部屋には静寂がおとずれている。
けだるい空気には情事の残した匂いがのこる。
アビゲイルはタイロンの肩を枕に、タイロンはアビゲイルの髪に口元をよせて、まどろんでいる。
これ以上は体力の限界、というところまでお互いに愛し合ってしまった。
この至福の時間をもう少し楽しんでいたいのだが、仕事の後始末が出来ていない。
ため息をひとつ残して、タイロンは愛おしい女を手放して寝台から起き上がった。・・・ろうとした。

肘に巻きついた白い指がするすると腕にまとわりつき、思ってもみない力強さで寝台に引き倒おされた。
「もう、ちょっとだけ」
アビゲイルの声はかすれているが、タイロンには甘くしみいった。
鍛え上げられた胸筋の上に耳を寄せて、アビゲイルは心臓の音に耳を傾けている。

「私に盛られた薬は何?」
タイロンがやり残した仕事お思い出し起き上がろうとは思うのだが、寝台から、アビゲイルから離れられない。
「芥子じゃないし・・・」
さらさらと流れるアビゲイルの栗色の髪が、タイロンの胸筋を刺激する。

「芥子を知ってるのか?」アビゲイルが手にしているとは信じがたい。
森の国からひそかに流入する芥子は、この国の課題のひとつである。
煙草のように吸うと、美しい夢を見せ楽しい気分になる。
が、常習者は活力を失い体を壊して死にいたるのだ。
「一度、北からの密輸品を砦で焼きすてた。みんな、一日中浮ついてて大変だったよ。」
アビゲイルの指が、タイロンの鎖骨の上をさまよい始めた。
「私はだめだ。煙は目にしみるし、ひどい頭痛で、あんなものがいいとは思えなかった」
タイロンの乳首を捕らえて弄びはじめた。
「芥子の効き目は人によるからなぁ」答える声が乱れて上ずってしまった。
「で、あれは何?」
好奇心か、欲情か、きらりと光る目が美しい。
タイロンは少々ためらったが、アビゲイルに真実を告げることにした。
「自白剤」そっとアビゲイルの耳に口を寄せてささやく。
アビゲイルは動きを止めて、じっとタイロンを見る。

額に天眼を抱く魔法使い一族が治めているこの国には自白剤など必要のない代物である。
天眼者が第3の目を開いて命じれば、真実など容易く手にはいるのだから。
そのことを、彼女は知っている。

「・・・簡単に言うと、嘘がつけなくなる薬。」
昨晩の酒席を思い返せば、なるほど納得がいく。
彼女の眉間に刻まれたしわに、タイロンは口付けた。

「どこから・・・」
指を、彼女の細い首に回し、栗色の髪に絡める。
ここちよさにアビゲイルの苦い表情も緩む。
「海から入り込んでるけど、出所は西の砂漠の向こう」
にっこり笑い、うなじを撫で上げながら、続ける。
「国内では、媚薬として裏取引されてる。」

「昨晩を思い出してごらん」
まろやかな線を描く背中からやわらかい尻までをゆっくりと撫で下ろすと、アビゲイルの肌が泡立つ。
「お前はこうされるのが好きだといったぞ」
つま先まで走る快感に、アビゲイルは目を細めた。
「ぁ・・・そうだ、な」
乳房の頂が硬くなるのが判る。同時に、タイロンの男根が自己主張を始めるのも。
タイロンは両手でアビゲイルの尻をゆっくり捏ねる。
「この奥に触れてくれ、と懇願した、な?」
見る間にアビゲイルの頬に朱が注し、恥らって目をふせる。
「ぁ・・・うん」
「気が狂いそうなほどいい、と言ったろ?」
そのとおり。昨日の熱狂が次々に脳裏に浮かんで、いたたまれない気分になった。

「・・・薬の効き目はいつまで」話を逸らそうと答えと違うことを口にすると、息がつまるほど心臓がはねた。
「効き目はまだ、続いてるみたいだなぁ」
意外そうな顔をしながらも、後ろから片手を差し入れた。そこは滴り落ちそうな蜜を湛え、タイロンを待ち構えていた。

タイロンは坩堝に直接触れず、周りの薄い茂みを撫でたりひっぱたりして弄ぶ。
じらされることに耐え切れずにアビゲイルの腰がうねる。

「どうしてほしいか、言って」

いえない。一度口にしたら止め処なく、はしたない言葉が湧き出るとわかっていた。
タイロンはどうしようもなく魅力的な悪童の笑みを湛え、まっすぐアビゲイルを見ている。
小憎らしいのだが、惹かれてやまない。
恥ずかしいのだが、目をそらすことができない。

「ほら、どうされたいか言えよ」

観念して、アビゲイルは口を開く。「・・・もう、タイロンの好きにしろ」
全身をほんのりと朱にそめ、ちょっと拗ねたような口調も愛らしい。
タイロンは思わず彼女を強く抱きしめた。
後ろから、男の太やかで長い指が自分の中に入り込む。
「あぅ・・・ん」やっと与えられた刺激に思わず声が漏れた。
タイロンは確かめるようにアビゲイルの内壁を一周する。
敏感な場所はすでにタイロンの知るところである。丁寧に愛撫されると、アビゲイルの尻は切なげに震えた。
指を抜こうとすると、アビゲイルの粘膜は指を離すまいとするように蠕動し、内部へといざなう。
「指を食いちぎる気か」
ささやき声はくつくつという笑い声とともにアビゲイルの耳に注ぎ込まれ続ける。
彼女は恨めしげにタイロンをにらみつけるのだが、その目は欲情で潤んでしまっていて、かえってタイロンの加虐に火をつけた。

排泄に使用する孔へも温む坩堝から蜜をたっぷり擦り付け揉みほぐす。
「ううっ!」それは、彼女にとっても未知の刺激であった。
違和感が確実に自分を快楽へ追い詰めることに恐れをなして、アビゲイルは逃れようと身をよじる。孔も異物の進入を許すまいと窄まる。
連動して泉もこれまで以上に収縮し、アビゲイルに爆発的な快楽をもたらした。
「あ・・ぁぁあ」
「おまえ。ここも感じるのか」アビゲイルは考えるまもなく首を縦に振った。

タイロンは容赦しない。淫核へと指を伸ばして爪弾いた。「ん、ぅ」
ここにも溢れ出している愛液を潤滑に、露出した敏感な器官を撫でさする。
「昨晩はここが一番気持ちがいい、言った。」
10本の指を巧みに動かし、今度は後ろの孔への刺激を強めた。
「今はどっちが感じる?」
交互に与えられる快楽と、意地悪な質問。
羞恥と快楽とに挟まれたアビゲイルには、動悸が薬のせいなのか絶頂のせいなのか判らない。
「ぁど・・っ・・・ちもぉ・・っぅ・いぃ・ぁあ」応える声はすでに言葉をなしていないが、タイロンは満足げに目を細めた。
前後への刺激をやめないままに差し込む指を増やし、アビゲイルを高みへと追い立てる。
彼女は導かれるまま抱かれた胸に爪をたて、腰をくねらせながら訪れた絶頂を味わった。

絶頂の余韻にまどろむ女を残して寝台を降りる。
汗の引かないアビゲイルの為に窓を開けて風を呼び込んでやる。
日が昇りきる前にすでに日中の暑さが思いやられるような快晴であった。

不届き者を一人ひとり起しては、天眼で聞きたいことを聞き出し、今後のことを指示する。
アビゲイルが、寝台で半身をおこし、頬杖をついてこちらを見つめていた。
「泳がして、薬の流れを探るのか」
そっと出口からサガエラとマサトグを送り出し、後ろ出にドアを閉めた。
「うまいこと渡りをつけて、組織に入りこんでやろうと思ってさ」
にっこりと笑った顔に天眼はない。

アビゲイルのそばに腰を下ろして、手を伸ばし頬を撫でる。
「お前にしたように薬を使うとな・・・女はみんな自分が淫蕩だと思い込む」
深いため息をついた。
「攫われて、薬で娼婦に仕立て上げられて、外国へ売られていくんだ。・・・しょうがない、私は淫蕩なんだから、と思い込んで。」
アビゲイルが、タイロンの手に自分の手を重ねて、労わるように撫でた。手の甲に唇を当てる。
「おまけに見つけて連れ戻しても、色狂いは治せない。」
怪訝な顔で、アビゲイルは男を見上げた。
「心は忘れても、体が覚えてる。男出入りが絶えなくなって、結局娼館へ逆戻り」
もうひとつため息をつくと、寝台にひっくり返った。
如何ともしがたい問題に立ち向かうタイロンになんと声をかけたらいいのかわからない。
動物のように、寄り添ってじっとしていた。

ふいに、タイロンがくしゃくしゃ、とアビゲイルの髪をかき回す。
「まぁ、蓋を開けたらお前が引っかかってたのには驚かされたなぁ」
金色の目が、思い出し笑いで緩んでいる。
「仕事を一生懸命すれば、ご褒美が用意されてるってわけだ」
体を変えて、彼女を押しつぶしてしまわぬ様にアビゲイルの上に覆いかぶさる。
アビゲイルの方から、タイロンの首に手をまわし口付けを交わす。
長い長い、深いキス。

「・・・もう一度、私を抱く?」
率直な問いに、タイロンは笑い出した。「やめとく。」
アビゲイルが不服そうに唇を突き出す。その唇にをついばむようにキスを落とす。
「今お前を抱いたら、明日使い物にならなくなるぞ。演習の責任者だろ?」
いつのまにやら背中に回った両手は、中心線をゆったりと行き来しはじめた。
「・・・20日は帰ってこない・・・」
アビゲイルは、タイロンの耳を甘く噛み、舌で捏ねて誘惑の声を注ぐ。

刺激を受けて正直に反応してもたげ始めた男根を、アビゲイルの体から遠ざけようと試みる。
体を浮かせたその隙間に、回り込んだ細い指が、中心へまとわりつく。
「・・・こら、ききわけろ」
「その間に、またお前はいなくなるんだ。」
怒ったように言い捨てると、アビゲイルのしなやかな足がタイロンの腰に巻きつく。
「あ、アビゲイル?」タイロンはすっかり狼狽してアビゲイルの顔を覗き込んだ。

その瞳には、なみなみと泪。

「・・・アビゲイル」
慈しむ視線をうけ、ついに瞳は決壊して行く筋もの涙の筋が、落ちていった。
アビゲイルは、盛大に泣いた。
寂寥、慕情、喪失感、安堵と裏返しの不安・・・さまざまな思いがいっせいに押し寄せて、うまく言葉に出来ない。
わんわんと、むずがる幼子のように声を上げ、涙が止まらない。
こんなふうに泣いた記憶は過去、ない。

「・・・ぅっいつも 突然現れて消える」
きれぎれに、嵐のように渦巻く言葉を全部言葉にしてタイロンに投げつける。
「こ、ころを乱すだけ乱して、放り出す・・・」
タイロンは、いちいち頷きつつ、アビゲイルの頭をなででやっていた。
「どこにいるのか、生きているのかも分からない」
アビゲイルの額に唇をあてて、包むように抱きしめてやる。
しばらく、室内にはしゃくりあげるアビゲイルの声だけが響いていた。

アビゲイルがようやく落ち着いておとなしくなった時、すでに太陽は高みへと押し上げられている。

目じりから、下へ流れた涙の後に唇をあて、なめ取ってやる。
「・・・悪かった」バツが悪そうな顔で、アビゲイルが視線をそらす。「取り乱したりして」
タイロンはアビゲイルの頬を挟んで、自分のほうを向かせ、視線を合わせる。
「いや・・・俺も至らなかった」乱れた額の髪をつまんでよける。

「お前に何一つ約束はしてやれないけど」
そっと口付けを落とす。「何より、アビゲイルのことを大切に思ってる。どこにいても。」
吐息が、お互いの唇から溶け出した。
「・・・・・そんなこと、知ってる」目を細めて満足した表情で、目を閉じる。
一人の男からもたらされる満ち足りた幸福。

泣き疲れたのか、そのまますうすうと寝息をたて始めたアビゲイルの横でタイロンも目を閉じた。
いろんなことが、一度にありすぎる。
心地よい疲労感と手の内のぬくもりに誘われて、タイロンも眠りに引き込まれた。

暑い。

どれくらい眠っていたのか。
傍らに感じていた温みがうせたような気がして、わずかに覚醒した。
女を抱き寄せようと、手伸ばして探るが、見つからない。

あわてて起き上がる。
午後の日差しが直接入り込み、暑さがこもる部屋にたった一人取り残されていた。

なんという喪失感
泣きながら彼女が訴えたことが、改めて現実感を持って胸にせまる。

自分は、はっきりとアビゲイルに対する思いを口にした。
今度は、アビゲイルの口からはっきり、自分に対する想いを聞こう。
無論薬抜きだ。

起き上がり、すっかり温くなった水差しの水を口に含む。
ふ、と水差しの下に紙きれがおかれているのが目に入る。
走り書きで”またお会いできますように”と書いてあった。
じわり、と暖かいものが胸に湧き上がって、思わず笑みがこぼれる。
「手早く仕事を片付けて、会いにいくしかないよなぁ」

短い偶然の逢瀬が、彼らの間に確かな糸を張った。

 

 

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最終更新:2008年12月28日 08:07