●主張
明らかになった戦争の本質
ブッシュ米大統領はイラク戦争の終結を宣言し、「イラク復興」を進めている。5月末までにイラク暫定政権を樹立するために、米国復興支援人道支援室(ORHA/陸軍退役中将ガーナー)の下で暫定政権の準備会合を開くとともに、支援国会議の開催も急いでいる。米国の石油利権を保障する政権の樹立と新植民地主義的占領体制づくりに躍起になっているのだ。ブッシュがイラク攻撃の大義名分とした大量破壊兵器は未だに見つかっていない。「破壊されたか、あるいは別の場所に移された可能性がある。しかし、サダム・フセインがもはや米国を脅かすことはない」(ブッシュ4/24)と居直っているが、誰の目にもイラク攻撃の本質が明らかになってきている。
戦争犯罪を明らかにしよう
イラク国民は米英軍による暫定政権づくりや復興支援など求めてはいない。イラク国民が求めているのは米英軍の即時撤退と、空爆被害への謝罪と補償である。イラク国民にとって戦争は未だ終わってはいない。クラスター爆弾の第二次被害は拡大している。劣化ウラン弾による子どもたちへの放射能被害は十年以上も続いている。この治療と補償抜きに戦争は終わらない。米英軍による戦争被害の検証が今、問われている。国際法違反の米英軍による武力攻撃の戦争犯罪を明らかにしなければならない。
日本の占領加担を許すな-広げようイラク写真展
小泉内閣は米国の占領機関ORHAに外務省職員の派遣を決めた。米、英国による新植民地主義的占領体制づくりを支援しているのだ。許してはならない。米、英軍の即時撤退と日本の占領加担に反対の世論を作るためにも、イラク戦争被害の実態を明らかにするイラク写真展、講演会を全国に広げよう。
●国際法を無視した侵略・殺りく・占領を許すな!イラク戦争の実相を暴き、市民の手で戦争犯罪を立証しよう
アフガニスタン国際戦犯民衆法廷実行委員会 乾 勝彦さん
米英のイラク攻撃は戦争犯罪のオンパレード
今回の米英によるイラク攻撃から占領にいたる経過は、幾重にも国際法違反の戦争犯罪のオンパレードである。犯罪は裁かれなければならないし、犯罪者は処罰されねばならない。
既存の国連や国際機関が、それを行う力を持ちえないなら、我々市民が中心になって、「犯罪に正義の光を当て、世界の世論という最高の法廷にその判断を仰ぐ」(ラムゼー・クラーク)取り組みをただちに準備しなければならない。
国連憲章を無視した侵略戦争
第一の論点は、国連憲章を無視した明確な侵略戦争であったという点だ。
憲章二条四項は、個別国家の武力による威嚇や武力の行使を全面的に禁止しており、この点は二度の大戦を経て人類が到達した現代国際法の根本原則だ。例外としてある自衛権の行使についても、憲章五十一条は「武力行使が発生した場合」「安保理が必要な措置を取るまでの間」に限定しており、潜在的脅威を口実にした先制攻撃、ましてや安保理が査察を継続している事態を無視した攻撃など認められるはずがない。
もう一つの例外である国連の(安保理決定による)強制措置も、平和を乱す行為を対象として発動されるものであり、他国の政権を転覆するための武力行使(たとえそれが非民主的な独裁政権であったとしても)など認められていない。
湾岸戦争時の決議が有効と言う主張についても、決議六七八は、イラク軍をクウェートから撤退させるための武力行使を容認したものであり、目的が異なる。
大量破壊兵器廃棄の問題は、決議六八七(湾岸戦争停戦決議)でイラクに課せられた義務であり、その履行を確保するための措置は安保理で決定すると明記されており、たとえ決議違反があったとしても停戦失効→自動開戦などとんでもない論理である。
国際人道法に違反した数々の戦争犯罪
第二の論点は、数々の国際人道法違反の戦争犯罪である。多くの現地報道があきらかにしているように「誤爆」の名のもとに民間人攻撃、民間施設攻撃が行われた。大量のクラスター爆弾や劣化ウラン弾の投下は、今後も長期間にわたってイラクの民衆を苦しめ続ける事になる。今後、明らかにされていくであろう様々な新型兵器の使用も事実上の無差別攻撃として国際人道法違反を免れない。ましてや、アルジャジーラ支局爆撃などの報道機関を狙い撃ちにした攻撃など何をかいわんやである。
今日、バグダットが占領され、軍事行動は終息に向かう中、イラク民衆による「略奪」報道が目に付くが、占領地での治安維持は占領軍の責任である事は言うまでもなく、「略奪」の真相が米軍が刑務所を破壊し服役囚をけしかけたといった現地情報や、略奪された金品を米兵や従軍記者が本国に持ち返ったなどの報道が出始めた。まさに、何でもあり、戦争犯罪のデパートだ。
国際世論を結集し、一握りの戦争屋たちの無法を裁く力を作り出そう。
アメリカ、イラク共にICCローマ条約を批准していないが、イギリスは批准している。ブッシュは無理でもブレアを国際刑事裁判所に告訴する事は不可能ではないが、今日の国際政治の現況の中では様々な困難が予想される。しかし、まず、「戦争の結果、イラクで何が起きたのか?」を公式に調査、記録すること、米英の軍事占領をやめさせ、国際機関とNGOが協力して戦争被害調査をこそ行わなくてはならない。既に国連環境計画(UNEP)が劣化ウランの環境人体影響調査を開始すべきという見解を発表し、NGOのサイドからも国際調査団派遣の論議が始まっている。
今こそ、国際法の復権をかかげ、市民の手で戦争犯罪を裁く民衆法廷運動の出番だ。アフガン民衆法廷の今後の公聴会でも、イラク戦争の実相を暴き、戦争犯罪立証の証言を組み込んでいく予定だ。国際世論を結集し、一握りの戦争屋たちの無法を裁く力を作り出そう。
●クリエイティブピースフルスペース・ワンデイアクション
ブッシュ・ブレア・小泉の戦争犯罪を追及! 注目集めた戦争犠牲者のパネル
四月二七日、大阪城公園駅前の広場は、好天にも恵まれ朝から親子連れや若者が多数訪れていた。
全交が呼びかけた、米英の戦争犯罪を告発する「クリエイティブピースフルスペース1day action」には、これまでのイラク写真展のスタッフやピースアクションの参加者が集まり、行動を開始した。
この日、大阪市の子ども会が集まるイベントが公園内で開催されており、会場に向かう通路にイラク攻撃で犠牲になった子どもたちの写真パネルを設営した。
写真を真剣に見つめる親子連れが多く、子どもに一枚一枚の写真を見せながら「何も悪いことをしてないのに、こんなひどいことになってかわいそうね」と語りかけていた母親が印象的だった。
スタッフは風船をふくらませ、写真を見てくれている子どもたちにプレゼント。
「戦争は終わっていません。占領は解放ではなく侵略です」の呼びかけに多くの人が足を止め写真を見てくれた。
ウオンテッドボード
ブッシュ・ブレア・小泉の 似顔絵を描き完成
この日の行動のもう一つの目玉が、行動参加者で、ブッシュ・ブレア・小泉の似顔絵を描き、戦争犯罪人としてのウオンテッドボードを完成させることだった。
以前の街頭行動で知り合った画家の山下さんが参加され、ベニヤ板に紙を貼り、キャンパスに仕立ててブッシュとイラクの子どもたちを組み合わせた絵を描いてくれた。
スタッフもベニヤ板に「WANTED(お尋ね者)」と大きく書き、写真を見ながら三人の戦争犯罪人の似顔絵を
描いていった。
このボードは、侵略に抗議するメッセージカードを貼り付けていくためのボードだ。メッセージカードにはイラクの犠牲者の写真が貼られている。メッセージには写真の人物の言葉で「私の娘は空爆で死んだ。私の娘は石油のために死んだのだ」と書かれたものや、「ぼくは忘れたくない、この戦争の犠牲になった子どもたちのことを」と自分の決意が書かれたメッセージがあった。
戦争犯罪を告発するキャンペーンを広げよう
写真展示と合わせて、米英の戦争犯罪を国際法違反の観点から解説したパネル。劣化ウラン弾の仕組みを解説したパネル。戦争でもうけている企業パネルなども展示した。「戦争終結、米英主導の復興」が宣伝されている中で、戦争の真実を明らかにし、戦争犯罪を告発する取り組みが重要になっている。五月、この街頭キャンペーンをさらに広げていくことを確認して行動を終えた。
●首都ワシントンからの報告 21世紀型植民地を許さない!
ワシントン在住(アメリカンユニバーシティーの大学生)八木剛夫さん
つかの間の戦勝気分
米英軍がバグダッドの主要機関を占拠してから約1週間が過ぎました。つかぬ間の勝利に沸いたアメリカも、米政府の戦後処理を巡る国連や他国に対する強行政策、そして反戦運動家との摩擦で陰りが見えてきています。つい1週間前は春の陽気に包まれていたワシントンも今週の半ばから人々の心境を反映するかのように急に冷え込んできました。
なお続く反戦行動
ここワシントンは米国の政策を決定する主要機関が密集した場所です。その反面、主要機関に対する抗議・反戦デモなどがもっとも盛んな場所でもあります。ニュースでフセイン大統領の像が倒される映像が流れた日には、終戦の雰囲気が人々の間に漂い、キャンパスを歩く生徒らの会話も普段より明るく聞こえました。しかし、ブッシュ大統領がイラク復興事業を米英が先導して行うと発表した後は、今まで以上に反戦運動家らが声を大にして反戦を唱えています。
また、戦争が始まって以来毎週金曜日に開かれている反戦集会は、戦争に一段落ついたことで参加者が減ったにせよ、今週も冷たい雨の降る野外で行なわれました。ワシントンポスト社からの記者を含む二十数人が今の戦争に対する気持ちを述べたあと、円形交差点の中央分離帯でロウソクと『NOT
IN OUR NAME, AMERICAN UNIVERISITYSTUDENTS OPPOSE WAR IN
IRAQ』と書かれた横断幕を持ち、通勤帰りの人々に反戦の気持ちを伝えました。戦争支持者の車からヤジが飛ぶこともありましたが、ほとんどの車がクラクションを鳴らしながら窓から手を出し反戦支持の意を表していました。
帰宅ラッシュ時に合わせての1時間ほどの行動でしたが、未だに戦争は終わっていない、今直ぐにでもイラクにおける軍事行動を止めるべきだという人々の意思を痛感しました
21世紀型植民地に抗して
先週土曜日(4/12)には、IMFとWTOへの抗議に合わせて大規模なデモがホワイトハウスを囲む形で行なわれました。ここアメリカン大学のキャンパスでも、国
際関係学部の教授らが自らマイクを持ち、生徒に対して『米国の21世紀型植民地支配を止めるべきだ!』『復興は国連に委ねなければならない!』と熱心に演説を繰り返していました。 やはり考えてみると、イラク民衆の意思に関係なく米軍が駐在することは、イラクをアメリカの占領下に置くことです。バグダッドでは巡航ミサイルにより多くのインフラが破壊され、民衆による略奪が日常化し、無政府状態における治安の不安定さが指摘されています。そのなかで、米軍がバグダッド侵略当初から石油省だけは無傷のまま占拠している事実は米政府の石油産業に対する関心の高さの現れでしょう。これは今後の米政府の21世紀型植民地化を進める明確な証拠に思えてなりません。
●ジュゴンの海にみんなでいこう! ジャンヌ海あしび ~ジュゴンのように、ジュゴンとともに~
ジュゴン保護キャンペーンセンターでは、「ジャンヌ海あしび~ジュゴンのように、ジュゴンとともに~」と銘打って、5月31日、6月1日の両日に、「ジュゴンの海」名護市東河岸辺野古の海へのツアーを計画しています。
環境壊す「現地技術調査」
現在、政府・防衛施設庁は、辺野古沖への基地建設のために「現地技術調査」と称し、海底地形、海象(潮流、潮位など)、地質の調査を4月から開始しています。6月に
は辺野古沖の63か所で、鋼製のヤグラをたてたボーリング調査を行おうとしています。63か所の内、少なくとも18か所は海草も場にあたり、調査自身が大きな環境破壊になります。キャンペーンセンターでは、4月23,24日の両日、防衛庁、環境省、外務省にこの「現地技術」の問題点を指摘し、環境への影響を具体的に明らかにするよう求めてきました。
キャンペーンセンターは「ジャンヌ海あしび」を、この「現地技術調査」をめぐって緊迫した情勢のなかで開催します。政府が「ジュゴンの海」をまったく無神経に踏みにじろうとしているからこそ、サンゴ礁と海草も場の豊かな海を体感し、そのすばらしさを広くアピールするものにしようと準備中です。
「かなさウフビシ」
31日は「かなさ(愛さ)ウフビシDAY」(サンゴ礁を愛する日)とし、辺野古の海でのシーカヤック(カヌー)とシュノーケリングを楽しみます。また、南山大学の目崎茂和さんの指導で、サンゴ礁観察を行ないます。そして、地球とジュゴンをペインティングした巨大バルーンを、建設予定海域の4隅に浮かべ、基地の巨大さをアピールするパフォーマンスを行う予定です。
夜には、辺野古のジャンの浜で「毛あしび」(車座になった交流)です。ジャンの海を守ろうとがんばってきた地元の人たちとともに、食べ、飲み、歌い、交流したいと思います。
「かなさジャン」
1日は「かなさジャンDAY」(ジュゴンを愛する日)とし、シーカヤックに加え、日本自然保護協会(NACS-J)の吉田さんにも参加してきただき、シュノーケリングでの「ジャングサウォッチ」(海草の調査活動)を行います。ジュゴンになった気持ちで、イノー(浅瀬)の海草も場を観察してみましょう。海草も場は小さな生き物たちのゆりかごです。それにひょっとすると「ジュゴントレンチ」(ジュゴンのはみ跡)に出会えるかもしれません。シュノーケリングでの調査ですので初心者も大丈夫。ぜひ体験してみて下さい。
ジュゴンの海を踏みにじる基地建設を許さないため、この「ジャンヌ海のあしび」に多くの仲間みに参加していただきたいと思います。そしてジュゴンの海のすばらしさをひろげて行きましょう。
●「生きることは闘うこと-楽しく面白く」 ~飯田しづえさんを偲ぶ~
三月二十九日、飯田しづえさんがお亡くなりになりました。享年九十三歳でした。今から四十八年前、一九五五年の統一自治体選挙で、大阪・豊中市議会議員選挙に無所属で立候補。初の女性市議会議員としてトップ当選。以降七期二十八年間を無所属市民派として活動され、現在につながる無所属議員の草分け的存在でした。飯田さんは、自宅を地域に開放して、学習会を開き、家庭、暮らし、平和、保育所問題など女性の立場から市民運動や市議会で奮闘されました。葬儀が行われた自宅は、今でも学習会「生活教室」として場所を提供した当時のままにしてあるということも知りました。
飯田さんと最初に出会ったのは、二十五年前。梅田の大阪中央郵便局前でした。当時、東京の民間会社で不当解雇された小川さんを支援する運動に関わっていました。
その争議の第一回公判が東京地裁で開かれ、傍聴のため上京する夜行の貸切バスのところで「みんな、がんばってきてや。ほんまやで」と差し入れのお弁当をいただいたことが昨日のことのように思い出されます。
飯田さんは、長野や沖縄で開かれた夏の全交(平和と民主主義をめざす全国交歓会・全国大会/毎年七月末に開催)に毎年のように参加していただきました。自宅での葬儀では、思い出の写真がたくさん飾られていました。どの写真も飯田さんの笑顔がいっぱいでした。その中の一枚に、解雇された小川さんをはじめ全交の仲間と一緒の写真がありました。本当に楽しそうな飯田さんの笑顔。生きることは闘うこと、それは楽しくおもしろく。飯田しづえさんを追悼するとともに、豊かな闘いの生き様を私たちに示された大先輩に感謝いたします。
ZENKO(平和と民主主義をめざす全国交歓会)事務局長 西岡信之
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