向日葵妖精1



2スレ目 >>37


「むう。ここにも咲き乱れているなあ……」
 山の真ん中にある草原。魔力の残滓が強く、何処かの誰かがここで強力な魔法を
ぶっ放したのだろうな、と見て取れる場所。魔力のせいか魔法の影響かぺんぺん草
すら生えなくなったこの場所にも、そんなこと関係ないと言わんばかりに四季折々
の花々が咲いていた。
 そう、今幻想郷には四季に関わらず、花という花があちこちで咲き乱れているの
である。そんな異変を前にして、ただでさえ落ち着きのない妖精たちは騒いで騒い
で騒ぎまくっている、という状況である。人里よりちょっと離れた、妖精たちもあ
まり寄り付かない僕の住居にすら、そのはしゃぐ声が聞こえてくる、というのはた
だごとではないな、と外に出たのである。
 僕はその辺りを歩いてみる。最初は花を潰さないように気をつけていたのだが、
どうせこれだけあるのだ、少しくらいは構わないだろうと気にしなくなっていった。
そして、暫く歩いていくと黄色い世界に――向日葵が咲き乱れた平原に出た。ここ
まで咲き誇っているとまるで世界が向日葵で覆いつくされてしまったかのようで、
僕は軽く放心してしまった。

―――と。その向日葵の中、何か綺麗なものが見えた気がした。

 僕の足はまるで意思を別にしてしまったかのように、勝手に動く。それは、求め
たものを追いかける、遠い遠い昔の姿に似ていた。
 ――酷い、夢語り。封印した記憶すら、解いてしまうほどのそのチカラ。綺麗な
ソレは、そこに留まっていた。それが自然だと言わんばかりに、そこにいたのだ。
 その姿は、小さくて。僕の胸ほどしか背丈はなかった。自分の背丈よりも大きい
のでは無いかと思わんばかりの透き通った羽根は、見るものの心すら写し取りそう。
そして見るものを虜にしてしまいそうなほど、輝いたその瞳。まるで宝石を見てい
るかのようだ。そんな浮世離れした―――いや実際、彼女は人間とは違うものなの
だが―――存在は。

 向日葵を必死に、よいしょよいしょと運ぼうとしていた。

「……あ」
 その光景を見て、気が抜けたのか呆れたのか。どこか遠くに飛んでいた意識は身
体に戻ってきてくれた。全く、修行が足りない。妖精を見たくらいで自分を見失う
なんて、どんな未熟な人間だ。まあ、実際修行なんてしていないから足りないのは
当たり前なのではあるが。
 それにしても上手くない。彼女―――向日葵を運ぼうとしている妖精は、酷く小
柄だ。その小躯で、あの天まで届かんばかりに成長した向日葵を持とうとしている
のである。基本的に妖精は非力だ。僕のような者でさえ、一本持とうとするならば
それなりの力をいれなければいけない。そんなものを、妖精が持てるはずはないの
であるが。
 僕は、音を立てないように、気付かれないように敵意を消して、妖精に近づいた。
妖精と対話する為のコツは何個かある。まず第一に、魅了されない自我の強さ。こ
れは大なり小なり成長すれば身に付くもの。二番目に、対象に対する敵意の消失。
妖精は基本的に弱い。それゆえに、身を守る術というものをわきまえている個体が
多いのである。そのため、妖精は基本的に敵意に敏感だ。主に自分を対象にするも
のには酷く敏感になる。巫女だのなんだのは、結構妖精を撃ち落しているが、あれ
は敵意もクソも相手に感じてないから、妖精たちも無防備に近づいてしまうだけの
ことなのだ。
 さて、そんなことを考えているうちに、妖精の近くまでやってきた。目の前の彼
女は、相も変わらず向日葵を運ぼうと四苦八苦している。その姿は懸命で、それに
感化されてしまった僕は、はて、魅了されたといえるのかもしれない。ともあれ、
これ以上は対話を行うしかない、ということで僕は声をかけた。
「ねえ、ちょっといいかな?」
「……!」
 びく、っと身体と、それ以上に大きい羽を震わせ、こちらの方を振りむく彼女。
目の前の存在、つまり僕が自分よりも大きいということを確認したからなのか、彼
女は一目散に逃げようと羽をはためかせて空に―――。
「―――わきゃっ!?」
 飛ぼうとして、自分が向日葵を掴んだままなのを失念していたのか、そのまま墜
落した。 ……うん。この娘はかなりのドジっ娘だ。
「あぅー。いたたた」
「……えーと。大丈夫かい?」
 とりあえず地面にへたり込む彼女を起こそうと手を伸ばす。彼女は僕の手をまじ
まじと見つめ、恐る恐るつかんだ。見た目どおりに小さくて、柔らかくて、温かい
てのひら。どくん、と僕の心臓が二百由旬跳ねた。いやまあ単位は比喩だが、その
くらい跳ねたということだ。 ……どうかしてる。まるで少年のようじゃないか。
「ん。ありがとぅ……」
「……あ。ああ、うん。どういたしまして」
 そんなことを考えてぼうっとしている内に、彼女は立ち上がり、空に滞空してい
た。本来ならば僕を見上げる立場にあるのだろうが、妖精というものは飛ぶものだ。
そのおかげで、目線は平行だった。
 真正面から見ても、その造詣は美しかった。顔立ちは整い、唇はふっくらと柔ら
かそうで、そして瞳は宝石のような輝きを。なるほど、妖精が幻想で出来ていると
いうのは間違いではなかったらしい。こんなにも美しいものは、幻想でしかありえ
まい。
「それで、あなたはわたしになんのよぅなの?」
 その唇から、やはりまた鈴を転がしたような可憐な声が響く。ああ、意味を理解
出来るのに、その音のおかげで頭がぼうっとしてしまいそうだ。
 しかし、それでは僕はバカ丸出しである。そこらの人間よりも長く生きているん
だから、それくらいはどうにか出来なければいけない。
「……そうだね。ちょっとアドバイスというか手伝いというか」
 声が裏返らなかったのは、我ながら上出来と褒めたい。それくらい僕の身体機能
は麻痺していたのだ。ああ、本当に、どうしようもないところまで、この娘は僕の
深いところまで一瞬で入り込んでしまったらしい。
「あどばいす?」
「そ。君は……あー、ぶっちゃけて言ってしまえばほら、小さいだろ?
だからさ、向日葵を一本丸々持とうというのは無理があるんじゃないかなって」
「……」
 その言葉を受けて、彼女は俯いていた。しゅん、となるその姿に、まるで自分が
酷いことを言い出したのかと思ってしまうほどだ。そう思っているとやがて、彼女
は顔を上げてこちらを見てきた。宝石のような瞳がゆらゆらと揺れている。それが
涙だと確信するのにはそう時間はいらなかった。
「でも。わたし」
 その唇が言葉を紡ぐ。小さい声。でも僕には、それがとても強い想いと、純粋な
願いを持っていることを感じ取れる。それは、彼女が綺麗なものである証。

―――それが、僕が彼女に惹かれてしまった証。

「ひまわりがきれいだったから。ずっといっしょに、いたくて」
 それがいけないことなのか、と不安がるような響き。ああまったく上手くない。
注意を促すにしたって、もっと方法があっただろうに。彼女を、悲しませてしまう
ようなまねはするべきじゃなかっただろう。ほら、その証拠に、僕の胸はじくじく
と痛んでいるんだ。
「……ああ。ごめんな。そういう意味じゃないんだ」
 僕はそういいながら、傍らの向日葵を……半分ほどにちぎった。ごめんよ向日葵。
だけどまあ、これも天命だと思って諦めてくれ。
「こうやれば、君でも持てるだろう?」
 彼女に、ちぎったそれを差し出した。勿論、大輪と咲き誇る花弁は全くもって無
傷である。
「あ……」
 彼女は、嬉しそうにそれを持って、胸に抱いた。安堵、喜び、そして、温かさ。
そのどれもこれもをまぜこぜにした柔らかな表情は―――僕の心にも伝播するかの
ようだった。
「ありがとぅ」
 にっこりと。彼女は笑顔で、僕の心を撃ち抜いた。



「どういたしまして……かあ」
 そういえたのかも曖昧だ。アノ一言で破壊しつくされた僕の心は、その後の出来
事の記憶処理をさぼっていたらしい。ただ一つ判ることは、僕が気付いたときには
彼女はもう、何処かへと飛び去っていったということだけ。
 僕は辺りを見渡す。見ても見ても果ての無い、向日葵だらけの風景だった。その
黄色い大輪を見ていると、彼女の笑顔を思い出す。
「そういえば。僕の部屋には彩りがなかったな」
 言い訳めいた言葉を吐きつつ、僕は何本か特に綺麗に咲き誇る向日葵を持って、
家に帰ることにした。咲くことが無いはずの季節の花。それは、まるで今彼女には
本来ならば出会うことが出来なかったといわれているようで、ちょっとだけ癪にさ
わったけれど。

               *

 花は枯れるもの。異常に咲いた花たちも、次第に落ち着きはじめていた。
 そう。幻想郷を覆ったかの異常は、ここに終結を見たのである。

               *

 季節は夏を迎えていた。じーわじーわと鳴くセミと、じりじりと照りつける太陽。
その自己主張っぷりにはまったく頭が下がる。ぼんやりと生きる僕には、少々眩しす
ぎるので、もうちょっと遠慮してもらいたいものなのだが。
 僕はそんなことを思いつつ、部屋の隅っこ、窓の近くに面したソレをみた。
 そこにあるのはちょっとした花瓶というか鉢というか、まあそんなものである。そ
こには、向日葵が咲き誇っている。そう、あの時、採って帰ったあの向日葵である。
 ソレは。ちょっとした不思議だった。
 花たちが枯れ始めたとき、この向日葵たちも散ってしまうのかと思ったのだ。
 しかし、この向日葵はずっと咲き続け、こうして夏まで迎えてしまった。まったく
もって不思議である。
 と、そのとき。

「わきゃっ!?」

 ばん、っという物騒な音が窓から聞こえた。視線をめぐらすと、そこには―――。
 僕は慌てて窓を開ける。

「あぅー。いたたた……」

 それは。いつか見たような、初めて見るような、そんなしぐさで。
 懐かしさと嬉しさを、同時に運んできてくれた。

「……あ。こんにちゎ、です」

 鼻を押さえて、恥ずかしそうに僕を見る、彼女。それはあの時見た、僕が夢見た綺麗
なもの。それが、今ここに存在している。
「うん。こんにちは」
 声が震えなかったのは、自分にしては酷く上出来だと叫びだしたいほどの偉業だと思
った。それほど、今の僕の心は震えていた。
「あの、ひまわりがみえて、それで、きれいだから、その、まえとかみえなくて、」
 その、一見冷静だろう仕草に、呆れているとでも思ったのだろうか。彼女は自分の行
動の説明を始めていた。でもそんなのどうでもいい。僕は彼女に会えたというだけで、
こんなにも嬉しいのだから。
 でも。なんで、彼女はここに来たのだろう?
「それは、こっちのせりふです。なんであのとき、わたしにやさしくしてくれたの?」
 あ。思わず声に出てしまったようだ。
 彼女は真摯な瞳で、こちらを見ていた。宝石のような瞳に、僕のアホ面が映っている。
「それは、」
 どうして優しくしたか? そんなの決まってる。綺麗なものに憧れるのは当然で。美
しいものを助けたいのは当たり前。でもそんな理由は後づけで、本当の理由はとてもと
ても単純なもの。

「君が、好きだからだよ」

 うん、それしかない。そう思ったからこそ、僕はあの時君に声をかけたんだ。
 彼女は、にっこりと笑って。

「うれしぃ。わたしも、あなたがすきになったから」

 そう言いながら、僕の胸にぽすん、と音を立てて飛び込んできた。
 幸せそうに緩むその顔を見て、僕の胸にも温かい感情が満ちていくのを感じた。
 ちらり、と。視界の端っこに映った向日葵は。

―――まるで。彼女に会えたのが嬉しいみたいに、輝きを増していた。




 *       *        *       *        *

~毒にも薬にもならない後書き用紙の裏~

また無駄に長いぜこの⑨!

~毒にも薬にもならない後書き用紙~

はい、そんなわけでヅカの向日葵もってる妖精さんでした。
だって……あまりにもドットが可愛すぎるからッ!!
ちなみに、プロット……つーか思いつき段階では幽香さんが出張る予定でした。
こう、イチャつく寸前の二人の前に現れていじめようとするんだけど見逃す、みたいな感じで。
「フラワーマスターとしては。これが咲くのを阻むわけにはいかないわね。
 一目会ったその日から♪ 恋の花咲くこともある♪ ってね~」
みたいな台詞も思いついたんだけどなぁ。どっかでまた使いましょうか。

それでは、このスレ住人皆に向けて。

お前らッ! 大好きだぁッ!!


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最終更新:2010年05月08日 14:11