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  • 1999年11月21日 ジョウト/チョウジタウン -

 壁に埋め込まれたデジタル置時計が「4:26:08 PM」を示す。
窓が全くないうえ、天井の電灯の殆どが点いていない薄暗い通路。
散在する何かの起動装置と思しきマシンの赤いランプが不気味に光っている。
 ある一つの小部屋の出入り口の脇、小さい扉が無数についているロッカーの陰に人間が一人。
長い黒髪を背中に垂らし、上下左右が白い素材で出来ているこの場所では異常に目立つ真っ黒の服。
左腕には時計にしてはやたらとスイッチや捻りの数が多い機械を四つも装着し、腰にはレシーバー。
背中には何が入っているのか膨らんだ特殊素材のリュックを背負っている。
自動装弾式の銃…アサルトライフル…を絶縁グローブをした手に持っており、その人間はかなり怪しい雰囲気を放っていた。
 アサルトライフルを握り締め、ロッカーの陰から飛び出して小部屋に突入する。
…が、誰もいない。

まあ別に不思議な事ではない。この場所に侵入してからというもの人間どころか虫一匹見ていない。
しかし、この場所に長い間人が踏み入れていない、という訳でもなさそうだ。
その部屋の中には通路にあったものとやや違う種類の装置が数個、デスクが大小二つに椅子が四つ。
大きいデスクの上にはコンセントが差し込まれた電気ポットとコーヒーの入ったカップがおかれている。
壁の日めくりカレンダーも今日の日付になっている。ついさっきまでここには大勢の人間がいたはずだ。
ちなみにこの部屋の扉にはロックがついていたはずだが、何故かここに来た時から外れていた。

「ペルシアン像に見せかけた監視装置…トラップ床…全部が作動しなかったわね」
 その女はアサルトライフルを下ろしながら呟いた。
一つ一つの小部屋の前を通るたびさっきのような警戒を繰り返したが、全部がスカ。
おまけにトラップが全然無反応。
「この部屋が地下三階の最奥のはず…ガサ入れ開始と」
女は緑と黄色が縞模様に塗装されたモンスターボールからポケモンを出す。
出てきたのはジョウトには生息していない瞑想ポケモン、チャーレム。
「チャーレム、資料探しを手伝ってちょうだい…あら」
 女はデスクの下を見て、そこにいる一羽の鳥ポケモンに気づく。
そのポケモンは近寄ってきた女に向かい、教え込まれた日本語でこう言った。
「ア゛、ア゛ー。 サカキサマ バンザイ」
暗闇ポケモン、ヤミカラス。「サカキ様万歳」というのは標語、もしくはパスワードか。
何かの足しになればとこの言葉を頭に刻みつける。
「誰もいないのに、ポケモンが一匹だけ…?」
「カア。イナイ イナイ イナクナッタ。 シンニュウシャ キタ」
驚いた。一定の言葉だけ教えられているのではないのか。
「…話せるの…?」
「サンニンキタ。 ツンツンアタマト アカゲ ボウシ」
「?」
「カンブサマ フタリトモ マケテ ミンナ ニゲタ …オレ オイテカレタ」
どうやらさっき自分の他にもここへ来た人間がいたようだ。

そして二人いた幹部を倒して、ここにいた団員達を退避させてしまったらしい。
「…! 資料は!」
ガラスの棚の戸を乱暴にあけ、中のホッチキスでとめられた紙束を物色する。

『ヤマブキシティ占拠計画』
『1997年度タマムシゲームコーナー売り上げ』
『俺はピチューたんに萌えつきた』
『1998年度新入団員一覧』

パラパラ捲りで大雑把に確認したが、ページなども全部そろっている。
「ミズウミ ヘイワ。 ヘイワ イイコト サカキサマ バンザイ」
サカキがどんな人間かは知らないようだ。ポケモンだしそれは仕方が無いが。
とりあえず、なにか有益そうな資料はごっそり頂いていくのが目的だ。自分以外の侵入者については後々考えるとする。
女は束になった書類の表紙を今度はゆっくり順に見ていき、目ぼしいものだけ取り出して脇に置いた。
次はパソコンの中身だ。ヤミカラスをデスクの下から追い出してチャーレムに預ける。
「カア?」

カタカタカタカタ………『パスワードを入力してください』?

サカキ様万歳、ではなさそうだ。アルファベットと半角数字しか入力できないようになっている。
「あなた、パスワードを知っているかしら」
「カア? パス…パスワード… ンー… オシエナイ」
「教えなさい」
「ロケットダンノ ヒトタチ イイヒト。 アヤシイ ヒトニハ パス オシエラレナイ」
「チャーレム」
チャーレムは片手でヤミカラスを持ち、胴体を思いっきり叩いた。
バシイ! という音がして、ヤミカラスがわめく。
「ギャアッ! オシエナイ! オシエナイ!」
「拷問決定。 チャーレム、やっちゃって。ただし死なない程度にね」
女はそれだけ言うと、リュックの中からタバコとライターを取り出して火をつけた。

まず、チャーレムは羽を抜き始めた。
鳥の羽は根が太く、自然に抜けるのでなければなかなか抜けるものではない。
ブチリブチリ。
「ガッ!?」
力を込めて一気に抜くのではなく、ゆっくり引っ張っていく。
これにより苦痛の時間が増す。
「ア゛ア゛ア゛――ッ!!!???」
全身の羽のうち、大体半分ほどを抜いて捨てた後、頭のまるで帽子のようになっている部分の羽毛を抜く。
細かい羽毛はさらに抜けにくく、今度は頭の左右から羽毛を掴んで引っ張っていく。
「ヤメロ! ヤメロッ!!! ―アアアアア―――――…グヴォオア――――!!!」
ビリビリビリビリ。真っ黒な柔らかい羽毛の根元に、僅かだが肉がこびりついている。
「ウ…グヴォ…」
そしてチャーレムはヤミカラスの細い足を掴み、部屋の真中でブレーンバスターを始める。
ヤミカラスは暴れるが、戦闘訓練を受けていないらしくその力は弱い。
ヤミカラスを掴んだまま上に振りかぶり、床に叩きつけた。
「グエェッ!」
もう一度。
「ギャアアアアアアア!!!」
さらにもう一度。
「ヒギャアアアアアアガガアッ!!!」
体重が軽いし手加減しているので内臓破裂の危険性は無い。
………ただし、その痛さは内臓が破裂しようがしまいが変わらない。
チャーレムはバカの一つ覚えのようにブレーンバスターを繰り返す。
「グェエエエエエッ!!」
さらに繰り返す事、数回。女はチャーレムにストップをかけ、ヤミカラスに問い直す。
「言いなさい。パソコンのパスワードは、何?」
「ガ…ガア…イヤダ…オシエナイ」
「強情ね」

女は立ち上がり、リュックからロープを取り出してヤミカラスの足を縛りって壁のコート掛けに逆さ吊りにした。
頭に血が上り、時間が立つにつれ足の苦痛が増すという古典的な拷問である。
「なるべく早いうちに言ったほうがいいわ。死ぬ事はないけどかなり辛いわよ」
「グ…」
そして、火のついたタバコをヤミカラスの目の下に押し当てる。
甲高い悲鳴が空気をつんざき、そのあまりの煩さに女は不快そうに眉を潜めたが、
「大丈夫。私はロケット団の存亡に関わるつもりはないわ」
じゅう、タバコの匂いと焦げ臭い匂い。細い煙が立ち上がる。
横を見ると、チャーレムが熱湯の入ったティーカップを持って立っている。
「なるほど、わかってるじゃない」
ニヤリと笑ってティーカップを受け取り、ヤミカラスの身体にそれを上から一滴だけ垂らした。
「ヒッ!」
「言いなさい」
びしゃっとカップの熱湯を全部かける。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッッ!!!!」
口の中のタバコ臭い煙を吹きかける。
ヤミカラスは熱湯の衝撃に悶えながら咳き込む。気管が細いため相当息苦しいだろう。
さらに女は吊り下げたロープを上下に揺する。オオオ、アアアと喉の奥から搾り出す苦しそうな声。
「ハァハァッ… ニンゲン ヤッパリ キライ! オレタチヲ ツカイステニ スル! ガァッ」
「人間が生き物の頂点だもの。当たり前だわ」
今度は振り子のように左右に揺らした。ヤミカラスの頭に溜まった血が暴れる。
ヤミカラスは最初こそ悲鳴をあげていたが、次第に大人しくなり始めた。
「ゼエゼエ… ガ… アアアアアアア………」
「言う気になった?」
「…ヤダネ」
女は唇の端を吊り上げて笑い、吊っていたロープを手首の時計に似た機械に収納されていた刃で切った。
ビタンと床にたたきつけられるヤミカラス。呻きながら這ってでも逃げ出そうとするその身体をチャーレムが押さえる。
すっかり痛めつけられ、床の上に広がっているその翼を女は凶悪なスパイク靴でドスッと踏みつけた。

ヤミカラスはうっ、と詰まったような声を出したが、最早叫ぶ気力は無い。
女は追い討ちをかけるようにその靴で羽が抜け剥き出しの翼をジリジリと抉った。皮膚が破れて血が流れる。
「イウ、ガハッ、 ゲホッ… イウカラ ヤメテクレ…!!!」
「そう。で?」
「パスワードハ… "2007BeTheDarkness" … ダ」
パソコンに飛びつき、パスが間違っていた時に発動するようなトラップがないかスキャンする。
驚いた事に七種類ものパニシュメントトラップが仕掛けられていたが、全て破壊されていた。
フォルダの中身には無数のデータ書類があり、女はその内容をいくつかのコンパクトディスクに分けてコピーした。
これで目的達成。あとは帰るだけ…
「……オマエハ… ナニヲスル ツモリナンダ… ?」
「もちろんポケモンを利用したお金儲けの為よ。そういうことで、」
女は一旦息を切り、その次の言葉を続けた。


「ここにあるロケット団の科学技術は全て、私たちデボンコーポレーションが頂いたわ」
「!!」


「そうそう、あなたも連れて帰るわね」
「グッ…!?」
「まだ何か絞り出せそうだし。怪我の治療もしてあげるし心配しないで」
女はリュックのサブポケットを探り、中から長方形の小さな装置を取り出す。
見たところ真中から半分に開くようになっており、開閉スイッチもあることからモンスターボールの一種と分かる。
ただし、なにやら装置の上下には怪しげなランプが点灯している。
「…ソレハ」
「デボンが携帯獣愛護団体を金で黙らせて制作した洗脳度合いの強いモンスターボールの試作品。
 これに一度でも入った携帯獣は最早自分ではなく主人を人生の中心として考えるようになるわ。
 まあ二度と逃げようとか死のうとか考えられなくなるわけね。あ、チャーレム押さえといて」

チャーレムは頷き、踏みにじられたヤミカラスの翼を固めた。
女は開閉スイッチを押して装置を開き、ヤミカラスへ向けた。機械内部から真紅の閃光が射してくる。
「…ア…アアア゛アアアア………………………
 アアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
 アアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛アアアアアアアアアアアアアアアアア
 アアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛――――――――――――――――ッッッッ!!!!!!!!!」
絶叫が装置に吸い込まれ、不気味な余韻を残して消えた。
女はニッコリと笑い、「Devon」ロゴマークのクリアファイルに重要書類をしまった。
「さ、チャーレム。勝利の凱旋よ」


 階段から上に出れば、そこは平凡な日本家屋だった。勿論これはカムフラージュである。
売店を装っていたのかそこらに菓子や土産類が積み重ねてあった。
女はいかりまんじゅうの二十個詰め合わせの箱を一つリュックに入れた。

スリバチ山の山裾に、木々に隠れるようにして止めてあった小型ヘリに乗り込む。
そしてデボン製のエントリーコールつき携帯電話を出してピッポッパ。
――トゥルルルルルル トゥルルルルルルル――― …数秒で電話の相手は出た。

「――もしもし、社長、私ですが」
『おお、君か。いきなり聞いてすまんが、そっちの様子は』
「大成功です、社長。ロケット団が誇る最高科学技術情報を手に入れることに成功しました」
『なんと! こうも早く成功するとは…私は君のような優秀な秘書を持てて幸せだよ』
「ありがとうございます。試作品の捕獲機も使ってみましたがなかなかいい感じでしたよ」
『ふむ…だが、もうすこし発表は控えたほうがよさそうだな』
「あと、嬉しいおまけも手に入れました。カントーのグレン島からロケット団が奪ってきたと思われる、
 ポケモンを化石から生きた状態で復元する方法です。「ねっこの化石」なんかの実験がようやく出来そうですね

『はははは…! 全く笑いが止まらんよ。結局我が社の製品が一番すごくて売れるんだな!』
「そうですね、社長殿。今からすぐに戻ります。いかりまんじゅうでお茶でもしましょう。
 ところで、来週末のシルフカンパニー社長との話し合いですが……」


【Be The...】 fin
最終更新:2021年05月25日 15:03
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