森の辺に立ち並ぶ数え切れないほどの天幕。
夥しい数の幟がはためき、風を得た隼が大空を飛ぶ。
これほどの数の亜人、獣人、蛮人たちが大きな諍いも無く一箇所に長期集結するとは、古今にも例が無い。
二十万以上に上る闇の軍勢を収容する集結地は、いまや混沌とした都市の様を呈していた。
行軍中であれば、ここまでの陣地を設けることも無いし、
そもそも吹きさらしの風雨にも耐える亜人族は、陣屋など必要としない。
だが、攻撃目標はエルフ族の篭る「古く深き森」である。
長期戦になることを知った戦士たちは、少しでも己が寝起きの環境をマシにするべく
自発的にねぐらを作り始めた。
都合の良いことに、資材はすぐ傍に無尽蔵にある。
雑然とした街並が、駐屯を始めてから十日もかからぬうちに形作られた。
それは地上に収まり切らず、地底生活を好む種族が掘り始めた隧道によって地下にさえ広がっている。
攻撃開始から二ヶ月以上たった今、既にここは雑多な闇の種族たちの混成集落と言ってよかった。

初めの頃こそ大規模な戦闘が発生したが、エルフ族の反撃も下火になりつつある。
ただし、闇の軍勢もドレイクが休息中であり、
また魔王が何故か進撃を留めているために、戦況は膠着しかかっている。
イリアたち闇エルフは、もどかしさの余り歯軋りする状況であった。
闇の軍勢が押しているとはいえ、地の利は敵方にある。
魔王が動かない以上、闇エルフ族単独では如何ともしがたい。
『黒い森』の長老たちはしばしば魔王に戦闘の再開を促し、攻撃命令を乞うた。
しかし、魔王はけして首肯しなかった。
事件が起きたのは、闇エルフ族の代わり映えせぬ陳情を魔王が撥ね付けた直後のことであった。

灰色の天幕から魔王の姿が現れると、いつも通り前後を護衛兵が固める。
上背は主君の倍近く、重さは五倍以上ある屈強な戦鬼が、歩調を併せて進む。
隆々たる筋肉で四肢を覆った鉄壁の護衛団が、魔王と共に移動する。
彼らが足並みを揃えて歩くだけで、地面が震える。
その地響きを聞くだけで、陣営に居る者たちは粛となった。
オークやゴブリンの類でさえ、魔王の接近を知れば騒ぎを止めるのだ。

軍議に用いる灰天幕から黒天幕まで、人の足なら三百歩。
その途中で突然、魔王は歩みを止めた。
自然、戦鬼たちも足を止める。
魔王の斜め後ろを護っていた戦鬼は、黒衣の主君がこちらを振り向くのを見た。
それが戦鬼の目に映った最後の光景になった。
次の瞬間、魔王の掌から放たれた閃光と共に、戦鬼の体は塵と砕けた。

「グオッ!?」

残りの戦鬼たちが驚愕の唸り声を上げる。
だが、魔王は焦げ散った護衛兵になど目も呉れなかった。
彼の視線は戦鬼の影、本体は既に焦げ散ったはずなのに、地面に残されている影に向いた。

刹那、影が跳ねた。
白刃が煌き、魔王に切りかかる。
しかし、相手の掌が狙いを定める方が速かった。
二度目の閃光が放たれると、黒装束を纏った間者の下半身は消失していた。

影の刃は標的に届かず、残った上半身が音を立てて大地へ落ちる。
同時に、魔王は振り返った。
そこにはもう一体、別の護衛兵の影に潜んでいた刺客が迫っていた。
手にした短刀を、影は振り抜いた。
魔王が即座に身を翻したため、その体には傷一つすら与えなかった。
だが、鋭い刃がローブの袖を薙いだ。
斬り裂かれた袖の切れ端が地面に落ちるよりも速く、
すかさず影は布地を掴むと、そのまま後方へと跳んだ。

「曲者メガッ!」
「逃スナ!」

戦鬼たちの丸太の如き腕が、影を取り押さえようと掴みかかる。
だが、影は彼らの僅かな身体の隙間を、滑るようにすり抜けた。

「グォッ!?」

一度躱してしまえば、巨体は迅速な行動を阻む障害物になる。
振り向いて敵に掴みかかろうとしても、同輩の体が邪魔をして影に手をかけられない。
敵の死角を巧みに利用しつつ、鉄壁の護衛陣から脱出してのけると、
影は矢の如く速い身ごなしで一目散に駆け去った。
黒天幕の脇を疾走り抜け、陣営の外を目指す。
そのまま逃走は成功するかのように見えた瞬間だった。

影の頭部が、塵と砕けた。
己が死んだ事も理解できぬまま、脚だけがなおも数歩進んだ所で地に倒れる。
ほぼ同時に、魔王の眼前に居た戦鬼が地響きを立てて倒れた。
その横腹には大きな風穴が空いている。
運のない事に、逃げる曲者と魔王の掌を繋ぐ射線上に、偶然その戦鬼は立っていた。
配下を二匹、間者ごと己の手に掛けた魔王だったが、フードの奥の眉は微かにも動きはしなかった。

「……」

護衛兵たちは声も無い。
蝿を潰すように同輩が殺されたとしても、それが闇の軍勢を統率する男では抗議のしようもない。
二人の侵入者が仕留められ、合計四体を焼き焦がした掌が黒いローブの中に納まろうとしていた時だった。
崩れ落ちた間者の骸に、駆け寄る者がもう一人。
だが、最後の一人が纏っていたのは黒い忍び装束ではなかった。
短く切り揃えられているのが惜しいほどの白金色の髪が、陽光を浴びて光る。
粗末な薄衣と短髪は、彼女が奴婢である証しだった。

「ちょ、ちょっとクォン!? 何処行くのっ?」

先達の端女が嗜める声も聞かず、少女は骸の手から黒いローブの切れ端をもぎ取ると、
影がそうしたように陣営の外を目指して逃げ出そうとする。
だが、それは全く無謀な行為であった。

「ア奴モ召シ取レッ!」

ここは文字通り闇の軍勢の中枢である。
よほどの猛者であっても単騎で陣を破る事は敵うまい。
護衛兵以外の戦士達も、騒ぎを聞きつけて集まり出していた。
素早くその行く手を阻み、華奢な少女の体に闇エルフの弓が、戦鬼の棍棒が、ゴブリンの小槍が、
闇神官の呪眼が狙いをつける。

突如現れた短髪の少女は、その身ごなしこそ常人と比較すれば素早いにしろ、
修練を積み重ねて絶人の速度を身に着けたと言える程ではなかった。
それに近い体術を持っていた先ほどの影たちでさえ、この状況は逃れ得まい。
だが、それでも尚、少女は手に持った布地を離そうとしなかった。

「ううっ……」

じりじりと近付いてくる敵に囲まれ、少女は後ずさりする。
手取りにされるのは時間の問題でしかなかった。
その時であった。

「えっ?」

彼女の足元で、天幕の布地を止める杭が飛んだ。
だが、誰もそれには触れてさえいない。

「や、きゃあっ!」

まるで意志を持つ生物の如く、黒い生地が凄まじい速さで翻った。
蜘蛛が糸で蝶を捕らえるように、黒布は少女の身を絡め取る。
ただし蜘蛛が吐くの白色の粘糸と異なるのは、この糸は闇夜の如く黒く、それ自身が蠢くのだ。

「あ、ああぅぅー……」

黒布は、そのまま獲物を己の内へと引きずり込もうとする。
兵たちは手をつかねてその様を見守った。
いらぬ横槍を入れてこの黒天幕に傷でもつけようものならどうなるか、彼らは承知してるのだ。
白金色の髪をした少女は、絶望の声を漏らしながらずるずると天幕の内側へと取り込まれていく。
爪が剥がれるほど地面に指を立てても、黒布の強靭な力には遥かに及ばない。
ただ無駄な足掻きの跡を、土の上に残すだけだった。
そのまま何事もなければ、闇の軍勢の本陣に巻き起こされたこの騒動も決着していたことだろう。

 ピ ュ ー ー ー ィ……

甲高い口笛の音が響いた。
それは魔王の後ろ、地表近くから吹き鳴らされた。
一瞬だけ、軍兵の意識がそちらに向かった。
その隙間を縫って、最後の影は飛来した。
すでに頭まで漆黒の天幕に飲み込まれつつあった少女へと、影は飛び掛かる。
そして黒衣の袖を鋭い爪で掴むと、指からもぎ取るように奪い、そのまま天へ舞い上がっていく。
全てが一瞬の出来事であり、兵達は妨げる暇も無かった。
風よりも速く飛び立ったのは、一匹の隼であった。
隼は地上から射られる矢も意に介さず、瞬く間に西の空へと飛び去っていく。

「……」

それを見届け、一体目の影の命は尽きた。
下半身を砕かれて地に崩れ落ちた彼は、残された最後の力を使って隼に合図を送ったのだ。
影の息の根が止まると、間者の乱入にざわめく兵士たちを尻目に、
魔王は何事も無かったかのように再び歩み出す。
その黒衣は、同じ闇の色をした漆黒の天幕の中に無言のままに消えていった。
粗衣の少女の姿は天幕の内に取り込まれ、もはや影さえ無かった。


・・・・・・・・・


若干、時間は前後する。

「元帥閣下のご深慮、誠にごもっとも。
 なれども『勇者アデラをもって魔王に当たらしめよ』とは、神君ラルゴン陛下のご聖慮。
 それに背くは、恐れ多くも神聖冒涜の恐れありかと」

クルガン王臨御の元に催された作戦会議において、
国王の意を酌んだ一派と王国元帥の意見はまたもや対立していた。

紛糾の原因は、来るべき魔王との決戦において、勇者アデラをどの陣に配置するかにある。
国王派は、アデラを全軍の先頭に立たせるべきだ主張した。
それに対して元帥は、勇者の存在はあくまで対魔王戦での切り札として最後まで温存するといって譲らなかった。

元帥にしてみれば、勇者を陣頭になど立たせるのは余りに危険すぎる。
魔王は彼女を殺すためにありとあらゆる兵力をつぎ込むに相違ないのだ。
オーガ、トロル、ヒュドラ、ワイバーン、いや巨人や竜を使ってさえ、勇者の力を削ぎにかかるだろう。
数において圧倒的に勝る闇の軍勢は、敵の切り札を奪った後でゆっくりと王国に止めを刺せばいいのだから。

対して国王派にとっては、勇者の活躍は主導権を奪還する好機である。
戦場における国王代理である王旗をアデラに与え、この戦がラルゴン王家の崇高な使命であることを強調したい。
昨年の敗戦前に軍権を奪われたことでも判るように、根が剛直な元帥は廷臣や諸侯たちから煙たがられている。
闇の勢力に勝利するのは英雄王に選ばれた光の勇者たるべきで、下手に元帥の指揮下に入れて、
功績を横取りされてはたまらない。
冬の前までは、火の消えたように大人しくなっていた国王派だが、
勇者の登場で約束された勝利に抜け目無くありつこうと、彼らはにわかに活気付いていた。

そんな激論の中、当然ながらアデラも当事者として会議の一席を占めていた。
彼女にも、元帥の戦略の正しさは判った。
しかし自分は国王に抜擢してもらった身であるし、ラルゴン家に対する忠誠誓約もある。
それ以前に、帰営以来のほんの短期間で勇者に祭り上げられた身にとって、
貴顕高官の居並ぶこの場所は、少しならず気後れしてしまう。
幾ら神剣を抜いたとはいえ、もともと彼女は一介の聖騎士であり、上官の号令に従う側だったのだ。
それをいきなり王国の枢機に参画しろと言われても、無理な相談というのものだ。
そんな懊悩もあって、彼女はどちらの味方をするという事はし辛かった。


互いに妥協が見出せぬまま、何時終わるとも知らぬ応酬が続いていた。
そして、膠着状態のままの状態に誰しもが疲れ始めたその時、末席から冒頭の言葉が掛けられたのだ。

「む…… 言われてみれば確かに」
「そっ、その娘の言う通り! 事は神君の御意志ですぞ!」

まるで計ったかのようなタイミングで放たれ、拒みようもない視点から明確に切り込んだ見解に、
忽ち同意の声が上がる。
老元帥は、厳しい瞳でその意見の主を睨み据えた。

「見かけぬ顔だが、名はなんと申すか?」
「我が名はマリガン。故あって今は野に下り、占術にて口を糊しておりますが、
 かって光の学府に籍を置いた事もございまして、アデラとはその時分より無二の友でございます」

老元帥の目線が疑わしそうにアデラに向かったが、
特に否定すべき嘘を付いている訳ではないので彼女も何も言わない。
ただし、一占術師が聖庁どころかこの御前会議に姿を表したということに、アデラはかなり不信感を抱いていた。
おそらくこの会議の出席者のうち、旧友に色欲で惑わされたか、または致命的な弱みを握られているか、
あるいはその両方で篭絡された者が居るのだろう。
もしかしたら、それは一人二人では無いかもしれない。
そうでなければ、いくら先の邪竜撃退に協力したからといって、
王国の枢機にまで出入り出来るようになる訳が無い。

「ならば、魔王との決戦を前に勇者を無駄な危険に曝せというのか?」
「そうは申しておりません。
 閣下が危惧しておられるとおり、不確定要素の多い合戦にアデラを投入するなど愚の骨頂。
 軍事に疎い私めでさえ、その理は弁えているつもりでございます」

先ほどのマリガンの言葉に沸き立ちかけた国王派が、冷水を浴びせかけられたかのように言葉を失う。
一体この娘はどちらの味方なのか?
国王派も元帥派も、それを掴めずに彼女の次の言葉を待つ。

「魔王現れるときに勇者現る。
 勇者は、魔王を倒す事こそが使命。
 戦場でどれほどの武勲を建てようと、魔王討伐が成されねば全てが無意味。
 我らが議論すべきは、いかに確実に魔王の元に勇者を送り込むかでございましょう」
「む……」
「ここで私が主張させて頂きたいのは、魔王討伐については聖王ラルゴン陛下の御故事に
 倣うべきではないかということです」

明朗とした声が響き渡った。
一介の女術師の発言にも関わらず、それはまるで既に動かしようのないものの如く、託宣のように告げられる。

「かってラルゴン王陛下は悪逆極まる大魔王の城に単身乗り込まれ、その神剣にて世界を闇より救われました。
 その偉大なる業績を継ぐべき我らが、かような議論に血道を上げてなんとしましょう?
 魔王に敵うのは勇者のみ、その原則を見失ってはなりませぬ」
「ではそなたには、魔王の元にアデラを送り届ける術があるというのか?
 宮廷魔道士たちでさえ、その方法は見出せぬのだぞ?」
「ございます。私になら」

後半部分をやや強調して言ったマリガンの返答を聞いて、宮廷首席魔道士の顔が青く変わる。
それを見て、アデラは旧友に急所を握られているのが彼では無い事と判った。
これは既に戯言では済まされない。
あろうことか、魔道士として最高の待遇を受けている首席宮廷魔道士に出来ぬことを、
当人の面前で可能だと言ってのけたのだ。
心配そうな目で末席に座する旧友を眺めたアデラだったが、
マリガンはその目線に、思わせぶりに片目を瞑って応じた。

「まことか!? まことに勇者アデラを魔王の元に送り込むことが出来るのか?」

玉座より、上ずった声があがる。
これまで議論の成り行きをうかがっていた国王だが、すっかり彼女の言葉に引き込まれている。
国王派、元帥派を問わず、参列者はざわついている。

「私は学生の時分より魔王の存在を予見し、密かに研究してまいりました。
 禁制に触れることを承知で秘術を学び、学院を追われたのも全て今日のため。
 この期に及んで、どうして偽りを申しましょう?」

マリガンは列座する者達に宣告した。
真偽はともかく、自信に満ちた言葉には人の心を掴む不思議な力がある。
もはや誰も疑いの声を上げようとしなかった。
出席者全ての視線はたった一人に集まり、よそ見をする者は皆無であった。
赤い礼服を纏った女術師は、御前会議の流れを完全に掌握していた。

「ただし、それには一つだけ手に入れねばならぬ物がございます」


・・・・・・・・・


「余の袖を盗んだことの意味を知らぬのか」

いずことも知れぬ部屋の中に居るのは、たった二人だった。
宙を漂う小さな光球によってもたらされる微かな光源は、
この空間の四方を覆う黒い布地が、風も無いのに揺らめくのを僅かに教えるのみだ。
故に、闇色のローブを纏った魔王が今いかなる表情をしているかは勿論、
その目の前に吊るされた少女のか細い四肢を縛る黒縄が、上方のどの梁に繋がっているのかさえ定かでない。
まるで部屋全体が光を吸い込んでいるかのような、暗い空間であった。

「……」

少女は何も語らない。
言葉を返すことさえ厭わしいとばかりに、ただうな垂れて魔王の声を聞き流す。
押し黙ったままの少女に向けて、魔王は軽く指を振った。
黒縄が縮み、白い肌身に食い込む。

「ひぎぃいっ!!」

悲鳴を上げ、少女は短い髪を振り乱して首を仰け反らせた。
彼女に出来たのはそれだけだった。
なぜならその両腕は、背中で高手小手に縛られ、
さらに両足首に絡みついた縄で、身体は逆海老の形に反り上げられていたからだ。
厳重に拘束された彼女が動かせるのは首から上のみであり、
それさえも、首を縛れば死ぬからという理由で縛られぬだけであった。
つま先はその肩に着くかと思うほどに身体を曲げられ、背骨は弓の様に反り軋む。
関節が歪み、筋が伸ばされ、押し縮まされる痛みに耐えかねて、少女の唇から弱々しい声が洩れた。

「知ら……ない。何度も、言うように…… それが何なのかさえ…… 判らない」

答えると同時に、縄が僅かに緩む。
苦痛あまり滲んだ汗が、白い頬を伝って零れ落ちた。
既に同じような遣り取りが繰り返されたお陰で、既に床には汗の染みが作られていた。

「ならば何ゆえ、あの切れ端を奪おうとした?」
「それが、お前の痛手になると、思ったから」

声に力は無かったが、意外な程に確固とした答えであった。

「あれほどの手練れが…… 命を捨ててでも盗もうとしたのよ。
 何の意味も無い、ただの衣じゃないと思ったわ」
「奴らの素性も知らず、黒衣を盗む意味も知らぬというのに、何のためにそなたも命を賭ける?」
「お前は、自分がやっている事が判らないのか!?」

疲労と苦痛に逆らって顔をもたげ、少女は魔王を睨む。
短く刈られた白金の髪から、彼女の種族の特徴がのぞいていた。

「お前たちは森を焼き、木々を切り倒し、私の同胞たちを殺している……
 汚らわしい邪悪な軍勢を率いて、聖域を穢しているっ!
 悶え苦しむ精霊の嘆きが聞こえるわ…… 私たちを慈しんでくれた、森の精霊たちの嘆きが!
 私たちはお前の仇となる事なら、たとえどんな目に会ってでもやってやるわよ!」
「なるほど…… こういう事が起こりうるのか」

憎悪に燃える視線を浴びながら、魔王は呟く。

「余が運命を紡いでいるのか、それとも紡がされているのか。
 どうして、中々に根は深いものよ」

彼の言葉は、森エルフの少女に聞かせるためのものではなかった。
現に彼女は魔王の言葉の半ばも理解できていない。
泰然とした怨敵の様子を見て、縛り上げられた少女の眉が歪んだ。

光エルフの各集落が、闇の軍勢の来寇に慌しく備えようとしていたあの夜、
突如長い牙を生やした魔獣に村は襲われた。
あの惨劇は夜毎に夢に見る。
父と母が目の前で肉塊にされ、恐ろしい金色の瞳に見据えられたまま気絶したあの夜のことを。
本来なら、彼女の命は既に失われているはずだった。
どんな運命の悪戯か、魔王の端女をしている人間族の少女に拾われなかったならば。
一度無くした命など惜しくはない。
でも、死を覚悟でやった自分の行為は、敵に何の痛痒も覚えさせなかったのか。
常と変わらぬ声色のまま静かに座する魔王を見て、悔しさの涙が眦に溢れた。

「名は、何と申したか?」
「……クォン」
「クォンとやら、そなたの行いは無意味ではない」

少女の心中を察したかの様に、魔王は言った。
そしてローブの袖の中で指を鳴らすと、彼女の下半身を縛る結び目が解けた。

「きゃあっ!?」

折り曲げられた状態から急に解放され、両脚が重力に従って下方へ振られる。
続けて二度目の指音が鳴ると、上半身を拘束していた縄も解けた。
自然、縄目より解放されたクォンの体は、足から床に落ちる格好となった。
だが、締め上げられ続けていた肉体はすぐには思うように動かせず、
彼女は崩れるように床に倒れ込んでしまった。
全て一度に拘束を解かれていたなら、彼女は受身も取れずに落下していたはずだった。
そうならなかったのは、ある種の慈悲であったのだろうか。
クォンを縛り上げていた黒縄は、役目を終えてするすると天井の方へと消えてゆく。
誰もそれを引く者はいないはずなのに、まるで意志があるかのように黒縄は消えた。
魔王はやおら立ち上がると、床に倒れ伏した少女の側に歩み進んだ。
そしてその手は、深き森のエルフ族特有の白金色の髪を掴む。

「くあぁっ……」

頭皮を引っ張り上げられる痛みで呻き声が洩れた。
魔王は片手で白金の髪を鷲掴みにすると、そのまま彼女の身体を持ち上げたのだ。
宙に浮いたクォンの視線が、ちょうど魔王と同じ高さにあった。
黒衣のケープがずらされ、奥に隠されていた白面の青年の顔が現れる。
しかし、その白さは眼前のエルフ族の少女が持つ自然な体色とは異質なものだ。
まるで色素を失ったかのような不自然な白さ。
それは暗黒の魔術を極める過程にあるという苦行の仕業だろうか。
だがそうだとしたら、頭髪や瞳に残る体色は説明が付かない。
まさか魔王ともあろう者が、苦痛に耐えかねて修行を放擲したのでもなければ。
言うまでも無く、クォンは至純の闇を求める苦行の事など知るよしもない。
ただ魔法の光に照らされた、邪悪の軍勢の頂点に立つ男の面立ちを、息を呑んで見詰めるだけであった。

「そなたが投じた一石で、水面に新たな波紋が生じた。
 それは拡がり、別の波紋とぶつかり合い、次なる宿命の綾を準備する」
「……」
「これが予め定められていたことなのか、はたまた何者かが偶然そこに居た駒を用いただけなのか。
 何れそれらは明らかになろう。
 余の次の興味は、そなたにもまだ盤上に残るだけの宿縁があるかということだ」
「……ひっ!」

値踏みするような冷たい瞳に見据えられ、クォンは痛みを忘れて震え上がった。
一度は死を覚悟したはずの少女さえ竦ませうる、剣牙虎の呪眼とは別種の力。
目を背ける事も、瞼を閉ざす事も出来ぬまま、彼女は魔王の眼光に晒され続けた。
じとりと冷や汗が噴き出す。
そのままどれ位の時間が経っただろうか、魔王の眼差しが不意に緩んだ。

「……そなたは違うのか」
「え?」
「運命の差し手は、そなたを使い終えたと云う事かな。もっとも── 」

短髪を掴み上げていた手が、少女の頭を引き寄せる。

「『観た』だけでは判らぬという事もある」
「むぅっ── 」

唇と唇が重なった。
クォンは目を見開き、思わず腕で相手を押しのけようとする。
しかし、縛られ続けて力の萎えた細腕では、眼前の男を突き飛ばすことなど敵わぬ事であった。

「ん、んんーっ!」

口を塞がれて、呼吸が止まる。
無理矢理唇を奪われた彼女は、鼻から空気を吸うことも忘れてただ貪られるしかなかった。
魔王がクォンから顔を離したのは、柔らかい唇を散々にねぶり抜いた後であった。
呼吸の自由を取り戻し、クォンは時おり咳き込みながらも、久しぶりの新鮮な空気を吸い込む。
その様子を、魔王はじっと眺めていた。
まるで相手の息が整うのを待っているかのように。
ただし、魔王は相手を解放するつもりは毛頭なかった。
クォンの身体を持ち上げる指から、不意に力が抜けた。

「きゃっ!?」

急なことで、また両脚がきつく縛り上げられていたために、
先程と同様にクォンは重心を崩して床に倒れみそうになる。
それを受け止めたのは、魔王の腕だった。
妖精娘の細腰に手を回し、すかさず支える。

「嫌ッ!」

咄嗟に、相手の顔を張ろうとした。
だがその腕を魔王の手は容易く止め、逆にクォンの手首を捕まえる。
少女を床に横たえると、魔王は彼女の体に覆い被さるように組み敷いた。
白い指が、クォンの襟に掛かる。
汗を吸った端女の粗衣は、薄く肌が透けて見えるほどに少女の肌に貼り付いていた。
それを一息に、魔王の指は縦に引き裂いた。

「キャアッ!」

鋭い叫び声を上げて、クォンは抗い逃れようとした。
しかし、魔王の手は彼女を床に押し付けたまま逃亡を許さない。
腰帯まで裂かれて、森エルフ族の真白い肌が曝け出された。
臍と人間と比すれば小振りな乳房までもが露になる。
そこには先程の責め苦で付けられた縄の跡が、赤く線を引くように残されていた。

「や、止めて……」

震える声で哀願しながら、クォンはなおも抵抗しようとした。
粗衣を破いた魔王は、彼女のもう一方の手首を掴み、抑えこむ。
両手を封じられて、抗う術さえ失ったクォンは、己を見下ろす魔王を見た。
冷たい瞳が、静かに自分を見詰めている。
まるで、自分がどう動くかを見定めているかのように。
クォンは、眼光に耐え切れずに顔を背けた。
一度は捨てた生命だが、彼女は魔王の眼が恐ろしかった。
まるでその眼は、無慈悲な冥府の審判者に魂魄の奥底を覗かれているかの様だ。
相手の目を見るのが怖くて、固く瞳を閉じる。

「……ぁ」

首筋に、今までに覚えの無い感触が加わる。
肌の上を這い回る感触は、長い時間を生きてきた彼女にも感じた事の無いものだ。
啄むように、柔らかい肌地を弄られるたびに、クォンは屈辱と悪寒に見舞われる。
瞼の間から、涙が零れ落ちた。

「……やぁっ!」

肌を弄る魔王の唇が、項から胸乳へと下がっていった。
まだ誰にも許したことの無い乙女の乳房に、魔王は跡を残して行く。
その突端にある小さな乳首を、魔王は口に含む。
歯を立てられた訳でも無いのに、クォンの身体は跳ねた。

(はっ、はああぁ……)

それが敵の唇であることは承知しつつも、未知の感触に身体はわなないてしまう。
熱い舌が乳首を転がし、唇が挟み取り、吸う。
少女の肉体を存分に味わった後に、ようやく魔王は乳房から口を離した。
赤く伸びた縄の跡に加えて、魔王に吸われた跡が点となって残った。
少女の薄い胸が、ふいごの様に激しく上下していた。

不意に、クォンは腕が片方だけ自由になったのを知る。
魔王がその手を離したのだ。
だが、もう一方の手はまだしっかりと少女の手首を押さえ込んでいた。

空いた手が、首筋から鎖骨、そして胸乳へと、唇が通った経路を同じく進む。
けれども指は乳首で留まらず、そのまま鳩尾から臍へと降りてゆく。
こそばゆい想いを抱きつつ、途中まではクォンにも耐える事ができた。
しかし、それが下腹部へと下がってゆくと、彼女は慌てて脚を閉じてそれ以上の進入を防ごうとする。

「無駄な力を込めぬ方がよいぞ? 余にも、そなたにとっても」
「……ッ」

魔王は諭すように言った。
暫くの間、魔王は彼女が無益な抵抗をやめるのを待った。
が、クォンは大人しくなるどころかいっそう内股を固く閉ざし、どこまでも相手の指を拒む。
雌鹿のように細くしなやかな脚で、彼女はそこを守ろうとけなげにも力を振り絞った。

魔王の手が、クォンの手首を離す。
手首には魔王の五指の跡がくっきりと残っていた。
そして次の瞬間、その指は少女の細首に食い込んだ。

「ごぅ……」

クォンの喉が奇怪な音を漏らす。
望んで出した声ではない。
凄まじい握力で締め上げられた気道が空気を押し上げ、出すつもりの無い声を出したのだ。
首筋に食い込む白い指は、彼女の頚動脈を締めるでもなく、ただ力ずくでそれを握り締める。
クォンは自由になった両手で魔王の腕を振り解こうと試みるが、どれだけ力を込めようと微動だにしない。
爪を立てても無駄だった。
黒縄よりも無慈悲に、魔王の指はクォンの喉を締めつける。
呼吸できない苦しさに悶えようとも、満足に苦痛の喘ぎさえ上げることができない。

「く…… あ……」

いつの間にか、クォンは両脚を閉じる事をやめていた。
正確にはそんな余裕は失っていた。
床を蹴り、体を捻り、全身の力でなりふりふり構わず魔王の指から逃れようとする。
その間隙を突いて、魔王は下帯の中へ手を滑り込ませていた。
産毛の様に柔らかい茂みを掻き分け、陰裂に辿り着く。
無論のこと濡れてなどいない。
にも係わらず、魔王は指を突き入れた。

「きゃ……」

下半身に感じた触覚の所為で、クォンはただでさえ貴重な空気を吐き出した。
必死になって腰を捩り、指を抜こうと暴れだすクォンだが、それは自分の息切れを早めるであった。

(いやぁっ! 神さま、父祖さま、森を守護する万霊たち! お願い、誰か助けてっ!)

心の中で、クォンは叫び、助けを求めた。
しかし、魔王の手に落ちたものを誰が助けうるだろうか。
神々にでさえ、それは成し難いことだというのに。

「が……、ぐぅ……」

舌は口から飛び出し、白目をむいて悶絶する少女を見下ろす魔王は、
その腕を振り解こうとする両手に、次第に力が篭らなくなってくるのを感じると、指の力を少しだけ抜いた。
久しぶりの空気が、クォンの喉を通り抜けてゆく。
最初から、魔王には彼女を窒息死させる心算はなかった。
彼には骸を抱く趣味は無い。
股間から手を抜くと、魔王はクォンの膝を開かせる。
染み出した体液に濡れたその指には、微かに血が付着していた。
魔王が腰を両脚の間に割り込ませると、クォンの股間に熱いものが触れた。
それが何なのかは、男を知らぬ彼女にさえ判った。
けれども、さっきはあれほど抗ったクォンだったが、もはや彼女には足掻く力がなかった。

引き裂かれる痛みが走った。
驚愕と悲痛が彼女の顔を歪める。
身じろぎするクォンを、魔王は床に強く押さえ込む。
まだその指は、少女の細い首筋を握ったままだ。

熱い涙が、目尻からから零れ落ちた。
先程までも、あれほど涙を流していたというのに。
一体何処に残っていたのかと思えるほど、とめどなく涙が零れた。
ぐいぐいと、痛みの元凶は奥へ奥へと容赦なく突き込まれてくる。

「……ひゃっ!」

クォンは小さな悲鳴を上げた。
下腹部の一番深い場所が、異物に押し上げられていた。
その先端が、これ以上進めないことを確かめるかのように、膣と子宮を隔てる壁を突いてくる。
しばし突き当たりの感触を確かめた後、異物は膣壁を引きずり出そうとでもいうのか、
粘膜を引っ掻きながらとば口へと戻る。
そして再び、一番奥と突き刺さる。
堪らずに、少女は泣き声を上げた。
幾度も幾度もそれは繰り返される。
クォンの涙が本当に枯れ果て、もはや嗚咽すら上げられなくなっても。
磯辺に打ち上げられた死にかけの魚の様に、弱々しく体をひく付かせる事しかできなくなった少女の体を、
魔王は無言のまま犯し続けた。
部屋の中で聞こえるのは、肌と肌が打ち合わされる音だけになっていた。
いつしか、その音の拍子がだんだんと速くなり始める。
そして強く鳴り響く。
一際高く、小気味よい音が激しく鳴る。

「……ぁっ」

最後の瞬間に、ほんの小さな声でクォンは呻いた。
彼女にも判った。
異物が脈動と共に、熱い体液を放出している。
胎内の奥の奥でそれを感じる。
クォンの瞳から、瞼の裏に残った最後の一滴が零れ落ちた。
全てを放ち切るまで、魔王は彼女の体を離さなかった──

「……ぅ、ぅ」

魔王は衣装を調え立ち上がり、疲れ果てて床に体を横たえたままのクォンを見下ろした。
いつもと同じ、冷酷な視線を少女に向けつつ、魔王は一人呟く。

「ふむ、そういう使い道もあるか……」

ローブの袖の中で魔王が指を鳴らすと、宙を漂っていた光球が弾けて消えた。
光源を無くした黒い部屋の中は、完全な闇に包まれる。

「運命に石を投げ込む者は、その身に因果を背負わなければならぬ。
 その重荷に耐えられなければ、ただ滅するのみ。
 余も、アデラも、そなたも── 」

いつの間にか、黒いローブを纏った姿は闇に同化してゆく。
漆黒の闇の中に、打ちひしがれた妖精の少女だけを残し、魔王の気配は何処とも無く消えていった。


・・・・・・・・・


この場所では、全ての意味が揺らいでいる。
暗視能力に優れた森エルフであってさえ、一条の光すら差さないここでは何も見えない。
見えないために、全ての形が意味を持たない。
自分の吐息と鼓動以外に、物音一つしない。
語る相手がいないから、言葉が意味を失う。
ここに有るのは、暗黒と沈黙だけだ。

力尽きたクォンは、この漆黒の世界に倒れ伏していた。
破かれた衣服の裂け目からは、少女の白い肌が覗く。
だが、この闇の中でどうして隠す必要があるだろう。
誰も見ることは無いし、見るものは誰も居ないのだ。

時間が過ぎてゆくに任せ、クォンは眠っていた。
いや、彼女自身は知らないことだが、この世界では時間すら揺らいでいた。
世の理に背いた時の流れ方さえ、ここでは起こりうる。
ひょっとしたら逆回しにすら流れそうな、異質の世界なのであった。
しかし、中に居る人間がそれを感知する方法は無い。
彼女は今、何もかも忘れてただ眠りを貪っていた。
夢を見ることすらない虚無の眠りこそが、唯一の安らぎであった。

「……?」

長い耳が、ピクリと動いた。
人間族よりもはるかに優れた聴覚を持つエルフの耳が、自分以外が立てる音を捉えた。
彼女の眠りを妨げたのは、聞きなれぬ足音だった。
歩き方の無粋さから、エルフ族のものではないと分かった。
だが、今更どうだというのだろう。
足音は次第にこちらへ近付いてくるが、今は只眠り続けたかった。
瞼を開けることさえなく、クォンは再び眠りに落ちた。

 

「誰か倒れているわ!」

輝く抜き身の剣を持ち、重甲冑に身を包んだ騎士が少女の側に駆け寄った。

「気をつけて、罠かも知れないわよ?」

紅いローブを纏った魔道士が注意するのも聞かず、騎士はクォンを抱き起こした。
その白い肌に加えられた苛烈な暴行の跡に一瞬不安を覚えたが、
少女が呼吸をしている事を確認し、一先ず安堵のため息を漏らした。

「大丈夫、命に別状は無いみたい」
「なら先を急ぎましょう」
「……マリー、貴女はこの子を外に連れて行ってあげて」
「何を言っているの? 今は些事にかかずらっている場合じゃないのよ!?」

激しい声で、魔道士は言った。
だが、騎士も譲らなかった。

「私は、ここがどんな所か知ってるわ。
 この機会を失えば、この子が外界に戻るチャンスは零に近いはずよ」
「もうっ…… 事の軽重を弁えなさいな。
 魔王を倒す事こそ貴女の使命であり、至上の義務なのよ」
「それは必ず果たすけど、この子も見捨てては置けないの。
 だから貴女が外に連れて行ってあげて」
「私が居なくてどうするつもり? ここから先どうやって進むの?」

呆れたように、魔道士は肩を竦める。
騎士は、白く光を放つ剣を掲げてそれに答えた。

「ここまで来れば、あとはこの神剣が教えてくれるわ」

その切っ先が向く先は、魔道士が騎士を導こうとしていた方向と一致していた。
持ち主を敵の元へと導こうとでもいうのか。
魔王を滅ぼすために造られた刀身が、神々しい光を放つ。

「何を言っても無駄みたいね。
 ま、魔王陛下と二人っきりになりたいと言うのなら、そうさせて上げるわよ」

魔道士は悪戯っぽく笑い、騎士から少女の身を受け取った。

「頑張ってね、勇者様。武運を祈ってるわ」
「任せておいて」

友人の後姿を、騎士は見送る。
その背中が闇に消えるころ、おもむろに騎士は剣を握り直し、振り向く。

「隠れていても居るのは分かっているぞ。獣め!」
「……ぐ あ る る る る る」

唸り声が闇の中から聞こえる。
その気配と声には覚えが有る。
魔王と共に、借りを返さねばならなかった相手だ。

「貴様如きが勇者を名乗るなどおこがましい。
 ふんっ、魔王が禁じようと知った事かっ。
 今度こそ、その臓物を生きながらに喰ろうてやるわ!」
「此方も肩慣らしに丁度良い。
 奴を討つ前に、ついでに退治してやる!」

 ぐ ぉ お お お お お お お ぉ る る う っ !

咆哮と共に、暗中に青白い鬼火が幾つも生じた。
その不気味な光に照らされて、巨大な剣牙虎が姿を現す。
騎士は剣を上段に構え、強敵に相対した……


・・・・・・・・・


魔王が寝起きする漆黒の大天幕が、いつ誰の手で作られたものであるのか、
知る者は誰一人としていない。
そして、それにどんな魔力を秘めているかを知る者もいない。
ただ判ることは、それは魔王只一人のために建てられ、そして運ばれてゆくという事実だ。

古く深き森の辺で、魔王が袖の端を盗まれて後も、
運命は留まることなく動き続けていた。
人と、人に近きもの、人ならざるものたちを巻き込んで、光と闇の戦いは彩られてゆく。
魔王と勇者の闘いを導く糸が、いかに紡がれてゆく事となったのか、自分がいかにそこに関わったのか。
切り離された時間の中で眠り続けていたクォンがそれを知るのは、これから先のことである。


(終わり)

 

 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年12月28日 08:17