王城にひるがえる侵略者の黒い旗は、初夏の青空に不釣り合いな禍々しさをまき散らし
て見えた。
 聖王国タウフェジット敗北。
 その現実を否応なく突きつけられ、マルガレティアは耐えきれず窓際から離れた。
 大きく息をし、落ち着きを得ようとしても、すぐに心は焦燥でいっぱいになる。
 父は、兄は怪我などしていないか。
 王妃様は、王女様はご無事であろうか。
「……ヒ様……」
 心の奥底に閉じこめた名を呟き、マルガレティアは唇を噛んだ。
 聖王と世継ぎの聖太子は戦死、国を守る聖騎士団も壊滅。地方領主が次々と離反してい
く中で、タウフェジット聖王妃は苦渋の決断を下した。
 降伏の宣言である。
 その結果をマルガレティアは知らない。館を異国の兵士が取り囲み、彼女は一人、自室
に閉じこめられたからだ。
 身の回りの世話をさせる使用人をと訴えても返ってくるのは沈黙ばかり。
 食事は石のように硬いパンと得体の知れないスープだけで、味も質も悪く、とても喉を
通らなかった。
 平穏であったなら、聖王女の婚約式があったはず。
 タウフェジット全土で祝福の声があがり、花という花が飾られただろう。夜も昼もなく
盛大な宴があちこちで開かれ……控えめなノック音に、マルガレティアは慌てて目尻の雫
をぬぐい、姿勢を正した。
「お嬢様!」
 入ってきたのは気心のよく知れた侍女であった。
「タンサ、タンサ、無事だったのね」
「お嬢様はお痩せになりました。お労しゅうございます」
 マルガレティアが駆け寄り手を取ると、タンサの眉根がきゅうとしかめられる。泣くの
を我慢しているのだとマルガレティアには分かっていた。
 乳姉妹であり、同じ年月を共に育った幼馴染みなのだから。
「心配していたのよ。他の者たちはどうしていて?」 
「館の者たちはみな、家族の元へ帰されました。私のように行き場のない者は別の所へ集
められ、しばらく不自由を強いられましたが、みなピンピンしておりますよ」
「よかった……」
 安堵のため息がこぼれ、全身から力が抜け落ちた。あやうく頽れそうになったところを、
タンサが泣き笑いで抱きとめてくれた。
 王妃様のご英断がタウフェジットを救うのだ。マルガレティアは確信した。
「あのねタンサ」
「そこの二人、ついて来い」
 喜びを踏みにじる兵士の声に、ぎくりと身がこわばる。タンサは顔色を青くて後ずさる
ようにマルガレティアから離れた。
 できてしまった距離が心細く、不安であったが、ここで狼狽えてはならない。
 敗者にも矜持はあるのだ。
 マルガレティアは意識しつつ一歩を踏み出した。


「ミュルダーン伯爵令嬢マルガレティアか」 
 素っ気ない口調で確認を求めてきた男には、一兵卒にない上に立つ者の気配があった。
 こめかみから目の下までの複雑な模様、あれぞ蛮族の証と嘲られてきたザナハリの文身
がいかにも不吉で、マルガレティアをおののかせる。
「ええ、わたくしはミュルダーン伯爵キーテ家第二子マルガレティアです」
 侮られぬようはっきりと肯定した彼女であったが、語尾の震えは隠せない。
 男の後ろに居並ぶ黒衣のザナハリ兵が孤独な彼女を威圧した。
 これは見せ物だ。
 敗者を蔑む勝者の優越をひしひしと感じる。
 大丈夫よ、マルガレティア。ミュルダーン伯爵キーテ家は建国時より存在する名門貴族。
 粗略に扱われるいわれはないのだから。
 マルガレティアは努めて気概を保ち、ザナハリの処断を待った。
「よろしい。あなたの父であるミュルダーン伯爵は昨夜、潜伏先の農家で発見、捕縛され
た。王都からの逃亡はザナハリへの敵対行為と見なされる。われわれの温情が伝わらなか
ったのは残念だ」
「お父様が捕縛? どういうこと?」
 淡々と告げられた言葉を、マルガレティアは理解できなかった。
 ザナハリ軍に包囲され、王妃様が決断を下されたとき、父は王城にいた。そのまま留め
られていると、自分のように監禁され館に帰れないだけだと。
「キーテ家からはミュルダーン伯爵位を剥奪、私財は没収となる。従ってこの館はザナハ
リ軍の管理下に置かれる。キーテ家は嫡子バルロッサの戦死により、第二子マルガレティ
アが継承」
「なにを言っているの、なにを……」
 王妃様の護衛隊にいた兄が戦死した?
「ザナハリはタウフェジットの民に対し、一人につき金貨五枚の解放料を課すことで自由
民としての生命と安全を保証すると約束した。それ以外は等しく奴隷として扱われる。さ
てマルガレティア、あなた自身の解放料だが、貴族には一律金貨三十枚が付加されるゆえ、
ユーブ金貨三十五枚となる」
「……」
「とはいえ身一つとなったあなたに支払いは不可能。よってユーブ金貨三十五枚に相当す
る労役で購っていただく」
 わからない。
 なにもわからない。
 だが、マルガレティアはこの瞬間、ザナハリの奴隷となった。


 か細い悲鳴があがり、マルガレティアは我に返った。
「お金は、お金はあったんですっ! でも盗まれてなくなって、信じてくださいっ!」
 タンサが左右から腕を取られ藻掻いている。
 文身の男と兵士たちは去り、入れ替わりに十人ほどの男が部屋に入ってきた。身に纏
う衣装こそ黒いが、どこか崩れた様子に、マルガレティアの本能が警告を発する。
「その子になにをするの! 離しなさい!」
「お静かに、マルガレティアお嬢様」
 低く艶のある声が彼女の耳朶を打った。
「彼女も残念ながら解放料を払えずじまいでしてね。どうせ同じ場所に連れて行くならば
と会わせて差し上げたのですよ」
 ぞくりと背筋が震えたことに狼狽え、それを隠すように振り返る。
「っ」
 マルガレティアのすぐ後ろに笑みをたたえた顔があった。タウフェジットで最も美しい
と賞賛された聖騎士ウルリーヒ、その彼を凌ぐ美貌に、マルガレティアは状況も忘れて見
入ってしまう。
「男一人当たり銅二枚、彼女は二百五十人、あなたは千七百五十人の相手をすれば晴れて
自由の身になれますよ。しっかり励んで解放料を収めましょうね」
 昔話から抜け出した妖精の王子は、幼子にするようにマルガレティアの頭を撫でると、
「くれぐれも壊しすぎないように」
 惚れ惚れするほど優雅な所作で扉から出て行った。
「あーあ、やっぱ若い娘はお綺麗なものに弱いか」
「隊長は別格よ。さあさ、お嬢様。お仕事でございますですよ」
 太い腕がぬうっと伸ばされ、呆然とするマルガレティアを羽交い締めにした。
「なっ、無礼者、わたくしに触るな!」
 周囲に集まってくる男たちは一様に薄笑いを浮かべ、ねっとりした視線を彼女に投げか
ける。それが値踏みの眼差しと気づき、マルガレティアは屈辱に打ち震えた。
 とはいえ高貴な身分の未婚女性として常に慇懃にもてなされてきた彼女では男たちの馴
れ馴れしさをあしらえるはずもなく、ただ夏空を映した青い瞳で睨みつける。
「お嬢様は自分の立場がわかってないな。ほれ、おめえの侍女はちゃんとお務めしてるぞ」
 顎を強く掴まれ、ぐいと横にひねられる。
 そこには恐ろしい光景があった。
 マルガレティアの乳姉妹タンサが寄せ木造りの床に倒され、その上に男たちが覆い被さっ
ているではないか。
「……っ、や……!」
 嗚咽を漏らして抗う身体は、しかし難なく押さえられ、いくつもの手が這い回っていた。
「タンサを離せ蛮人ども! タンサ!」
「あいつら柄になく気を利かしてるぜ。ここからよく見えるようにって。いい趣味してる
ぜまったく」
 野太い笑い声が頭に響く。
 渾身の力を込めて自分を縛める腕から逃れようとしたが、叩いても、爪を立ててもまる
で弛みはしない。
「タンサ!」
 非力な自分が歯がゆくてならかった。


「おじょうさ……たすけ……ぁあああ」
 下肢をのぞき込むようにして男の頭が埋まり、タンサは悲痛な叫びをあげた。
 あらわになった乳房を揉みしだかれ、いやいやと身をよじり、哀願の視線をマルガレティ
アに向けてくる。
 タンサはマルガレティアの兄、バルロッサにほのかな思慕を寄せていた。
 マルガレティアの乳姉妹だからと親しく接してくれる青年に、物心つく前に亡くした父親
を重ねてしまうのだと恥ずかしそうに教えてくれた。
 お嬢様の花嫁姿を見るまでは、心配で心配で恋なんてできませんよ。
 そう言いながら、いつもマルガレティアを支えてくれた優しいタンサが。
「わたくしの宝石で支払うから、タンサに酷いことをしないで!」
「パン屑の一欠片だって、あんたは持っちゃいないよ。この甘い匂いがする肉体だけさ」
「触らないで! わたくしやタンサがなにをしたというの! どうしてこのような辱めを!」
「戦に負けた。それが全てだぜ」
「伯爵様が逃げなきゃ、もちっとマシだったかもな。宝石や金貨を袋いっぱいに抱えてたっ
てよ、おめえの親父は。その一袋で自分と娘、ついでにあの侍女の解放料を払えたのになぁ」
「お父様が……嘘よ……」
 誉れあるミュルダーン伯爵が聖王国を、キーテ家を棄てたというのか。
 否、この蛮族たちは偽りを口にしている。
 こうしてマルガレティアが惑乱する姿を楽しんでいるのだ。騙されてはいけない。
 ああ、けれど。
 真実がどこにあろうと救い主は現れないことに、マルガレティアは絶望した。


 凄惨だった。
 マルガレティアの目の前で、タンサの無垢な身体は蹂躙された。赤黒く猛った肉塊を次々
と突き込まれ、絶叫のたび頬に平手打ちが鳴る。
「色気がねえぞ、ぴいぴい泣くんじゃなくてしっかり声だせ」
「もっと脚を広げんだよ、おら。ぐずぐずすんな」
「いいか、歯ぁ立てやがったら引っこ抜くぞ。そう、そうだ。やればできるじゃねえか、
へへ」
 血と白濁が混じり合い、タンサの裸体を彩る。誇りとしていた癖のない黒髪は鷲掴みさ
れるたびに引きちぎれ床にばらまかれた。
「もうやめて……タンサが死んでしまう……」
 下卑た罵声、肉のぶつかる音、粘ついた空気、生臭い匂い、タンサの弱々しい啜り泣き、
なにもかもが受け入れがたく、マルガレティアを打ちのめした。
「侍女の心配している場合かよ、俺だってもう限界だ!」
「ひあっ」
 布の上から荒っぽく胸元をまさぐられ、マルガレティアの恐怖が爆発した。
「いやっ! わたくしを誰だと思っているの! やめてやめてやめて!」
 なりふり構わず暴れだしたマルガレティアだが、男たちは意に介さず、むしろ楽しんで
彼女の動きを封じこめ引きずり倒す。
 薄紅色のドレスは力任せに裂かれ、両脚を大きく広げられる。無骨な指が無遠慮に股間
を探り秘部へと割入ってきた。
「おとーさまに捨てられて可哀相になあ。よしよし」
「たっぷり可愛がってやるからな」
「痛い、やだ、いたいいたいやめて、あうう、ああぁ、うぅ」
 何本もの指が慎ましく閉じていた花弁を掻き分け、突き刺し、抉り回す。そうして半狂
乱で泣きじゃくるマルガレティアを、男の猛り狂った逸物が貫いた。
「ひぎぃいいい」
 乾いた肉壁を巻き込みながら、太く硬く熱いものが侵入してくる。引きつれる痛みと苦
しみに喉が反れ、背がしなる。肌にはびっしりと汗が浮かび、マルガレティアの肌を扇情
的に濡らした。
「……くそっ、キツいなこりゃ、ふっ」
「代わってやろうか」
「うるせえ……さあて、いっぺん出すぞ。しっかり気張れよ、お嬢様」
 のしかかる身体にぐっと力が入り、マルガレティアはかすれた悲鳴を上げる。
 もう取り返しがつかない。
 清らかなままで、せめて言葉を交わしたかった。
「……さま……」
 奥を穿つ衝撃にマルガレティアの身体が跳ねた。
 全身を襲う激痛の中で最初の汚れが注がれ、マルガレティアは意識を失った。


 雑務を片づけたあとシーツを抱え部下たちがたむろしている部屋に入ると、すでに狂熱
は冷め、どこか間延びした空気に出迎えられた。
 人数も減っていて、残った者はのんびりくつろいでいる。
 侍女の乳首をしゃぶっていた男が顔を上げた。
「隊長ぉ、ウルリーヒって聖騎士の?」
「聖王女の婚約者候補ですね。ほぼ確定であったとか。だからでしょうか、王都守護を命
じられていましたよ」
 白濁が泡立ち溢れる陰部に剛直を押し込んでいた男も、動きを止めて貴族娘を見下ろす。
 とうに青い目は焦点を失い宙を彷徨っている。
 しかし唇はかすかに、声もなく一つの名前を繰り返していた。
「好きな男に助けを求めてんのか。くうぅ、泣かせるねえ。明日も抱いてやるな」
 調子のいいことをほざきながら腰を打ち付け精を放つ。
 これからこの娘たちは何千何百という男に嬲られ犯される。侍女はかろうじて正気のう
ちに解放される可能性はあったが、光のあたる道はもう歩けまい。貴族娘はこのまま壊れ
てしまうが幸せだろう。 
「その聖騎士さまは剣を取って国を救うために立ち上がりますかね? 強いんだろうなあ。
ぜひ殺してみてえなあ」
「聖騎士にもけっこう歯ごたえのある奴いたいた。王女さまの婚約者に選ばれたくらいだ
から、もっとできるに違いねえや」
「両手足の腱を切られ我らが副隊長の玩具として下げ渡されましたよ」
「うげっ」
「……俺、それだけは死んでもご免だわ」
 肩に矢を受け捕虜となった聖太子の末路を思い起こしたか、心底恐ろしげに首を振る。
 最後の一人が満足して立ち上がったので、ぴくりとも動かない娘二人にシーツを巻き付
けさせる。彼女たちを一般兵士用の慰安所へ運べば休息時間は終わりだ。
 陽は傾き、部屋のそこここを赤く染める。
 本物の血なら良かったのに。隊長はとても残念に思った。 


おわり


おまけ
「隊長はよろしいんで?」
「私はケツの青いガキには勃たないのです」
「知らないのか新入り、隊長の好みは肉の熟れた女なんだぜ」
「年が上であればあるほどいいってなぁ。若い娘っこが入れ食いのツラしてなさるのに、
もったいねえこった」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2010年01月28日 18:55