東京都教育委員会の「日の丸・君が代」強制に抗議する

東京都教育委員会の「日の丸・君が代」強制に抗議する
《現代版・踏み絵》に異議あり―法律・教育学関係者緊急アピール―

 東京都教育委員会は、今春の卒業式における「君が代」斉唱の際に「起立しなかった」、「ピアノ伴奏をしなかった」都立学校の教職員176名と公立小中学校などの教職員20名を戒告処分に付することを決めました。同教委は今年2月にも、周年行事に際して同様の態度をとった教職員10名を戒告処分としましたが、今回はそれを上回る大量処分であり、しかも弁護士の立ち会いを排除した強引かつ一方的な「事情聴取」を行っただけの極めてずさんな処分です。

 都教委が今回の処分を断行した背景には、昨年10月23日に全都立学校の校長宛に発せられた「国旗・国歌」に関する「通達」および「実施指針」があります。これらの文書において同教委は、「日の丸」掲揚、「君が代」斉唱の具体的な方法について事細かに指示し、さらにこれに従わない教職員は処分の対象となるとしました。今回の処分は、「10・23通達」の本格的な発動ということができます。

この通達にいたる都教委の議論では、1999年国旗・国歌法制定時に述べられた「国旗・国歌を尊重する気持ちを子どもに強制するものではない」とする政府の説明自体を疑問視して、子どもに強制を働かせるために邪魔になる教師を選別し、追い落とそうとする意図が表われていました。

さらに3月16日の都議会予算特別委員会において、横山教育長は、「君が代」斉唱時に起立しない、歌わない生徒が多数いた場合は、担任教師等を調査し、不適切な発言等があれば処分するという驚くべき発言をしました。子どもたちに自分で考えることを保証しようとする教師がターゲットとされており、同時に、担任の教師を人質にとって子どもに順応を迫るという極めて卑劣な強制方法であることは明らかです。

このように、「日の丸・君が代」をめぐる都教委のやり方は、子どもから自主的思考を奪い、ただひたすらに体制に順応することを強制する点で、もはや教育の名に値するものではなく、教育基本法にのっとって子どもの「人格の完成」をめざした教育を行う教師の権利を踏みにじり、同時に、子どもの学ぶ権利、思想・良心の自由を侵害するものです。まさに、《現代版・踏み絵》といわざるをえません。

日本国憲法19条の「思想および良心の自由」は、個人の人格の核心である思想・信条、つまり内心における精神活動がいかなる外部からの干渉も受けずに、自律的に行われるべきことを保障しています。この自由は、人格形成の途上にある子どもにとっては、とりわけ重要です。子どもが自分と社会や国家との関わりかたを認識し、そのアイデンティティを確立していく過程は、親や教師の援助を受けつつも、可能なかぎり自律的なものでなければならず、これを国家が統制することは、子どもの人格的自律を将来にわたって妨げることになるからです。

また、親とともに子どもの良心形成に関わる教師が、「国旗・国歌」の問題で吟味された判断の素材を子どもに提供する一方、子どもの自律的な人格形成を阻害するような政府や教育行政当局の干渉に抵抗することは、教育者としての重要な職責に属します。教育基本法10条1項が、教育に対する「不当な支配」を禁止しているのは、このような教育の条理を規範化したものとみることができます。

なお都教委は、「『内心の自由』は認めるが、それを表現することは職務命令違反になる」と主張しています。しかし、憲法が保障する「内心の自由」は、少なくとも自己の良心に反する行為を拒否する自由(消極的な表現行為の自由)を含むはずです。これを許さないのは、憲法19条を否定するものです。憲法が職務命令よりも優先されることはいうまでもありません。

以上のように、都教委による「日の丸・君が代」の押しつけは、憲法・教育基本法・子どもの権利条約などに違反するのみならず、制定時に「強制はしない」との政府答弁がなされた国旗・国歌法の趣旨にも反します。学校教育法との関係でいえば、このような強制が同法の定める学校教育の目標である「自主及び自律の精神を養うこと」(小学校・18条)、「公正な判断力を養うこと」(中学校・36条)、「健全な批判力を養い、個性の確立に努めること」(高等学校・42条)などに反することは明らかです。さらに、都教委が強制の《根拠》として持ちだす学習指導要領(文部科学省告示)については、最高裁が、同文書は強制にわたるものであってはならない旨を判示しています(1976年・学力テスト事件判決)。

政府・文部科学省が推進する「教育改革」では、《自律性・主体性・創造性を備えた人材の育成》が喧伝されていますが、国旗・国歌に向きあう姿勢まで一方的に決めつけ、「起立・斉唱」行動を強制するようなやり方は、いかなる意味でも子どもの自律性・主体性・創造性を養うことにはなりません。

このように、都教委の《現代版・踏み絵》は、教育のあり方として大いに疑問であり、また憲法・教育基本法が明確に規定している教育に関する法のルールにも反するものです。私たちは、次代を担う子どもたちの自律的な人格形成に重要な責任を自覚する研究者として、このような異常事態を黙認するわけにはいきません。ここに連名により、異議申し立てを行うものです。

2004年4月

《呼びかけ人》
荒牧 重人(山梨学院大学・憲法)/市川須美子(獨協大学・教育法)/植野 妙実子(中央大学・憲法)/大田 堯(東京大学名誉教授・教育学)/喜多 明人(早稲田大学・教育法)/榊 達雄(名古屋大学名誉教授・教育行政学)/佐藤 一子(東京大学大学院・生涯教育論)/佐藤 学(東京大学大学院・教育学)/鈴木 英一(名古屋大学名誉教授・教育行政学)/田中 孝彦(都留文科大学・教育思想・臨床教育学)/俵 義文(立正大学=非常勤講師・教育学) 中川 明(明治学院大学・弁護士・憲法)/中野 光(元中央大学・教育学)/中村 雅子(桜美林大学・教育学)/浪本 勝年(立正大学・教育学)/成嶋 隆(新潟大学・憲法・教育法)/西原 博史(早稲田大学・憲法・教育法)/橋本 紀子(女子栄養大学・教育学)/樋口 陽一(早稲田大学・憲法)/土方 苑子(東京大学大学院・日本教育史)/平塚 眞樹(法政大学・教育行政学・政策論)/堀尾 輝久(東京大学名誉教授・教育学)/三上 昭彦(明治大学・教育学)/三輪 定宣(千葉大学名誉教授・教育学)/三輪 隆(埼玉大学・憲法)/森 英樹(名古屋大学・憲法)/山内 敏弘(龍谷大学・憲法)/横湯 園子(中央大学・教育臨床心理学)/米田佐代子(総合女性史研究会代表)
                              (以上29名)

 《賛同者名簿》            (2004年4月26日現在)
青山 政利(近畿大学)/安達 和志(神奈川大学・行政法・教育法)/足立 英郎(大阪電気通信大学・憲法・教育法)/姉崎 洋一(北海道大学・教育学)/荒井 明夫(大東文化大学・日本教育史)/新井 秀明(横浜国立大学・教育行政学)/荒井 容子(法政大学・社会教育学)/淡川 典子(富山大学・憲法)/安藤 聡彦(埼玉大学・教育学)/伊藤 雅康(札幌学院大学・憲法)/石崎 誠也(新潟大学法科大学院・行政法・教育法)/石埼 学(亜細亜大学・憲法)/石村 修(専修大学・憲法)/石本 祐二(日本教育政策学会・日本教育法学会・教育学)/市村 高男(高知大学・日本史学)/稲 正樹(大宮法科大学院大学・憲法)/井端 正幸(沖縄国際大学・憲法)/井深 雄二(名古屋工業大学・教育行政学・教育財政学)/井上厚史(島根県立大学・日本思想史/井上 惠美子(フェリス女学院大学・教育学)/井上 たか子(獨協大学・女性学)/井ノ口 淳三(追手門学院大学・教育学)/岩下 誠(東京大学=大学院生・教育学)/岩橋 法雄(鹿児島大学・教育行政学)/植田 健男(名古屋大学・教育経営学)/上原 明子(大阪成蹊短期大学・発達心理学)/植松 健一(島根大学・憲法)/右崎 正博(獨協大学・憲法)/内野 正幸(中央大学・憲法)/梅原 利夫(和光大学・教育学)/浦田 一郎(一橋大学・憲法)/浦田 賢治(早稲田大学・憲法)/江口 正義(東京海洋大学・工学)/大串 隆吉(社会教育推進全国協議会委員長・教育学)/大内 裕和(松山大学・教育社会学)/大久保 史郎(立命館大学・憲法)/大河内 美紀(新潟大学・憲法)/太田 美幸(一橋大学=大学院生・教育社会学)/大橋 博明(中京大学・教育学)/大橋 基博(名古屋造形芸術大学短期大学部・教育法)/大藤 紀子(獨協大学・憲法)/大前 哲彦(大阪音楽大学・社会教育学)/岡田 正則(南山大学・行政法)/岡林 秀幸(大阪音楽大学・教育学)/岡本 洋三(鹿児島大学名誉教授・教育学)/奥 忍(岡山大学・音楽教育)/小栗 実(鹿児島大学・憲法)/小沢 隆一(静岡大学・憲法)/小野 方資(東京大学=大学院生・日本教育史・教育法)/小野田 正利(大阪大学・教育社会学)/尾花 清(大東文化大学・教育学)/折出 健二(愛知教育大学・教育学)/笠原 十九司(都留文科大学・東アジア近現代史)/笠間 賢二(宮城教育大学・教育史)/柏木 敦(兵庫県立大学・教育学)/梶山 雅史(大学教員・日本教育史)/片桐 洋子(千葉大学・教育学)/桂島 宣弘(立命館大学)/加藤 忠雄(福井大学・教育学)/金津 日出美(立命館大学=非常勤講師・日本史学)/神谷 純子(一橋大学=大学院生)/上脇 博之(神戸学院大学・憲法)/川岡 勉(愛媛大学教授・日本史)/川村 肇(獨協大学・教育学)/河田 洋(高エネルギー加速器研究機構・物理学)/河田 敦子(お茶の水女子大学=大学院生・教育史)/菅 道子(和歌山大学・音楽教育)/北川 邦一(大手前大学・教育学)/北川 善英(横浜国立大学・憲法)/木下 智史(関西大学・憲法)/木村 元(一橋大学・教育学)/清田 雄治(愛知教育大学・憲法学)/久保田 貢(愛知県立大学・平和教育・教師教育・社会科教育)/楜澤 能生(早稲田大学・法社会学)/小池 裕敏(拓殖大学・法学)/小泉 広子(桜美林大学・教育法)/小竹 聡(愛知教育大学・憲法)/越野 章史(和歌山大学・教育学)/小島 昌夫(教育科学研究会常任委員・元女子美術大学教職課程・教育学)/小島 喜孝(東京農工大学・教育政策論)/小林 純子(一橋大学=大学院生・総合社会科学)/小林 武(愛知大学・憲法)/駒込 武(京都大学・教育史)/小松 浩(神戸学院大学・憲法)/児美川 孝一郎(法政大学・教育学)/小峰 総一郎(中京大学・教育学)/小森 陽一(東京大学大学院・日本近代文学)/子安 潤(愛知教育大学)/子安 宣邦(大阪大学名誉教授)/近 正美(千葉県立生浜高等学校・地理教育学・都市地理学)/近藤 真(岐阜大学・憲法)/今野 健一(山形大学・憲法・教育法)/斎藤 一久(日本学術振興会・憲法)/酒井 峰男(岡山大学留学生センター)/坂口 謙一(東京学芸大学・技術教育学)/佐々木 英一(追手門学院大学・比較教育学)/佐々木光明(神戸学院大学・刑事法)/笹沼 弘志(静岡大学・憲法)/佐藤 和夫(千葉大学・教育学)/佐藤 隆(都留文科大学・教育学)/佐藤 史人(和歌山大学・技術・職業教育学)/佐貫 浩(法政大学・教育学)/佐野 敦至(福島大学・フランス語学)/汐見 稔幸(東京大学・教育学)/重松 克也(北海道教育大学・社会科教育学)/志田 陽子(武蔵野美術大学・憲法)/島田 修一(中央大学・社会教育学)/清水 敏(早稲田大学・労働法)/清水 雅彦(明治大学・憲法)/清水 康幸(青山学院女子短期大学・教育学)/白井 浩子(岡山大学・生物学)/新谷 恭明(九州大学・教育学)/杉江 修治(中京大学・教育心理学)/杉田 真衣(東京都立大学=大学院生・教育学)/隅野 隆徳(専修大学・憲法)/関口 昌秀(神奈川大学・教育学)/平 雅行(大阪大学・日本史)/高尾 隆(一橋大学=大学院生・社会学)/高嶋 伸欣(琉球大学・社会科教育学)/高橋 哲哉(東京大学大学院・哲学)/高橋 利安(広島修道大学・憲法)/高橋 満(東北大学=大学院生・社会教育)/竹内 俊子(広島修道大学・憲法・教育法)/多田 一路(大分大学・憲法)/只野 雅人(一橋大学・憲法)/立花 涼(愛知女子短期大学・日中比較文学・日本文学)/田中 耕二郎(追手門学院大学・教育行政学)/田中 稔(岩手大学・機械工学)/谷 和明(東京外国語大学・社会文化論)/谷 雅泰(福島大学・教育学)/田沼 朗(身延山大学・教育学・教育行政学)/田村 武夫(茨城大学・憲法)/塚田 哲之(福井大学・憲法)/鶴田 敦子(子どもと教科書全国ネット21代表委員・家庭科教育学)/寺岡 英男(福井大学・教育学)/寺川 史朗(三重大学・憲法)/寺崎 昌男(東京大学名誉教授・教育学)/照本 祥敬(中京大学・教育学)/豊田(奥川)明子(名古屋大学=大学院生・社会・生涯教育学)/奈須 恵子(立教大学・教育学)/長岡 徹(関西学院大学・憲法)/中川 晴夫(日本福祉大学・社会教育・生涯学習)/長澤 成次(千葉大学・社会教育学)/中島 茂樹(立命館大学・憲法)/中野 元裕(大阪大学・分子化学)/中藤 洋子(福岡県立大学・社会教育論)/長峯信彦(愛知大学法学部助教授・憲法)/成澤 孝人(三重短期大学・憲法)/中島 徹(早稲田大学・憲法)/永田 秀樹(関西学院大学・憲法)/中富 公一(岡山大学・憲法)/永山 茂樹(東亜大学・憲法)/新岡 昌幸(北海道大学=大学院生・憲法・教育法)/西端(多和田)真理子(東京大学=大学院生・教育史)/西脇 秀晴(神奈川大学=大学院生・教育法)/丹羽 徹(大阪経済法科大学・憲法・教育法)/根森 健(新潟大学・憲法)/野平 慎二(富山大学・教育学)/長谷川 孝(教育評論家)/長谷川 裕(琉球大学・教育社会学)/畑尻 剛(中央大学・憲法)/林 量俶(埼玉大学・教育法)/樋口 浩造(愛知県立大学・日本思想史)/兵頭 晶子(大阪大学=大学院生・日本学)/平川 景子(明治大学・社会教育)/広木 克行(神戸大学・教育学)/広瀬 信(富山大学・教育学)/藤井 寛治(元=北海道大学・理論物理)/藤井 啓之(愛知教育大学・教育学)/藤田 英典(国際基督教大学・教育社会学)/藤野美都子(福島県立医科大学・憲法)/藤原 英夫(帝京大学・教育法)/舩尾 日出志(愛知教育大学・社会科教育)/船越 勝(和歌山大学・教育学)/古川 純(専修大学・憲法)/古沢 常雄(法政大学・教育学)/星山幸男(東北福祉大学・教育社会学・社会教育)/前原 清隆(長崎総合科学大学・憲法)/松井 幹夫(自由の森学園元学園長)/松倉 聡史(市立名寄短期大学・憲法・教育法)/松下 良平(金沢大学・教育学)/松田 京子(南山大学・日本近現代史)/松田 洋介(一橋大学=大学院生・教育社会学)/松沼 美穂(明治大学=非常勤講師・フランス史・フランス語)/水内 宏(千葉大学・教育学)/水島 朝穂(早稲田大学・憲法)/水谷 勇(神戸学院大学・教育学)/三宅 晶子(千葉大学・イメージ文化論)/村田 尚紀(関西大学・憲法)/望月 彰(大阪府立大学・教育学)/本 秀紀(名古屋大学・憲法)/森 透(福井大学・教育学・教育史)/元山 健(龍谷大学・憲法)/森田 満夫(沖縄国際大学・教育学)/八鍬 友広(新潟大学・教育学)/柳井 健一(山口大学・憲法)/山口 和秀(岡山大学・憲法)/山崎 英壽(日本体育大学・憲法)/山崎由可里(和歌山大学・教育学)/山中 冴子(埼玉大学・障害児教育学)/山本 敏子(駒沢大学=非常勤・教育史)/山元 一(東北大学・憲法)/結城洋一郎(小樽商科大学・憲法)/横田 守弘(西南学院大学・憲法・教育法)/世取山 洋介(新潟大学・教育法)/米田 俊彦(お茶の水女子大学・日本教育史)/米田 貢(中央大学・金融論)/和田 進(神戸大学・憲法学)/渡辺 洋(神戸学院大学・憲法)/王 智新(宮崎公立大学・教育学)
以上、呼びかけ人29名 賛同者210名 氏名を公表しない賛同者9名  合計248名

■連絡先
俵 義文(立正大学・子どもと教科書全国ネット21事務局長)
TEL: 03-3265-7606/FAX: 03-3239-8590
○成嶋 隆(新潟大学・日本教育法学会理事)
TEL: 025-262-6494/FAX: 025-262-6494
○西原 博史(早稲田大学・日本教育法学会理事)
TEL: 03-5286-1463

最終更新:2005年12月07日 15:55
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