部屋の中を右往左往するアニーを見ながら、まるで冬眠前の熊だなとシャルは笑う。
夜だと言うのに友人のところへ突然押し掛けてきて、何やらパニックを起こした挙げ句、服を貸してくれと言う。
アニーに似た体格のシャルだが、衣装持ちで有名なのだ。
こりゃあ男だね、と密かに笑う。
だが、そのものずばり尋ねても、絶対口を割らないだろうし。いっそ、酒で酔い潰して訊いてみようか?
だがアニーも、どこぞで飲んできたようだし。
「で、どこに行くのよ?」
「分からん……ただ、馬で出掛けようと言われ――!!」
ここでようやく、自分が逢い引きを白状したも同然だと気付いたようだ。
鈍い、鈍すぎる。
「で、誰? アーサー准将? それとも、リチャード男爵の次男? まさかロンデル大尉じゃないよね?」
「違うよ」
赤くなってそっぽを向く。
可愛い。こんなアニーを見ることができるとは。
鬼神だ、魔神だと散々な言われようの兵士が、まるで10代の娘だ。
あ? そういえば、アニーって何歳だっけ? たしか私の3つ下だから、今年23、か。
まさか処女じゃないよね?
「ねえ――年上?」
「何がだ」
「相手」
「分からん」
「告白受けたの?」
「――分からんっ」
「ハンサム? 背、高い? どんな人?」
「笑うと優しい」
何だよ、それ。
「あと、仕事には厳しい」
てことは同僚だ。男爵の次男の線は消えた。
しかし、准将も大尉も、いや士官に限らず、下士官に至るまで、相手の年ぐらい知っているはず。
何となく嫌な予感がする。
「もう寝たの?」
耳の先まで真っ赤になって首を振る。
ああよかった。クリフじゃない。と言うか、クリフは女と休みの日に出掛けるような奴じゃない。
シャルも実は寝たことがあるのだが、女側から口説き落し、やっと一晩共に過ごしたと思ったら、後は全くの他人なのだ。
甘い言葉など一切なし。肉欲だけ解消できたら女などお払い箱。今思い出しても腹が立つ。
クリフじゃなかったら誰だよ?
アニーは、はっきり言ってモテる。本人にその気がないのと悪評のせいでなかなか口説く勇者が現れないだけで、見つめている男は多い。
その中でも口説く勇気を持ちそうな男で、アニーが相手の年も知らず、でも仕事ぶりを知る人物――っているのか?
「誰なんだよ」
「――文官のクリフ」
最悪。
アニーの話を聞いて、まず思ったこと。
「騙されてんじゃないの?」
「――!!!」
無言で瞳を潤ませながらふるふると首を振る。
ってどんな動物なんだよ?
「あのクリフが。しかも、前後の会話が既にアヤシイ」
「そんなことない!」
「だまらっしゃい。アンタいいように使われてポイだよ」
「――酷い!」
「前に話したでしょ? あいつにとって女は道具。あたしなんて厠みたいなもんだったんだよ?
あたしだけじゃない。他の女兵士だって、侍女たちまで軒並みやられてるんだから。下手すると貴族の令嬢だって」
「――知ってる」
「だったら何故?」
「笑うと優しいから」
アニーの返答に心底脱力した。ヤバい。アニー、こりゃ処女だよな。乙女だよ。理屈が通じないよ。
アニーは真面目な優しい子だ。幸せになって欲しい。でも相手はクリフだけは駄目。論外。
だがシャルにとっても相手がクリフでは難しい。
直談判したってはぐらかされるのが落ち。
しかも宮廷内での陰謀も絡んでるらしい。
もし、本人の言う通りクリフが守旧派ならアニーを巻き込むメリットは?
逆に改革派側なら陛下を暗殺――
ううん、それはないな。クリフは計算高い男。改革派に芽はないことは見抜いているだろう。
全く、何を考えているのか分からない男だ。
シャルはクリフから目を離さないようにしようと心に決め、大事な友を見つめた。
さて。約束の当日。
馬に乗るため、結局いつもの私服――勿論スカートではない――で出掛けたアニーは、先日と同じく先に待ち合わせ場所に来ているクリフを見つけた。
軽く挨拶を交わし、言葉少なに出立した。
穏やかな気候で風が心地好い。
意外とクリフの乗馬は上手い。アニーは心置きなく、思う存分馬との一体感を楽しんだ。
途中飯屋で食事しつつ休憩して、昼過ぎ再度出て小一時間たっただろうか? クリフの言葉に馬を止める。
眼下には雄大な湖が広がっていた。
「うわあっ!」
思わず、歓声を挙げてしまう。
「こんなところがあったなんて――!」
アニーの様子に、クリフは微笑んだ。
「穴場なんですよ」
そう言いながら側道を下りるよう促す。
湖畔は光輝き、遠くに鳥の鳴き声。手付かずの雄大な自然に胸が踊る。
二人は馬を下り、水辺に馬を誘導した。
どちらからともなく草地に腰を下ろす。
「乗馬がお上手ですね」
アニーが誉めると、クリフは照れ臭そうに笑った。
「昔取った杵柄ですよ」
「?」
「私は、下級貴族の家の出だったんですが――実務を担当したくて家を出たんです」
初耳だ。
「だからこそ、何もかも失う苦しさを知っている。一部の貴族の思い付きで人民の生活を左右するのが許せない。陛下を守り、人々の暮らしを守る力が欲しい」
ここで言葉を切り、アニーを見つめた。
「私の力になってはもらえないか」
「貴方は勘違いをしている」
「何故?」
「私の階級は少尉だ。力も小さい。しかも私の居場所は戦場だ。宮廷の陰謀には無力だ。しかも暗殺のような仕事にも向かない」
「違いますよ」
破顔一笑。
「私は貴女に、まじないを掛けて欲しいのだ」
まじない? 私は呪い師ではない。
「貴女が欲しい」
アニーを情熱的に抱き締める。
何が起こったのか分からないまま、唇を塞がれた。
驚きのあまり目を見開いたままクリフの唇の感触を実感し――歯の隙間から侵入した舌が這い回るのを感じた。
とうとう、アニーは瞳を閉じた――。
湖畔のすぐ側に建つ小さな無人の山小屋に勝手に入っていくクリフを追う。
綺麗に整えられた室内に小さな違和感を覚えた。だが、そんな思考も、クリフの熱の隠った視線に形を為す前に消え去ってしまう。
クリフは握っていたアニーの手をほどき、再びアニーの身体を抱き締める。その思わぬ力強さに頬が赤らむのが分かる。
熱い頬をクリフの肩に伸せていたら、強引に後頭部に指を回して引き寄せられる。
もう、何度目か分からない口付けを交わす。
侵入してきた舌先がアニーの舌を掬い取る。あまりの官能的な感触に陶然となる。
舌先で頬の内側をねぶられ、歯列の裏側を舐められ。
たどたどしい動きで精一杯応えようとするが、身体の奥から溢れ出る激情に流されて、結局はクリフの為すがままだ。
また舌先が触れ合う。その瞬間、まるでバターに熱いナイフを突き入れたかのように下腹部にとろりと溢れ出るものを感じた。
「はぁ……っ」
漏れ出た吐息のあまりの甘さに、より一層赤くなる。
「可愛いですよ……」
クリフが耳に舌を触れさせながら囁く。
「――あ…」
足先からぞくぞくするような甘やかな震えが走り、腰が砕けそうになる。
そんなアニーの様子にクリフはゆっくりと微笑んだ。
腰を抱き締めていた右手がそっと背を伝う。
その優しい感触に今度は大きな痺れが全身を駆け抜ける。足の間に伝う蜜をはっきりと自覚する。
胸が苦しい。クリフの腕の中はこんなに優しいのに、見えない手で押し潰されそうだ。
「アニー……」
初めて名を呼んでくれた。
「アニー……私に力を」
クリフの言葉にその碧色の瞳を覗き込む。
「え――? あ、あっ…」
後頭部を押さえるクリフの手に力が入って首筋に口付けられたことにより、問い掛けは遮られた。
全身が戦慄くのを止めることができない。
舌が首の横を伝う。 心臓が乱れ打ち、息が苦しい。
「や…んっ……あ……」
鼻に掛かったような小さな声音が自分のものではないようだ。
衣擦れの音に我に返ると、クリフが彼女の胸元を解いていた。大きくはだけた鎖骨に唇を這わせ吸い上げる。
「やぁ……っ――!」
巻き毛を弄ぶように髪の間に潜り込んでいた左手は彼女の前に回され、そっと胸元を彩るささやかな丘陵に触れた。
電流が走ったかのように身を仰け反らすアニーを反対側の手で抱き留める。
「敏感なんだね……」
笑みと共に、深い声音で囁いたクリフの瞳を見つめる。
クリフには今、自分はどう映っているのだろう?
女を見慣れているだろう恋多き男に、少しでも魅力的に映ってくれていればいい。
腕を上げ、肩まではだけた自分の身体の胸元を、恥ずかしそうに隠した。
「恥ずかしい……」
俯くアニーの頬を引き寄せ口付ける。
そしてそっと彼女の肩を引き寄せ、近くに据えられたベッドに倒れ込んだ。
ベッドに横たわるアニーを挟み込むように両手を付いたクリフがキスを落とす。
一度、二度。
三度目は柔らかく微笑んで深く。
まるで生まれたての雛のように震えるアニーの耳許に再び囁く。
「色っぽい……」
羞恥に頬を染める彼女の姿に狂おしい衝動が突き上げ、大きくはだけた胸元から覗く下着の下――小さな膨らみに指を滑り込ませた。
鍛えぬかれた全身の中に息づくその小さな膨らみは驚くほど柔らかく、吸い付くような極上の手触りにクリフは陶然とした。
「あ――…」
吐息はいつの間にか喘ぎに変わり、その甘い声は耳に心地好く、下半身が張り詰めるのを感じる。
金色に燃え上がる瞳を見たくて額に口付ける。
アニーは瞳を開き、頬を染め微笑んだ。
「…可愛い……」
彼女は誉められると身の置き所がないとばかりに羞恥する。
戦神に喩えられる女なのに、その様子は十代の乙女であり、彼女がまだ生娘であることを物語っていた。
「怖がらないで……」
小さく震える彼女の頬に口付けたが、左手は残されている僅かなボタンに手を掛け、そして肌着の裾から大胆に腕を差し込んだ。
彼の手に素直に従いブラウスを脱ぎ去り、肌着を引き抜くことに応じていたアニーは彼の視線を遮るように腕で胸元を隠した。
それでもその一瞬で、日に晒されていない部分の抜けるように白い素肌と薔薇色の乳輪の先で小さく尖った先端は見て取れた。
猫科の大型獣の優美さと淫靡な女の色香に脳の奥がくらりとする。
まさに″魔神ナヴァルの再来″。
双頭の魔神ナヴァルには二つの顔がある。
一つは戦神。美しく獰猛な血に飢えた女神の様相。もう一つはセックスを司る愛の女神だ。
生娘だった彼女と契った勇者メテオは、神の力を注ぎ込まれてついに都を苦しめてきた大蛇を討ち取る。
これはあくまでも伝説――のはずだった。偶然、城の奥に魔道書を見つけるまでは。
クリフは城の書庫を片付けていた際に隠し扉を発見した。
巧妙に隠されていたし、その一角に積まれた本は古代語の呪術書ばかりで、現在彼以外で読みそうな者はいない。
もう何年も開けられたことのなかったろう扉を開いた時、クリフは息を飲んだ。
そこには魔神ナヴァルと彼女と交わる勇者メテオの彫像と、ぎっしりと詰め込まれた古代語の魔道書、
そしてメテオに嵌められた伝説の指輪が見て取れた。
クリフは瞬時に悟る。これは彼が秘かに温めてきた野望を叶えるためのものである――と。
もう一度クリフは「怖がらないで」とアニーに囁いた。
そしてそっと彼女に近づき、胸を隠すように掲げた腕を引いた。
力を失ったかのように容易にほどけた腕に、驚いたように瞳を見開いたが――すぐ、その先端に口付けたクリフに甘い嬌声を上げた。
舌先で愛撫するとみるみる固くなるそれを軽く吸い上げる。
「あっ――……!」
反対側の乳首は指先で捻り摘まみ上げると細かく痙攣するかのように震える。
可憐な仕草に嗜虐心を煽られるが、必死に抑え込む。
おずおずとクリフの頬にその長い指先を伸ばしたアニーに気付き、それを捉え、口付けた。
「私のアーニャ……気持ちいい?」
少し意地悪く尋ねるとぴくんと跳ねる。艶かしくしなやかな動きだ。
寝転がってしまったせいで胸の頂はほとんど平らなのだが、却って淡い彩りが強調されているように思う。
やんわりまさぐると息が荒くなる。
その官能的な仕草に狂おしい想いが喉の奥から突き上げ、また舌を絡める。
女にこんな想いをするのは――初めてだった。
これから女神と交わるのだという興奮がそうさせているのだろうか? それとも、部屋中に張り巡らした呪印が思わぬ効果を発揮しているのであろうか?
――愛おしい。
張り詰めた下腹部の痛みに似た切なさが辛い。
「や…――」
彼女は戸惑った表情を浮かべながらも快感を貪っている。
初めて感じるのだろう快感に支配されながらも、そんな自分を恥じている。
もっと気持ち良くなって――!
しきりに足を擦り合わせる仕草を見せる。
クリフは微笑み、そして彼女の下半身に残された衣服に手を掛けた。
尻を覆う小さな下着一枚になったアニーはもうどうしていいのか分からないと両手で顔を覆った。
「見ないで……!」
恥ずかしい。
初めて感じる蕩けるような感覚にも、足の間から溢れだし太股まで濡らした蜜も、上気した甘い声も――
自分が自分ではないようだ。
クリフが膝に口付けると、再び大きな電流が走る。
「ああぁ……っ!!」
足の間が脈打つのが分かる。はち切れそうな官能が辛いほどだ。
クリフに触れて欲しい――だが、遡っていた唇は意地悪く足の付け根で離れてしまう。
今度は反対側。同じくあと少しと言うところで離れてしまう。
アニーの漏らした喘ぎが唇が離れた瞬間、不満げに小さくなるのをクリフは聞き逃さなかった。
「触って欲しい?」
アニーの瞳に涙が溢れ出す。
誇り高き戦士の矜持もずたずただ。
だがクリフになら己を明かすことは寧ろ快楽だった。
可愛いと呼ばれて歓喜するのも、焦らされて屈服するのも、命令されて従うのも。
今この瞬間クリフがアニーの全てを支配していた。
「触って……お願い――」
アニーの求めに満足そうに瞳を細めながら、クリフは局部を覆う小さな下着の紐に手を掛ける。
《続く》
最終更新:2010年04月25日 01:50