ランターン虐
作者:虐待犯
青く広がる空と海、辺りには青と白しか見えないような絶海の風景が辺りに広がる。
ここは陸地からは遠く離れて居るため、巡視艇や飛行艇も見回りに来ないような海域
であり、魚もまばらにしか生息しないから漁船すら通らない。
冷たい風が吹き付ける冬の海には、寒々しさ以外の物は感じられない。こんな季節では
観光船も通らないし、バカンスにくる船はなおさらであった。
だからその海は、本来は静かな海であるはずだった。しかしその日だけは、何故か
大型クルーザーがそこにいた。アウトドア・フィッシング仕様とでもいうのか、
クルーザーには巨大なウィンチや、網を巻く機械などが設置されていた。
それだけならばまだ、単なる釣り好きが繰り出した船とも見られたかも知れない。
しかしその船に乗っているのは、釣り人でも何でもなかった。
「おうい、まだ準備は出来ないのかね。随分待ちくたびれてしまったよ」
ひどく肉付きの良い老人が、でっぷりとした腹を揺すりながら船のデッキを
歩いている。老人は脂肪の塊と言った感じで、船の揺れに合わせて頬がブルブルと
揺れ動くほどの肥満体である。
寒さに耐えるためにコートやセーターを重ね着する様は、まるでゴローンか
マタドガスかと思わせるような姿だった。
「たったいま下準備が終わったところです。ご覧になりますか?今回入った獲物は
脂の乗った良い型をしてございますよ」
太った老人に張り付くような笑顔を返したのは、細面の四十男である。商売に
慣れて機械化した人間に特有の、目の笑っていない不気味な顔をしている。
男は全く形だけの言葉をかけると、老人をデッキの前の方へと案内する。すると
そこには、大きな水槽が用意されていた。人間一人がゆうゆうと入れるほどのその
水槽の中には、一匹の魚が入っている。魚は弱っているのか、動かずにじっと水底に
身を横たえている。
「ちょうど電気抜きが終わったところで、これからウィンチにかけてつるし上げます」
そう男が言うと、大振りの包丁を持った漁師らしき人物が、船の奥から出てきた。
ゴムのカッパと手袋を全身に身に付けており、どこかまぬけな様子である。
その漁師は目つきこそ鋭かったが、覇気は余りない。職業人としての意識だけで
動いているような、そんな男であった。
漁師はおもむろに水槽に腕を入れると、魚の頭を掴もうとする。すると今まで
じっとしていた魚は急に全身から電流を放った。頭の先にある触角からも、
まるで白熱灯のような強力な光があふれ出している。
「だ、だいじょうぶかね。まだ力が残っているようだが・・・」
「ご心配なく、身に少しばかり蓄えていた予備の電力でしょう」
漁師は全身を絶縁しているので、電撃の抵抗も無意味だった。あっさりと頭を
捉えられた魚は、顎をワイヤー付きのフックに通されてしまう。漁師がレバーを
操作すると、すぐにワイヤーは巻き上げられ、魚は空中につるし上げられた。
「おう、準備できたぞ」
ドスの利いた漁師の声を受け、男は老人に笑いかけた。
「それでは、これよりランターンの吊るし切りをご堪能頂きます。まずそもそも
ランターンと申しますのは・・・」
ランターンと言うのは、海に住む魚ポケモンの一種である。その内臓は脂肪を豊富に
含んだ大変美味なもので、古くから美食の一つとして知られている。その味はふぐ
ポケモンのハリーセンと並び称されるほどであり、冬場は特に脂が乗っている。
「能書きはいい、早くやってくれ」
じれったそうに老人がせかすと、漁師はさっきの包丁を持ち出した。その包丁は
まずランターンの右のひれに当てられると、淀みのない素早さでひれをそぎ落とした。
まだ痛覚が残っているのか、ランターンはいくらか抵抗をする。しかし宙づりでは
力も発揮出来ないし、電流も本当にさっきの一回で使い果たしたのか、ただ左右に身を
よじるだけである。
今度は右のひれもそぎ落とされ、切り口からは赤い肉が覗いている。そして漁師は
皮に切れ目を入れると、その内側に包丁をあてて一気に下へおろしていく。ビーッと
いう音と共に皮が剥がれていき、筋肉や脂肪がむき出しになる。
「ガーッ!ガーッ!」
空気に触れた部分が傷むのか、ランターンは苦しげな声を上げる。しかし口は完全に
固定されているため、まともに鳴くことも出来ない。漁師はその動きを手で押さえつつ、
皮をどんどんはがしていく。
数分後、ランターンは全身の皮を失ったグロテスクな姿になっていた。ショック症状を
起こして体はビクビクと震え、まぶたを失って大きな目玉がくっきりと見える。しかも
筋肉と脂肪のせいで、全身は白と赤がぐちゃぐちゃに入り交じった色をしていた。
「うーむ、これは凄まじいな。ワシもこいつは良く喰うが、生で見るとものすごい」
老人は醜く膨れあがった顔をさすりながら、にやにやとして笑っている。今にも口から
よだれを垂らしそうな、妖怪のように奇怪な顔つきである。
老人が不気味に笑っている内に、ランターンはさらに原形を失い始めていた。腹は縦に
引き裂かれ、内臓はどんどんと引きずり出されている。体液にまみれてぬらぬらした
光を放ちながら、漁師の足下のバケツに放り込まれていく。そこではさっきはぎ取られた
皮と内臓が混じり合って、血なまぐさい臭気をそこから発していた。
「良い香りだ。食欲が湧くのう」
ついによだれを溢れさせ始めた老人を尻目に、ランターンは遂にその存在を失った。
背中、腹、胸、頭、あまつさえヒレすら切り落とされてしまい、骨までも一緒に
バケツへと放り込まれる。最後に残ったのは、牙だらけの口だけであった。
「これでようやく喰えるのかね?」
「まだぬめり取りが終わっちゃいねえ。これが一番大事な所なんだ」
老人の妖怪的な笑いに、漁師はまったく取り合わずに水を差した。ゴム手袋を外すと
腕まくりをし、ホースで身の入ったバケツに海水を注ぎ込んでいく。バケツが一杯に
なったところで、漁師は内臓と肉と皮を鷲掴みにした。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
漁師は腕を押し込むようにしてバケツの水を掻き回す。時折目玉が浮かんでくるかと
思えば、白い内臓が綺麗に並んで沈んでいったりもする。その内にぬめりが水に
移っていき、身からはぬめりが無くなっていく。血なまぐささも徐々に薄れて
いき、最後にどす黒く濁った水だけが、血と体液の存在を証明していた。
「ようし、これで準備は終わりだ」
漁師がそうつぶやくと、男が船倉から調理具一式をすぐに持ってきた。
「お、気が利くな。よし、それじゃあ鍋の準備をして、その間は刺身にしよう」
ガスコンロに火が付けられ、湯が沸くまでの間につなぎとしてランターンの
刺身が出された。
白くつやびかりする内臓がまな板に載り、包丁でタタキにされる。さっきまでは
生命活動の一端を担っていた部分が、すりつぶされて食材へと変化を遂げていく。
同時に筋肉も薄く切られていき、刺身として皿に盛られる。
「とりあえずこれでも喰っててくれ。味は調味料で適当にな」
漁師はそういって皿を渡すと、すぐに鍋の方へと取りかかった。老人の方もずっと
待っていたため、さっさと刺身に手を付けた。箸を使わないから、文字通りの意味だ。
一切調味料を使わずに、正しく直食いといった感じである。
「うまい!このとろける甘さが何とも言えんなあ。この脂のとろける感じがたまらん!」
老人は独り言を言いながら、刺身とタタキを食べ続けた。その内に独り言は回想する
口調に、そしてグチのような響きへと変わっていく。
「全く昔は良かった。カモネギは食べ放題だったし、ケンタロスやラッキーも保護など
される事はなかったからなあ。ああ、あのカモネギ鍋とケンタロスステーキ・・・」
老人は喋りながら、手を動かすことも忘れない。山盛りになった刺身は、常人には
考えられないペースで喰われていった。
「それもこれも、みんなあの『ポケモンGメン』とか言う連中のせいだ!くそっ。
ポケモンを今まで散々喰って来たのを無視して、保護だの愛だのふざけた事を!
喰われて滅びるのは弱いからだ!弱肉強食の理屈もわからんやつらめ」
老人は吐き捨てるようにつぶやきながら、昔の事を思い出していた。ポケモンの
食材使用が大幅に制限された時期、自分の出資で作った地下美食倶楽部。あらゆる
ポケモンのあらゆる食べ方を研究する、夢の大料亭。
しかしそこも数年前、Gメンとポケモンリーグの摘発で叩き潰されたのだ。道楽仲間も
何人か逮捕され、一からやり直しになってしまった。
「わしが復活した曉には、まず奴らの手持ち共を食い尽くしてやる」
老人は怒りを感じつつ、指に付いた内臓を舐め取った。今の老人の手駒は、料亭の
支配人だった男と、金で動く違法な料理人が数人だけしかいない。
「絶対に、絶対に倶楽部を復活させてやる。喰らえるポケモンの全てをわしの口に
入れてやるっ・・・」
皿が空いたちょうどその頃、鍋の準備は完成した。その香りを嗅いだ老人は、心の中で
ある一つの誓いを立てた。-この鍋を手始めとして、倶楽部を再興してみせる-
そう誓った老人は、とりあえず怒りを収めて、鍋をつつくことにした。
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最終更新:2011年03月24日 19:59