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 洗練された家具は、自らの分を弁えているのだろう。最高級品と言えど存在感を垂れ流す事はせず、仲間同士で調和し、室内には見る者が見れば分かる雰囲気が醸し出されていた。

 そんな中、長椅子に座り物憂げな溜息を吐く者がヒトリ。

 その顔は、室内に設えられた家具達――職人が作り取り繕ったモノとは別次元の美しさをたたえているが、今は曇ってしまっている。しかし、その様子もまた人目を引くだろう事は簡単に想像出来る。彼が傲慢を掲げると知り、首を傾げる者はいない。
「―― つまらぬ」
 窓から差し込む陽光に金の絹糸を晒しながら、頬杖をついてそう漏らす。傍らにいた者が、隅の暗がりの中から「何を仰るのか」と相槌を打った。
「貴様を弄るのはもう飽きたと言っているのだ、犬」
 そんな事も分からぬのか、仮にも我の部下の分際でと呆れかえった言葉を吐き出す理事長に対し、雇われ校長は何も言い返せない。ついさっきまでは、それはもう弄り倒され彼自身も楽しげだったと言うのにいきなりこれだ。桃色の垂れ耳を持ったそれは、保険医が言っていた胃薬の在庫量に思いを寄せた。確か、今朝使ったので最後と言っていたような気がする。
 ここ最近は気まぐれなお方の為に胃が荒れ放題、しかもストレスで成長期にまで戻ってしまった。
「考え過ぎると禿げるぞ」
 思考を読まれたかの様なタイミングに、思わず肉級で顔を覆った。
 泣出してしまったようだ。
「――フム」
 その様子に、たまには休みをやろうか、なんて事を考える。万が一彼が疲労から倒れ仕事に支障が出る事があれば、自らの顔に泥を塗るも同じである。
 しかしそれには、代わりの暇つぶしが必要だな……。
 そんな事をぼんやりと考えながらも、伊達に理事長の任についている訳ではない。モニターに映し出される校内の様子に目を通しながら、我の名に恥じない、より良い学園にするにはどうしたものかと思考を巡らし始めた。
 と、その時何かに気づく。
 廊下を行き来するどの生徒も、一部を除き殆どパートナーと行動を共にしている。授業の時も隣り合わせだし、食事をしに食堂に行く時も、所用で出歩く際も同様に。それはデジモンの学園なのだから、当然とも言える。言えるのだが、その「当然さ」が、この時の理事長・ルーチェモン様のお気に召さなかった。
 整然とされたモノを見る事の、何が面白いのか。確かに末端まで教育の行き届いた軍の行進は、見ていて感嘆を漏らす価値があるかもしれない。だが、以外性がないモノはやがて記憶に残らず廃れて行ってしまう。整然しているという事はつまり、個性がないという事だ。静かに佇む水面を見るより、一石を投じてうねる様の方が面白い。
 だが、それを目付け役でもあるこの犬は許さないであろう。こいつは忠誠心が高い半面、少々お固いところがある。
 どうしたものか。
 ――ん? そう言えば、こいつに休息をやろうと思っていたところだったな。
 丁度良いと呟き、形の良い唇が吊り上がった。
「喜べ。貴様に休みをやろう」
 その言葉に、鳴き声が唐突に止んだ。しかしそれは、ストレスから解放される喜びからではない。
「――なにをなさるおつもりですか?」
 勘が良い。役職的にそれは誇るべきところだろうが、現状それは妨げにしかならない。ルーチェモンは折角楽しげになった表情をまたつまらなそうに染め、返事の代わりに指を鳴らした。
「なに。我の、我による、我の為のイベントを催すだけよ。ただ、それに貴様は必要ない。それだけのこと」
 同時、足元に違和感を感じる。地に足がついていないようなこの感覚は、もしや。
 見下ろし、そして驚愕した。ある筈の床が四角く切り取られていたのだ。その様はまさにボッ○ュート。さながら、自分はヒ○シ君人形か。
 休んで良いぞ。
 その呟きを最後に、邪魔モンとなった校長は奈落の底へと落された。悲鳴と共に、笛の様な音が聞こえる。聞こえる……まだ聞こえる。
「フム、少々深く掘り過ぎたか」
 そう呟きながら、意には介さぬ様子で書類を広げる。さて、どう変化を作り出してくれようか。










 学校の様子がおかしい。
 朝の事だ。珍しく姉が隣にいない事とは関係なしに、加賀美冬梧は校内に漂う違和感に首を傾げた。しかし来たばかりの彼に分かるはずもない。ならばどうなるか。冬梧の意識は、1日が始まって早々訪れた良い出来事に意識が向き始めた。


 ――今朝見かけたお姉さんは綺麗だったなぁ。目が合うと微笑んで手を振ってくれたから、思わず自分も手を振っちゃったっけ。それは同性の姉さんも通じる所があったみたいで、「冬梧は綺麗だって思うんだ……」なんてウフフと笑いながら、

 その顔を網膜に焼き付ける勢いで
 その顔に風穴を開ける勢いで

 ――凝視してたもんな。そういえば、姉さんがその時言っていた用事ってなんだろう。結局こうして学校に着くまで追いて来ないし、心配だな。

 その時、ふと目に入った張り紙に動きを止める。信じられないその内容に、冬梧は思わず声に出し――否、叫んでいた。
「デジモンバトル大会!?」
 いつの間に張り出されたのだろう。少なくともそんな連絡は、昨日のホームルームでも聞いていなかった。なのに、開催日確かに今日である。まるで誰かが思いつき、急遽執り行われるかの様だ。
 しかし、それは間違いなく公式なイベントなのだろう。理事長の許可が下りた証である判子が押されたこのポスターは、よくよく見ると校内の至る所に貼り出されている。違和感の元はこれだったのか。興味を惹かれ、冬梧はその先にも目を通してみた。
「デジモンのレベルを無視した無差別級タイトルマッチは……全員強制参加?」
 その内容に気を落とす。なにしろ自分にはパートナーがいない。ここで言う「全員」には、どうせ元から入っていない。
 小さい頃から身体が弱く、スポーツも得意ではない。部活は文科系に属する吹奏楽部している。おまけに気が強い訳ではなく、喧嘩もしない。冬梧はそういったものが苦手な少年だった。

 だから、いつだって姉に守られ続けてきた。

 どんな時も真っ先に駆けつけ、助けてくれる姉の後ろ姿は見る度安堵をもたらしてくれた。その反面、「また頼ってしまうのか」と自身に問いかけ続けてきた。いつだってそうだ。自分で解決する能力がない為に、いつも迷惑をかけてしまっている。
 だから、たとえ運動真剣が良くないと自信があっても、押しが弱いと自負していても、「強くなること」。勝利は出来ずとも、「戦うこと」。それらに憧れがないと言ったら嘘になる。悔しさから、壁についた手をそっと握りしめた。
 しかし何故だろう。参加できないと分かってる癖に、未練たらしくその先を読み進めていた。
 「なお、今回のイベントのテーマは〝変化〟である……。そこで、諸君達参加する生徒には一風変わった趣でバトルを取り行って貰おうと思、う……?」
 ボソボソという呟きがそこで止まる。その先は、驚き過ぎて声にならなかったのだ。


 〝パートナーとテイマーは、本来のそれと組む事を禁じる〟


 見間違いなどではない。そこには、はっきりとこう書かれていた。


 〝つまり諸君らは即興で決まった相棒と共に、コロシアムで闘うのだ!〟


 つまりこれは、自分にもチャンスがあるとこう事ではないか? パートナーがいなくとも参加できるという事――憧れの、デジモンと共闘できるという事ではないか!
 心配性の姉さんの事だ。反対されるかもしれないけれど、これは全員強制参加の学校行事である。彼女の反対だけでは取り消せないだろう。校長は究極体のアヌビモン先生だし、きっと大丈夫だ。
 自分でも知らず知らずのうちに心躍った。一緒に戦ってくれるのは、一体誰のパートナーだろう。強いと良いな。いや、この際組んでくれるのならば誰でも良い!

「ここにいたか、加賀美冬梧」

 その時だった。声と共に、天使が――振って来た。
「ふぎゃ!」
「フム……やはりまだ慣れんな」
 見事に背中への着地を果たしたその天使は、感覚を確かめるように手を握ったり閉じたりしている。身の丈は小柄な冬梧の腰辺りまでだろう。幼いながら整った綺麗な顔は、金髪が良く似合う西洋のそれだ。が、どうしたことか見覚えがない。羽が生えているのでデジモンだろう事は分かったが、それ以外はまるで正体不明だ。
「悪かったな。退……進化したばかりの身体で不自由だったのだ」
 自分の意思をはっきりと持つ事を窺わせる、蒼い瞳。だが、自己中心と言う訳ではないらしい。自分が悪い事を認め、以外にあっさりと謝ってくる。だがしかし――
「それはいいから……早く退いて」
 背に乗ったままで、だが。天使型デジモンは背中の座り心地が気に入ったのか、その言葉は無視してこう言った。
「喜べ、我が貴様のパートナーだ。今日1日限りの奇跡を光栄に思うが良い」









【1日限りのパートナー】








 その日貼り出されたその紙は、学校内に大きな波紋を起こした。
「どう言う事だ!?」
 壁――に貼ってある1枚のプリント――を眼鏡の下から睨みつけ、憤る生徒がいた。それを、一緒に登校してきた少年が宥める。
「なんだよ煌麒、赤点でも取ったのか?」
 どこか食えない風な台詞の主は、親友・龍介だ。いつも飄々としている彼は今も飄然と、煌麒をからかうのか心配しているのか、どちらともとれぬ風に覗きこんできた。
「……一緒にするなよ」
 〝貼り紙を見る→落ち込む=赤点〟――この連想が染み付く程反復体験をしている龍介に返って来たのは、地、どころかそのさらに下。地獄から湧き出てきたような低い声音だった。本気で怒っている事を悟り、流石の龍介も口を閉ざした。いや、それとも隣の武人の迫力に、だろうか。百獣の王の首が顔をしかめ、呻くように喋り出す。


 背後でも、「こコでシばシの別れだナ、ポンデよ」「フン、俺様と別れるのがそんなに寂しいか」「何を言う!? これを機ニ、俺ハ エンジェウーモン・レディーデビモンに乗り換エる! 全テの女は俺の嫁ニなる為にアルのだ!」なんて別れを――あれ? 喜んでいる風なBGMが聞こえてくる。

「よもや、このような催しがあるとはな……」
 嫌だ、とは口にしない。だが、その様子といつも背負っているオーラから、不満と心配が見て取れた。彼等は互いに通じ合っている。それは例えば、出会ったその時に意気投合出来た事。初めて死線を潜り抜けたあの日、なんの理由もなく信じる事が出来た事。言葉では表せない何かが、出会って間もないフタリを繋いでいた。
 それを引き剥がされ、他人と組まされることがどれほどの苦痛か。龍介は親友を思い、軽口で気を反らせてやろうとした。
「なんだよ。今朝は奏と登校できなかったからって、八当たりするなよな」
「……? なんでそこで奏の名前が出るんだ?」
 だがしかし、この朴念仁め。いつもの様に、煌麒の意識は龍介の意図とは到底ずれた処に向かっていた。奏と聞けば飛びついて来る癖に、自分と奏の想いには鈍すぎる。頭は切れるしスポーツも出来る。なのに何故、女性の寄せる好意を厚意と間違えるのか。
「お前はもう少し、自分の価値を高く評価すべきだと思うぞ?」
これにもまた首を傾げる煌麒。だが、考えながらも口を開いた。
「それはむしろ、お前の事だろう?」
 その率直な意見に龍介は返事を寄越さず、話題を切り替える事で応えた。
「ま、精々頑張れよ。俺は応援してるぜ。――特に、レオモンはさ」
 そう言って張り紙を指差すと龍介はショックで固まるであろうフタリを残し、後ろ手を振って教室へ向かう。彼のその予想は、寸分たりとも外れなかった。
 学園と言う集合体において、全校生徒を把握している物は少ないだろう。だが、その名前は学年という壁を越えてなお、良く見知った少女の名だった。
「コウキ……」
「……すまん。頑張れ、しか言葉を思いつかない俺を許してくれ」
 戦いの前に、2人の気分は浮つくどころか心配の方が大きいようだった。










 ここは選手控室。
 薄暗い室内に、戦いを前にしたテイマーが1人。そしてパートナーがヒトリ。しかし、特にパートナーの方は折角のイベントなのに憂鬱そうだ。それものその筈だろう。彼は、今回の特別ルールで1番力を制限されるデジモンなのだ。


 究極体・アルファモン

 強大な力を持つその形態はしかし、本来のパートナー・野上遼がいなければ到達出来ない。テイマーがパートナーに力を送り、実力の最大まで進化してから組んで戦いに臨む者が殆どだが……彼等にとっては、引き離された時点で進化する権利を奪われる事と同義であった。今までずっと一緒に闘ってきた。本当に一心同体だった。なのに、今、彼はいない。
 むしろ成長期のこの体で戦う事自体に、ドルモンは違和感を覚える。小さな手。大き過ぎる上殆どが柔らかな毛に覆われ、武器には使えそうにない尾。翼は未発達で、動かすのがやっとである。
 これで、自分は本当に戦う事が出来るのか。

「なにを落ち込んでいるんだい?」

 問いかけられて意識が浮上する。見上げると、今回組まされることになった少年と目が合った。
「だって、君は嫌じゃないの? 僕は進化も出来ないし……。ゴメン、きっと1回戦で負けちゃうよ」
 そう言って項垂れる。遼と離れたのが寂しいけれど、本来の力が出せない悔しさもまた、彼に憂鬱を抱かせていた。
 「……ヘリアンはどうしてるかな?」
 やっぱり、とドルモンはさらに落ち込む。本来の相棒どうのを抜きにして、彼もまた、自分より完全体まで進化出来るパートナーの方が心強いに決まってる。
「案外、いつもと違うパートナーと楽しくやってる気がするよ」
 少し臆病なだけで、彼は人懐っこい性格をしているから。予想外の言葉にドルモンが珠生を見上げると、見える方の目が柔らかく微笑んでいた。
「種族を超え、共に在り、そして協力し合う僕らだけど……。今隣にいるのは偶然出会った者同士。いつもと違う相手は、確かに少し寂しいね。けれど」
 優しく頭を撫でられると、彼の言う寂しさも少し和らいだ気がした。すると今度は他の事に目が行くもので、珠生を見据え、その先に聞き入った。
「今日この日にこうして出会えた事。沢山の相手がいる中、君と僕がこうして組む事が出来た事。それは、とてつもなくロマンチックだと思わないかい?」
 ロマンチスト、珠生。別名策士の珠生。彼の前では、どんな力も無力に等しい。彼と対峙する事は、力をぶつけ合うという事即ちイコールではない。どんな窮地であっても、それをいかに自分の有意に持ち込むか。そうして状況を覆すか。力ではなく、策のぶつかり合い。この学園にこれほどの策士は他にない。組んだ相手が成長期だから? 周りがもっと強いから? 恐らく、この少年ならばそんなものは覆せる。そう納得させる程の実力を兼ね揃えていたロマンチスト。
 試合が近づいているらしく、コロシアムの熱気が伝わってくる。
 大音量の歓声に、珠生は顔をしかめるどころかうっとりと片目を細め、そしてドルモンに手を差し伸べた。
 「さぁ、行こうか。学校中が僕らを待ってる」









「確かお前は、パートナーがいない為にバトルは初めてだったな。加賀美冬梧」
「そ、そうだけど……」
 学校内、の施設なのだろうか。いつの間にか出来ていた〝コロシアム〟の中を、謎のデジモンと冬梧は移動を続ける。
「ならば、まずはここで観戦をするが良い。実践と観察は違うモノだが、得られるものがない訳でもないだろう」
「あ、あのさ。えーっと……ルー様」
 ヒトの間を縫うように飛んで行く小さな天使を必死で追いかけながら、冬梧がやっとの事で呼びかける。ルー様と言うのは彼に教わった呼び名だ。モンがついてない事から正式な名称ではないだろうから、きっとニックネームだろう。……が、こんなあだ名をつけるとは本来のテイマーはどんな人だろう。
「なんだ?」
「……いや、なんか。想像してたのと違うな、と思って」
 パートナーと組むという事は、こう言う事なのだろうか。なんだか偉そう……なのは差し引いて。事実、自分の周りにはSMプレイを嗜むパートナーがいたりする訳だし。主従がどうの、と言う訳ではなく――そうだ、親しみが足りない気がする。
「フルネームは止めてくれないかな? ルー様、だっけ? 僕もそう呼んでるんだからさ、君も名前で呼んでよ」
 馴れ馴れしい、と言ってしまえばそれまで。しかし彼は純粋な少年で、彼にとってのルー様は今、理事長でなくパートナーだ。そして彼が今言った事は、パートナーというモノに対する憧れている事象そのものなのだ。
 パートナーとは、いつも共にあり、心通わせるモノ。――例え今日1日だけの、仮初であっても。少しでも近づきたいと思ったから。
「ふむ。では冬梧、我らの観戦席はもうすぐそこだ。試合もそろそろ始まる頃合い。少し急ぐぞ」
「うん」
 憧れのパートナー関係に少し近づけた気がして、冬梧は我知らず笑顔になりながら天使を追った。






『レ、ディィィィス エーンド ジェントルメン! 皆さんよくおいで下さいましたッ!』
 コロシアムにマイクの音声が流れだすと、それに負けじと観客達のざわめきも大きくなる。人々の興奮は今、すぐそばまで迫った催し物への期待に最高潮だった。
『本日のバトル、その司会はななななんと! マイクを持ったら放さねえ、祭りごとなら任しとけ! 〝イベントの申し子〟こと千葉蹴人とぅ!?』
『脱線修復を務めさせて頂きます、浜口懸一でお送りします。よろしくどうぞ』
 会場内に拍手が沸き起こる。種族によっては金属音を響かせているモンもいるようだ。まさに「試しに混ぜてみちゃった」バトルである。
『さぁてまずはルールを説明するぜ! このバトルの基本形式は……〝相撲〟と言えば分かりやすいな。要するに、テイマーが地面に足以外の部位をつけてちまった方の負けってこった。飛び道具も、予めパートナーに付加されているならバッチコイ!』
『テイマーへの直接攻撃も禁止されておりません。このバトルでは〝いかに守るか〟も重要となるという事ですね』
『そゆこと。怪我しちまっても自己責任だぜ! 皆、今日限りだからって相棒には嫌われねえように気をつけろよ!』
『後は……校内のポスターに張り出されていた通り、今日初めて組む相手とのタッグ、との事ですね。もうご説明する事は――ないでしょうか』
『細けえ事は良いからさっさと行こうぜ! 皆、もう待ち切れねえだろ? そうだろう!?』
 蹴人が向けたマイクに会場が応える。懸一がそれに耳を押さえながらも苦笑を零し、分かった分かったと叫んだ。そうしなければ隣にいる蹴人にすら伝わらないのだ。
『それじゃあ行くぜ! 第1試合! あーかぁコーナー……珠生ぃ、アンド ドルモォォォォォン!』
 合いの手代わりに、懸一が淡々とした調子でデータを読み上げる。
『珠生君は策を用いたトリッキーな戦いを好むという事で、今回のバトルでも平均よりレベルの低いドルモンでどう戦うのかが見ものですね。しかし、だからと言ってドルモンの戦闘力を甘く見てはいけません。彼は何と、とある世界で孤独に闘う救世主の片割れなんです』


 珠生はリラックスした面持ちで、どうやったのか観客の中から愛しの八重を見つけ出し、僕の活躍を見ていてくれとばかり手を振っている。残念ながら、私には八重がどんな反応をしているのか見えなかったのでそこはご想像で補って下され。
「珠生……」
 対戦相手を見て、不安に揺れる声音でパートナーを呼ぶ。珠生はそっと頭を撫で、彼だけに聞こえるよう、耳元で呟いてやった。
「大丈夫。……僕の指示を良く聞いて」


『我が友よ……原稿読み上げるだけで楽しいか?』
『突っ込んでるとラチが明かなそうだから。次、シュウの番』
 話を振られ、しかも名の通り一蹴された蹴人はなんと……
『お固い相方は置いといて次の選手を紹介するぜ! 皆ついて来いよな! 取り残されんじゃねえぞ!』
 なんとテンションを下げなかった。そのままに司会を続けたのである。
『皆が皆知っている。いっつも事件を起こしてる! 今日はなにをしでかすつもりだこのヤローッ! あーおコーナぁ! 何気にオレのクラスメートこと陽菜ぁ、アァンド、レオモォォォォォォォン! 格好良いぜチクショー!』
『中学校3年間、体育だけオール5だったのは伊達じゃない。飾りでもない。気に食わない奴との喧嘩に有効活用。ちょっとだけ手が出るのが早いジョシコーセー、中村陽菜。特筆すべきは手の早さ、遠慮のなさ。今回犠牲となってしまったのは? ――身体の傷は連戦練磨、誇り高き優しい武人、レオモン。いかなるピンチに屈することなく、窮地なるほど実力以上の力を発揮する。己の戦闘本能に溺れる事無く、周りに気を配る事のできる視野の広さにも注目です』


「一応、訊くが」
「なに?」
 屈伸をしてヤル気満々の陽菜に、武人が問う。
「何か、確認しておくことはあるか?」
「モチロン」
 今度は肩を伸ばし始めた相棒を見て、レオモンは驚いたという顔をした。この少女、あながち噂通りに考えなしという訳では――
「どっちが先に珠生を倒せるか競争よ? レオモン」
 あった。噂そのまんまだった。相手のパートナーは成長期とは言え、自分がニンゲンだと言う事を分かっているのだろうか。執筆者は、成長期の強さに定評のあるムシクイだぞ。
「コウキ……」
 思わず額を手で覆い、思わず本来のテイマーの名を呟いていた。


 ゴングが叫ぶ。


 それと陽菜の反応と、どちらが早かったろう。
「おっ先!」
 宣言通り、まっさきに飛び出したのはどちらのパートナーでもなく人間の少女だった。狙うは大将、その首1つ――ルールに則りコロシアムに沈める為、陽菜は一直線に珠生へ向かって行く。
「女性に手荒というのは好ましくないけれど……仕方ない。ドルモン!」
「〝メタルキャノン!〟」
 無数の鉄球が陽菜を襲う。しかし、彼女に避ける素振りは見えない。
「させるか!」
 レオモンだ。刀を抜き、その腹で鉄球を薙ぎ払う。大きな身体で、少女を守る盾になる。自分の敗北は即ちテイマーの敗北。煌麒の名を落とすような事は出来ない。
「――信じてた」
 その一言と共に、陽菜がその脇をすり抜けるようにして珠生の眼前に躍り出た。その勢いを殺さぬままに、タックルの要領で突進する。
「珠生!」
 が、すんでのところでドルモンに阻まれた。彼の頭突きが一歩だけ早く陽菜に届き、その威力は抑えたながらも小柄な体を吹っ飛ばすには十分だった。
「っつぅ!」
「ッ――無茶を!」
 そのまま地に叩きつけられそうになった陽菜を、レオモンが抱えあげて一端距離を取る。守ろうとしても、こう前に出られてしまっては手が届かなくなってしまう。
「もう少し大人しく――」
「ヤダ。そんなのつまんないじゃん」
 腕の中にすっぽりと納まってしまう少女からは、イタタ、と脇腹を押えながら、それとは関係なく不機嫌そうな声が返ってくる。
「それに、任せっきりって言うのは性に合わないの」
「……この状況に追い込まれても、まだ言うのか?」
 戦いの最中にあって、そんな風に悠長に会話をできるものだろうか? 否である。実際、レオモンは先ほどから鉄の嵐の中を掻い潜るのに動き回っていた。無数のつぶてを見切り、最小限の動きでかわして行く。足元に転がし出した鉄球にも気をつけねばならない。
「本来のパートナーともそうなのか?」
「えぇ。あいつは、何があっても守ってくれるから」
零したような疑問に対し、平然と言い切られたそれは、自分がなっていないと言われているようで。
「――分かった。好きにしろ」
 それはなんとも、気に食わない事ではないか。
「……今日は私がパートナーだ」
 深い蒼に染まった瞳が陽菜を見据える。輝く鬣が微風に煽られ、宙を舞った。
「なにがあっても、私が護ろう」
「そうこなくっちゃ」
 フフン、と自分の思い通りになった猫はご機嫌そうに笑った。




 レオモンが陽菜を下ろす。少し打たれた脇腹を気にする素振りをしながらも、自立できる程には回復したようだ。
「珠生」
「うん。やっぱりフタリで来るみたいだね」
「どうする?」
 ドルモンが構え、指示を仰ぐ。
「……ルールにはないけど、なるべくなら怪我はさせたくない」
 それは本心なのだろう。珠生の表情には僅かばかりの憂いが混じった。

「でも、だからからこそやっぱり中村先輩を狙って行こうと思う」

 彼の瞳はなにを見据えているのか――少なくともドルモンには分からなかった。
「そうすればレオモンは彼女を守るしかなくなるだろうし、守りに徹させる事が出来ればこっちは僕の手が余る事になる」
 レオモンの腕と武人の精神は中等部にも轟いている。恐らくレベルの違うドルモンに、戦闘不能をもたらす程の攻撃はしかけてこないだろう。そこがチャンスだ。
「君のメタルキャノンは攻撃範囲が広くて手数も多いし、当たらなくても追加効果を期待できる。そのまま攪乱していてくれれば十分だよ」
 大丈夫。絶対にチャンスは来る。
 陽菜の噂も中等部には届いている。その通りならば、僕等にとっての好機は必ず訪れる筈だ。
「来るよ」
 言葉通りだ。獣人が飛び道具でけん制する訳でもなく、少女が後ろで指示を与える訳でもなく、フタリ一緒に向かってくる。
 向かえ打つ形の珠生達は、指示が通る程度に前後に距離を取って構えていた。やはり打ち合わせ通りに、ここで狙うのは急所であろう陽菜である。
 しかし。
「……そう来たか!」
 珠生が、少しだけ焦ったような声音を漏らした。
「すまんな。守ると約束してしまったのだ」
「なっ――!?」
 攻撃は最大の防御。レオモンはまず、敵チームの攻撃の要・ドルモンを抑えに出た。素早く首根っこを掴み、組み伏せる。これでレオモンは動けないが、代わりに珠生と陽菜の一騎打ちだ。俊敏さだけならば、恐らく陽菜のそれが勝るはず。
「ドルモン!」
 珠生が叫ぶのは、彼を心配してではない。
「〝メタルキャノン!〟」
 ならばと、こちらも攻撃に出る為だ。
 レオモンは慌ててその口を閉ざすが、もう遅い。鉄球はすでに放たれ、陽菜達の元へと向かう。
だが、届きはしなかった。
 低いところから放たれた鉄球は、自らの重さに耐えられずにすぐに着地してしまう。爆発するでもないそれらは力なく足元に転がるだけで、幸い、と言おうか。双方のテイマーは無傷である。
「残念だったわね! 覚悟なさい!」
「っ!」
 珠生がステップを踏む。一方、陽菜が踏んだのはたたらだった。
「――れ?」
 転がった鉄球、それに足を取られた。
「やっぱり、噂通りおっちょこちょいなんですね。中村先輩」
 珠生がにっこりとほほ笑む。元から自分等の攻撃力で太刀打ちできるとは思っていない。自滅するのを待つ為に、芸がなく効果もない遠距離攻撃一手に絞ったのだ。
 しかし、体勢を崩しただけでは不十分だ。
 確実に転ばせる為には、後もう一押し。珠生は後ろに回り込み、優しく陽菜に寄り添った。
「力を抜いて下さい。痛くはしませんから」
「いきなりセクハラ発言か!」
 耳元で囁かれたそれに、思わずゾクリとする。そんな扱いは慣れていない故に陽菜最大の弱点だ。考えるより早く拳を振るうが、それもあえなく避けられた。予想通りの単純なストレートだ。事前に読めていればお恐れる事はない。
「怖がらなくても大丈夫で――」
「るっさい!」
 だがしかし、大体の人間には2本の腕がある。先手を避けられほんの少しだけ冷静になった陽菜は、今度はきちんと顔面を狙って左を繰り出した。
 珠生の言葉が途中で途切れる。手応えは――あった。
「流石、アヌビモン校長にも手を上げたという事はありますね……」
「ハルナ!」 
 ドルモンを組み伏せながら、レオモンが叫ぶ。
 手応えはあったのだ。そう、人体にしては固すぎる手応えが。
「でも、やっぱり女の子です。鉄を砕くには遠く及びませんね」
 ニィ、と笑う珠生の手の中には、ドルモンが吐き出した鉄球が仕込まれていた。あれでガードされたのか。
 痛みと驚き。それに動きを止めたのがいけなかった。体勢を整えられなかった陽菜は、そのまま珠生に抱きとめられてしまう。
 こうなってしまったら、いくら年下だろうと小柄な陽菜に抵抗の余地はない。


『勝者! 変態策士チィィィィィィィム!』


 司会が大変失礼な勝どきを上げた。






 コロシアムに天井はない。
 澄み切った蒼の中に巨大な影が躍りくねる。太陽を背負ったそれはその身体に見合った銃器を客席にかざし、見合った叫び声と共にその中身をぶちまけた。
「〝トライデントリボルバー!〟」
 その狙いは狂う事無く、注文客を順に襲う。チャーハン、カレー、B定食。様々な料理が信じられない速さでコロシアム内を飛び交っていった。
「catch missする者にeatする資格なし! ふははははは!」
 派手、という理由のみでこの学食の出前形式を選択したホナミンが機竜の上で高笑いした。丁度、お昼の時間である。
「どうだ? 参考になったか?」
 そんな中、ルー様はサーロインステーキに舌鼓を打っていた。学食のメニューには存在するものの、そのお値段故滅多に頼まれる事のないある意味伝説の品。対する冬梧はもそもそと焼きそばパンを頬張り答える。
「……うん。自信、はないけど。イメージは……まだ、僕自身が戦うって実感もないけど」
「今日だけとは言えテイマーというのに、情けの無い事よ。――まぁ、元から期待していた訳ではないが」
 元々、自身が楽しむ為に興じた遊びである。相棒に頼らずとも、自分さえいればそれで良い。冬梧を選んだのも、丁度相手がいなくて余っていたからだ。

「でも、負けたくは……ない」

「ほぅ?」
 以外に負けず嫌いではあるのか。ルー様は意外な独白に片眉を上げ、言葉とも音とも取れぬ発音をした。
「僕、いつもお姉ちゃんに頼ってばかりなんだ」
 デジモンに家族と言う概念はないが、知識としては知っている。ルー様は特に話す事もなかったので、食べる間の片手間ながら耳を傾けやっていた。
「だから、少しは安心して欲しい。僕だって1人でもできる事があるんだって、それを見せてあげたいんだ」
 パートナーが出来ると知って、何が嬉しかったのか。自ら戦えると知って、どうして喜んだのか。過保護な姉から解放されるからではない。頼りない自分から、姉を開放できると思ったからだ。
 こんな弟を持った故に、貧乏くじを引いてしまっているお姉ちゃんを。
「他人の為、か」
 ルー様は行儀悪く、くるくるとフォーク先を回した。そう言えば、かつて戦った十人の戦士――それらが1つとなったスサノオモンも、それ故命を落としたのだ。

 他を想う心は人間最大の武器であり、また弱点でもある。

「自分の事でも精一杯なのだろう? 冬梧よ、無理な目標はもとから立てぬ方が身のためだぞ」
「でも、夢として見続けるのも辛いんだ」


 今日半日付き合って、分かった事がある。


 こいつは押しが弱いように見えて、中々どうして自分の意思を曲げようとしない。それは正の感情でも、負の感情でもそうだ。
 典型的な〝人間〟なのである。
 要するに、折角の忠告も言うだけ無駄ということ。
 ルー様はつまらなそうな無表情を張り付けたまま、口の周りを拭うと立ち上がった。
「行くぞ冬梧。試合に備え、控室で待機だ」






 何の滞りもなく、試合は進んでいった。
 何せ理事長、ルーチェモン様だ。今回のイベントを催したのは突発的に組んだ者達がどんな反応を示すのか、それを見る為だけに過ぎない。普段から相棒を持つ者達故に共闘しようとする素振りは見えたが、そのあり方もいつもと違う組み合わせ故に面白い。短い時間で相手を信じられる者と信じられぬ者。いつも通り使役しようとする者、指示を待ち続ける者。息が合わぬ者も確かにいた様だが、それでも皆楽しめてはいるようだ。
 自分の勝敗は二の次であったし、やる前から分かっている。
 だからルーチェモンは試合を適当に流していただけであって、本気を出してはいなかった。それでも勝ち進めている事はやはり、冬梧には新鮮だったらしい。一勝する度、話がややこしくなるため遠ざけている姉に報告をしていた。どこにいるとも知れぬのに、客席に視線を彷徨わせて「勝ったよ」と呟いて。


『さぁてさてさてさてさて! このコンビにゃ毎回毎回この口上で申し訳ないが、これだけしか分からねえから勘弁してくれ! 赤コーナー! 謎多き小天使様ことルー様! アーンド、そっち系には大人気! ってあれ? 実は趣味もそっち系!? 可愛いと評判の小学生みたいな中学生! 加賀美冬梧!』
『ルー様はこれまでの試合を見るかぎり、1度も決定打を受けているようには見えません。推測するに、あの小柄な体と無数の翼が――』


 それは、何試合目だったろう。
「凄い……凄いねルー様! 僕達、このまま優勝できるかもしれない……!」
 成長期というレベルに反してこれまで勝利を収め続けたルーチェモンに、冬梧は浮足立っていた。唯一の個性であろう突っ込みも、他でもない自身の紹介に絶好のチャンスがあったというのに流してしまっている。いや、それとも本当にそっち系なのか。……それは、ルー様にも分からない。

 ――当たり前だ。我はこの学園の誰より強い。

 事実だが、その言葉は飲み込んでおく。今の自分は試合に参加している一介のパートナーであって、理事長ではない。代りに小天使は眼前の対戦相手を見上げ、呟いた。
「今までは対戦相手が良かっただけだ。……そしてどうやら、その偶然も先ほどの試合で最後だったらしいぞ」


 司会者2人の紹介が終わり、会場からは肌で感じる程の歓声が沸き起こる。


 筋骨隆々とした身体に鉄のチェーンと面で武装した人型のデジモン、デスメラモン。レベルは完全体。成長期デジモンがどんなラッキーを使っても、単独で勝利すると言うには無理がある。ルール上は相手のテイマーを倒せば勝利となるが、普通の成長期ならばテイマー・怜治に近づく事すら困難であろう。その怜治も、成績を見るに天才と呼んでも遜色ない頭脳を持っていたと記憶している。
 そろそろ潮時か。
 そう考えながら、ルーチェモンは身構えた。




 こう不利な状況に陥ると、会場の歓声まで敵に回ったような気分だった。
 いや、誤解をされぬうちに訂正しよう。そう思って見ただけの事だ。




「メーラメラメラメラメラメラメラァ!」
 高温に熱された鎖が石畳を粉砕する。紙一重で避けた翼は、気を抜くと擦れただけで火傷をしそうだった。
 完全体レベルとなれば、人間が立ち入る隙はなくなる。現に相手側のテイマー・怜治も動く素振りは見せず、自ら飛び出そうと言う馬鹿な考えはないらしい。それもその筈。巻き添えを食らう可能性が大だ。
 ルーチェモンは小柄な体を生かしてうねるチェーンの間を潜り抜け、単身テイマーを狙う形を取るが、それもあっけなくデスメラモンの巨体に阻まれる上に――
「メラァ!」
 体重を乗せた一撃は掠めるだけで体力を奪われる。その巨体を回り込もうとも、炎を纏った拳を避けようとも熱が襲う。受け止めるなど言語道断。それと見上げる程の身長差が相まって、体温調節目的以外の汗も混じり始めた。
 こちらには攻め入る余裕はない。後ろの相棒を守るだけで精一杯。一方相手は余裕を持って攻めに徹し、守る必要は皆無だった。
 手が空けば、その分一手先へ進むのは道理である。
「……このまま、動けなくなるのを待つのも酷だ。――デスメラモン! 一気に決めよう!」
「リョーカイ! メェラァ!」
 デスメラモンのチェーンが飛んだ。冬梧に向けられたそれは、見る間に距離を詰めて行った。自身へ向けられた鉄と熱との塊に、冬梧は恐怖で動けない。
「冬梧!」

 それは、あっという間の出来事だった。

「――!」
 冬梧は、叫ぶ事すら出来なかった。
 小さな小さな白い羽が舞い散る中、小柄な少年は呆けていた。羽の主はこの場にヒトリしか存在しない。小天使型のパートナーしか。
「ルー様!」
 彼が冷たい石畳に叩きつけられる音にやっと目が覚め、冬梧は叫ぶ事が出来た。関を切って走り出し、例えデスメラモンに近寄ってしまおうと構わず駆け寄って小さな身体を抱き上げた。
「済まぬな……ここまでのようだ」


 成長期が完全体に勝つのは不自然すぎる。


 だから、ルーチェモンは敗北を〝選んだ〟。
このまま冬梧が敗北感に腰を落とせば、もしくは相手に押し倒されても、いずれにしろルーチェモンが戦う事を放棄した時点で勝敗は決した。
 パートナーはテイマーを庇って怪我を負い、戦闘不能となり敗北する。綺麗な幕引きではないか。冬梧も満足だろう。憧れのパートナーを得、共に闘い、完全体レベルとまで対峙したのだ。今日一日で体験するには多すぎる幸福。きっと彼も満足している。


 その考えは独りよがりだった。


「――嫌だ」


 その姿は冬梧にとって、ある種のトラウマ以外の何物でもなかった。


「諦めたくない……諦めてたまるか!」


 自分が無力だから、守ってくれる者が傷ついて行く。自分が無力だから。足手まといだから。救いの手を差し伸べてくれる者は、貧乏くじを引く事になる。姉さんもいつかこんな風に、傷つき倒れる事になるかもしれない、なんて。


 ――そんな事は、絶対嫌だ。


 その腕にパートナーを抱きかかえ、冬梧が立ち上がる。
「諦めるもんかってぇ!? どう見たって負けだろメラァ!」
 デスメラモンがその手を上げる。ただし、ただ一押しして尻餅をつかせる為の鈍重な薙ぎ払い。――が、それは避けられた。戦闘を続けると言う意思表示か。
「デスメラモンの言う通りだよ、冬梧君。君のパートナーはもう戦闘不能だ。大人しく負けを認めた方が身の為――」
「そう言う事は、勝ってから言えよ」
「……何?」
 にわかに口調を変えた冬梧に、怜治は僅かばかり訝しむ。ここまで来てハッタリか?――違う。
「〝俺〟はまだ倒れてない。勝負はこれからだって言ってるんだ!」
「メ、メラ!? なんだよそれ!? お前……その髪は、瞳はなんなんだよ!」
「デスメラモン!」
 怜治の静止は遅すぎた。
 人には到底避けられないであろう速度。即死レベルの拳が風を切る。冬梧とルーチェモンを襲った。
 しかし、手応えは無かった。
 これもまた避けられたのである。人の反応速度では避けられない筈だった。それこそ、事前にそう来ると分かっていなければ。
 そんなまさか。
「どうした? 俺達はお前等に敵わないんじゃなかったのかよ?」
 にわかにその黒髪を白一色に染め、瞳には怪しい光灯した少年は誰だろう?
 姿だけでなく口調も、その呼吸もつい先程の彼とは違っていた。片手で胸の辺りを握りしめ、途切れ途切れの息遣いになりながらも、うわごとのように言葉をつぶやき続ける。
「俺はまだ立ってる。1人でも勝ってみせる……。勝って、姉さんにも証明するんだ! 1人でも大丈夫だって! ……心配しなくても大丈夫だって!」
「冬梧!」
 驚いたのはルーチェモンだ。彼のこの症状は、特徴は、ロイヤルナイツの一角が持つ能力と合致する。しかし、彼は人間の筈。その代償は如何程のものか――計り知れる訳がない。
「まだ動けるな? 俺の言う通りに動け。相手がどうだろうと関係ない。絶対に勝ってやる」
 中途半端に幕を引こうとした事が、今のこの事態を引き起こした。
 その事実に、ルーチェモンは人知れず舌打ちする。
「だが――」
「いいからやれ!」
 その口調は荒々しく、彼本来の面影は見えない。それとも、こちらが彼自身の本来なのか。
「俺は証明しなきゃいけないんだ……姉さんの、為……に」
 止める必要がなかったのは、幸か、不幸か。
 囁きかける者なしに無理やり能力を使った為か、負担に身体が耐えられなかったのか、冬梧の身体が崩れ落ちる。その様は、糸の切れてしまった操り人形の様だった。










 折角のイベントは、最後にお茶を濁して終わった。
 コロシアム内に響いた一際大きな悲鳴は、どうやら件の姉ものらしかった。その混乱のほどからどれほど想っているのかは窺い知れぬルーチェモンではなかったが、その取り乱し方は尋常ではなく、逆に彼の身体にさらなるダメージを負わせそうだった。
 だから、今彼女は大勢の生徒、教師陣に抑えられている状態だ。そのカオス状態に、デジソウルを供給されているダグザはよもやスカルグレイモンに進化してしまうのでは? と対峙する者達は戦々恐々で。一方、この少年は彼女を安心させようと無茶をした結果、このように倒れ伏してさらに心配させている。
 人間と言うのは良く分からない。
 しかし、扱いきれぬ癖にロイヤルナイツの力を使おうとしたのは傲慢以外のなんでもないだろう。
 「気に食わんな」
 あぁ、そうとも。気に食わないのだ、我はこの加賀美冬梧という人間が。強さを求め力を振るうつもりが、逆に力に振り回されるなど美しくない。
 エンジェウーモンは本日貸し出したパートナーが返すのを渋っているとかで、未だに消息不明らしい。少年は息も絶え絶え、今にも死にそうだった。
「……だが、その負けん気だけは買ってやろう」
 額に手をかざすと、あわく白い光が迸る。あっという間に冬梧の顔色は良くなり、呼吸も整った。
「その力はまだお前には早すぎる。分不相応な傲慢な行いをしたいなら、まずは実力をつける事だな」
「お前……!?」
 気がつくと、保健室の自称看板ハムスターがこちらを睨んでいた。しかし、今の事を口外はしないだろう。奴には近しい匂いを感じる。
「……冬梧は例え弱く小さくとも、日付が変わるまでは我のパートナーだ。目覚めたらよろしく言っておいてくれぬか」
「なんで僕が……!」
「頼んだぞ」
 小天使が白い翼を翻す。白いカーテン、シーツと消毒薬の臭いに羽を数枚散らせたと思った瞬間、肝心の彼自身は消えてしまっていた。











 ありきたりなセリフだが、始まりがあれば終わりもある。出会いがあれば、やはり別れがある。


 イベントが終わるにはやはり、それをしめる為のパーティがあると言うのも、作者個人の勝手なイメージでもない……事を祈りたい。
 またもや理事長主催の祝祭が開かれ、皆思い思いの時を過ごしていた。少しのトラブルはあったが、それが治まってしまえば笑って過ごせる余裕は皆持ち合わせているようだ。なにせ、始まりの出会いが終わり、別れた後には本来の相棒の元に還る事が出来る。
「では、私はもう行くぞ」
「うん、今日はありがとう。お陰で楽しかった」
 差し出された小さな拳。それに、武人はそっと自らのそれをぶつけた。
「煌麒によろしく。後、またの機会があったらその時は」
「――前者は承ったが……後者は遠慮させて貰おう」
「言うと思った」




 このフタリの別れはとてもあっさりとしたもので――思えば顔を見せようと思えば毎日の様に見せられるのだ。――お互い笑顔で別れを告げた。




 未だにコロシアムの熱が冷めず、辺りを走り回ったりドンチャン騒ぎを起こしている奴らは思いの他多い。デジモン達も含めているからその騒ぎは大規模だったが、反面人間だけよりも楽しそうでもあった。その集団とは少し離れた場所で、珠生とドルモンはぼんやりとその様子を眺めていた。
「さて……僕もそろそろヘリアンを探そうかな。君も、上野先輩が探してるんじゃないかな?」
「うん」
 でも、少し寂しい気がするのは確かで。出会った時とは違う落ち込みを見せるドルモンの頭に、珠生はまた手の平を乗せた。ヘリアンの頭は鱗ですべすべしているけれど、彼の毛皮の感触もまた気持ちが良い。

「また、一緒に遊ぶかい?」

「へ?」
 その何気ない一言が飲み込めなくて、ドルモンは珠生を見上げて聞き返した。
「今日のイベントで、君と僕はパートナーになった。それはなんの脈絡も誰かの思惑でも、運命でもない〝ただの偶然〟かもしれないけれど。それを〝一期一会〟にしてしまうか、これからも繋がりを持っていけるかは僕等次第だよ。
 今日限りで関係を断ち切り、1日限りの思い出として懐古する。もしくは、これからも楽しい思い出を作っていく。僕はそのどちらもロマンチックだと思うけど……。君はどうしたい?」
 ドルモンの答えは、皆さんのご想像にお任せしよう。






 そしてここは保健室。そこで1人、横たわる少年がいた。彼の姉は刺激が強すぎるだろうと言う事で面会謝絶状態だ。生徒総動員で捕まえた所を封じているのはあのアヌビモン校長だから、きっとしばらくはこの静かな空気が続くだろう。恐らく、多分は。
「ルー様……」
 そう、彼は1人だった。
 例え1日限りでも、パートナーであった小天使の姿はどこにも見えない。気絶している内に本来のテイマーの元に戻ってしまったようだった。
 今日は、とても嬉しい事があった。そして、悔しい1日でもあった。
「……ありがとうって、言いたかったのに」
 戦いは危険扱いで負けたと聞かされた。中途半端で終わってしまった。姉にまた心配をかけた。それ以上に、その一言。お別れが出来なかった事が悔しいと思った。
 誰もいない部屋で1人、涙を零――


「冬梧!」

 いや、感傷に浸る時間は無かった。その胸に飛び込んできた物体に、いつものような安心感を――否、血の気が引いた。
「お、お姉ちゃん!? どうしてここ、にっ!?」
「もう大丈夫! 大丈夫だからねっ! 私が傍にいるからっ!」
 そのまま、優しくギュっと抱きしめられた。その想いに……ではなく物理的に胸が苦しくなる。


 ――あぁ、おばあちゃん久し振り……ってほどでもないか。






「……人間はやはり、良く分からぬな」
 究極体、アヌビモンを張り倒す力で締め上げればどうなるかも分かりそうなものなのに、夏姫の抱擁は遠慮を知らない。折角助けてやった命だと言うのに、彼は又生死の境を彷徨い始めた様だ。
 だが、それはそれで良いのだろう。彼等には彼等の在り方と言うモノがあり――
「夏姫! やっぱりここ――って、アッー!? 早速弟君が! アーディル!」
 その在り方には必然的に、どうにかなる絆と言う名の輪があるモノだ。
 今回投じた一石は、一体どんな変化をもたらすだろう。
 それは、これからこれから。とりあえず、理事長は満足――
「……フム、今度は野生のデジモンとでも組ませてみるか。あぁ、アヌビモンに地獄の囚人達を大量にばら撒かせるのもまた一興」
 ――した訳でもないらしい。そんなこんなで、ルー立・亜名座阿学園は今日も愉快に続いて行く。
 もしかしたら、また一騒動起きるのは思いの外早いかもしれない。




最終更新:2009年08月27日 00:04