そんな訳でオレは今、貧民窟にいる。
どんな訳かなんて頼むから聞かないで欲しい。オレにもさっぱり分らない。

あの日、オレはいつも通りエリート自宅警備員として辛い夜勤明けの一時の休息を味わっていた。
具体的に言えば、TSUTAYAの宅配サービスで取り寄せたDVDのリッピングという過酷な労働を
やり遂げた「自分へのご褒美(笑)」として、6.66ギガバイトにも及ぶ膨大なファンタジー系
画像ファイル群の分類、整理と鑑賞という至福の時を過ごしていたのだ。
ああ、そういえば一年365.2422日を通して雨戸が閉めっ放しのオレの部屋でも分かるほどの
雷雨が降っていた。
スーパーエリート自宅警備員として自宅にいながら世界情勢にも通じているオレがYahoo天気予報で
調べたところによると、関西から東海地方の広い範囲で記録的な豪雨が降っているらしかった。
まぁ、家康の故郷岡崎市が水没しようがオレには関係ないことだ。
オレが666個目のフォルダの点検に入ろうとティッシュ箱に手を伸ばした正にその瞬間、

 世界が、光った。

そんな訳でオレは今、貧民窟にいる。
あれからもう二週間は経った。
パンツを下ろしたままムスコ丸出しの恰好で世界を転移したのは、オレが初めてだろう。
というか、ファンタジー世界に行ったことのあるウルトラスーパーエリート自宅警備員なんて、オレ
以外にいるとは思えない。
……行ったことがある、というのは間違いだ。
このままではほぼ間違いなく、この世界で骨を埋めることになる。
オレは辺りを見回した。
「西の秋葉原」と名高い大阪日本橋でんでんタウン界隈でも滅多に御目にかかれないような、悲惨な
状況だ。敢えて世間から距離を置くことで自らの信じる道に打ち込もうとするオタク道の猛者たちの
中でも、細っちょろい連中よりも、さらに細いオッサンたちが、小さくなって体育座りをしている。
定食屋くらいのスペースに、六〇人くらいは、居る。
人間に混じって、ドワーフとかもいる。実におファンタジー。ちなみに、女の子はいない。残念。
そして例外なく、臭い。異常に、臭い。垢臭い。ウンコ臭い。エビオス飲んだ後の屁よりも臭い。
この劣悪な環境の中で、生きていられるのが不思議なくらいだ。
というか、もうかなりの回数死にかけた。
ここに来てから一週間は、常に下痢だった。
配給で出される冷めた豆のスープとパサパサして酸っぱいパンに中ったらしい。全弾命中。イエー!
ハイパーウルトラスーパーエリート自宅警備員の服務規程に従って着ていた制服であるUNIQLOの
安っぽ…… リーズナブルなジーパンとTシャツを換金してもらい、何とかそれっぽい薬を入手して
飲んだお陰で何とか下痢は治まったが、ここが不潔なことに変わりはない。
このままでは、いつか死ぬ。
元の世界に帰れるかどうかは別問題として、童貞のまま死ぬことには抵抗がある。
何と言っても、このままでは「童貞をこじらせて死んだ」という冗談も言えないではないか。
幸い、言葉は分かる。
というか、さらに不思議なことに字まで読める。そのお陰で服を換金する時に騙されずに済んだ。
実に素晴しい。薬を買った残りの金は、何か銅貨が十二枚ほどある。
そろそろ、こんなトイレもないような所からは離れるべきかもしれない。
おファンタジーっぽい中世の世界で光ファイバー接続環境を求めるのは不可能だろうが、ここより
まともなところに行くことは出来るだろう。ああ、マンどくせ。
……どうせなら、魔王でも目指してみるか。勇者とかいう柄でもなし。

(続かない)

 

 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年12月28日 07:30