘ…さぁ、お前のポケモンみたいになりたくなかったら金出しなァ?」
ここで俺は聞いてみた。俺からこいつにむける初めての言葉だ。
「お前、切断と食われるのどっちがいい?」
ガキがはぁ?という顔をしたのと同時に、俺の身体は夜空へ舞い上がった。
そして逃げ道を防ぐため、ガキの前と後ろにモンスターボールを放る。
俺の肩口を掴んで飛んでいるのは夜目の効く、というか夜目しか効かないヨルノズク。
もうかなり随分前から空中に待機してもらってたんだが、気づかれなかったようだ。
変なことを言われ、目の前から獲物が消えた――と当惑顔のガキとウインディをはさむ様に俺の自慢のポケモンが出てくる。
ガキの前にはストライクが。後ろにはオーダイルが。
上空から下を見下ろしてみても、周囲に人間の姿は見当たらない。
じっくりといたぶってやることができるな。思わず頬の筋肉がニヤニヤ笑いを形作る。
人間までやるのは本当に久しぶりだ…いつもはちっこい野良ポケモンを締めるだけで我慢してたからなぁ。
「おーい、とりあえず人間の方もいつもと同じ要領でやっちゃってくれ。くくくっ」
「な、え? どういうことだ…!?」
ふわりと優しい風が吹いた。
「…………・・・・・・・・・・・・…うわあああああああああああっ!!??」
ガキの服や皮膚に赤く細い傷が沢山つき、そこからタラタラと血が流れ出した。
ストライクの銀色の風。勿論手加減はしているだろう。最近は俺のポケモン達もこういうのを楽しむようになってきたし。
完全にビビってへたり込むガキに、ストライクがにじり寄る。ウインディの相手はオーダイルだ。
オーダイルはその2メートル近い巨体でウインディに覆いかぶさるような形で威嚇をする。短くてふあふあな尻尾を下げて怯えるウインディ。
ストライクは俺と同じでじっくり苛めるのが好きなようだが、オーダイルは豪快なやり方を好む。
オーダイルの瞳が楽しげに煌き、その無数の牙が生えた巨大な顎でウインディの頭にがっと噛み付いた。
「!? ガウッ! ガウアッ!」
オーダイルの血の匂いのする口の中で焦るウインディだが、ヘタに動くと牙が首に刺さるだろう。そういえば、飯をまだあげてないな。
輝く目を嬉しそうに細めて、オーダイルはウインディの首を甘噛みした。
「グアアアアアアアアア!!! ギャアッ! ウォォォォォォォォン!! ガアア!」
ウインディの頭にあいた穴から迸る血と脳髄の味に興奮したのか、オーダイルは顎に力を入れ、引き千切った。
ジャク、ジャク、ベキッ、と生理的嫌悪を催すような、濡れた音に硬い音。首とおさらばした胴体がずるりと下に落ちた。
じゅぐじゅぐぼりぼり。オーダイルは実においしそうに食する。ガキはストライクに注意を惹きつけられてウインディを省みる事もしない。
すっかり腰の抜けて動けないガキの膝を、ストライクが片方の足で踏んで押さえつけた。
あのガキの顔ったらない。顔面蒼白で目をくわっと見開いている。あの状態ならベロベロバーされただけでショック死間違いないだろう。
ストライクはまず、自前の鎌でさくりとガキの右手の小指を落とした。途端にガキは喚いた。みっともねぇ悲鳴。
オーダイルはウインディの頭部をすっかり飲み込んだが、まだ物足りないのか胴体を食べるのに取り掛かった。
ウインディの胴体を仰向けにし、胸部の肉を牙で剥がして噛んで飲む。白い胸骨。青白い肺。その時ガキの右薬指が落とされた。
「ひぎぃ…へぁぁぁぁ…」
顎だけ使うのも面倒だと思ったのか、オーダイルは手も使い、背中の肉などを骨から引き剥がす。ずるんと落ちる内臓。
ガキの指もどんどん落とされ、右手の指は付け根からすべて切り離されてしまった。ヨルノズクが「ほー」と鳴く。
ストライクは左手の指落としにも取り掛かる。こんどは趣向を変え、親指以外を一直線にざっくり。骨までざっくり。
「ぎゃ! !! …!」
ストライクに睨まれ、ガキは悲鳴を飲み込んだ。悪趣味な髪型が恐怖で逆立っている。
オーダイルはウインディの上半身をあらかた食べつくしたようだ。天を向いて喉の奥に噛みながら流し込む。ちょっと目が合った。
夥しい量の鮮血が噛み千切られた断面から出ていて、その血の泉は徐々に大きくなり続け、ガキのところへ。
左親指もすぱんと落とし、次はどこを切ってやろうかとガキの身体を舐めるように見ていくストライク。
「ひ…ひぃぃぃ…許してくれ…許してくれぇぇぇぇぇぇ……………」
許さないよとばかりにストライクはガキの左腕を肩から切り落とした。
「ああああああああああ・・・・」
ぼとりと落ちる左腕。右腕も鮮やかに切り落とす。両肩から滝のように、血。骨もはみ出ている。
「ああああああああああああああああ・・・・」
ガキの力の抜けた声も気にせず、オーダイルはのこった下半身を足の方から食べ始めた。もがれる両足。
それを横目で見たストライクは、ガキの足を腿の中程で切り落とした。もがれる両足。
「あああああああああああああああああああああああ・・・・」
四肢を切断されたガキ。段々目も虚ろになってきている。いいねぇ。実にいいねぇ。
俺はソレの発作が満たされていくのを感じた。たまにはこういう風にポケモンだけにやらせて自分は傍観ってのもいいものだな。
一度返り血に気づかず明るいところに戻ってヤバいことになったこともあるし。
ウインディの血とガキの血が混ざり合い。道はすっかり月明かりでもわかる赤に染められた。
ガキはもうすぐ出血多量で駄目になるはずだ。やれやれ、まともな生活してりゃあこんなことにならなかったのに。
俺は…まあ、まともな生活してないよな。これじゃあ。人の事言えないけど。
ふと、ガキのポケットから1つのモンスターボールが転がり出た。
転がって行く途中でたまたまスイッチが押されたのか幽かな光とともに小さなポケモンが出てくる。
茶色い身体に長い耳、白い襟巻き毛と尻尾。…イーブイか。このガキ、よっぽど恵まれてるな。
イーブイはまず血の匂いにぎょっとし、主人を押さえつけている俺のストライクを見る。
ふむぅ、一度育ててみたいと思ってた。イーブイ。こいつは殺さないで貰ってしまおうか?
ぼんぼんだが生ぬる不良な奴よりも流血好きだが自分のポケモンには優しい俺が主人のほうがいいだろうし。
俺はストライクにイーブイを攻撃するなと指示をしようとした…が。
「シャアッ!」
イーブイは全身の毛を逆立てて威嚇まがいの行動をし、ストライクに飛び掛った。
しかし、イーブイの牙がストライクに届く事は無かった。
ストライクの鎌が一閃され、ボトボトと…一瞬のうちに切り刻まれたイーブイ。
俺に見えたのは空中でバラバラになって飛び散る肉片と赤い噴水だけ。アスファルトの上に新たな血が流れ出す。
…もったいないが、ストライクは飛び掛ってくる奴にはつい身体が動いてしまう性質だし仕方が無いか。
オーダイルはのこった下半身もぺろりと平らげ、じゅるりと舌で口の周りを舐めた。はずみで口から漏れる内臓。…腸のようだ。
ウインディ一匹をまるまる平らげたオーダイルはガキとストライクの方へ進んだ。
潮時だな。
俺はヨルノズクに地上まで運んでもらい、ガキの傍へ行く。
ガキの顔は最早白いというより透明といった方が雰囲気的には近いほどだった。睫が幽かに震える。
オーダイルはでかい飯を平らげたお陰か、生臭いげっぷをする。
「楽にしてやるか。 オーダイル、凍える風」
面倒臭そうにその息をガキに吹きかけるオーダイル。その息は途中から白く冷たい氷の風となってガキを覆う。
冷やした為か血がなくなりかけているのかはしらないが、出血はおさまった。
「ストライク」
鎌が月光を浴びて妖しい輝きを帯びる。肉眼では決してみることのできない、その太刀筋。
ガキは脳天から股間にかけて真っ二つにされた。血は…殆どでない。
ごと、と手足のない半分凍ったガキは二等分されて左右に倒れた。断面は言わずもがな蔵腑が覗いている。
…すっきりした。早いところ帰ってシャワー浴びて寝よう。
俺は物足りなさそうなストライクと満足そうなオーダイル、それに随分暇そうなヨルノズクをボールに戻す。
そしてガキの懐から財布を取り出した。中身だけ貰うつもりだったが、財布自体立派なブランド物のようだったので丸ごと頂いた。
朝が来たら、 俺はただのポケモントレーナー。
影でこんなことしてるなんて 少しも顔に出さない、 いたって普通の ポケモントレーナー―――。
公園のベンチで、彼女は可愛がっているスバメを膝の上でなでなでしつつ俺を待っていた。
「きたきた。 あんたはいつも遅いんだから」
「ごめんごめん」
怒ったふりをして頬を軽く膨らませる彼女。
「そういえばさぁ、殺人だって。あっちのヤバい所でさ。バラバラなの」
「ふーん…」
「私怖いなぁー…家の近くにあんな危険な所があると」
「はははは、お前が殺されそうになったら俺が犯人を返り討ちにしてやるよ」
「きゃ、頼もしい♪ さすが♪」
彼女は冗談めいた動作で俺に抱きついた。俺はそんな彼女の髪の毛をなででやる。
あぁー…肌が綺麗だなぁ…。 …なんか、………… 傷をつけたらどうなるんだろ………。
………って、いかん。何を考えているんだろう俺は…。ソレの発作は終わったばっかじゃないか。
俺は彼女と柄にもなく手をつなぎ、明るい日の光の下でショッピングへと繰り出した。
fin
最終更新:2021年05月25日 14:37