クチート虐
作者:虐待犯
私は今、一匹のポケモンを叩き殺そうとしている。名前はクチートというポケモン。
大きな頭に愛らしい目、小さな手足をしてまるで子供のように見えるこの子。
でも本当の姿は、そうじゃない。こいつのこの姿は単なる擬態・・・
「くちぃ?」
黒く重そうな頭を揺すって、クチートがこちらに視線を投げかけてくる。そして
この子は小さな口、そう見える所に手を当てる。よく天使のような子という言葉を
聞くけれど、見た目だけは正にそれそのもの。
私はそれを見た瞬間に、強い殺意を覚えてハンマーを両手で掴んだ。といっても、
いわゆる日曜大工のような物じゃなくて、機械用の大金槌なのだけれど。なんとか
振り回せる重さでも10kgは軽く越える重さがある凶器にもなるわ。
私はクチートの真上にそれを持ち上げると、怒りの全てをその本当の頭に叩き
付けてやった。手に響く震動が走って、ハンマーは頭に命中した。けれど当の
クチート自体は、何も感じなかったような顔をして笑っている。
「やっぱりこの程度じゃ効かないわね。まあストレス解消にはなるけど」
「くちくちくちぃ!」
私の自虐的な苦笑いに、こいつは本当に楽しいような笑い声を上げた。まったく
無邪気に、何も考えていないような笑いを。虫唾が走るその声に、もう私の我慢は
限界を超えてしまった。
「こっ・・・のぉ!」
私は怒りながらも、残った理性であらかじめ決めていた手順に従って、近くにお
いてあったガラス瓶を掴んだ。蓋を開けると鼻を突く臭いがして、これが危険物
だと教えてくれる。とても良い香りだわ・・・私は少し落ち着きを取り戻した。
「あんたの大好きな硫酸よ!たっぷり飲みなさい!」
自分に飛沫がかからないように注意しつつ、クチートの体中に瓶の中身をぶち
まけてやった。ハンマーすら効かない鋼の体といえども、酸にはかなわない。
クチートも今度はいやいやをしながら逃げまどおうとする。
でもそんな事はさせない。いくらハンマーは通らなくても、私の腕ならこいつを
押さえるなんて造作もないことなんだから。そう思いながら、私は右腕でクチート
の頭-硫酸の化学反応で、灰色に見えるようになった-を鷲掴みにした。
「逃がすわけ無いでしょう?あなたは私の・・・」
自分でも壊れたと思える笑顔を浮かべながら、私は自分の手の人工皮膚が溶ける
音を聞いていた。その内浸食が広がって、強化樹脂製の緑色をした表皮が
空気に晒され始めた。
この腕はこいつに、このクチートに与えられた物だった。数年前にトレーナーを
していた私は、不注意からこいつの牙に腕を噛み砕かれてしまった。そして本物の
腕を失ったあと、こうして人工義肢を付けているという訳。
リーグの規定に障害者不参加規定はないし、人工義肢も性能さえ良ければ、以前の
生活よりよほど動きが良いくらいだった。でも私は、トレーナーを辞めた。
いくら不注意とはいえ、ポケモンの擬態に騙されて腕を失ったのだ。トレーナーを
続けるなんて、プライドが許さなかった。だから結局、その時捉えたクチートを
最後に、ゲットも止めて育成に専念することにしていた。
けれどクチートを育てる内に、言いようのない気持ちが浮かんできた。こいつは
私の腕を奪っておきながら、余りに無邪気だったのだ。
腕に慣れない頃はよく関節が外れて取り落とした物だったけど、その時にクチートは
外れた腕をオモチャにして笑っていた。そんな事が幾度も続く内に、何かの衝動が
私に芽生えたのかもしれない。
そして私は、クチートに当たるようになった。最初の内こそ本の角やスリッパで
殴りつける位だったけど、はがねタイプの体にそんな物は効かなかった。どれだけ
力と怒りを込めても、傷付くのはこちらだけなのだ。
そしてその内に、方法はどんどん過激化していった。小さな金槌をぶつけてみたり、
ノコギリや刃物で突き刺しもした。それでもやはり効かない。ライターの火は嫌がった
けど、暴れすぎて小火を起こしたので火はやめにした。
そうして今、硫酸を使って苛める事にたどり着いたのだ。こうしておけば表面が
劣化するから、釘打ち機程度でも多少のダメージは与えられる。
「顔だけかわいこぶったってダメよ」
私はそうクチートに告げると、床の上に放り投げた。そして傍にあった釘打ち機の
電源を入れると、クチートにそれを向けた。近くだと跳弾が刺さりかねないし、
飛び出すように釘は跳ぶから距離があっても問題はなかった。
「くちっ!くちぃ~」
「ほらほらほら!泣いたって許さないわよ!」
矢継ぎ早に釘を補給しながら、クチートの白く劣化した頭部に狙いを定める。
防御は体の方が頭より劣るけど、劣化中は頭の方が脆いからだ。
「くちーぃっ」
後ろを見せたのを狙って打ち、一発目を頭にめり込ませた。後は抵抗もできない
ままに、数十発を頭に叩き込んでやった。頭脳核を破壊できるほど脆くなっては
いないので、多数打ち込んで苦痛を与えなければ堪えないのだ。
やりすぎたわら人形のように、頭中が釘山になったクチートを見て、ようやく私は
満足がいった。そして同時に強い自己嫌悪も感じる。結局クチートを私がいたぶる
のは、トレーナーに未練があるからなのだ。
栄光も欲しかったし、強くもなりたかった。それを止めたのはプライドではなく、
単なる臆病風に吹かれたからだ。強いポケモンを求めていて、もし死んだら?
その恐怖にすくんでしまって、言い訳がましくトレーナーを辞めてしまったのだ。
だからクチートを苛めているこの行動も、所詮はごまかしと責任転嫁に過ぎないし、
自分にぶつけるべき怒りを他人に向けて居るだけなのだ。そう考えると、本当に
泣きたいほどにいやな気分になってくる。
「くち・・・ぃ」
私が陰鬱な気分になっていると、クチートの声がした。顔だけは泣いているように
見えるし、可哀想にもみえるが、所詮それは偽物でしかない。体には一傷も与えて
いないから、独立した擬態脳は痛みなどほとんど感じていないはずだ。
つまりこいつも私も大うそつきなのだ。上辺だけ哀しみなど演じていても、本心は
全く違うところにあるのだから。でもこいつは、傷が治ればきっとまた笑うの
だろう。何も気にせず、全くさらの笑顔で。憎たらしいとも思えるし、どこかで
うらやましいとも感じられる。
「いつまでも、こんな事はしてられないわね・・・」
私も仕事はしなければならないし、年も食うし日々もある。だからこの衝動は
押さえるべきだし、押さえなければいけないものなのだ。
「くちーぃ」
「わかったわ、今釘を抜いてあげる」
取り敢えず衝動が収まれば、なんとかこの程度には理性が戻る。意識の全部を
支配されてはいないという事なのだろう。ならばまだ、元の道に戻る手は
あるのかも知れない。
私は釘を抜いて、白くなった頭をなぜてやった。クチートはその頃には、もう
笑顔に戻っていた。・・・やっぱり、こんなにすぐには無理ね。
最終更新:2011年03月24日 18:27