パルティア王の三男ファルハードの体躯が獅子に例えられるのに対し、
長子バハラームはよく牛や象に例えられる。
三つ違いの弟がある種の優美さを備えた肉体を持つのに比べ、
第一王子の猪首、平たく垢抜けない顔、大柄な骨格と太い手足は、一見鈍そうな印象を抱かされる。
しかし、宮廷に伺候する青年貴族と比べて、頭や体力で特に劣っているという事は無い。
歴代の王族と比較しても、彼は水準以上のものを持っている。
だから、順当に行けば彼は王位に最も近くに居る筈だった。
ただし非常に出来の良い弟さえ居なければだが。
(阿呆だな、アタセルクス。人の倉を焼こうとして自分の家に火が付いては世話ないわ)
先日の巫蟲騒ぎのお陰で、第二王子は父王の信頼を損なった。
バハラームもその様を傍から見ていたが、
事態が予想外にあっけなく失敗に終わった事に逆に驚いたくらいだった。
(あいつはファルハードを罠に掛けようとしたな。
だが、何かの不具合で失敗して恥をかくこととなったに違いない)
さすがに弟が呪詛をかけさせていた事、弟に魔族の姫が影から力添えしていた事までは
推測出来なかったが、証拠もないのにそのような想像を働かせるのは、
健全な知性の結果というよりは狂気か妄想癖の持主だろう。
彼とアタセルクスはある点で似ているため、事件の裏側をほぼ正確に見抜くことができた。
彼らの共通点は、出来のいい弟ファルハードの存在が
自分が王になるための障害であるという認識である。
違いといえば、第二王子は兄も邪魔者だと考えているが、
第一王子はアタセルクスも邪魔者だと考えている事ぐらいだった。
「そもそも、自分が告発者になって点数を稼ごうとするのが、
目立ちたがり屋のさもしい発想というものだ」
そうひとりごちながら大皿から鶏の手羽先を摘み、銀の小皿に盛ったソースをつけて口に運ぶ。
柔らかい肉を齧りとり、染み出た汁の旨みに舌鼓を打ちつつ、何度も咀嚼する。
ポロや狩猟に精を出しているお陰でまだ胴回りはそう太くないが、
王宮一の大食漢が、いずれ象から豚に例えが変わるのは、
預言者ではなくても言い当てられる事実だった。
「上の弟が失点を稼いだのだから、下の弟にも恵んでやらねば不公平というものだろう」
そう心を決めると、油塗れの手を叩いて従僕を呼ぶ。
間を置かずに現れた従僕の耳に何やら囁きながら、彼の手はまた大皿に向かった。
象のように食べるバハラームだが、頭の回転は鈍くない。
上の弟とのもう一つの共通点は、彼も同じく陰謀好きだということだった。
だが、弟アタセルクスと違うのは、彼ならば弟を誣告する場合も
自分の手を汚さずに第三者を使っただろう。
『策を巡らすなら、誰にも知られずに、密やかにやらなければ』
それが彼の持論であった。
しかし、第一王子と従僕しかいない筈の部屋に、小さな密偵が潜んでいたことには気が付かなかった。
バハラームたちの密談を聞き終わると、それはスルスルとその細い体を地に這わせ、
主に報告するため王宮内の誰も知らぬ場所へ向かっていった。
そして寝椅子に横になっていた主の耳元で、先端の裂けた舌をチロチロと繰り返し突き出す。
すると、主人はにこやかに笑った。
「ほほう? また面白い事が起こりそうねえ…… ここは本当に退屈しない所だこと」
・・・・・・・・・
パルティアは一夫多妻制の国である。
王族ならずとも、資力があるなら幾人でも妻妾を蓄えることが許される。
もっとも、庶民にとっては一人の妻を養う事で四苦八苦している輩が殆どなのだが。
そうやって囲い込んだ美女達をハレムに納めて、金持ちは誰の目にも触れられぬようにしてしまうのだ。
ただし、集めたはのはいいが、男が全員を毎晩可愛がってやれるほどの精力の持主とは限らない。
宝石の様に収集するだけで満足してしまう者もいるのが現実だった。
「ライラさま、またお手紙が届いておりますよ」
「えっ…… そっそこに置いておきなさい。後で読みますから」
内心の動揺を隠そうとしながら、宮女ライラは使いの宦官にそう言った。
「出来ましたら、お返事を賜りたいのですが?」
「へ、返事? 気が向いたら今度書くわ……」
慌てふためくライラの顔に意味ありげな笑みを向け、宦官は一礼して去っていった。
使いが去ったのを確認すると、すぐさま彼女は文机の上に置かれた封筒を破る。
「嗚呼……」
そこにしたためられた甘い言葉に、胸の奥が焦がれる思いがする。
これは、後宮の女には許されぬ恋。
誰にも知られてはならない関係だった。
手紙には、相手がいかに彼女を想って夜を越しているか、
この思いを悟られないように、日々を過ごす事がどんなに辛く苦しいか、
思いを遂げられるのなら、どんな苦難も乗り越えるつもりであるか、切々と書かれていた。
流麗なパルティア文字の見事さと、洗練された言葉使い。
想い人に捧げる一片の美しい詩となって、恋文は綴られている。
(私に会いたいとあの方は仰るけれど、それは許されない事。
仮にも私はあの方の父上の物だもの。もし発覚すれば……)
自分にも手紙の書き手にも、重い罰が下される事だろう。
しかし、禁じられている恋ゆえに、一層想いは深まっていく気がする。
ハレムの女たちとて生身の女である。
恋に憧れる事も、危険な熱情に身を委ねたいと想う事もある。
そもそも男の側がそれを望むというのに、女の側を一方的に責めるのは理不尽というものだ。
危険な、だがそれゆえに甘美な熱情に焼かれながら、ライラは手紙をそっと胸に抱き締めるのだった。
ライラが恋文を受け取って、ニ三日した夜のことである。
新月の空は雲に覆われて星明かりも無く、バハラームは楽師が奏でる音楽を聞きながら、
己の植えた陰謀の実をいつ収穫するべきかに思いを馳せていた。
こう見えて、彼は芸術にも造詣が深い。
ただ、彼が音楽にうっとりしている様子は、水牛が牛飼いの吟じる歌に
のんびり聞き入っているかのように見えてしまうのであり、
彼はここでも外見で損をしているのだった。
「……ッ」
楽師が、音を外した。
そこはもっと弦を押さえる指を柔らかく使うべきだった。
あからさまに不機嫌な顔になったバハラームは、掌を叩いて演奏を止めさせると、
手を振って下がるように命じた。
楽師の顔は青くなっている。
もう彼は王宮に出入りすることは難しいだろう。
青い顔になって引き下がる楽師に一瞥さえ呉れず、バハラームは羊の骨付き肋肉揚げに手を伸ばした。
「もっとマシな楽曲を聞かせる者はおらんのか?」
香辛料をふんだんに用いた羊肉に齧り付きながら近習に尋ねると、
主君の性格を心得ている彼は、すぐ次の楽師を連れてくる。
むしろ彼にとって、先に弾かせた楽師は前座だ。
これから見せる者こそ隠し玉である。
(さぞお褒めの言葉を賜れるだろう……)
そう思うと、近侍の顔は自然に緩んだ。
「おっ……?」
ヴェールを被った女が、バハラームの前に畏まる。
見た事の無い女楽師であった。
薄絹で隔てられていてさえ、一目見ていたのならば絶対に忘れる筈がない。
そう思えるほどの美女であった。
「新入りか?」
「はい、お初に御目もじ仕ります。殿下」
「ふーむ……、そちは何を奏する?」
「箏を、あとは唄で生業を立てております」
ヴェール越しだが、透き通るような女の声だった。
小脇に抱えていた年代物の箏を絨毯の上に置くと、白魚の如き指がそっと弦の上に置かれる。
「ほほう? 我は箏にはちとうるさいぞ」
「殿下が歌舞音曲にご精通あそばしておられることは、賤の者どもにまで知れ渡っております」
「はっはっは、それを承知で我が前に来たのならば、よっぽど自身があると見えるな。
今は機嫌が悪いゆえ、下らぬ音を聞かせおったならタダでは還さぬぞ? ぬははっ」
「精一杯、勤めさせて頂きます」
「では…… そうだな、『チーナの舞姫』でも弾いてみ──」
王子の言葉が終わりきらないうちに、既に女楽師の指は動いていた。
この曲は、姫君たちが踊る恋の舞の躍動感を表現する、飛び切りの難曲だ。
激しさの中に静けさがあり、幸福の内に苦悩、清らかさの内に隠微さが潜まなければならぬ。
一人前の楽師でもニ三人の合奏で弾く代物であり、
独奏では王室付きの楽師たちでさえ怪しいものだ。
どう考えても、新顔にいきなり弾かせる選曲ではない。
それを、何の躊躇も無く女は始めた。
付け爪を嵌めた指が、弦の上を跳ねる。
始まりは静かに、そして次第に速く、さらに緩急自在に。
バハラームは女の指を食い入るように見た。
箏弾きたちの隠語で『二十本指のための曲』と称される複雑な音曲を、
目の前の新顔が全く澱みなく弾いているのだ。
それも一片の破綻も無く。
「……」
部屋に響く箏の調べは、見事の一語に尽きる。
瞳を閉じれば、脳裏に浮かぶのは東方の姫君の舞い踊る姿。
楽曲などに疎い奴僕でさえ、我を忘れて聞き入っている。
だが、バハラームはそうしなかった。
それよりも、箏を弾く女の姿に目を奪われていた。
曲目の如く、弦の上を華麗に舞い踊る白い指。
迷い無く動く指運の巧みさに、ため息さえ出そうになる。
恋に身を焼く舞姫の悲しい結末を表現する最終楽章に至るまで、その場の誰も席を立たなかった。
否、蝋燭の火が燃え尽きていたとしても、誰も気が付かなかったかもしれない。
それほどまでに、女楽師の演奏は絶品であった。
舞姫の最期を表す一音を、寂静の色を込めて掻き鳴らすと、厳かな余韻が室内に満ちた。
指を止めた女楽師は、改めてバハラームに頭を下げる。
「──拙い技、お耳汚しでございました」
「見事!」
膝を打って、バハラームは賞賛した。
その場に居た近侍や奴僕たちも、手を叩いて口々に褒め称える。
「なんと、こんな弾き手がこれまで野に埋もれておったとは! 名はなんと申すのか?」
「名乗るほどの者ではございませぬが、『箏弾きのライラ』と呼ばれております」
「ほう、ライラという名の娘などパルティア中に五万と居るだろうが、
『箏弾き』の名を冠する価値のある名手はそち一人に違いない」
「過分なお褒めを賜り、恐悦至極に存じます」
「うむうむ!」
主君の満悦そうな顔を見て、侍従の顔も綻ぶ。
彼にとっても、突然売り込みに現れた女楽師を引き立てた甲斐があったというものだ。
楽曲の腕前より別のところで主人の気に召すだろうと考えていたのだが、
まさかこれ程までとは……
「ライラよ、そなたの奏でる音曲をもっと聴きたい喃?」
「御意のままに」
「うむ! 我は妙なる音楽を聴くときは、余人の居らぬ所で音色に浸りたい性分があってなあ。
宮の奥まで来てもらうが…… 善いな?」
「何処なりとも、箏を弾ける所なら」
意味ありげな笑みが主君の顔に浮かぶと、侍従は皮算用がもう一つ実現しそうな事を悦んだ。
女学士が楽曲だけでなく、別の意味での王子のお気に入りになったとしたら、
彼女を見出した彼に主人は感謝の気持ちを抱くだろう。
ひょっとしたら、それを形のある物品で示そうとしてくれるかもしれない。
さらに、王子のお気に入りに出世した女楽師も、当然自分を引き立ててくれた相手に感謝する筈だ。
彼女もまた、その気持ちを何らかの形で示すべきだ。
笑いをかみ殺すのに苦労しつつ、侍従は女楽師を部屋に誘う。
残念ながら、その目論見は泡と消える定めだとは知らぬままに。
・・・・・・
「では、何をお聞かせしましょうか?」
「それはさておき…… 」
招きよせた自室で、バハラームは箏弾きのライラを手が届くほど近くに坐らせた。
そもそも楽師という稼業は、これほど王族の近くに寄れる身分の者ではない。
恐縮する相手を無理に呼び寄せ、何気ない仕草で彼は手を伸ばした。
太い指が女楽師の細指を握ろうとしたが、すいっと繊手は引っ込められる。
「お戯れを……」
「よいではないか? 」
今度は肩を掴もうとしたが、女はまたするりと身を躱した。
二度も逃げられたばつの悪さたるや相当なものであり、こうなれば彼もむきにならざるを得ない。
両腕で相手を抱き締めてやろうと身を乗り出してかかったが、
その手に掴んだのは、ライラの被っていたヴェールだけだった。
女はどんな体術を使ったか、するすると男の魔手から逃れ王子と距離をとって坐り直していた。
「私めは楽を売るのが生業でございますよ。
そちらの方をお求めなら、花街よりお呼び寄せなさったらいかが?」
「……ほほぉ」
思わずため息が出るほどの美形である
ヴェールを剥ぐ前からその麗しさは透けてはいたのだが、
改めて見ても、後宮の美女たちなど忘れる程に妖しい魅力を秘めた女だった。
「ふふふ…… そなたに比べれば、王都の花街など萎れた野草を並べているに等しい」
「まあお上手、王家の方々は皆世辞が巧みでらっしゃいますわね」
「いやいや! 我は王の子になるよりも、いっそお前の手鏡か箏になりたかった」
「おほほ、その心は?」
「手鏡なら、毎日お前に見つめてもらえるだろう?
箏なら、お前の可憐な指先で爪弾いてもらえるではないか」
もはやなりふり構っていられなくなり、バハラームは外聞も憚らず近寄ろうとする。
女も立ち上がって王子から逃げるのだが、扉や窓から逃げるような真似はしない。
まるで追いかけっこを愉しむかの如く、彼女は男の手が伸びる寸前で、ひらりひらりと逃げている。
「あれ、御無体な」
「おのれっ待て待ていっ! 待たぬか!?」
寸でのところで躱されてしまうと、そこに甘く芳しい女の残り香が残っていた。
まるで頭の芯が蕩けて陶然となりそうな、実に摩訶不思議な香りであった。
それを嗅ぐごとに、バハラームはますます女体への熱情が昂ってくる。
もはや見境なく、獣の様に獲物を捕らえようとし始めた王子には、
女楽師の白い手が追いかけっこのどさくさに紛れて、
燭台の灯火を消してしまった事も気にならぬようだった。
むしろ、闇の中で女の気配と匂いを頼りに探すほうが興奮する。
「ぐははっ、どこにいるのかな?」
「おほほ…… こちらですよ」
「そーら、捕まえるぞっ」
「残念、あと少しでございました」
逃げないという事は、口では嫌と言っていても女にその気が無い訳ではないのだ。
これは男を煽る手口の一種だと、バハラームは解釈していた。
今までこんな風に女に手玉に取られた事はないが、大人しく喰われるだけの餌食よりも趣がある。
そんな遣り取りをどれ位続けていた事だろうか?
女楽師の身体から香る匂いの所為で、バハラームにはそれが判らなかった。
自分が部屋のどのあたりに居るかさえ定かで無いまま、
女楽師を押し倒そうと、ただ懸命に追い駆け回った。
「……ええい、今度こそっ」
朦朧とした意識の中で、勢いを付けて飛び掛り、遂に女の身体を抱き締めた。
もう逃すまいと両腕に力が篭る。
「もう離さんぞ、ライラ」
「あっ……」
女の身体は柔らかかった。
蝋燭が消えた所為で顔は良く見えなかったが、
逸る心を抑えきれずにバハラームはその唇を奪う。
とりたてて他の女と違うとも思われぬが、苦労して手に入れた女の身体を確かめるようにきつく抱き締める。
腕の中で、女はやや震えているようであった。
それがまた可愛らしく思えて、バハラームの淫心をくすぐるのだった。
「我に抱かれるのが怖いのか?」
「はい、恐ろしゅうございます……」
「ぬふふ、怖がる事は無い。優しくしてやるぞ」
闇の中、バハラームは急にしおらしくなった女の装束を手探りで脱がしにかかる。
肌は、下々の者にしては実に滑らかだった。
相方の身体から発せられる甘い匂いに鼻をひくつかせながら、唇から頬へ、そして項へと
王子の唇は這い進んで行く。
「ああんっ、殿下! そんなご性急な……」
「ふふふ、これだけ焦らしておいて何を今更?
我はもう我慢の限界なのだぞ」
「でも……」
「怨むなら、我が心を捉えて離さぬ己の美しさを怨んでくれ」
「そんなっ……あぁっ」
女の身体を逃すまいと締め付けるバハラームの指が、女の股座の間に入っていった。
それを拒むでもなく受け入れる女の身体に、王子の身体も反応せずには居られない。
下穿きを押し上げる男性器の存在を、相手の太腿に押し付けてやる。
その感触に驚いたのか、腰が抜けた様に女は床に崩れ落ちた。
「ぬふふふふ……」
すかさず覆い被さったバハラームは、下卑た笑いをあげながら肌蹴させた胸乳を頬張る。
着痩せする性質なのか、灯りが付いていたときに見えたのよりは、若干小ぶりのようだった。
それでも、女の肌から薫る匂いには相変わらず脳が痺れる思いがする。
下半身を指で嬲りながら、乳に歯型が残るほどにきつく貪り、彼は獲物を味わいつくそうとした。
「やっ、」
「痛いか?」
「は……い、どうかもう少しだけ……優しゅうして下さいませ」
「よしよし、優しくだな」
言葉通り、肌を啜る力を少しだけ弱める。
恐らく肌に吸い跡が残るだろうが、構わず劣情のままに口唇での愛撫は続けられた。
女は嫌がり、不安な素振りを見せながらも、王子の行為を止めはしなかった。
否、男が自分の身体に跡を残してゆくのに悦びを感じているとさえ思えるほどに、
女の肉体は反応していたのだった。
「はうっ、そんなに吸われてっ……誰かに知られたら」
「ぐはははは、構うものかっ」
「ああっん…… そのお言葉、本気ですの?」
「疑うのか?」
「いえっ! 嬉しゅうございます!!」
女の腕が首筋に絡み、今度は相手側から唇を合わせてきた。
舌と舌が蠢き、互いの味を確かめようとするかの如く交わる。
思わぬ積極的な求愛に答えようと、バハラームは股座を弄る指の動きを早めた。
陰核を捏ね繰り回し、その度に震える反応を楽しみつつも、技巧の全てを尽くして責め抜こうとする。
男の指戯に、女陰はしだいに潤いを帯びつつあった。
それを頃合と見てか、野太い腕が割り込むように女の足を開かせる。
拒みもせず、脚は自ずから開いた。
バハラームは、裂け目に猛々しくいきり立った肉塊を衝き立てた。
「ああんっ!?」
甘い声を上げて、女はそれを受け入れた。
処女の硬さは無い。
男を知った女の味だ。
別に不自然とも思わない。
楽師や踊り子など、宴席に侍るものたちが世過ぎの糧として身を売るのは当たり前だからである。
この女楽師は先に『楽は売るが、身は売らない』と言ったのも、
『安売りしない』という意味のありふれた口上なのだ。
だが、仮に本当に生娘であったとしても、
今のバハラームにそれを不審に思えるほどの理性が残っていたかどうか?
「おおっ……」
結合の悦びに呻きながら、一息に奥まで突き入れる。
そして引く。
また刺し貫く。
既に盛りの付いた獣と化したバハラームは、ひたすらにそれを繰り返す。
女が手を繋ぎたがるのに答え、彼は相手の小さな掌を握ってやる。
灯りの中で見たあの白い指が、今自分の手の中に在る。
指からも、先程の甘く痺れる香りが漂っていた。
思わずそれを舌でも味わいたくなり、口元に運んで指を一本一本ねぶる。
不思議な味わいが口中に広がっていくのを感じながら、腰の動きは休まない。
胎内をかき回されるたびに上がる嬌声が、さらに彼を煽る。
女の側も、相方の動きに合わせて腰を使い始めた。
もはや二人を止める物はなく、互いの肉体から存分に歓楽を引き出そうと
呼吸を合わせて男女は番う。
肌と肌がぶつかり合う音が小気味良く室内に響く中、次第にそのリズムは速さを増して来た。
こみ上げる放出を予感し、益々強くバハラームは相手の体を穿ち貫いていく。
歓喜の声を上げながら、快楽に酔いしれる二人は絶頂へと向かい、狂ったように動きあうのだった。
「ライラ、そなたは我のものだ…… 誰にも渡さん」
「ああっ! 嬉しゅうございます! もっと、もっと言って下さいませ。私は殿下の物だと」
「可愛いことを言うではないか? 我のライラ、そなたは我の物だ」
「嬉しいっ! 私は殿下の物ですっ!」
暗がりの中で表情は判らないが、男の手を握る指に力が篭り、女は喜びを表す。
その行為に愛おしさが募り、バハラームは最後の打ち込みを膣奥へ目掛けて仕向ける。
「うおっ、ライラ! 出すぞ!?」
「はい! 私の中に、殿下の精を下さいませ!」
「お、おおぅ」
「あああああぁぁぁーーっ!!」
一番深い場所へ、バハラームは存分に精を放った。
女はそれを受け止めつつ達した。
激しい交合の後の気だるい感覚の中で、荒い息を抑えつつバハラームは女の頬を撫でた。
「はあっ…… はあっ…… ライラ、我はそなたの虜になってしまいそうだぞ」
「嗚呼、なんと嬉しいお言葉でしょう。
始めにお手紙を頂いた日より、私はもうずっとファルハードさまの虜ですのに」
「なに?」
「えっ?」
その時である。
部屋の外から叫び声が放たれた。
「誰か、誰か衛兵を呼んで!! ライラ様のお部屋に狼藉者が押し入って乱暴を!」
「何と! 国王の後宮に闖入者が!? ええい、宦官どもは何をしておったのだ!
ものども出合え、出合えぃ! 狼藉者を逃すな!! 逃せば国王から厳しい罰を被るぞ!!」
バハラームには、何事が起きているのか見当も付かぬ。
もし彼の頭が不可思議なる香に惑わされていなかったのなら、
叫び声はあの女楽師の声色に似ていた事に気が付いただろう。
余人の侵入を許さぬ王のハレムはこの晩、火の付いた様な騒ぎとなった。
・・・・・・・・・
「そうお怒りにならなくてもよろしいではありませんか? ファルハードさま。
そんなにご機嫌が悪くては、わたくしも御前に姿を現せませぬ」
「……」
第三王子宮では、ファルハードが自室でむっつりと押し黙ったまま座に着いていた。
不機嫌そうに腕を組む彼の側には誰の姿も見えぬが、声だけは部屋の何処かから聞こえてくる。
「御義兄さまに、ほんのちょっと箏をお聞かせしただけではありませんか?
お聞きになりたいのなら、幾らでも御身のために奏でますわよ?」
「……」
「あら、まさか! わたくしと御義兄さまとの間に何かあったとのお勘繰りでございますか?
それはとんだ誤解でございます。
御義兄さまには箏をお聞かせしただけ!
本当に、指一本触れさせはしなかったのですから……」
「そうではない!」
ようやく、ファルハードは口を開いた。
彼も王宮の一員として、宮廷を騒がす事件に無関心ではいられない。
即座に人を遣わして、第一王子と宮女ライラの不祥事について調べさせた。
するとどうだろう、第一王子宮において美しくも妖しい女楽師が現れ、
彼女を連れて兄が自室に篭った後、誰も知らぬまま王子の姿は後宮で発見された。
それも、あられもない姿で。
宮女ライラの方は侍女を遠ざけた上で、何処から手に入れたか周りも知らぬ香水を使っていたなど、
どうも誰かを待っていた様子があるらしい。
「シャフルナーズ、何ゆえお前は我が王家に波風を立てようとする!」
「波風とは?」
「とぼけるな! 兄は後宮に忍び込むような人間ではない。
今宵の騒ぎは、全てお前が元凶だろうが!?」
「おほほほほ、さすがファルハードさま。
わたくしの事は何でもお見通しでいらっしゃいますのね」
笑い声と共に、ファルハードの頭上からひらひらと数枚の紙が舞い降りてきた。
思わず天井見上げるが、相変わらず女の姿は見えない。
「これは何だ?」
「わたくしという者がありながら、御身があんな詰まらぬ女に思いを寄せておいでなので、
ついつい意地悪をしたくなってしまったのですわ」
「我がいつ、父上の側女に思いを寄せたというのだ」
「あら、そのお手紙のご筆跡はファルハードさまの物ではございませんか?」
「確かに我の字に似ているが、こんな物を書いた覚えは無い」
その紙に書かれているパルティア文字の雄渾な筆跡は、自分の字に酷似していた。
十人中九人までが、それを第三王子の手紙だと思うだろう。
その九人の中に、ひょとしたら自分も入るかもしれなかった。
だが、そこにしたためられてある宮女ライラに向けた熱い思いの丈など、
ファルハードは頭の中に浮かんだ事さえも無い。
「偽手紙だぞ、これは」
「おほほ、それではわたくしの早とちりでしたの?
上の御義兄さまの侍従から使いの宦官に手渡され、宮女の元へ運んでいったものですから、
あの方の仲立ちで、二人が文の遣り取りをしていたのかと思ってましたわ」
「馬鹿な! 後宮の女に恋文を出すなど……」
言いかけて、ある事に気が付いた。
後宮で取り押さえられた兄が『これは陰謀だ、誰かに陥れられたのだ』と叫んでも、
周りの者たちはそれを信じなかった。
ライラとバハラームの身体に残った確かな情交の跡を見れば、説得力の無い抗弁にしか聞こえまい。
同様に、己でさえ自筆の物と間違えそうな恋文が、
もし誰かの目に触れていたらどうなっていたか?
自分の書いた物ではないと、誰が証明してくれるだろうか?
背筋に悪寒が走った。
「後宮からそれらは全て持ち去って参りましたゆえ、どうかご安心を…… フフフッ」
「シャフルナーズ…… 手紙を渡したのは、兄の手の者だという事は確かか?」
「はい、間違いなく」
ゆるぎなく、確信を込めた声。
そしてそのどこかに、楽しんでいるかのような雰囲気が漂っている。
ファルハードはため息を吐いた。
いかに美しくても、この姫君は邪悪の化身の血を引く娘。
災いと諍いは糧に過ぎぬ。
「そうお気になさらずに。
先だって、御身は謀反を起こした叔父君をお討ちになられたではありませんの」
「あれはカーウース叔父が悪かった。
父の治世に何の落ち度も無く、叔父はただ単に王になりたいだけの謀反だった」
「おほほ、奇麗事で語っても所詮は同じ事。
至尊の座を巡って血で血を洗うのは王家の宿命でございますわ」
「……シャフルナーズよ、お前に頼んでみたい事があるが?」
「ほほほ、何なりと」
「もしこれを叶えてくれるのなら、一晩とは言わぬ。
我の髪が白くなるまで、ずっとお前の物になってもよい」
「そのためでしたら、例え大海を飲み干せとでも、エルヴの山を削って平地にしろとでも、
何でもやってみせましょうぞ? おほほほほっ」
「我が王家に、骨肉の争いが起きぬようには出来るか?」
「……嗚呼っ! 期待で乙女心を昂らせた上で、それを弄ぶ憎いお方!」
ファルハードの問いに、何でもすると言ったはずの姫は恨めしげに答える。
「それはザッハーグ王やカイクバード王でさえ出来ぬ事。
神々でさえ可能かどうか定かではありませぬ。
御身は何ゆえ、私め如きにそれをお命じになられますのか……」
その声は後に行くに従って小さくなり、いつの間にか女の気配も部屋から消えていた。
彼女の言葉に誤りは無い。
悪の王ザッハーグは父親を殺して王位を奪い、カイクバードは兄たちに殺されかけた。
さらに、英雄王は己の子供たちが後継者の座を争って血を流すのを見て、嘆きの中で死んだのだ。
シャフルナーズが去り、一人残された部屋の中で改めてファルハードはため息を吐くのだった。
(終)