映姫11
新ろだ2-305
最近、あたいにも公式というわけではないにしろ休暇ができた
月初めの一日、つまり昨日だ
映姫様が恋人と会うために彼岸を出る
その間だけはいくらサボっていても怒る上司はいない
けれど
「命の洗濯が月一だけじゃ、とてもきれいにはしきれないよ」
いつもサボってるじゃないか、だって?
そういう問題じゃないよ。想像してごらん
仕事が休みでのんびりするのと、いつ上司が見回りに来るか心のどこかで引っかかって休む
どっちのほうが気持ちいいか、言うまでもないだろ?
「やっぱり、休暇は二日連続くらいでもらわないと」
と言うわけで、あたいはこれから映姫様のところに行ってご機嫌をうかがってこようと思ってる
うまく褒めちぎればどこかに臨時休暇を入れてもらえるんじゃないか、なんてことを期待してだ
あの堅物……もとい、真面目な映姫様でも、恋人をほめられて悪い気がするわけがないだろうしね
「小町、仕事はどうしたんですか。今日はまだ一人も魂をつれてきてないじゃないですか」
いきなり先制攻撃を受けた
しかしこの程度でひるんでちゃ、今までサボりを続けるなんてできっこないよ
上司の説教に対しては、鋼の心をもって耐える
それがあたいの死神生活で学んだ教訓なんだから
「それより映姫様、昨日はどうでした?」
「なんです。やぶからぼうに」
「いえ、ただお二人が上手くいってるのかどうか聞きたくて」
「至極円満。以上です。さ、仕事に戻りなさい」
手ごわい。でもあたいは諦めないよ
今日はいつものように仕事をしたくない気分MAXなんだから
「それでですね、あたいも実は気になってる男がいまして。その円満の秘訣を教えてもらえたらな~ って」
そんな相手はいない
めったに彼岸からも出られないんだから、出会いなんてあるわけないじゃないか
「正直・誠実・真摯に相手と向き合う。それだけです」
「だ、だから、それがどういうことか聞きたいんですよ!」
「はぁ……つまり、どうしてほしいんですか貴方は」
「えっと、それじゃ昨日のデートはどんな感じだったのか教えてもらえません?」
「しかたありませんね」
渋々、と言いたげな口調の割にはずいぶん早々に机を片付けてるじゃないですか
とは口に出さない
それでお説教が始まったら目も当てられない事態になる
それこそ、仕事をしていたほうがまだマシってもんさね
「それで、どこから話せばいいんですか?」
「一番初めからです。朝に出会ったところからお願いします」
「まず、八時に博麗神社の鳥居前に待ち合わせをしていました」
「けど映姫様のことですから、遅れないよう30分も前に到着したんですよね?」
「いえ、一時間前です」
「そりゃまた……」
ずいぶんとまぁ……
ここまで行くと、遅れる遅れない以前の問題だとおもうんだけど
「それで、○○さんはちゃんと30分後に来たんですか?
あ、もしかして遅れてきて、いきなりお説教されたとか」
「いえ、○○は二時間前から来ていたそうです」
「へ?」
二時間? 二分の間違いじゃなくて?
何がなんだか、わからない……
お似合いのカップルというか、なんというか
「二時間!? そんなに前から何してたんです?」
「勉強していました。住んでいる村を発展させるために、村おこしの計画を練っていたんです」
「なんでわざわざデート前にそんなことを……もっと別の日にすればいいのに」
「時間を無駄にしたくないらしいです。二時間前に来たのは、いつも早めに来る私を待たせないためにって言ってました
そんなさりげなく優しいところが、彼のいいところなんです」
「そんなもんですか」
「そんなもんですよ」
朝の八時に待ち合わせじゃ、あたいは30分くらい遅れる男のほうがいいかもしれないなぁ
なんたって、あたいは一時間は遅れるだろうし
「それから九時まで、境内で○○の計画の推敲を行いました
荒削りですけど、なかなか鋭い計画案でしたね。見てる私も唸らされたところも多々ありましたよ」
「それってデートなんですか?」
「一般のデートというものからはズレているかもしれませんがね」
ズレてるってレベルじゃないよ。それは勉強会って言うんじゃないのかい?
幸せそうに語ってる映姫様には口が裂けてもそんなこと言えないけど
「九時過ぎに村についてから朝食
十時からは人間はどう生きるかを考えるシンポジュウムに飛び入り参加
十二時になってハクタクに頼まれ、寺子屋で道義と善行について語って
一時にお昼ご飯」
「あの、○○はその間何を?」
「おかしなことを聞きますね。ずっと一緒に語っていたに決まってるじゃないですか」
「………映姫様、昨日は何をしに行ったんでしたっけ?」
「熱でもあるんですか? デートだと言ったでしょう」
あたいは、この瞬間確信したね
この○○って男とは絶望的に波長が合わない
この男が映姫様に婿入りしたら、間違いなくお説教役が増えるって
「でも、問題はその後です」
「なにか?」
「まさか○○が、あんなに……えっちな人だとは思いませんでした」
「ええ!? まさかどこかに連れ込まれて(ピチューン)や(ズキューン)とか(skmdy!)されたんですか!?」
「……小町、今日のノルマはいつもの×1.5倍で」
「しまったぁ!」
休みをもらいに来たはずが、うっかり今回の目的を忘れてた
でも、それよりも今は○○が何をしたか知りたくてしょうがない
「それでそれで、いったい何をされたんですか?」
「それがですね、通りに出たところで、突然……」
「突然!?」
「………手を、握られました」
「手を握られた。それで、どうしたんですか!?」
「それだけです」
「………はい?」
聞き、間違いかね?
手を握った
それだけ
って聞こえた気がするけど
「なにが「はい?」ですか! 私たちはまだ付き合って半年しか経ってないんですよ!
そ、それなのに突然手を握るなんて……もう有罪です有罪!」
「手を握ったくらいでですか」
「まあ、○○もそれからすぐに離して「性急過ぎた、すまない」なんて言うから、許しましたけど」
「いやいやいや! ○○さん悪くないですよ!」
むしろそこで謝るなんて、どんだけできた人間なんだろうね
「そのことについて二時間ほど○○にお説教をして……」
「○○さん不憫すぎる!」
「何を言ってるんですか。○○は心から反省をして、手を握るならちゃんと確認を取ることを怠らないと誓いを立てたんですよ」
「そんな誓い神様も聞いたことないよ、絶対!」
「それからちゃんと確認を取った○○と手をつないで、お芝居を見に行きました」
「結局つないだんじゃないですか! お説教の意味は!?」
「ところがその話が公序良俗的に問題がありまして、テコ入れをしました」
「本番中に!? 迷惑この上ない!」
「家同士の仲が悪いかどうか知りませんが、女が自殺を装ったら男が後追い自殺して女が本当に死ぬ、なんていいわけないでしょうに」
「どう思うかは個人の自由ですけど、その劇ってヘタな神様よりも信仰集めてる気がするんですが」
「筋書きはその二つの家の仲違いをどう解決するかと、健全な男女間の交際に焦点を合わせました」
「もはやぜんぜん違う話ですね。役者さんも災難としか」
「いえ、主演は私と○○です」
「素人芝居!?」
「素人とは失礼な。健全な交際を体現するなら私たちが適任でしょう」
「そうかもしれませんけど論点がズレてます!」
「うるさいですね! さっきから文句ばっかり言ってるじゃないですかあなたは!」
「もう言っちゃいますけど、私はもともとお二人を褒めちぎって休暇をもらおうと思ってたのに
ツッコミどころが多すぎて褒めるどころじゃなくなってるんですよ!」
休暇は惜しいけど、こんなこと言われてツッコまずにはいられないだろ
「小町、あなたもまだまだですね」
「なにが!?」
「交際の形は十人十色。これが私たちにとっての交際なんですよ」
「………」
「納得しましたか?」
「……一つ、いいですか?」
「言ってみなさい」
「映姫様、○○と付き合っていて幸せですか?」
「ええ、とってもね」
その満面の笑みから察するに、どうやらこれは無粋な質問だったみたいだ
それじゃ、仕事に戻るかね
休暇の変わりは、めったに見れない閻魔の笑顔を見れたってことで妥協しておくことにしよう
Megalith 2011/10/04
狭い店内で安物の椅子に座りながら、串に刺されたお団子の一つにかじり付く。お団子のもちもちした食感とアンコの甘みが合わさり、実に美味である。
私、四季映姫は最近この甘味処にご執心である。たまたま部下が持ってきた差し入れのお団子を一口食べた瞬間、この味にハマってしまった。部下から仕入先を聞き、以来暇を見つけてはちょくちょくお忍びでここへ通っていた。
最初はお団子目当てであったが、今ではすっかり理由が変わってしまっている。いつのまにやら店主の〇〇さんに会うことが主な理由になっていた。
「映姫ちゃんはいつもおいしそうに食べるねぇ。俺も作りがいがあるってもんだよ!」
「む……〇〇さん、私、そんなに表情に出ていましたか?」
「ああ、そりゃあもう。この世の極楽って感じな顔になってるよ」
〇〇さんには私の本当の身分は明かしていない。閻魔がちょくちょく甘味処に通っていると知られるのが恥ずかしかったから。
幸か不幸か彼は外来人なので閻魔の知識は殆ど無く、今のところ正体は気づかれそうにない。
しかしそのせいで彼には『高貴な身分のお嬢さんがお忍びで遊びに来ている』と思われてしまったようだ。普段の振る舞いや私の選んだ私服が人里の者が着ないような質の良いものである所為で彼にそう思わせたのだろう。
確かに高貴な身分ではある。彼の想像を遥かに超える程度には。
だけど、彼に見た目相応の少女として接されることは決して不快なことではない。職場では少女らしさの一切を捨て日々重責を背負う中、むしろこのように接されることは心地良かった。
「私は物事に対して白黒ハッキリつけるようにしています。美味しいものを食べたときは美味しいと表情に出すべきであるという結論が導き出されることは至極当然のことであり、故に私はその理に従って行動しただけです。だから決して私はどんなものでも食べたら歓喜の表情を浮かべるような食い意地の張った卑しい女ではないのです。いいですか、これは大切な事ですよ! ……つまり何が言いたいかといいますと、このお団子は私を狂わせるほど美味であり、実に罪深いものなのです! わかりましたか、〇〇さん!」
「……よくわからないけど、お気に召したようでなによりで。おかわり、いるかい?」
このお団子が私を狂わせるのは決して嘘ではない。これのせいで私は〇〇さんに出会ってしまったから。彼に狂ってしまったから。
人妖問わず色々と愉快な性格の輩が多く気の抜けない幻想郷だからこそ、彼の裏表の無さと優しさが私には眩しかった。だからだろうか、自分を縛る肩書きを一時的に捨てただの少女としてここに在る私は、こうして他愛もない会話をするうちにいつしか彼に惹かれてしまっていた。
「……いただきます。あ、今度はずんだとみたらしとごまをお願いします。ついでにお茶のおかわりもお願いします」
「ほんとによく食べるね。……俺が言うのもなんだけどおやつの食べ過ぎはよくないよ。お団子一本減らしなさい」
「……甘味処の店主におやつを減らせと言われるとは流石の私も想像していませんでしたよ。仕方ありません、ごまはなしでお願いします」
〇〇さんは私をまるで妹のように扱う。職場の者のように職務が滞るから心配するのではなく、純粋に私自身の健康を気遣ってくれる。彼のその心配り、実に善い。
しかしその心配りを私以外の女にもしているのでは、と思うとどこぞの橋姫ではないが実に妬ましい。私にこんな思いをさせるあなたは実に罪深い。責任をとって結婚してください、と彼に言いたい。
まあそれは愛の告白そのものであるため、言う勇気は今のところないのだが。今のところは。
「よしよし、聞き分けのいい映姫ちゃんにはずんだ多めにかけてあげるぞ!」
「ありがとうございます」
「なに、可愛い女の子にこれくらいのサービス、当然さ」
そう言い残すと〇〇さんは店の奥へと戻っていった。
可愛い、女の子。
職場では不真面目な部下が私の歳不相応に幼い身体をからかう際に聞くことがある。もしかして彼もそいつと同じように私をおちょくっているのだろうか。だとするならば非常に業腹だ。乙女心を弄ぶ軽薄さ、有罪である。
しかし可愛いと言ったときの彼の照れが隠れた表情を思い浮かべると、そんな邪推はあっさりと霧散した。あんな表情で可愛いと言えるのならば、能力を使わずとも分かる。きっと本心で言っているに違いない。少し恥ずかしいが、それ以上に私の胸の中に喜びが満ち溢れてくる。
やっぱり彼と一緒にいるのは実に善い。幸せな気持ちになれる。
彼とずっと一緒にいたい。
彼と共に歩きたい。
「ほい、おまたせ。最近枝豆の価格が上がってきたから、このずんだ多めは映姫ちゃんだけの特別。他の人には内緒だよ」
「……特別、ですか。嬉しいです、本当に」
「はっはっは、そこまで喜ばれると流石の俺も照れちゃうな」
〇〇さんの持ってきたお皿の上には、みたらしとずんだがこんもりとのせられたお団子とお茶の注がれた湯呑みがある。
このずんだが私は彼にとって特別であるという証だ。
私は特別なのだ。
……その、私は女で彼は男なのだから当然そこでの特別な関係といったらやはり男女の関係であり、または夫婦の関係でしょう。つまりこれは彼の料理の技能を活かした彼なりのきゅ、求愛、ですよね。私には告白する勇気がなかったというのに、彼は本当に重要なことは躊躇わない。だ、旦那様として実に頼もしい。
もちろん返答は是。一択である。しかし、彼と結婚するとこれからどうなるのか。
閻魔がただの人間と結婚すれば、人間と結婚するような者は人間寄りの甘い判決を下すのでは、と噂を立てられるかもしれない。そうなれば私は職務に支障がでるかもしれないし、優しい彼は自分のせいで私に迷惑をかけたと自責の念にかられてしまうに違いない。そんなことになるのなら、私は今の身分のまま彼と結婚することはできない。
では今の身分をすべて捨て去り、彼と結婚するのはどうだろうか。
お菓子づくりの腕と人のいい魅力あふれる店主と真面目でお堅いが人生相談にも乗ってくれる器の大きい可愛らしい甘味処の看板娘。そんな二人で経営するのだからお店が繁盛しないわけがない。今は知る人ぞ知る名店……有り体に言えばかなりこじんまりとした店舗で多くの人に気づかれないが、二人の努力でいずれは幻想郷一の甘味処として誰もが知る名店へと成長するのだ。
――その選択、素晴らしい!
……しかし、それでは彼は人間なので50年ほど経てば死によってその甘美な生活は終わってしまう。
ならば、私が彼のもとに行くのではなく、私のもとに人間ではない彼が来ればどうなるか。死んでこちらに来た彼を雑用係として雇うのはどうだろう。
それならば職場恋愛、今風の言葉で言うとおふぃすらぶの末に結婚、そして寿退社なんてのも……いや、産休をとって子どもが大きくなったら職場に復帰というのも決して悪くない。
――良い、実に良いこの案!
ならば早速そのための準備を始めなくては。善は急げである。
「〇〇さん」
「ん、どうしたの映姫ちゃん?」
特別の証であるずんだの串を手に取り、一粒頬張る。この行為で〇〇さんにプロポーズを受け入れますと伝える。
彼独自のプロポーズをしたのだから、私もその流れに応じた返答をするのが粋であろう。
「職場の方は少々下準備に時間がかかりますので一ヶ月ほどお待ちしていただけますか」
「は? 待つって何を?」
「……人生が変わる日、ですね」
〇〇さんは訳がわからない、と首を傾げている様子を眺めながら私はくすりと笑った。
一ヶ月後、色々なことをして職場の人員に空きを作った映姫は『〇〇さん、いつでもうぇるかむ!』と裁判長の椅子に座り鼻息を荒くしながら待っていたが、いつまで待っても彼は来ない。そこで彼女はようやく彼の死亡日時を確認していなかったことに気づいた。
彼は極めて健康な成人男子である。当分死なないだろう。
一体彼を何年待つことになるのか、山のようにある書類の中からなんとか彼に関するものを探しだし、恐る恐る死亡日時を確認した。
そして衝撃のあまり硬直した映姫の手から書類が滑り落ちた。
彼が死ぬのは五十年後であった。
「幻想郷には知る人ぞ知る、お団子が実に美味い甘味処があった。
そこの店主、〇〇は特に性格が悪いわけではないし、収入も多くはないが安定しているから結婚相手には困らなかったが、生涯結婚しなかった。さらに弟子も取らなかったため、彼一代でその甘味処は消え去ってしまった。
彼が結婚しなかったのは、常連客の一人に懸想するが、彼女が高貴な身分でとても釣り合わないため結婚できず、また彼女以外には結婚する気がなかったから、らしい。
らしい、と曖昧に口を濁すのは真実を言うとお偉いさんに長々と説教をされるからだ。
だから間違っても彼が自分の娘のように可愛がっていた少女が、女が近づくたびに悔悟棒を持って威嚇していたからだとは言ってはいけない。
最悪、地獄に落とされても知らないからな。いいな!」
「「「はーい、けーねせんせー!!!」」」
映姫様とお団子食べたい
うpろだ0023
即断即決ってのは大事だと思う
「映姫、明日デートに行こうか」
「……へ?」
勢いに任せて誘ってみたが実はどこに行くかも決まっていない
「明日暇だったよな」
「え、えぇ。仕事は無いけれど……一体どうしたの?」
「付きあって半年にもなるのに初デートすらないってどうかと思ってな」
「仕事や私事もあったから仕方ないと思うのだけれど……」
「でも誘ってはくれなかったよな?」
「それは……男性が先導すべきだと思ったからであって」
「行きたかったならそう言えばいいのによ」
「同じ台詞を貴方に返すわ」
「……忙しそうだったから変に誘うのもなーと思ってました」
「正直でよろしい。その言い分も分かるけれど、言ってくれれば考えたのに」
心底残念そうに言う、俺の読みが裏目に出たな……
「と言う訳でデートだ、おーけー?」
「流石に突発過ぎるわ。んー……明後日はどうかしら」
「分かった、何か準備があるなら楽しみにしてましょうかね」
「察しが良くて助かるわ。そういう所、好きよ」
「あんがとさん、んじゃ明後日にな」
「時間と目的地は?」
「辰から巳の刻に掛けて来る、場所は……お楽しみで」
「決めてないんでしょ?どうせ」
「ぬぅ……鋭いな」
「ま、楽しみにしてるわ。じゃあ今日もお疲れ様」
「うぃ、そちらさんもお疲れ様。そいじゃあな」
慰労の言葉を掛け合って、帰路に着いた
~二日後~
トントントン
「おはよーさーん、映姫ー、来たぞー」
約束通りの時刻に訪ねる
ガチャッ
「あふぁ……おはよう。身支度は終わってるわ、行きましょうか」
「眠そうだな、楽しみで寝れなかったのか?」
「んー……半分あってるかな、服選んでたら遅くなっちゃったのよ」
「ほう、今着てる服がか?」
香霖堂で偶然見つけて買ったネグリジェに身を包んだ映姫の姿を見て言う
「……常識が無いのかしら」
冷めた目で見られたので茶化すのは止める、冗談が通じないって怖いわぁ
「着替えるのにどのくらいかかる?」
「5分あれば十分。外の景色でも眺めて待ってて」
と言って奥へ消えて行った。引き違い戸を開けっ放しにし、それに寄りかかって映姫を待つ
5分も経たずに足音がこちらに向かって来ていた
「おまたせ……って程でもないかしら」
「おう、……超綺麗じゃん」
少し絶句しつつ言う。映姫は長髪の方が似合うと言っていたので今の彼女は腰まで伸ばしている
普段結んでいるのを今日は降ろし、白いワンピースを着て、白いレースハットを被っていた
「普段のゴテゴテした服装とのギャップが凄いな」
「『ぎゃっぷ』と言うのはよく分からないけれど、普段よりすっきりしたでしょ?」
「あぁ、凄く……ちっちぇ」
「……可愛らしいという意味で取っていいのよね?」
映姫が機嫌を損ねるとすぐ何らかのオーラが見える。閻魔は伊達じゃないな……
「も……勿論、清楚な感じが出てるわ」
「ありがと。さ、行きましょ?」
すっと白く綺麗な手を差し出してくる。反対側の手には籠らしきものが
「持つか?それ」
「軽いから平気よ。貴方が持つと中身が不安なのよねぇ……」
「へいへい」
腕に可愛らしく縋り付いてきた映姫の頭を撫で、出発した
~目的地周辺~
春らしい晴れ、穏やかな風、聞こえてくる鳥の鳴き声、今日は実に良い天気だ
「この湖は……霧の湖?」
「正解、この辺しか思いつくような場所が無くてなぁ……」
「春先だとこんなに綺麗なのね、ここ」
目の前には空と同じ色の湖、奥にはうっすらと紅い建物も見える
湖の周囲は青々とした木々に囲まれている
「桜で花見でもいいかと思ったが、ちと時期が早くてなァ」
「いいわ、貴方の言う『ぴくにっく』とやらに興味はあったから」
シートを敷きながらふと思い返す
前にピクニックの事を弁当を持って外で食べる事だって言った時だっけな……
『屋外で食べると何かが違うのですか?』
『はい、食べる場所が違うだけで随分違います』
『興味がありますね、いつか検証してみたいものです』
『彼氏が出来た時にでもやってみては?』
『出来るでしょうか……』
『映姫様は美人ですからすぐにでも出来ますよ!』
『そこまで褒めなくても、けれど嬉しいです』
みたいな会話してたんだったか……俺達
敬語使ってた時には考えられない事だよなぁ
「ん?どうかした?」
「いんや、敬語時代の事を思い出してただけだ」
「あったわね……つい半年前の事なのにね」
「ま、早く昼飯にしようぜ。朝飯食べずに特攻してきたから腹の虫がうるさいんだわ」
「がっつかないでよ?雰囲気が台無し」
グゥゥゥゥ
「おんや?今映姫の腹から音g(ベシベシッ」
「早く食べないと無くなるわよ」
追い打ちをかけようとすると悔悟の棒が腕に飛んでくる、どっから出したんだそれ……
「はむはむ……うん、思い通りの味。大成功」
「思い通りっていうと?」
「貴方の好みに合わせてみたの、和風『さんどいっち』って言うのかしらね」
「あぁそうか、サンドイッチも俺が教えたんだったな」
「『ぴくにっく』と一緒にね、少し日にちが空いたのはそれもあるの」
「どれ……ふむ、これ山葵醤油をパンに塗ってあるのか。パンはどっから?」
「作ってみたの」
と、予想外の返答が。マジかよ……
「え?隙間妖怪に調達してもらったとかじゃないのか?」
「『さんどいっち』の話を聞いてから興味が湧いてね、作ってみたのよ」
「……その迅速な行動力は脱帽もんだわ」
「で、味はどう?美味しい?」
「パンも美味しいし、ピリッとしてはいるがすぐに辛さが引くから癖になりそうだなこりゃ」
「よかった!自分の味覚で判断してたから不安だったのよね」
「安心しろ、これだけで十分嫁に行けるレベルだ」
「ふーん、今すぐ嫁いであげようかしら?」
「そりゃありがたい、毎朝一緒に出勤できるな」
「……本気よ?」
向かい合って座っているので表情がよく分かる、どうやら冗談ではなかったらしい
応答に困っているとふっと表情を和らめ、押し倒された
「うぉーなーにーをーすーるー」
「すぐに言葉が出ないって事は、すんなり行かない理由がありそうね」
「ん~……まぁな。経済的に厳しいわ」
「そっか……」
「まぁでも待ってろ、すぐにでも娶りたいからな」
ゆっくりと映姫が横になり、覆い被さる形になる
「不安な時こうしてると凄く落ち着く……」
「不安?何がだ?」
「乗り換えられやしないかって思って」
「まだ一年も付き合ってないのに何言ってんだか」
「だからよ。付き合いが浅ければ離れるのは楽でしょう?」
服をぎゅっと掴まれる、こりゃ真面目に不安だったんだな
「不安なのは分かるが少々悲観的じゃないか?」
「初めての恋愛だから不安なんじゃない!」
あー、これ謝らないと許してもらえねぇパターンだ
まぁそうだよな。仕事中は気軽に喋れないし、終わったら帰るだけだ。
二人っきりになる事が少ない上、初めてとくりゃ不安にもなるか
映姫の頭をなでなでしつつ答える
「ちょっと言い過ぎたな、ごめん」
「……私も少し大人げなかったわ。ごめんなさい」
「映姫は謝らなくていいんだ。悪いのは俺の配慮が足りてなかった、それだけだ」
「優しいわね、貴方らしい」
映姫が微笑む、
「約束……よ?」
「あぁ、約束を思い出には変えねぇよ」
「何処からか引用したみたいな台詞ね」
「お気に入りの曲の歌詞だ」
「今度聞かせてくれない?」
「今じゃなくていいのか」
「ちょっと眠いのよ……いいお布団もあるし。少し寝てもいいかしら」
「どうぞどうぞ」
と背中に手を回される。小さい両手が背中に触れて少しこそばゆい、だが構わん
「俺は抱き枕か……」
「じゃあ日が沈み始めたら起こしてくれる?」
「了解、それまでごゆっくりどうぞ」
「えぇ、ぐっすり休ませてもらうわ……」
そう言って映姫は夢の世界へ行ってしまった
「さて、本でも読んで暇つぶしを……ぬ?」
そう、映姫が上に乗っている所為で起きる事が出来ない
「はぁ……空、蒼いなぁ」
そんなある日の昼下がり
最終更新:2015年09月24日 22:40