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AI による概要
万葉集には、全20巻にわたり、約4500首(一般的に4500余首、または約4516首など)の歌が収められています。奈良時代(7世紀後半〜8世紀後半)に成立した日本最古の歌集であり、長歌、短歌、旋頭歌など、天皇から一般民衆まで幅広い人々が詠んだ歌が記録されています。

詳細な内訳や特徴は以下の通りです。
総数: 約4500首〜4516首
構成: 全20巻
内容: 雑歌(くさぐさのうた)、相聞歌(恋愛歌)、挽歌(哀悼歌)の三つに大別される
特徴: 歌人・大伴家持の歌が約473首と最も多く収録されている

万葉仮名で書かれており、当時の人々が詠んだ生の感情や文化が現代に伝えられています。





主な歌


君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く

あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る

三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや

熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我れ恋ひめやも

風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ

道にあひて咲(え)まししからに降る雪の消なば消ぬがに恋ふといふ吾妹

秋の日の穂田を雁がね暗けくに夜のほどろにも鳴き渡るかも

よき人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よよき人よく見つ

石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも

秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ

春過ぎて夏きたるらし白妙の衣干したり天の香具山

二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ

わが背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我が立ち濡れし

うつそみの人なる我や明日よりは二上山を弟と我が見む

あしひきの山のしづくに妹待つと我立ち濡れぬ山のしづくに

磯城島の大和の国は言霊の助くる国ぞま幸くありこそ

八雲さす出雲の子らが黒髪は吉野の川の沖になづさふ

大君は神にしませば天雲の雷の上に廬せるかも

東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ

あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む

天離る鄙の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ

もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行く方知らずも

松浦川七瀬の淀は淀むとも我は淀まず君をし待たむ

験なきものを思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし

我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ

我妹子が見し鞆之浦の室の木は常世にあれど見し人ぞなき

我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも

石麻呂に吾れもの申す夏痩せによしといふものぞ 鰻とり食せ

うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば

かきつはた衣に摺り付けますらをの着襲ひ狩りする月は来にけり

ふりさけて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事

春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鶯鳴くも

春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出立つをとめ

見まく欲り思ひしなへにかづらかげかぐはし君を相見つるかも

磐代の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまたかへり見む

家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る

紫陽花の八重咲くごとく八つ代にいませ我が背子見つつ偲はむ

多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだ悲しき

巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

われもはや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり

いづくにか船泊すらむ安礼の崎こぎ回み行きし棚無し小舟

古の人に我れあれや楽浪の古き都を見れば悲しき

恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くしてよ長くと思はば

わが背子と二人見ませば幾許かこの降る雪の嬉しからまし

銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも

憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむそ

我がやどの花橘にほととぎす今こそ鳴かめ友に逢へる時

春の野にすみれ摘みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にけり

防人に行くは誰が背と問ふ人を見るがともしさ物思ひもせず

父母が頭かき撫で幸くあれていひし言葉ぜ忘れかねつる

韓衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして

我が妻も画にかきとらむ暇もが 旅行く我は見つつ偲はむ

信濃道は今の墾道刈株に足踏ましなむ沓はけわが背

新しき年の始めに思ふどちい群れて居れば嬉くもあるか

以下は作者不詳の歌

磯城島の日本の国に人二人ありとし思はば何か嘆かむ

魂合はば相寝むものを小山田の鹿猪田禁る如母し守らすも

雷神の少し響みてさし曇り雨もふらぬか君を留めむ

庭草に村雨降りてこほろぎの鳴く声聞けば秋づきにけり

桜花咲きかも散ると見るまでに誰れかもここに見えて散り行く

最終更新:2026年03月05日 11:30