着替えるわ、と言って兜を預けながら女は、「状況を」と促す。
彼女からふわりと沸き立つ、艶かしい汗の匂いに圧倒されながらユジャは咳払いをし、
仕切りなおすように咳払いをした。
その間にも、ユジャの視線をまったくも意に介さないユリは侍女の捧げる湯を使いつつ、盥の不自由さを嘆きつつ。
促したわりには急ぐ風でもなく、ほんの少しだけ揺るいだ柔らかな声でユジャに言うのだった。
「あいつらには、天祖さまのての字も拝めまい」
この世界に少しずつもたらされた、いわゆる天祖の力----それをユリは受け継ぎ、その他にも何人かがいると推測される今、
ユリ自身が、辺りをはばからずその力を誇示することは非常に危険な状態だ、と常々ユジャは注進している。

が、義務感を露にしあまりしつこくしなかったのも、ユジャは元から天祖などは信じていなかったのもあり、
生まれその他からも大いなる力を感じられなかったのもあり…
突きつまるところ、要はユリの言動一つ一つにうんざりもしながら、その力を信じられない自分への庇護からか、
彼女を非常に軽んじている。
ここがユジャの屈折したひとつで、大いなる力があるとすれば、目の前にいるこんな食い地の張った女ではなく、
もっとこう…しっかりとした、きちんとした女であるはずなのだ。
規則正しく過ごす自分は見過ごされ、こんな自由勝手な女に力を与えたもうとは。
こんな女が、選ばれし力を持つだなんてことは、だとしたらあまりに軽すぎるのだ。
ありえない。
これがユジャの神を信じない理由。

「まあ、いいんだけど、ユジャ」
とユリが言う頃には、ユジャの神経はまるで逆立っており、ユリはやれやれまたか、とため息をつく。
返事もしない。
何故、分からないのだろうか。
先だって、ユジャの昇進を打診されたユリは、「視野の狭い」と流しやったその諸因を思いやる。
どうもこのユジャという男は自分本位なのだ。
何故だ、と考えたところで分かるわけがない、とユリは思う。
天租と言われながらもその力を実感したことがないように、彼にも自らに恵まれた能力なんて見当もつかないのだろう。

そんな力は、実感しなきゃ、考えようもないわよね。

ユリはそう思う。ユジャの考えは多分同じで、ユリが感づいていることさえユジャは気づかない。
刹那さに似たそれは、容赦なくユリの心を暖める。
薄い皮膚一枚を通して、火傷しそうな危うさを遠巻きに見るように。

状況は、とユジャは声に出した。
ユリは、湯浴みの終わり、髪を梳かせとけるような絹のローブをまとわされながら、
まるでごみのようにユジャを見やる。
「状況は、」
なかなか言葉にしないのを、ユリはしかし暖かく見やっているようだ、あえて口角を上げ瞼を細める様子を、
ユジャは心から嫌悪する。
ユリの何かも知った風、と言うのを彼は許せないと思う。
そうだ、許せないのだ。こんな風に、俺の報告一つ一つ知ったような女の所業。

「え~っと」と勿体をおいて、ユジャは言った。
「報告は、ありません」

ユリはまた口角を上げ、微笑を作った。
「報告は、ないのね」
男というのは面倒くさい、ほんの少し心を許しただけでこれだ、
ユジャを自分の寝室に招き入れたことを思い出し、そしてため息をつきながら後悔する。
ユリをもって裏切る、その男の感情がわからないようでいてわかる気がするからだ。
私が、不当に男を虐げているとでも言うような。

そう思いながらも、ユリは思う、
分かりやすいところで手を打って、満足しようとしている自分を。

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最終更新:2012年02月25日 20:03