立身出世こそ、私の使命。

魔王に代々仕えて数千年になる歴史ある名家、夜魔族『イェーガー家』
の当主に就任したリュシルがそう思うようになったのがいつかは、彼女にもわからない。
だが、それは彼女の確固とした信念として、気づいた時には巌の如く心の奥底にあったのだ。

百年単位の長い寿命と、種族ごとに覆しがたい能力の差が歴然として存在する(夜魔族の能力は中堅程度である)魔族では、
自然と魔王からスライム族まで強固なピラミッド型の社会が形成され、その構造を動かそうとするものはいない。
その中で、リュシルのような強烈な上昇志向の持ち主は極めて珍しかった。

「そう、今までやれえっちぃ要員とか、やれ二線級とか言われていた夜魔族は、私の代で大きく飛翔を遂げるのです!」

当主就任の席で、リュシルは今まで心に秘めていた思いの丈をぶち上げ、これからのイェーガー家のために、
一族に奮起を強く促した。
それが、10日前の話である。

そして今リュシルは、自邸のベッドで枕を抱いてふて腐れていた。



「ま、まさかここまで反応が薄いなんて……」

夜魔族の中でも特筆すべき肢体をベッドに投げ出し、形のよい唇を曲げてリュシルは愚痴る。

「そりゃあ、私だって反発ぐらいは来ると思ったけど、まさか全無視なんて……」

当主就任の席でのリュシルの演説に対する反応は、皆無。
反発でもなく、賛同でもなく、ざわめきでもない。無視だったのである。
イェーガー家と、それに連なる一族達は、それがなかったかのように以後の式を進め、リュシルが何を言おうと、
何をしようと、知らない顔でそのまま式を終わらせたのだ。
そして、今に至るまで反応は何もない。

「愛情の反対は憎悪じゃなくて、無関心、うぅ……」

リュシルは半泣きである。せめて憎悪されれば、それをプラスに転じることは可能性としてありうる。
しかし無関心ならば、そもそも働きかけようがないのだ。
リュシルはまだ18歳。これは長命な魔族にあっては、ほぼよちよち歩きの状態に等しい。
さらに言えば実戦経験も、『夜魔の業』を愉しんだこともない。当主になったのは単に家柄のなせる業である。
侮られるのもしょうがないというものだが、自尊心は深く抉られた。

「このままじゃ、私は何の結果も残せないだけじゃなくて、歴代でも最大の黒歴史として名を残してしまう……」

何か早急に手柄を、と思う一方で、早々手柄など立てられるものでもないと理解し、しかしまた焦りが募る。
そのサイクルを、リュシルは10日あまり繰り返していた。
今、魔界と長きにわたって対立する人間界との戦争は膠着状態に陥っている。魔族側は魔王の意向もあって積極的構成に出る事はないが、
一方で人間側も決め手がなく、防御に専念せざるを得ない状況なのだ。
夜魔族は浸透能力に優れるゆえに、後方かく乱をしばしば命ぜられているが、それで上がる成果はお世辞にも華々しいとは言えない。
というより、種族的に裏方なのだ。立身出世を望むほうがどうかしている。

「前線で戦っても、私じゃ勝てるとは思えないし……」

生まれが高貴なゆえ、リュシルは生まれながらにして相当に強い。
だが、それも夜魔としては、である。無論のこと魔界でも上から数えたほうが早い程には強いのだが、
竜族などと比べれば見劣りもするし、その竜族さえ屠る人間が前線の砦には詰めているのだ。
従って、八方塞り。リュシルの夢は現実によって叩き潰され、ここに終焉を見る。

「うー、考えててもしょうがないし……せめて当主の務めだけでも果たさないと」

散々愚痴をこぼし、自分の内に篭って腐っていたリュシルは、身を起こし、容儀を整える。
夜魔の正装は、正装と言いつつも露出過剰で、身を全裸より妖しく飾り立てるためのものだ。
リュシルはこの服があまり好きではなかったが、魔王への謁見とあれば、長年続いた慣習を打破する勇気はリュシルにはない。

「せめて、魔王様さえもっと積極的に攻撃をしてくれれば、事態も動くかもしれないのに……」

呟きは誰にも聞こえることなく、闇へと消えていった。

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最終更新:2011年11月19日 15:24