静かな夜。風もなく気温もいつもと変わらない。
少し段差のある地面に作られた巣穴の中では、ガラガラとその子供たちが寝息を立てていた。
巣穴の中に反響する寝息。それがいつも通りだった。
だが、今日は『いつも通り』とはいかなかった。
鳴り響く爆音。ぱちっ、と眼をあけたガラガラは慌てる子供を巣穴の奥へと押し込んだ。
警戒心をあらわにした行動。ガラガラは巣穴の入り口を見やった。
立ち上る煙。うごめく黒い影。ガラガラの目には、見覚えがあった。
つい先日の話だ。
狩りへ出かけた時、あの黒い影は獲物になる筈のポケモンを捕らえていた。
近くにいたドードーが煩く鳴いていた。”ロケット団がきたぞ!!”と。
ガラガラには、その影がまるで自分の子供を奪いにきたように見えて仕方がなかった。
それは大方当たっていたのかもしれない。
次々と黒い影は、爆音に驚いて出てくるポケモンたちを捕獲している。
時折、何か舌打ちのような音が聞こえて、何かが潰れるような音が聞こえた。
ガラガラの中で言い知れぬ怒りが込み上げてきた。いきなり、何が、どうして、人間は。
ガラガラはすぐに飛び出した。骨棍棒を繰り出しながら、黒い影をなぎ倒しながら。
自分の子供を守ろうと、黒い影の足元にあるひしゃげたキャタピーにはさせないと。
自分たちの都合で命を奪う人間が許せなかった。それは母親として。
ガラガラは愛用の太い骨を黒い影へとぶつけていく。黒い影はぐきっ、と言う音を立てて悲鳴を上げる間もなく倒れていく。
それに気づいたほかの黒い影は、慌ててガラガラを捕獲しようと丸い球体を投げてくる。
それが何なのかは知らなかったが、何かよからぬものなのは解る。
ガラガラはそれをまるで野球のボールのように太い骨で打った。かきーん、といい音を立ててボールは飛んでいく。
すさまじいスピードで、黒い影はそれを胴体に受けてうめきながら倒れた。
ガラガラに感化されたのかように、他のポケモンたちも黒い影へと攻撃を仕掛け始めた。
各々が口にしている、叫んでいる。”ここから出て行け!”
それは人間には鳴き声としてしか聞こえないだろうが、ポケモン同士には痛い程解る。
だから、ガラガラもその他のポケモンも、黒い影を追い払おうと必死になった。
守りたいものがある。
黒い影は散り散りになって走り去っていこうとするが、突如現れたガルーラに頭をもぎ取られる。
まるでタンポポの花をむしるように簡単に。ケンタロスは追い討ちをかけるように黒い影を踏み潰した。
ガラガラは嬉しくなった。怒りが、瞬間的に歓喜に変わる。勝った、守れた。その安堵感で一杯だった。
だが、それはすぐに消え去った。
「何をしている!!!」
大きな人間の怒声と共に、黒い影はすぐに陣形をたてなおした。そして、何か奇怪なものを取り出した。
ガラガラや他のポケモンには見覚えのないものだった。ガラガラたちは野生だ、まして、機械という人間の兵器を知るわけがない。
黒い影はそれを構えた。ガラガラはまた、骨棍棒で打ち落とそうと前に進み出た。
瞬間、何が起こったのか理解できなかった。
痛みは感じない。ただ真っ直ぐに自分の体は巣穴の方を見つめていて。黒い影が自分の子供をなぶり殺していく。
『御前の母親が悪いんだぜ?』『人間様に逆らおうとするからさー』
口々にそんな声が聞こえる。ガラガラの目に、うっすらと血が垂れた。
ミサイル、だった。
打ち落とそうと手を動かす間もなく、ミサイルはガラガラの体へと当たった。骨を盾にしてはみたものの、間に合わなかった。
爆発の衝撃で抉れた肉とひびの入った頭骨。その隙間からとめどなく、血があふれ出た。
だがガラガラは精神だけで命を繋ぎとめていた。体は動かせない、それは死んでいると同じだった。
けれども、ガラガラはどこか、まだ戦える、と思っていたのかもしれない。
何が起こったのか理解できなかったから、まだ自分は戦えると思い込んで…。
「なぁ、このガラガラ死んでるのか?」「さぁ動いてないし死んでるじゃね?」
げらげらと無粋な笑いが聞こえてくる。だが、ガラガラは動けない。ただ血が目にたまって涙の様に落ちた。
「ようガラガラちゃんよ、さっきはよくもやってくれたね?君の子供はこうだよーん!」
小さな体が持ち上げられ、ぶちぶちと音を立てて頭と胴が二つに裂かれる。幼い、一番末の仔だとガラガラには解った。
「ははははは!!!!!何、こいつ死んでるのに泣いてるぜ!?」
べしゃっ、と音を立てて地面に投げ捨てられる頭と胴。それを踏み潰しながら黒い影は笑っていた。
ガラガラは叫んでいた。ただ憎しみと憎悪と怒りの叫びをあげていた。だが、声は出ない。
目の前で殺される我が仔を目の前に、ガラガラの体を届かない叫びが蝕んでいった。
人間への恨みでできた体。ガラガラの意思など、とうに呑み込まれた。
それから数年後の事だ、シオンタワーに幽霊が出るようになったのは。
少年はシオンタワーへと足を進めていた。
捕らわれのフジ老人を救うためだ。だが、その途中には幽霊という摩訶不思議な存在がいる。
が、それも途中までの話。少年の手にはシルフスコープと言う特殊な道具が握られている。
幽霊の存在を確かめられる唯一の道具、少年は足早に階段を駆け上った。
幽霊が出現するポイントまであと少し。少年は静かに、シルフスコープを装着した。
手持ちのポケモンがボールの中で震えているのが解る。だが、フジ老人を助けずに引き下がるなんてとんでもじゃないができやしない。
約束したんだ、必ず助けると。軽くボールを叩いて激励する。もう少しで、幽霊の―――
”立ち去れ”
案の定、それはあと数歩、と迫ったところで現れた。黒くにごった物体が空中をさ迷っている。
まさに幽霊、と言った感じだろう。少年はその物体に向かってシルフスコープを使った。
閃光。すぐにその影は消え、目の前にはやつれたガラガラが立っていた。
「これが、幽霊?」
少年は戸惑った。目の前のガラガラはとてもじゃないが野生のものとは言いがたい。
やせ細った体、血走った目、ひび割れた頭骨。何もかもがむごたらしかった。
ガラガラは血走らせた目で少年を見やると、そのまま飛び掛ってきた。
少年は慌ててボールへと手を伸ばす。ぼむ、と音を立ててガラガラの棍棒を受け取ったのはリザードンだ。
巨大な爪で骨を抑え、そのまま軽く振り回せばいともたやすくガラガラは吹っ飛んでいく。
墓石にぶつかる。だが、それでもガラガラは攻撃をやめようとしなかった。
只管に棍棒を振り回し、何度倒されても向かってくる。まるで、何か目的があるように…。
少年ははっ、と我に帰ってユンゲラーをボールから出した。
リザードンと戦っているガラガラ。まだユンゲラーには気づいていないらしい。少年は言った。
「ユンゲラー、あのガラガラの思念を読み取るんだ!」
こくりと頷くユンゲラー。少年の声を聞いていたのか、リザードンはガラガラを捕まえた。
もがくガラガラだが、体格差がありすぎた。ユンゲラーは念波でゆっくりとガラガラの思念を探った。
片方の手、少年はユンゲラーと重ね合わせた。ガラガラの思念は、ユンゲラーを通して少年へと流れ込む。
少年の脳裏に浮かぶ、黒い影、ポケモン、子供、そして叫び―――耐え切れない程の怒り。
ガラガラは目を赤く滾らせ、リザードンを弾き飛ばした。少年は悟った。
子供を殺された憎しみのせいで、あのガラガラは正体を失ったのだと。もはや意思などない。
ただそこに、憎むべき人間がいるならば――――”立ち去れ”
「ユンゲラー!サイコキネシス!!!」
リザードンを弾き飛ばしたガラガラは一直線に少年へと向かってくる。少年の隣にいたユンゲラーはすぐさま強力なサイコキネシスを繰り出した。
直撃。瞬間、少年の中に何かが流れ込んできた。
―――――――ありがとう
憎しみから開放された瞬間、ガラガラは笑っていた。ようやく開放された、と。
残された少年は、残った小さな頭骨の欠片を拾い上げた。それがガラガラが確かにいたという証明。
少年は涙が込み上げてきたがシルフスコープが邪魔で泣けなかった。
少年はぐっ、とそれを握り締め、上階へと向かった。ガラガラの笑顔を無駄にしちゃいけない。
ガラガラは憎しみに捕らわれてここに縛り付けられていた。その原因を作った人を、僕は許さない。
「いくぞ、リザードン!ユンゲラー!」
――
最終更新:2021年05月25日 15:58